会誌-「第9回会誌別冊 ナーラダ戦記」

■ ランギヴァラーハ・ライラのアピールシーン  【廃人28号】


プレイヤー 「廃人28号」 あるいは 「ハイト No.28」
キャラクター 「ランギヴァラーハ・ライラ」(31)♀
種族 ナーラダ賊…いや、族
所属 スィスニア一帯をしめる爆裂団?のヘッド「リューン」の部下
入場テーマソング ローリングストーンズの「Love is strong」

オープニング

「空しいな、そして寒々しい」

前線、そういわれる地域。そして、かつてそういわれた時間。寂寞とした原野に打ち捨てられた戦士たちの剣と甲冑。それらの散乱、無秩序な羅列。戦場のあとを荒らす盗人にも相手にされないそれらもの言わぬ代物が、染み込んだ血潮のような赤く錆びた砂漠をつくり、暗たんたる逃亡のあとを示しながらはるかセルファニア湖へとその無念の残滓を引きずっていた。いずこの軍隊のものだろうか、夥しい数の死体の山が築かれただろうに。
風景、それはまだ冷めやらぬ記憶。そう、セルファニア湖で五つもの大邑が衝突したあの日。あの日私は兄を失った。それから父にも母にも、そして二人の妹にもあっていない…

「力で物事を変えていくことを嫌った兄、緩やかな変革を求めた兄」

***

峡谷。戦場の跡地を見下ろす絶壁の一つに女は腰を下ろしていた。無色透明の帳が中天にかかり、その空のかなたは凪ぐ風のない静かな海面のように茫漠とした世界を押し広げている。振り返れば眼下には大河の流れを思わせる大地の奔流が、まがり、くねり、あるいは隆起して幾つもの顔をもつ大峡谷を現しつつ背後に迫っている。崖端に腰かけ片膝を抱えた女の肩には長弓の弦がきつく食い込み、羽織ったマントの上に幾つもの細かいしわを作っていた。腰には禽獣の皮を凝らした弓筒がぶらさがり、丁寧に仕上げられた羽が一本一本に埋め込まれている。一見、狩人にも見えなくないがその装いは明らかにスィスニアの兵士のものだった。幾重にもなめして作られた上質なブーツ、同じくグローブに胸当て、そして軍制のマント。その止め金には高級(後宮ではない)将校であるところの朱の紋章が意匠されている。止め金の上ではショートに切り揃えられた頭髪が風に乱れて朱く散っていた。この世界では漆黒の長髪に翡翠の瞳、そして竜卵の肌。それらをナーラダ族、と人は言う。しかし彼女も又、その中の一人だった。

「我々は何のために戦ったのか。それぞれの主張を取り除けば、現場で行われていることはいかなる軍隊でも相違はない。ただの殺しあいだ。我々兵士は政治家や国王の言論の具現化にしか過ぎないのだろうか。なぜ言葉を証明するために、これほどの血を流さなければならない?」

ライラは無心に地平に目を凝らしていた。そこに何かが見えるわけではない。いつの頃からか遠くを見ては、消えゆくその一点を探して目を凝らす癖が付いた。虹の端を見極めようとしてその光彩の中を探るようなものだろうか。しかし、地平が消え落ちていく景色は虹のそれほど希ではない。こうして一人になれば、いつでも気の向いたときに地平を見極めることができる。後世、弓を取ってはスィスニアにその人ありと謳われるライラの視力は、常人のそれをはるかにこえて、天と地の境を見極めようとしていた。
「地よ、汝は人のものか? そして、天よ汝は誰のものだ。この間に明確な線を引ける者がこの世にいようか? この天地の間に立つことのできる者は地から生まれいづる者か。あるいは、それは天から示される意思なのか」

ナグモ・リューン。貴様は地のものか、それとも天のものか。貴様は天命を知る男か、それともこの地平に縛られた血生臭い梟雄か。泥沼の地の中で、貴様は天命を知るか。貴様はこの天と地、勝利と敗北が複雑に絡みあった世の中に、大道をという名の地平線を引くことができるか。戦は乱ではない、治であると言えるか。貴様の戦は乱ではないと言えるか。いえぬなら、いつまでも続くこの悲しみの中で、勝利と敗北という名の切り離すことのできぬ皮肉の中で、そして勝利を得るたびに孤独になっていく己自身の心の中で、永遠にあがき続けるがいい。魂の救済のなきところにはまた、天命を知る術も残されてはいない。だが、だがきっとそのような悲しみの積重ねも、我々の生きるあり方なのだ…

***

「ライラ、この世には一時の勝ちを求めるものがいる。結局は勝利も敗北もないのに」
「しかし、兄上、歴史はつねに戦いの中で前進し、勝者が歴史を作るのではないのですか」
「いいかい、敗者の次に悲惨なのが勝者だ。完全な勝利など、想像の世界でしか存在しえないんだ」

私は兄を見捨てた。ナグモ・リューンのクーデターの日。私は反革命に回った兄と決別し、変化を求めて急進的な手段を選んだ。さして未練のないこの世の中をさっぱり洗い流してしまいたかったのかもしれない。しかし、どうだろうあれから戦は拡大的に拡散し、結局は理想も信仰もないただの殺しあいが続いている。私はこんな結果を望んでいたのだろうか。若いころ、同じように大切な人と死に別れた。もし、今もし、あの人が生きていたなら、私はここでこんなことをしてはいない。きっと別な生き方をしていただろう。だが確実に一つ言えることは、私が剣をとっていなくても、この戦乱からは逃げられなかっただろうということだ。そしてこんな行き場のない悲しみが広がって、何もかも壊れていくのだ。この記憶が人々の中から消えるには、五十年、いや百年はかかる。私は百年後の軟弱な者たちが羨ましい。戦わないことではなく、戦えないことが。
「ライラっ!」
「兄様!」

私は戦場で刃の代わりに兄と理想論を交えていた。そんな私をかばって流れ矢を防いだ兄、どこまでも理想家だった兄。今ならわかる、現実こそ理想に近づける努力をするべきなのだ。これが現実なのだと言うだけなら、指一本、腕一本動かさずに語れる。血を流す意味はここにこそあると思いたい。我々は現実の前に無力なのではない。理想の前に無力なのだ。だから、私は戦う。このどうしようもない現実を少しでも理想に近づけるために。 あの日、流れ矢が迫るのを目で追うだけだった私。自暴自棄になっていた私を最後まで守った兄。私はあの日、死に場所を求めていた。だが今は、あの日からは、兄様の代わりに私がこの戦の行く末を見届けなければならないのだ。それが先の八武衆がひとり、ランギヴァラーハ・ライルからその役職を引き継いだ私の責務なのだから。

***

女は立ち上がると少し出てきた風にグローブをかざした。日に焼かれたタンニンの臭いが鼻先をつく。かざしたグローブから砂の固まりがこぼれていく。それは次々と風に煽られて峡谷の闇の中を幾つもの微細な光点となって泳いでいった。不意に、下から吹き上げてくる強い風が砂を舞わせて辺りを砂塵の煙の中に巻き込む。次々と吹き上げるそれはやがて土煙となり、戦塵を思わせる盛大な馬蹄の響きを白昼の幻の中に聞かせながら、やがてあたりを覆い尽くしていった。

─ 暗転 ─


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