会誌-「サークル水月会誌 第10回」
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■ 星薬会シナリオ セズの魔法使い イラスト 【篁 マコモ】 主要登場人物紹介 ![]() 「信じる、信じないはあなたしだいだよ」 それでも、どちらにせよ、人は占いを信じる。 “まじない”に囚われたが最後、なんだかんだで、そういうものだ。 自分は今までそうやって暮らしてきた。 うそをついた覚えはない。 ウソになった覚えは……ある。 失敗を占いのせいにする人生なんて、つまらないものさ。 成功をつかむために占うのだから。 「いいんだね。それじゃ、いくよ」 目の前に座っている客と目があう。 もう、場に飲まれている目だが、いまいち、このぼくに焦点があってないようだ。 まあいいさ。 夜は長いんだ。 白銀の長髪を三つ編みにした占い師は、薄く開かれたアメジストの虚ろな瞳にカードを映し出す。 あらわれる運命を読み解く、この誰にも譲れない瞬間をじっくりと味わい、そしてこう告げた。 「カードは…… 流れ落ちてくる涼風と水霧に包まれた張り出しの舞台がある。 数人の踊り子が遠目でもわかる派手な色使いをした衣装をまとわせ動き、観衆の目を楽しませていた。 衣服が水気を帯びると体が透けてくる。 「いよっ、今日も足技が冴えてたね、ヴァハのあねさん!」 「ありがとよっ」 「美少年役にはやっぱりアンタじやないといけないな」 「てやんでえ、もう帰れこのスットコドッコイ!」 「あはは、またくるよ」 側近くの特等席がいつでもオヤジどもで大入りなワケだ。 トリアの大滝から鳴り響く爆音をベースにした音曲に合わせた見事な舞。 海にそのまま繋がる滝の風景はまさに奇景であり、セズとリッターという滝を挟んだ向かい合わせの邑が順番で催しごとを行うトリアの大滝は観光の名所のひとつだ。 そんな場所には人が集まる。 宿屋に土産屋、屋台にお祭り。 たどり着く旅人に引く手あまたの夕暮れ時。 「うぅ……滝に冷やされ身も寒い……オヤジにからまれ心も寒い……ついでに懐もまたいと寒し……」 冴えない独り言をぶつくさ言いながらヴァハは、酒場へと足を運ぶ。 「あの、ちょっと」 人でごった返す通りのど真ん中に立ちすくむ人影に呼び止められて、ヴァハは一瞥し、踊り子以外のもう一つのバイトを実行した。 「あたしは忙しい。でも、捜し物ならいい人知ってるよ。ついてきな」 ヴァハは確認のために相手の顔を見直した。 見ればまだ幼い子供だった。 (金髪の子かあ、めずらしい。いったいどんな染め方したんだろ……あのサラサラ、 えらく綺麗じゃんかさ。瞳が若草……ふぅーン) 「あのう、ここらへんでぼくと同じような人をみませんでしたか」見上げる瞳に浮かぶ心細さ。思わずジロジロ見てしまったのがいけなかった。 「だから、そいつを調べられる人を、おねえさんが教えてあげるのさ。安心しな」 ヴァハはにっこりと大きく微笑んだ。 「知らない人にそこまで親切にしていただいては、申し訳が……」 「なにいってんのさ。会いたいんだろう、その人に?」 「……え、ええ」 「よーし。そうと決まればついといで」 ヴァハは少年の手をギュッとつかんで、薄暗がりの路地へと入り込んでいった。 慣れた足取りで右に左にズンズン進んでいく。 人気が途絶えがちにそこそこ流れてくる、そんな裏通り。 屋台やら、露店やらが立ち並ぶ通りを一本抜けたところに、占い屋のテントはあった。 「ここなんですか?」 「そうだよ。見つかるといいね」 「ありがとうございました」 「あっ、ちょいとおまち!」 これが見納めと手を振っていたヴァハは眼を細めた。手が口元にあてられ、顔がニンマリと丸くなる。 「おまじないを忘れていたよ」 「えっ、なんですか、それ?」 「占い師、っていう人のところにはいろんなお客がいろんな想いを持ってくる。つまり、あんたと一緒で、心が心配事で気が重いのさ、ああいうところは。そういうのに引っかからないようにってやつだよ。目を閉じてごらん」 少年はよくわからずも、とりあえず目を閉じた。 こういう風に強引な手合いの申し入れを下手にダダこねると後に祟る。 瞼の裏で、人の顔を見るたびに頭を撫でまわす、白い翼を連れた人のことを思い出した。 近付くおねえさんの吐息がくすぐったい。唇に何か塗っているようだ。 「あいよ、おまたせ!」 ヴァハは自分の仕事の出来映えに満足の溜め息をついた。 (可愛いじやないかさ、これだけで年頃の女の子だよ……顔だけは。ま、座って話すんだから、問題ないわな。かっかっか) 「それじゃ、ごあんなーい」 ヴァハがテントの幕を開けて少年を送り出す。 彼女と店主の目がちらりとあって、幕は閉ざされた。 セルフィアーには大きな大きな湖がある。 ハッキリ言って、海と言ってもおかしくねえ。 北と南をハイの街邑で区切られていたのは、今は昔の物語り。小さなくびれで繋がったその下の、セルファニア湖は南湖と呼ばれるところにオレたちはいた。 凪の湖上、飛竜号─お船でぷかぷか浮きながら昼寝でもしてるってのは、よほどの金持ち女じやないとできないリッチなバカンスだと……「だからワタシにはそれをマンキツするケンリがあるの」って、ルビイのヤツは小娘のくせにぬかしやがったが、そんなのヒマなだけじやないか? オレはそう思ったね。 だが、どうやらオレさまだけだった。 ミュラーも、クーロン爺も、ダール、カレン、エト……みんなそうかよ。 ときおり悲しみの歌が3小節だけ小さく流れてくる。ババクジひいたシルファが見張りの刑台より奏でてくれる優雅なBGMだ。 相棒のサンチェも甲板にイスを広げて……あーっ! 「だぁらぁ、オレのスイカビーチパラソルは使うなっていっただろ、サンチェ!」 「……Zzz……」 安らかな寝顔だぜ。 このまま永遠に眠ってもらってもけっこうなんだぜ、サンチェさんよう? ハナをつまんだ指に力がこもる。 サンチェの開いた口は塞がらなかった。 遠くの方で音がした。 船が揺れている。波が来る! こいつはけっこうデカイッ!! オレは跳ね起き……ざっっっっっっっばーーーん! びしゃびしゃぴしゃー。ぼとっ。ぼとぅ。ぼてぼて。 「いきなりなんだってんだ!シルファ、シルファーっ」 「はぁーい(ぼろろん)、このぼくはちゃんと見ていたよん(ぼろろろん)、なにかの尻尾がムチ打つ様を(ぼぼろん) フゥーっ、みんながゆったりくつろいでいるのに、不平も言わずに寝ずの番をやっているなんて、ぼくにしかできない、みたいな?」 「自主的にやりゃぁな。……見てただけだしよぅ。自尊心ばっかだ、コイツは……」 「いまなーにーかー(ぼろろん)?」 「そのいちいち(ぼろろん)とかいう楽器を弾くのをやめろっていってんだよ!」 神官楽師、シルフア・イオンは黒い声援に熱意ある演奏でこう応えたという。 「これは(ぼろろん)楽師たるぼくの(ぼんぼろー)いーのーちー(ぼんぼんぼろろろろーーろ、じゃん)、フゥーっ イエっ☆」 オレは疲れた。 やはり、男はバカンスなんかするもんじゃねえ。 「そんなの見たことがないですね(ずびっ)……フェイロンは?」 どうやら流されずに残ってたらしい、サンチェが鼻を垂らしていう。 スイカビーチは……ああ、背が縮んでいる。 船のあちこちから乗員が集まってきた。 「生まれてこのかた、ほとんど船にいるこのオレさまも、無いな。よし、みんなーっ、とにかくヤツを追うぜっ!」 「おおーっ」 少年は一人立ちすくんだ。 占い師と、自分以外には誰もいなかった。 水晶の光が目に優しい。薬品倉庫みたいな感じだな、と少年は思った。 ぜんぜん違うところは、落ち着きをもたらす、とてもいい香りがするところ。 「ぼくの占い飾へようこそ。狭いけど、ふたりなら十分な広さですよ、お嬢さん。して、どんなご用件で?」 「お、おじょ……ちがいます、ボクは……」 小ぶりに開かれた口に軽く人差し指をあて閉ざし、軽くいなしてくる館の主。 視線が熱っぽい。 少年は脇の下に冷や汗が流れ出した。 「ぼくの名はファルコ。しがない占い師で世を渡る、しかしその真実は世界のすべてのカワイイ女性の優しい味方。ところでお名前は?迷い込んだ蛍さん」 ![]() 「ヴィ、ヴィ……」 「まって。……ヴィヴィアン?」 「ヴィラですっ」 「ヴィラ。うん、いい名前だね」 ややうっすらと、長いまつげを伏せて微笑む占い師の瞳を逸らしつつ、ヴィラは溜め息をついた。 名前を名乗ることがこんなに疲れるものだと知ったのははじめてだった。 「占いに入る前に、ひとつ、余興を見せてあげよう」 そういうとファルコは、心静かに落ち着きの構えをとり、カードを手繰り出した。 じっと思いに沈み込み、おもむろに一枚引き寄せた。 「カードは……The World……」 「わーるど?」 「あなたについてもっと知りたくてね……ヴィラく・ん」 思い込みが解けて心底からほっとした様子の少年をみた占い師は、この茶番を仕組んだヤツへの呪詛を口中で吐いた。だが、一時の道化もなんのその、商売柄鍛えられた、ペースをまったく乱さない進行ぶりで説明を続けた。 「このカードはすべてを表す、完璧な状態。ふつうは、まあ、やることやって、元気になろうってのを示すんだけどね……」 「やることやって??」 「ごほんごっほん。まぁこの場合、オトコオンナで見るんだ。ところが、世の中そんなヤツはみたことがない。見た目はともかく、ね」 「…………(ぼくにひとこと訊いてくれればいいのに)?」 ![]() ♪らだだ らだらだ 逃げていく〜 回るまわるというけれど〜 あたしやのとこにや顔出さない 仕方がないから 声かける らだだ らだらだ らだだ らだらだ〜 ファルコのところから酒場へ向かう途中。 どうしようもない自作の唄を口ずさんで、ヴァハは大通りへとでてきた。 「サクラのルージュ、それは、私に恋をしないで〜♪」 「情熱の五番、それは、すったもんだの大騒動〜♪」 思い出しただけでもおかしくなってくる。 あいつは判っていなかった! すぐにバレるにせよ、ファルコの慌てぶりが見てみたかったな、とか思う。 「あーの女たらしにゃいい薬だぜ、べらぼうめーい」 夕日が背中より射してくる。もう、たそがれ時もおしまいだ。 その夕日に向かって、ぼーーーーっと、突っ立っている女がいた。 ヴァハは前でとろとろ歩くオヤジの足をひっかけて、その女に軽くぶつからせた。 彼女の仕事はおわっていた。 ♪らだだ らだらだ らだだ らだらだ〜……ヘックション! くしゃみがでた。 踊り子姿のヘソダシのままうろついていたのに気がつく。 ヴァハは、あったかくなった懐にせかされるように、足早に酒場へと消えていった。 夕暮れ時になると、どうしても黄昏を見つめてしまう。 あの夕日は、私だ。 父を嫌い、家を出てきた……実際には、追い出されたのも同然だ。 共に過ごす時間が長かった妹は、疎まれがちな私を出るときに最後まで引き止めてくれた。黒い髪が美しい妹よ。私にも、その“ぬばたま”が欲しかった。 昼日向でも夕焼ける土色の髪。鏡を見るたびに失望した自分。 それでも、与えられなかったくせに、なぜ厭うのだろう? 私には、そんな父を愛したという母もだんだん信じられなくなっていった。 そう……この私には帰る家がなかった。 日は夜に帰った後また昇る。 私は、沈むことの出来ない彷徨う夕日のようなものだ。 どんっ。 人混みにもまれる、セズの大通り。 家路を急ぐ子供たち、買い物かごを抱えた人たち。様々な顔ぶれの中に、忙しそうに駆け抜けていく梯り子の姿が見えたりもするのが、セズならではだ。 どんっ。 それにしてもよくぶつかる。通りの真ん中で立ちすくんでいた私が悪かったのだが、謝る前に相手が話し掛けてきた。 「すいません、だいじょうぶでしたか」 「…………ああ」 相手は銀狼を連れるトゥー族の青年だった。 「ついでにお聞きしますけど、これくらいのエルフの子を見かけませんでしたか?」 彼は手のひらを腰の高さあたりに合わせた。 「エルフ……しらないな」 「どうもありがとう」 青年は立ち去っていった。 私には、連れの狼に臭いを追わせないことがよくわからなかった。 宿屋の引く手あまたをすり抜けて、私は酒場の扉を開けた。 涼をとっていると、背中越しに 「さあ、張った張った!」 「よぉ〜し……丁に……ぜ、ぜ、ぜんぶ〜!」 となりの賭場から威勢のいい声が聞こえてくる。 私は賭事をする気もなく、しばらく一人で飲んでいた。からんでくる馬鹿者もいない。 スティレートゥが縫い込まれた羽根つきベレー帽が空き椅子に置いてある。その隣でエルフが、親父に酔い止め・胃薬などを売り込んでいた。……そういえばさっき……。 「そこのエルフ殿」 「はーい、なんですか、いい気分のおねいさん? 膨満感には……」 「いや、そうじゃないんだ。つい先ほどそこで狼を連れた殿方にお会いしたのだが、お主だったかな、とにかく探していたようだぞ。連れじゃないのか?」 「ポポチが探していてくれましたかー。おりこうさんですねえ。それじゃ、このくらいにして。またね、叔父さん。おねいさん、ありがとさん」 そういって手を振ると、彼はすたすたと扉をあけて出て行ってしまった。 ちょっとしたことだが、なんだかいい気分だ。私もそろそろ席を立とうとして懐を探って、目の前が真っ暗になった。 (…………ラダが、ない) サイフはあるのに、その中身だけがまったくないのだ。 (なぜだ……どうやったらこうなる?) ![]() 見つめるガマロの黒さに吸い込まれそうになる。 なんだか気分が悪くなってきた。 青ざめて気を失いかける私を引き止める声がする。 「娘さん、どうしたんだい」 店の親父がいかにも親切そうに肩を叩く。様子を見て怪しんでいたのだろう、目が笑っていなかった。 がたいのいい用心棒が、入り口に二人立ちならんだ。 気が付いた客がざわつき始めた。 「親父殿……正直に申そう。実は、ラダがないのだ」 私の告白を聞いた店の親父は、「それで?」と固まったままの顔で先を促す。 なによりもまず、深々と頭を下げた。それから、 「私はこう見えても、舞いが得意だ。この街での口をきいてもらいたい」 と逆に切り込んでみた。 親父は眼を細めて私を上から下へと一瞥し、用心棒に店中に響き渡る大きな声で「このお嬢さんが剣の舞を所望だそうだ、相手をしてやれや!」と場を仕切った。 この降って沸いた見物に店内は盛り上がり、あっという間にテーブルの上のものが手に手に取られて壁際へと散っていく。 あけられた卓の上に舞の受け手二人は抜刀して軽々と立ち上がり、一振り二振り空を斬る。ひらりひらりと二人でテーブルの上を飛び交う様は手慣れたものであり、不安定な足場のはずが、まるで慣れた通り道のような感じがしてくる。 私はこのような足場での舞など、やったことがなかった。 何度か深呼吸をし、覚悟を決める。 昇り、一段と広がる視界を見下ろす前に天を仰ぐ。 店内は静けさに包まれた。 手が汗ばんでくる。 掲げた刀を振り下ろすのを合図に、舞いは始まった。 思いきって卓から卓へ飛び移ってみると、すぐに足場は問題ではないことに気がつく。 乱闘沙汰が絶えないのだろうか。酒湯のものはそんなに柔なものではないのだ。 相手の二人はなかなか気持ちのいい舞い手だった。 だが、即席の悲しさか、流派の違いか。 どうもうまく刀の振りがかみ合わず、あわやという冷や汗もののシーンが多かった。 見ている方は沸きまくったが、少しでも踊りをたしなむ者の目には痛々しかったであろうことがわかっていた。テストに失敗したのだ、私は。 剣舞を収めると、拍手が湧いた。 複雑な笑みが浮かぶ。相手の二人と軽くハイタッチして、私は舞台を降りた。 ショータイムは終わり、酒場はまたいつもの喧噪に戻っていった。 「親父殿、すまぬ。この軽度なのだ……」 とにかく、明日からの食い扶持が今は欲しかった。 「ナマ言ってすまなかった。そ、そうだ。調理場の手伝いとかなら、どうか?」 親父の顔が読めない。じっと私を見つめて腕組みしたままだ。 傍らに立っていた踊り子の衣装も鮮やかな、こんがり小麦色の女性が口を開く。 「おやじさん、なにもったいぶってんのさ。あとは、このあたいにあずけてくんないかね」 「お前さんがいいって言うのなら……よし、嬢ちゃん、今度来るときは、ちゃんと持つものもってこいよ」 どうやら話はついたようなのだが─なにより、私は立つ瀬がなかった。わけの分からない流れに巻き込まれるのはまだしも、そこで惨めに溺れるのだけは許せなかった。 「このままではこの邑にいられない。せめて、せめて皿洗いだけでも!」 そう……もしかすると、すぐ足で立てる深さかもしれないではないか。 あんまり大きな声では言えないからつぶやくけど、泳ぐのは苦手なんだから。 「そうかよ、感心な子だなあ。消えたサイフの中身を嘆いていても見つかるたあ、思えないが……稼ぐことはいくらでもできる、ってわけだよな」 ばむばむと親父に肩を叩かれる。様子を競っていた周りの飲んだくれも、手前勝手にエールを送り、さっきの上演に麦酒の一杯もおごりが来た。 私は杯を掲げ、半分ほど一気に飲み干して声援に応えた。 親父は満足のげっぷが山積みの台所へ私をエスコートしてくれた。 「この大地では五十六神王カードの方が、より精確な占いが出来るんだけどね……ぼくはこっちのタロットの方が相性がいい」 ファルコはそういって、ワールドのタロットカードを水晶越しに見せてくれた。 「それで、ぼくに何をききたいの?」 「えーっと……それじゃあ、ダナスさんたちのいる場所がどこか、お願いします」 「一回見料10ラダ先払い。さっきのはサービス」 「えっ? あ、はい……」 ヴィラはいきなり50ラダを払った。 ファルコはそれがとても気に入ったようだ。 「頭のいい子は好きだよ、男でも、女でも。ふふふ」 「あとはですね、その人はぼくと同じエルフです」 占い師は集中してカードを引きかけたが、ふっと手を離してもう一度質問を繰り返した。 「それだけなの? ほかに何か手がかりは?」 「あとは……一緒にもう二人いて、そばには、ポポチと、ラルアークがいます」 「…………ぽぽち? らるあーく?」 目を点にしてオウム返しに訊いてくるファルコを見て、ヴィラは上目づかいに首を傾げた。 「わかりませんか」 「ペット、なのかな」 「それは……微妙な関係です」 「ふーん」 イメージを諦めたのか、無造作に引いた占い師のカードは…… 「The Moon……。本来、このカードはよくない兆しを示すものなんだ。ところが、それが逆向きにでてるってことは……すぐにでも会えるんじゃないのかな」 「ほんとですかっ、よかったー」 ヴィラはニコニコと微笑みだした。 まるっきり素直に信じてくれる少年を見ていたファルコは、やれやれと軽く肩をすくめる。 「セレネが沈み、ルナが出てくる頃……夜明けのエオス、ルナ・アプサラスに、もう一度離ればなれになってしまった場所へ行ってごらん」 「はい」 それからファルコは「すぐ帰ってくるから」といって、外へ出てしまった。 ヴィラは一人になって、わけもなく溜め息をついた。 その気持ちを自分で押さえきれなくて……また、溜め息を小さくついた。 漂う部屋の香りが、とても気持ちよかった。ふかふか椅子の背もたれに身体を預ける。 ファルコは表に出て深呼吸した。 外の空気の匂いが、とても気持ちよかった。 セレネが照らすセズの街は、まだ眠りにつくには早かった。 「あの影をよくみて下さい……」 湖に飛竜号を潜水させてヤツを追いかけることにしたオレたちは、しばらくうろついたあと、無事にデートすることができた。 「ビンゴだぜ、カレン」 遠くから静かに距離を詰める。 この離れであの大きさとは……あれはなんなんだろう? クルーの意見が当然、分かれた。 「ナゾの湖生物、セルッシー!」とルビイがはしゃぐ。 「なによ、それ。ルビイちゃん、あなたあんなのほんとにいると思っているの?」 「えっ、やっぱりウソなのか、カレン」 「あーら、わが夫までそんなことを。あきれた」 「サンチェは無学だからなあ……唯一長じたのがヒゲばかりときた」 「イエイエ、歴史学の権威であるミュラー大先生のご高説もはやくお聞きしたいものです。ただし、わたしのように長いだけが取り柄ではなく、手短にひとつ」 「それじゃあ、結論からいくとだな……」 トン 「たぶん、ウナギかミミズかなんかの一種じゃないのか? どうやって捌くかが問題だよな」 「へーえ!ウナギの肝とミミズの皮は薬の材料にしたいんだけど……ダ〜ル〜う!アレは何人前くらいなのー、ねえ」とエトが足下で長い耳を立てて騒ぐ。 ダールはふつうの人間の太股ぐらいある褐色の腕を組んで、料理方法を楽しげに考えている。 トントン 「昔の偉大なる吟遊詩人は詠うよおー(ぼんぼんぼろろ−)セルファニアの湖の主、それは〜」 「「御竜神・ナーガ!」」 「おおおおおおおおっ! ……お?」と全員。 ミュラーとシルファの口から同時にもたらされた神王ナーガの御名。 ふたり以外の頭の中では、そんなおとぎ話を聞かされてもピンとこなかった。 「竜の眷属ならまだいるぞ!」 「暴風のルドラ〜 竜巻のマルト〜 雨のパルジャニア〜 洪水のガンガー」 「そして操竜の“邪眼”カーリヤ……あ、神将ナンダもそうか」 「アア〜、神話の世界が今ここに」 「ルドラにマルト、パルジャニアは候補から外していいとして……」 オレは疲れた。 どいつもこいつも、ロクな意見がない。 「もういい。当たって砕けろだっ!」 「敵影、見失いました」 情報担当のオペレーター、カレンの声はひんやりと静かで耳に心地よかった。 トントコトントン トントン 船内があまりのマヌケぐあいにシラけたとき、飛竜号を叩く音が聞こえた。 「真上のようですわ、船長」 「な、なめやがって……クーロン爺っ、出力全開っ!」 クルーがあたふたと持ち場へ散っていく。 飛竜号は湖底を掻き散らしながら、逃げ出した影を追いかけて驀進し始めた。 隣の裏通りの屋台から買ってきた、あったかフライの魚揚げと、ポタージュスープを抱えて戻ってみると、エルフの少年はすやすやと寝息を立てて寝ていた。 ファルコはじっとその寝顔を見つめる。 抱きかかえ、奥のベッドに痩かし込み、本日閉店の幕を閉じた。 もう少しだけ、この素晴らしき夜の刻につき合って欲しかったんだけどな。 かわいい妖人クン。 世界は危険と隣り合わせ。 月の夜明けが必ず日の下に照らされるとは、限らない。 占い師が次にめくり出したカードは…… 「The Devil……か」 この子はなんでも素直だから、寄り道が多いのも仕方のないことかもしれないな。 ヴィラは目を開けても、ここがどこだかわからなかった。 起きだし、サンダルを履いて部屋を抜けると、机の上に突っ伏したままスヤスヤと寝ているファルコがいた。 冷え切った料理が手をつけられずにおかれていた。 記憶がよみがえり、自分が先に寝てしまったらしいことが、だんだんわかってきた。 外が明るんできた。 そろそろ、エオスの刻だ。 ヴィラはじっとその寝顔を見つめた。 彼は、ぺこりと頭を下げると、駆け足で立ち去っていった。 トリアの大滝の麓で朝日に向かって弱々しい伸びをする一行がいた。 金・銀・黒と、一匹と一羽。 そこに向かってくる、息を切らした小さな影。 一番最初に気付いた細身の黒が素早く抱えて、なかなか放してくれなかった。 「お帰り、ヴィラくん」 「ええ、ただいま!」 「ずいぶんさがしたんですよ、ポポチといっしょに」 「バウバウ」 「クエーッ」 「ええ、ええ、ほんとにごめんなさい」 涙目のヴィラと目があったダナスは、大げさな身振りで嘆きつつ、その色気づいた唇を両手で人指した。 「ヴィラく〜ん、チミはいったい何に目覚めちゃったのかな〜?」 「あ、え、これは……ウワっ」 慌てて拭って袖にすると、薄桜をまとった少女が消えていった。 「いいたいことはたくさんあるけど……まあ、いいか」 迷子を抱き留めた彼女は、少年の頭をいつもより乱暴に撫でていた。 「それでは全員揃ったところで、いざ、“かぶりつき”にしゅっぱーっつ!」 ダナスは鼻の下を伸ばしっぱなしで高らかに宣言した。 「催し物の始まりはセレネ・アプサラス……夜なんですよ?こんなに早くから行くんですか」と、ヴィラが尋ねると、 「場所取り命!」 ダナスは腰に手を当てて力強く首を縦に振ってくれた。 「あたしの名は、ヴァハ。ここらへんじゃ、まあ、いい顔さ。あんたはなんだっけ?」 「私はジョー。旅の者だ」 お互いに名乗りあい、ジョーはいきさつと、これからを相談してみた。 親身になって聞いてくれていたヴァハは、汗が浮かぶのをいそがしく扇ぎながらなんども頷いていてくれた。 「そうかい、そうかい。一文無しかい。それじゃひとつ、ここは大きく稼ぐバクチに出ないかい?」 耳元でささやかれる猫なで声にジョーは否も応も無かった。 「なんでもやるしかないんだ」 「いい度胸だ。あんたのそういうところ、あたしゃ好きだよ」 話は、次の滝の大舞台に一緒に出てみないか、というものだった。 今度は剣舞じゃなくって、自分の得意とするものでいい、と。 「ただし、明日の話なんだ、これ。だから、へたっぴだったら、ナシね」 とりあえず踊って見せろと言われ、ジョーはその技を披露した。 ヴァハは口笛を吹き、静けさの広がる練習場で一人拍手を響かせた。 「あんた、少し絞れば……ひょっとすると気を出せるんじゃないのかい?それじゃ、細かい段取りを教えるよ」 手をばきばきと組み鳴らし、気合いの入り始めたヴァハと息を合わせて、一心に練習する。この全身ネコのような身軽な踊り手は、自分のしっている舞とはまるで別系統の使い手であり、その力量の程はよくつかめなかった。 速くて、洗練されていて。そして、彼女の舞からは、わけのわからないものが─あれがさっき言っていた「気」と呼ばれるものだろうか─目に見えて吹き出していた。 「コラッ!あたしに見とれてどうするんだいっ!?」 頭をひっぱたかれた後に口が続く。 ジョーはそうしているうちに舞に呑まれ、やがて、昔の情景と重なりだした。 四季の温度を足で感じた、あの木目張りの道場。 稽古をしてくれた師匠や仲間たちの顔が浮かぶ。嫌なことの何もかもが忘れられた、楽しいひととき。 そういえば、師の舞からは、いっも何か暖かな春風がながれてきたような記憶がある。 あれは、あれは……気のせいではなかったんだ! ヴァハの舞を見た後ならわかる。 たしか先生は、手を絡め流して上に返したときにリズムを取ったはずだ…… 「はっ!」 かけ声と共にジョーの手のひらから気炎が舞い上がる。 手の動きを追いかけ、そのまま光を引きずりながらジョーの舞に合わせて軌跡を描く。 「それだーっっっ!」 うつらうつらとしていたヴァハはいきなり叫び、手にしたハリセンで指差したまま……横に戻り寝た。 ジョーはしばらく舞い続けていた。 そして、疲れて寝た。 セズの舞が始まった。 踊り子たちが踊っている張り出しはトリアの滝を背景にして、かなり上の方にある。 風が常に吹いているらしく動かずとも揺れている。 側近くの張り出しで見下ろす観客は演技を眺め、一曲終わる毎に拍手が重なっていった。 暗がりなのに灯りは極端に押さえられ、滝の薄白い水しぶきと、もうひとつ、舞い手の身体から沸き上がる「気」が、そのおかげでよく見えていた。 身体がほぐれ精神を没頭させている者ほど、その気は大きく立ち上がり、傍目にもよく見えてくる。そのほとばしりは宵闇に映えてとても美しい。 そういう踊り手こそが名手と呼ばれる器の持ち主で、いくら華麗に舞うことができても、気の入っていない、気の現れてこない舞は、ここ、セズでは「ナタの祝福が少ない」と、評価されてはいなかった。 万が一のこともあるのだろう。足を踏み外すことが許されないので、外枠には黒子が闇に沈み、さりげなく中心のトップダンサーを護る配置になっている。 七星陣の文様が敷かれた舞台の中央、天のジュドからひときわ強い気が、対照的な二組によって立ち昇るのがわかる。 一方は足技を軸とした動きの速い大きな立ち回りでぐいぐいと気を放つのに対して、もう一方は手技を軸とした静かな細かい腕の微妙な動きを見せ、とらえどころのない繰り返しを数えるたびに、だんだんと気の輪が大きくなっていく、という組み合わせであった。 両者の舞は甲乙つけがたく、とても見事なものだった。 舞台が高ぶり切ったところを見計らって、曲調が一転、逆戻りして穏やかに落ち着きをうながしていく。踊りながら大きく高めた気を、今度はじょじょに小さく納めていくというのがセズ流なのだ。 気を高ぶらせるだけ高めて出し切ればよい、というのは力のコントロールができていない証拠。舞踏の本勝負とされる滝の舞台では若いだけの顔触れではなく、熟練した舞い手が多いのも頷ける。 このトリアの滝を舞台にした舞は、一説によると昔々に犠牲になった、滝へと願いを叶えるために人身御供を捧げた痛ましい習慣を止めさせるために発祥したともいわれている。 もう一度気を納めるのはたぶん、出し切るだけ出し切ろうとして気絶してしまうことが、そうした古の記憶と繋がりゆく禍事と感じられるからであり、これはこの邑の人たちが創り上げてきた新たな祈りのかたちなのであろう。 「だぁぁぁぁーっっ! いくら頑張ってもつかまらねえっ」 オレたちはそれから2刻ばかり追いかけっこをしたのだが、どちらが追われているのかわかったものではなかった。 いくら飛竜号が冠絶する航行能力……飛行から港水までなんでもござれの実力をフルに発揮できたとしてもだ、湖底の中で真の主である者に勝てるわけは、しょせんは人のわざ、なかったというこった。 みんなへトヘトになって持ち場にしがみついている。 「あー、しっぽ振ってる!」 元気なのはルビイくらいなもんだ。 「……誘ってやがる……」 オレは、美人のお誘いだけは─亡き妻に目をつぶってでも─断らないことにしている。たとえこんなふざけた、人をコケにした、とんだじゃじゃ馬でもだ! オレたちは岩影の闇に消えたヤツを追いかけて、妙なトンネルを全速力でくぐり抜けた。 「よぉーし、やってやるぜ! 突撃ぃぃぃいい!?」 ずばばばばーん! 熱気が高まる舞踏が何を呼びだしてしまったのかはわからない。 観客の静かな注目は、轟音と共に咆哮したなにものかの貫きにより悲鳴へと転化した。 いきなり滝裏から飛び出してきた長くて大きな、夜に溶け込む黒い生き物のような水風が舞台の気炎を掻き消し、空の星座へと重なっていく。 張り出しが衝撃で崩れだし、慌てて避難する人の群。 大人数が走った衝撃が伝わり、踊り子たちの舞台とかろうじて繋がっていた折れた支柱が滝壷へと分かたれていく。 誰も彼もが逃げるのに精一杯だった。 舞い納めるのに夢中だった中心の踊り手たちは、判断が遅れ、取り残されてそのままだった。 「に゛ゃーっ」 「…………(ああ、母さん)」 見上げるふたりの目が見開かれ、ゆっくりと落ち始めようとしたその時、第二撃が滝から再び加わった。 短くて小さな、夜目にも映える白い腹を誇る飛竜は、舞台から炎上する最後の気炎を吸い込む。 トリアの大顎に飲み込まれ、噛み砕かれようとした花びらは大きく舞い上がり、ゆったりとした弓線を描いてマハーカーラのお膝元、メール内海へとふわり落ちていった。 セズの街に夜が訪れる。 占い師、ファルコ・ライズに目覚めの時間がやってきた。 机に突っ伏してどれくらい寝ていたのだろう。 ずいぶん疲れていたようだ。 あちこちがバリつくの身体をむりやり伸ばす。頬に張り付いていたタロット・カードが床に一枚落ちてきた。 「……Death」 それは終わりと始まり。死地と再生。 「さて、今宵のお客さんは……ぼくに、何をききたいのかな」 そうひとりごちて、占い師の幕は開けられた。 <セズの魔法使い・おしまい> ☆あとがき☆ こんにちは、砂の山です。 今回はやりとり的に長丁場だったぶん……自分的には2月とか3月くらいからのこのこ ……あれこれ試すことができました。もう神無月だぁよ……のほほ。 いきなり新しいシステムに付き合ってもらったKeiさん、おてうちさん、とむさん。 本当にご苦労さまでした。 星薬会レギュラーはいつもの4人衆+2。ゲストPCはTSNさんのファン・フェイロンに 登場願いました。てんきゅー。 それでは、カードマスターにボーナス報告をします。 ファルコは4回の占いを全て。 最大HP+2 最大MP+1 SK+5 IN+5 LU+4 ヴァハは呼び子とスリを。 最大HP+1 最大MP+1 SK+4 IN+3 ジョーは剣舞・調理場志席・皿洗い志願でした。 LU+5
イラストシーンが前半に偏ってしまったのはぼくのせいです。 半分くらいの原稿しか渡してなかったんです。あれからずいぶんいじりました。 そして、次回の鼻薬会は予告どうり、バトンタッチして篁さんがマスターです。 【砂の山】 |
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