会誌-「第9回会誌別冊 ナーラダ戦記」

■ カレリア・ロアンのアピールシーン  【三純るく】


 筆を持つ手をふと止めて、ロアンは切れ長の目を細めた。愉快な気分の時の癖だ。唇に甘い笑みをのせ、彼女はゆるりと後ろの青年を振り返る。そしてさらりと恐いことを言った。
「ディル、面白い事を考えました。私は今まで過去の歴史を題材に小説を書いてきました。しかしそれにはもう飽きましたよ。そこでね、未来を小説にしようと思うんですよ。つまり私のシナリオ通りに歴史の方を動かすんです。後宮という裏舞台からね」
 造り物めいた美しい顔をやや上気させ、さも楽しそうに語る主を、ディルは無言で見つめた。普通の物書きの生活には満足できぬ彼女の中に、邪悪にも似た野望の火種のある事に以前から気付いてはいた。今ついにそれが炎上を始めたのだ。彼女がどんなシナリオを作るか知らないが、非情なまでに冷静で人の心を読む事に長けた彼女なら、眉一つ動かさずにどんな事でもしてのけるだろう。それも巧妙に。
「貴方は私について来てくれますか?」
「私は常にお側にいます、ロアン様」
 誠実な彼には、それしか選択肢は無い。例えどんな道であろうと。あの日から彼の人生はロアンに捧げられていた。ヴェルーダを災いの襲った時、他人の自分を助けて右の目に傷を負ったロアンを主と定め、今日に至る。
「嬉しいですよディル。貴方だけは私を分かってくれる。私の唯一の味方・・・」
 低く囁くロアンの、顔右半分を覆う黒髪が風になびいた。そこには極薄に変化した翡翠の瞳が冷たい光を宿している。視力を失ったその右目が、常人には視えぬ未来を写しとっている様に感じて、ディルははっとした。黒絹のような髪が再び秘密を隠す頃にはロアンは机へ向き直っていた。彼女の狂気も本心も、今はもうどこにも見えず、元の通り筆のすべる音のみが部屋に満ちているのだった。

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