会誌-「サークル水月会誌 第9回」

<ネタばらし>

TSNのネタは主に中華民国(近代中国)史から来てます。
その中の一つがナーラダで出てきた「北伐出師の檄」です。
「北伐」「出師の表」といえば、三国志が有名ですが、
中華民国時代にも「北伐」がありますね。
(世界史の教科書ではこちらの方が重要だけど)
ちなみに、この「北伐」の成功を期して「反三国志」が書かれたとか。
ま、それはさておき、「北伐出師の檄」の中で、
ナグモ・リューンのセリフに「兵をもって諫言」というものがあります。
これは中国の故事成語「兵諫」から来ています。
「紀元前675年、春秋時代、楚の大夫が武器を手にして楚子を諫めた」
という故事です。(春秋左氏伝)
それから2600年後の1936年、中国では再び「兵諫」が発生しました。
張学良が蒋介石を監禁した、例の「西安事件」のことです。
「西安事件」に至るまでに、張学良は蒋介石に対して2度の諫言をおこなっています。
一度目は「言葉によって理を説く諫言」
二度目は「涙を流しての諫言(哭諫)」
……そして三度目が「兵をもって諫言(兵諫)」
張は蒋の監禁に成功すると、
まず、このクーデターの「呼称」を考える必要がありました。
そこで引っぱり出してきたのが2600年前の故事、すなわち「兵諫」というわけです。
しかし張の思惑は外れ、世間に広まった「呼称」は「西安事件」でした。
さて「西安事件」後、張は自らすすんで軍法会議にかけられました。
このことは世間を驚かせましたが、張にとってみれば、
「兵諫」であったのだから罰を受けるのは当然だ、という気持ちだったのでしょう。
とはいえ一説では「蒋が度量を示して張を許す」というシナリオを期待していたとか。
しかし、蒋は張を許さず、
以来50年以上に渡って、張は幽閉生活を送り続けてきたのでした。
1990年、名誉回復がなされ、現在ハワイで隠居中の張学良(数えで99)ですが、
はたして故郷中国東北地方に帰れる日は来るのでしょうか?
日本がその発端であっただけに気になるところですね。
(参考資料)
「張学良はなぜ西安事変に走ったか」(岸田五郎)中公新書(1246)
「張学良の昭和史最後の証言」(NHK取材班)角川文庫

【TSN】   


                               

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【孔謀大師】 

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