会誌-「ZARASU-2002 夏 -ルタン-」

■ 「最強の赤が行く」  【元宵】


 独立暦400年水の月初旬、ナーラダの大邑であるウォウルの邑宰が死の床に伏せる少し前のこと。
 リューナ山中の中邑「エルキド」、その近郊にて。
「……遅ぇ」
 真っ赤な頭の大男が岩に腰掛け、不機嫌そうに呟いた。
「あのヤロォ、何やってんだ」
 精強で鳴るメール族。それも相当な偉丈夫だ。精悍な顔つき、服の上からでもそれと判る鋼の肉体、鬼が振り回すような大刀、そして顎には無精髭。
 多分、山賊呼ばわりされても言い訳不可能な容貌であろう。邑兵も半泣きで逃げ出すくらいに。
「何のための待ち合わせだよ……しょうがねえな。先に行くか」
 ブツクサ呟きながら腰を上げる。立ち上がると、その体躯が改めてよくわかるだろう。身の丈ざっと二米近く。
 鬼に間違えられそうな大男は眼下に広がる邑へと向かって、のそのそと坂を下り始めた。
 結果として彼が友人を待たず、一人で山を下ったことが。
「思いもよらねえことになっちまった」
 展開を呼び込むことになった。
 本来なら穏便に済ませるはずであった「用事」が、大騒ぎになったのである。


 1:震撼!帰ってきた漢

「アーア、なんかおもしれぇことねえかなあ」
 頭髪を短く刈り込んだ見るからにガラの悪そうな男が一人。大通りをのっしのっしと闊歩している。本来短髪というのは罪人の証であるのだが、それを誇示しようとさえする不逞な態度がありありと看取できよう。
 さて、大通り、とは言っても人通りはまばらと言ってよい。そもそも山奥の邑であるのだから閑静であって当然、と言う人もいるかもしれないが、見る人が見れば閑静というより閑散であると感じるであろう。
 道の端を若い女性が通りがかる。短髪の男はそちらを見やった。女性は怯えたように目を逸らす。
 男が口の端を軽くつり上げながらそちらに歩を進めようとした時、彼の視野に赤いものが飛び込んできた。
「ありゃあ……」
 目を見張る。暫し呆気にとられ、そしてすぐに大慌てで来た道を駆け戻る。
 山から邑の入り口へと下る道、その途中に赤い頭を彼は認めたのであった。
 そして四半刻後。
「どけやゴラァ!」
 邑門の外で邑兵と押し問答を繰り広げる赤頭の姿があった。というか、取り囲まれている。
「ナーズ・ハクユウだな、四年前の騒動の主犯としてお前を逮捕する!」
 引きつった顔で赤頭を包囲する邑兵×5。それでも腰が引けている。
「やれるもんならやってみろやアアン?」
 腰の大刀をカチャカチャ言わせながらゆっくりと前に出る、ハクユウと呼ばれた大男。
 手に槍や剣を持った邑兵達は、絶叫しながらハクユウに襲いかかった。
 そして、苦もなく叩き伏せられた。
 一人は投げ飛ばされ、一人は投げ飛ばされた味方にぶつかって昏倒。更に一人は殴り飛ばされ十米のダイブ、残った二人は逃げ出したところを首根っこひっ掴まれてぶるんぶるん振り回された挙げ句に空の旅を楽しんだ。
 薄れ行く意識の中、邑兵の一人は悠々と門をくぐっていく赤頭を背中を見つめ、こう呟いた。
「赤鬼……」

 さて、このハクユウという男、何故エルキドに来ただけでこんな目にあっていたのだろう。ここで先程の短髪野郎の行動を少し見てみる。
 彼が駆け込んだのは、邑の中でも一番大きな邸宅であった。その邸宅で一番大きな部屋の中央、そこに据えられた高価そうな椅子にふんぞり返る中年が一人。
「ラブルの旦那、ハクユウの野郎が帰ってきやがりましたが、どうします?」
 ラブルと呼ばれたこの男。右手に酒杯、左手に美女、膝の上にふさふさした猫、口には煙草といういかにもなスタイルで構えている。
「フン、四年前はヤツ一人に苦杯を舐めさせられたが……ヤザム、心配いらんぞ。ワシとて用心棒の人選には気を使っておる。ヤツ一人どうにかするだけの人物は揃っておるわ」
 自信満々。加えて。
「バズの孫娘もこちらの手中にある……奴等に対するには人質となろう。万全だ。ファハハハハ……」
 阿呆のように高笑いをあげるラブルであった。


  2:陰謀!ハクユウの苦悩

 さて、再びハクユウの行動を追ってみよう。邑門を突破した彼は、邑内では特に追い回されることも殴り合うこともなかった。
「……なーんか寂れたナァ……」
 少し遠い目をしながらのっしのっし歩く。視界の端に何か動くモノを認めた。
 子供だ。鞠で遊んでいる。
「……ガキはこういうときでも遊ぶモンだよな」
 頬が緩む。思わずそちらへ足を向けた。子供と目が合う。
「……」
「よぉ」
「……」
「……なんだよ」
「びええええええ!」
 大泣きされた。
「……オイオイ」
 尋常でない子供の泣き声を聞きつけたのか、母親らしき女性が飛び出してくる。
「坊、どうしたの……キャー!ひとさらいよー!」
「オレが何したんだよ!」
 何もしてない。
 尋常でない母子の叫び声を聞きつけたのか、父親らしき男性が飛び出してくる。
「どうしたマイハニー!……やや、何と危ない男!?」
「だからなんだってんだよ!……って、アンタ、リュインか?」
「……ハクユウさん?」
 リュインと呼ばれた男とハクユウは狐に摘まれたような顔だった。母親は少しは落ち着いていた。子供は泣きっぱなしだった。

「つか、人を見るなりヒトサライはネェだろ……ここだとメール族はそんなに珍しいワケでもあるめえ?」
「本当にすみませんでした……まさか主人の知り合いだったなんて」
「いや、ハクユウさん、アンタ外見怖すぎるつーか、賊の類にしか見えないんだよ……」
「あー、あながち間違いでもねえけどよ……」
 旧知であるリュインの部屋で、ハクユウは一息入れる。
「でよ」
 身を乗り出した。
「あの時俺と一緒だったアンタに一つ聞くが、いいか?」
 声を潜める。リュインは素早く表情を切り替えた。否、切り替えさせられた。
「……あ、ああ」
「バズじいは今どうしてる?」
 瞬間。リュインの顔色が鮮やかなまでに激変した。

 四年前にも、ナーズ・ハクユウはエルキド邑に来たことがあった。用心棒として。
 当時のセルフィアー大陸には領域国家というものはなく、各邑が独立していた。無論、万単位の人口を抱える大邑は「国家」と呼べるほどに行政機構が発達しているが、千以下の中小邑だと国と言うより村・町で、有力者が取り仕切るといった所も多かった。複数の邑を統合した領域国家が出現するのはヌーグ・シャルやナーラダ・ヴィレク、ナグモ・リューンらの登場を待たねばならない。
 さしあたって、当時のナーラダ・エリアの情勢はまだ動き出す直前であり、エルキド邑は土地の有力者が幅を利かせていた。
「腕で身を立てるには、丁度いいや」
 そんな割と軽い気持ちで、彼はバズという老人の邸宅に詰めることとなった。
 エルキド邑は人口一千ほどではあるが、リューナ山脈を縦断する街道を扼する要所。ナーラダ地域とメール地域の境界に近く、人や物の往来が多い。
 要するに、利権を巡ってのいざこざがあったのである。ハンブ・ラブルとグーロス・バズ、この両者のことである。
 ハンブ家は代々この邑の代表者、邑長であった。ここから先の話はお定まり、ラブルは私腹を肥やそうと税率アップ、有力者であったバズがそれに反発。
 ハクユウはバズを選び、そして一月でバズの信を得た。

 結論を先に言ってしまうなら、バズが勝った。というか、ラブルが自滅した。
 まず市場にて両者の用心棒が大喧嘩、結果ハクユウが一人でラブル側の用心棒を全員殴り倒してしまったのである。
 焦ったラブルはハクユウ逮捕のため邑兵を動員。ハクユウはエルキドを出ていこうとしたが、先にバズ邸を包囲された。
 ここで腹を括ったハクユウ、老境にあったバズに変わって用心棒集団およそ30名を率いて激突、邑兵側はまさかの敗走。
 翌日には邑民やハクユウ旧知の流れ者も続々合流し、「賊軍」であるはずの彼らは邑兵を圧倒、ぎりぎりのところで譲歩が成立したのである。
 ハクユウは次なる試練を求めて旅に出たが、ここで男達と結ばれた固い絆は解けることなく、後に彼らはハクユウの元に馳せ参じることとなる。

 さて。

「六日前に死んだよ」
 リュインの発言である。今度はハクユウの顔色が激変する番であった。
「……待て待て、病気でだ。あの爺さんトシだったろ?大往生だったよ。これについては俺も言うことはない」
「……いや」
 腰を浮かせた赤頭、眉間に皺を寄せている。
「まずいな」
「?」
「あんた、鈍ったな。バズじいの孫娘さんは今無事なのか?」
「!」
「オレはな、バズじいの孫娘さんに呼ばれてここに来たんだよ。祖父が病気だから来てくれと。邑に入るまではそこまで切迫してるとは思ってなかったが、もう死んじまったのなら話は別だ。今すぐ孫娘さんトコ行くぜ」
 つまるところ、有力者であるバズの死により均衡が崩れる、彼らが危惧したのはそのことである。
 そして、それは見事に的中するのであった。


 3:熟慮!冴えた解決法

 座敷牢、のような一室。
 暗くはない。調度品も一通り揃っており、手入れも行き届いている。中にいる人間が決して粗略に扱われてはいないという証左であろう。
 しかし、だからといって押し込められた当人に不満がないかと言えば、全くの嘘である。
「はぁ……どうしたもんか」
 十五、六の少女がベッドに腰掛け、足をブラブラさせながら呟いた。
 頑丈な格子戸の外には、屈強そうな見張りが二名。
「おじいちゃんが亡くなってバタバタしてたと思ったら、これだ……」
 もう一度吐息を吐き出したとき、格子戸がスッと開いた。ラブルが立っている。
「ミーティア嬢、そろそろ機嫌を直してもらえたかな?」
 にこやかに言う。表情そのものは大変穏やかだが、どことなく粘つくような空気を少女は感じた。
「儂の養女になってもらえれば、何も心配いらんのだよ」
「なんでアンタなんかと……」
 嫌悪を隠そうともしないミーティアさん。
「まあ、よいさ。君とて身よりのない状態、よくよく考えれば結論は一つだろうて……」

 そして、慌ててバズの家に向かったハクユウ達の前にあったものは、まさに無人の家であった。
「……やられた」
 状況はすぐにわかった。バズの葬式が済んですぐに邑長がやってきて、孫娘さんを連れていったというのである。
「つまり、アレか?人質にでもしたつもりか?」
 ラブルに対抗できたバズの孫を抑えることで、自分の反対派をも抑える。そういうことになる。
 では、現状で自分が取るべき行動とは何か。決まっている、ミーティアを奪回することだ。
 しかし、ラブル邸の警備は既に固められているだろう。迅速に事を進める必要があるとはいえ、どうすべきか。
(参ったな……あのバカ、何のために呼んだのかよう)
 今、即座に行動を起こせるのは実質彼一人である。
 ハクユウが考えに考え抜いた解決法。
「……しょうがねえ、正面からブチ破るか」
 それは、一番アタマ使ってなさそうなモノだった……。

 夜半。ラブルの邸宅正門前に、ぬっと大きな影が姿を現す。
 誰何の声は、鈍い音と共に途切れた。
 ドサリと崩れ落ちる門番。一人はどこぞで見た短髪だが、そんなことは知らないハクユウ、堂々たるつくりの門を黙って見上げる。
 そして。
「ふぬりゃあああっ!」
 叩き付けられる鉄拳。地を揺るがせる轟音。さしもの頑丈なはずの門も、みしみしを悲鳴をあげる。
「もう一丁!」
 ひびが入った。
「ドリュアアアッ!!」
 分厚い木板をぶち破る轟き。彼の鉄拳は第一の関門を突破したのだ。
 勿論こんな物音を立てておいて、タダで済むはずがない。聞きつけた用心棒達が次々と飛び出してくる。
「なんだてぇめえはっ!?」
「名乗るほどのモンじゃねえ……ミーティアって娘を返してもらいに来た。案内してもらうぜ。嫌なら全員――」
 結構すごい目つきで言い放つ。
「――畳む!」

 同時刻。
 白い裾長の外衣を着たナーラダ族の青年が、騒々しいことになっている邑長の屋敷を遠目に眺めていた。
 まず秀麗といってよい容貌であろうか。特徴的なのはその鋭利な眼光。不遜、不敵ともとられかねない。漆黒の長髪はよく手入れされており、何らかの術師であることがわかる。
 彼は後ろを振り返り、右手を前に振った。
 後方の暗がりから幾人もの人影が現れた。

 さてさて、ラブル邸に文字通り殴り込んだハクユウはどこで拾ったのか角材片手に快進撃を続けていた。腰に提げた大刀は抜かれていない。余裕である。
 時折、二、三人一組で掛かってくる用心棒。しかし苦もなく捻られる。弓で狙う者もいたが、矢を叩き落とされた次の瞬間には昏倒させられていた。
 そして、いくつかの部屋を抜けて、邸宅の奥深くにある格子戸の開いた部屋に踏み込んだ時。
「動くな!」
 前方にラブルの姿を認めた。そして、腕を縛られ傍らに立つミーティアも。
「へえ……ご立派なこって」
 口の端を軽くつり上げるハクユウ。どこまでも傲然としている。
「メールの山賊、武器を捨てろ」
「あいよ」
 ガラリと角材を投げ捨てる。相変わらずニヤニヤ笑いながら。
「腰のもだ」
「生憎、そうはいかねえ」
「何?」
 問う男の眉間が痙攣。メール族は明らかにこの状況を楽しんでいた。
「こいつは、オレの魂なんでな」
「……ふざけるなっ」
 片手を掲げる。ハクユウは既に包囲されていた。
「動くなよ……賊めが……」
 じりじりと包囲の輪をせばめていく。囲まれた方はだるそうに肩をゴキゴキ言わせている。
「さて、ここで一つ問題だ」
 唐突なことを言い出した。一瞬、空気が止まる。
「……なに?」
「どうしてオレは余裕綽々なんでしょう?」
 彼が「余裕綽々」という言葉を知っていたことに驚いたわけではないだろうか、ラブルは瞬間に緊張していた。だがその時には既に戦局が動いていたのだ。
 ラブルの隣にいたはずの少女がいなくなっていたのである。
「……あれ?」
「よぉ、遅いぜハデン」
 ミーティアはナーラダ族の青年に抱き上げられていた。どこをどうしたのか、縄はほどかれている。
「ああすまん、ナタケが放してくれなくてな」
「……ほんっと、惚れた女にゃ弱ぇなオイ」
「冗談だ。こいつらを集めるのに時間がかかってしまった」
 ハデンと呼ばれた男が顎で示した先に、屈強そうな男共が手に思い思いの武器を携えてたむろっている。ちなみに周辺には用心棒達数人が白目むいて転がっていた。
 この集団、ある者は剣、ある者は槍、中には大金槌や金棒を担いだ者もおり、見た目にかなり怖い。そんな彼等に共通している点は、真っ赤な頭巾を頭に巻いていることである。……巻き方自体はこれまた思い思いだが。
 ハクユウはゆっくりと彼等の前に歩み寄った。大刀を抜き、肩にかつぐ。
「赤賊奇団!参!上!」
 どどーん!という効果音が鳴ったわけではないが、赤い奴等は奇声をあげながら気勢を大いにあげた。彼等がかつてハクユウの元でラブルに抗した者達であり、今この場に30名程が集まっているのだ。
「カシラ!屋敷の外に邑兵共が集まってきやしたぜ!」
「よしテメエラ、暫く外を頼むぜ!」
 視線をラブルに向ける。5人の用心棒に守護されている。
「オレはハデンと王手をかける」
 ハデンの方はミーティアを下ろし、彼女の手を引いてハクユウの後ろに回っていた。仏頂面のまま囁く。
「怪我はないな?暫く部屋の外にいろ。大丈夫だ、すぐに終わる」
「う、うん……」
 颯爽と現れ、そして早業のように自分を救出した青年に、ミーティアはただ頷き返すばかりであった。


 4:激突!無敵の二人

「赤斬のハクユウ、行くぜッ!」
 抜刀したハクユウが床を蹴った。そうはいかぬと用心棒が立ち塞がり、剣を構えた。
「侮るなよ賊め!ここにいる男共は、腕に覚えある精鋭だぶっ!?」
 剣と大刀がぶつかり、金属音を響かせて剣の方が折れた。剣士は腕を押さえて蹲る。
「腕も得物もナマクラなんだよ!次!」
 更に踏み込もうとした刹那、視界が歪んだように見えた。反射的に身をかがめる。
 半瞬後、頭上を見えないなにかが突き抜けた。後ろの壁に穴が空いた。
「術か!?」
「ハクユウ、気功術法だ。そいつは俺より余程格下だぞ?」
 悠々と見ているハデンの発言。
「見てないで手伝えよ!」
 そう怒鳴りつつ素早く視線を動かす。右に片手を突きだしている男を視認。
 再び、視界が歪む。
 今度は回避行動をとらなかった。両足を踏ん張り、息を吸い込む。
「喝!!」
 何かを叩き付けたような音が鼓膜をつんざく。ハクユウの胸板から湯気が立ち上っていた。
 踏み込む。敵の道士を峰打ちで叩き伏せる。
「気合いで術を弾くか?無茶をする」
 ハデンはぼやきつつ、スッと体を横に滑らせた。彼がいた空間を矢が立て続けに突き抜ける。流石に精鋭を称するだけあって、見事な速射だった。
「第二斉射、ゆくぞ!」
 矢を三本弓につがえ、射手は高々と宣言した。鏃は左方向へゆっくりと歩いているハデンをピタリと捕捉している。
 ハデンはそのまま歩を進めている。彼は一見丸腰である。
 射手は矢を放たない。
 ハデンがまだ歩いている。
「どうした。撃たないのか?」
 射手の額に脂汗が浮かんでいた。
「そうだな。この距離で全部外せば終わりだからな」
 言うや否や、片手を掲げた。
 矢が弓弦を放れる。
 ハデンの体が右に揺れた。第一矢が逸れた。
 第二矢、ハデンが動いた先に偏差射撃。本来ならば必殺の瞬間。
「 破!」
 発声と共に、気の波が扇状に突き抜ける。もろに受けた射手は、矢もろとももんどりをうって倒れた。
「残るは二人、だなァ」
 ハクユウとハデンが並び立つ。……背後には、炎。
「誰だ火ぃ付けやがったのはー!」
「篝火ぶっ倒れてるぞー!暴れすぎだろ俺等!」
「消火急げ消火!カシラとハデンの旦那が焼け死ぬぞ!」
「いや、家が焼けてもあの二人は焼け残るだろ……」
「お前等も喧嘩続けてないで手伝え!!倒れてるヤツ引っぱり出せよー!」
 正門の方からドヤドヤと叫び声が響いてくるが、まだ中にいる人達はそれどころでもなかった。
 現在ラブルの前に立っているのは、槍を手にする大男と、黒衣に身を包む壮年痩身の男である。
「お、おい、お前等!高い金払ってるんだからしっかり働けよ!」
 悲鳴に近い怒鳴り声をたてる雇い主に、用心棒二人は苦笑いしながら油断なく視線を交換した。
「某はナーラダの道士を。卿は赤頭を」「承知」
 対峙する四人。そして、激突は一瞬。
 黒衣の両手が勢いよく突き出される。口元がかすかに動いているのが確認された。
 掌の少し前の空間に炎があがる。一瞬だけ火蜥蜴のシルエットがオーバーラップする。
「……精霊術法……『サラマンドラ』か……」
 火焔がハデンを押し包む。逃げ場なし、そう思えた瞬間であった。
 確かにナーラダの青年道士は炎に包まれている。しかし、一定の距離を保ったまま渦巻いているだけであった。
「――」
 ハデンが指をパチンと弾く。と、必殺を期したはずの紅蓮が雲散霧消してしまった。
「随分と素直な火焔だな。術合戦だと技術の差が露骨に出るもんだ」
 タメなしで気弾を放つ。対応する間もなく、黒衣は壁に叩き付けられ気を失った。
 一方のハクユウ、完全に優勢に立っている。
「おらおらおらおらー!闘いってのはぞくぞくするぜ!」
 本来は槍の方にリーチがあるはずなのだが、ハクユウはそんなのお構いなしに斬り込んで押しまくっていた。
 そして、後退に継ぐ後退に大男の足がもつれる。ハクユウの大刀が一閃した。
 槍の柄が真っ二つに叩っ斬られ、男の左肩から胸にかけてざっくり斬り裂かれた。
 そして。
「残ったのはてめえだけだぜ」
 ハクユウは凄みつつ、つかつかとラブルに近寄る。
「ひ、ひぃっ!」
 腰を抜かして動けないラブル。ハクユウは高々と大刀を掲げる。
「覚悟しろよ」
 振り下ろした。
「くたばれ!」

 煌々と夜空を照らす炎。焼け落ちるラブル邸。呆然と見上げる邑兵達。何事かと見物に集まった邑民。とりあえず邑兵を防いだものの、家を燃やしてしまいどうしていいかわからない赤賊奇団の連中。
 ざわめきが起こった。炎の向こうに人影が見えたのだ。
「――」
 影が腕を振る。炎の壁が割れた。そこには、ミーティアを抱えたハデン、ラブル以下五人の用心棒を引きずっているハクユウの姿があったのだ。
「カシラ、無事だったんすね!!」
 歓声を上げて駆け寄る赤い頭巾集団。
「たりめえだ、家は焼けてもオレは焼け残る」
「……で、そいつはどーすんですかい?」
 失神しているラブルをハクユウは邑兵の方へブン投げて寄越す。引きずったときについた擦り傷以外、外傷はない。
「散々脅しといたからもう好き勝手やんねえだろ」
 ハデンの方は抱きかかえてきたミーティアを下ろした。
「……ま、もう大丈夫だろ……」
 微妙に言葉少ななハデン。
「身の振り方は考えてるか?」
 少女はコクンと頷いた。
「ミュール邑に祖父の友人がいるから……自分に何かあったら頼れって」
「そうか」
「嬢ちゃん、なんだったら俺が送っていくぜ?」
「……よせハクユウ、この子が怯える」
「なんだよハデン、お前も付いてくるのか?」
「致し方あるまい」
 ノリと勢いでミュール邑行きを決定したハクユウとハデン、及び賊集団。嵐のように現れ大暴れして解決した一同に、キョトンとしているミーティアさん。我に返った邑兵が、あわてて道を塞ごうと展開した。あくまで職務に忠実であろうとするその姿勢は、いっそ賞賛に値するものであったろう。
「ア?やんのかオラ」
 その職務に対する忠誠心も、ハクユウのひと睨みで消え去った……。

 こうして、エルキド邑に降って沸いたような大騒動は幕を閉じた。屋敷を燃やされ自身も失神したラブルの権威は失墜し、一時期邑政は停止しかかっていたが、結局はリュインら有志が立つこととなった。
 また、ハクユウ以下の赤賊奇団は悪名を高めたわけだが、彼等に命を助けられた用心棒の幾人かは恩義を感じ、その配下へと馳せ参じることになる。
 ナーラダ地域が乱世へと雪崩れ込む直前での騒動であった。




  ○簡単用語解説

 気功術法:自らの霊力を頼りに周囲の気を取り込んだり操る術。バリエーションに富むが、道具や精霊・神王等の助けがないため素質が必要。同様の理由により、術者への負担も大きいであろう。

 精霊術法:七要素がカタチを成した精霊を喚び出して使役、または融合して行使する術。ナーラダ族に適性があるとされているが、他種族でも術師は多い。

 ナタケ:ライル・ナタケ。女。17歳。ナーラダ族。人口三万を数える大邑スウィズを統治下に治めるライル社の統率者。まだ若いが、有能な部下達をよくまとめている。ライル社そのものは乱世に乗って大きくなったが、当人は乱世を嫌っておりジレンマを感じている。

 ハクユウ:ナーズ・ハクユウ。男。ハタチ。メール賊の大男でハデンの親友。大刀を振り回す豪傑。

 ハデン:クラウ・ハデン。男。18歳。ナーラダ族の道士。人口10万の大邑ウォウルの士大夫階級出身だが、ナタケの幼なじみでもあり、現在は彼女の懐刀として活動している。切れ者で不遜なところがあるが、案外尽くすタイプ。

 ミーティア:グーロス・ミーティア。女。15歳。ナーラダ族。エルキド邑の有力者であったバズの孫娘。

 バズ:グーロス・バズ。男。故人。エルキド邑の有力者だったがハクユウが到着する六日前に病死。

 ラブル:ハンブ・ラブル。男。中年。エルキド邑の邑長。腹黒く欲深い。大騒動により権威失墜し、失脚した。ちょっと哀れ。


(あとがき)
 一部の方から漢との呼び声高いハクユウ君をメインに一本書いてみました。えー、長いことザラスから離れておりましたので、えらい難産でした。資料どっかいっちゃったし(泣)。こんな状況下でも書こうという気になったのはDandy中年さんのおかげです……やる気出ましたよー……この場を借りて御礼申し上げます。

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