会誌-「サークル水月会誌 第8回」

■ 「約束」の巻  【作者:砂の山】


 妙な組合わせになったものだ。
 エルフのふたり組、ヴィラとダナス。トゥー族の青年とバルスのアイドル、ロアと銀狼ポポチ。ナルスの女とその親友、シエルと白い翼のラルアーク。
 これが今度の一行である顔ぶれ、四人と一匹と一羽。

「ねえねえ、ヴィラくん。ちょっと待ってよ」
 シエルが微笑みかけ、太陽のにおいがするヴィラの頭をなでる。
「や、やめてくださいよー」
 顔を真っ赤にして嫌がっているが、逃れようとしても身のこなしでかなわない。
 すぐに追いつかれ、完全に彼女のおもちゃになっているようだ。
 ヴィラは通称で、本名はヴィルザート=アプシーズ。これでも百年は生きているのだが、実際のところ、他の民の十分の一年齢でまず間違いない成長速度がエルフだ。
 彼らは名前を略したり、あだ名で呼ばれることが多い。
 アプシーズ=エルフの始祖であるティターニア・メルリーラ姉妹は、ティトとメリル、そう呼ばれているそうだ。ただし、大多数の者は”様”づけで。
 まだまだあどけなさが目立つ、エルフの見習い薬師少年がヴィラである。

 さっきからそのヴィラにじゃれついている彼女は、腰まで届く黒い美髪、紫紺の瞳を持つ透き通るような白い肌のシエル、カルナ・シェルセラヴ。
 幼い頃からの忠実な友である、ラルアーク、白い翼の鳥を肩に乗せ、空に待機させ、彼女はここしばらく放浪の旅をしていたり、かと思うとついこの間、ユディトに新しく自分の店を開いたり。
 常に足音を消して歩く、無駄のない身のこなしからして、生業は盗賊なのだろうか。
 加えてシャリヤーティ神王の術法−空間制御−も修得している。
 相当する技量の持ち主が、諜報・暗殺ならお手のものの蜘蛛会に、はたして何人いることか。

「なんともいきなりの話ですが、本当にいいのですか」
 ロアはシエルが「わたしもついてくる」と店先でいいだしたときは、心の内でため息をつきながら、彼女のお店の店員のティエラとともに、どこらへんに本意があるのかを確認したものである。
「お店番に飽きちゃった……っていうのは、いつもしてもらってるティエラの前で言う事じゃないけど、まぁ、つまり、その……仕入れ、そう、品物の材料を色々とね」
 そんな、心強いお言葉を賜った銀の髪に青灰色の瞳を持つ、すらりとした長身の青年、ガンダルヴァ神官見習いであり、バルスの外吏長としてのお仕事が待ち受けているサーズ・ロアは、それ以上の説得をねばらずにあきらめた。
 足下に寝そべる銀狼ポポチを見ながら、ふと、ひとりごちる。
 “私は、私の仕事を果たすときだけにエネルギーを使えばそれでいいのだ”、と。
 これは、最後の勝利をつかむための作戦なのだ。

「うーん。女難だねぇ、ロアくん」
「…………」
「バルスから、せっかく外に出てきたのにねぇ」
 いつも、まるで他人事のように話すのが特徴のエルフがいる。
 彼の名は、ダナス=アプシーズ。
 お薬屋さんを自称していて、星薬会での身分はバイト=売人、つまり売り子。
 三十過ぎのように見えるので、実年齢もそれなりらしいのだが、そういった年月の重み、といったものを外貌からも、内面からも全く感じさせないそよ風が漂っている。
 金の髪がさらさらと流れる頭をフードで隠しているのは、エルフであることを目立たせないためだろうか。

 そんな彼らはアプシーズへ。
 ロアの用事、バルス大使としての星薬会バルス支部誘致交渉がそこにあるからだ。
 船旅になるので、アプシーズ行きの船を探しにユディトの港につくと、シエルは交渉を引き受けてその場から消えていった。
 彼女の異父兄、ユディト邑宰であるティン=トレストからもらった、何でもタダになる「お役目御免状」を使おうとしたロアの提案は、シエルにすげなく却下されていたから。
 「こういうのを真っ昼間から使ってると、頭がおバカになるからキライなの」
 とのこと。
 たぶん、意地を張っているだけなんだろうか、と思っていたロアだが、
 「こーいうちょっとしたところから恩を売りつけるあたり、いやらしい男だわ」
 との本音をすぐに小さな声でつぶやく。
 そんなことを聞かされると、外交官として、もう少し自覚を持たなくてはいけない自分に気がつく。
 ひそかに、遠くなる彼女の背中に向けて心の内でやり返すことも忘れずに。
 (あなたの行為は兄とは違って押し売りではない、とでも? シエルさん)

 船探しをしているシエルを待つ間、三人は港にほど近い酒場で時間を潰すことにした。
 ポポチそっくりの銀狼が寝そべっている、フェンリル亭ののれんを分けて店に入る。
 「後で何かくるんで持ってきてあげますからね、ポポチ君」
 そうロアはいいのこして、ポポチは店の外でお留守番している。
 ポポチは”まて”の姿勢のまま、すぐにそのフェンリルの絵の前で同じ様なかっこだ。

 外の明るみが屋根の中に隠された途端、騒がしい店内に突き抜ける大声がする。
 「よう、ロア! さぁこっちだ! おーい、麦種3つ追加だ、ねーちゃん!」
 入るやいなやめざとく見つけ、自分の席に一行を呼び寄せ、口を大きく開けてニヤリと笑うその男。
 「フェイロンさん、こんなところでまた会えるとは」
 「いや、俺もうれしいぜ。おごるからよ、さぁ、バンバン食べようぜ」
 そういって彼、ファン・フェイロンは旨そうに酒を飲み干した。
 商人であるフェイロンは、彼ら三人をバルスからユディトまで自分の船で「ついで」と称して乗せていってくれたのだ。
 その「ついで」には、フェルノ氏をはじめとする新興商人がしのぎを削るバルス市場に、首脳陣のひとりであるロアと親交を深めることによって、くさびを打っておく心づもりがあったのかもしれない。
 もっとも、商人のそろばんはシロウトにはうかがいしれないし、そのロアも昨今、「癒着問題」でマスコミから叩かれたばかりなのだが。

 「ね、なんでしょうね、このチケット」
 ヴィラは楽しげに、みんなに街かどでもらったそれをみせた。
 そこには”魅惑のツァン旅行パック”と大書されている。どうやら、どこぞの観光協会のビラのようである。
「それなら、俺からもプレゼントがあるぜ」
 フェイロンはヴィラに”情熱のメール旅行パック”のチラシをたくさん押しつけて、麦種の残りを一気にかっくらうと、席を立って去っていった。
「どこへ」、とロアが訪ねると、「大きな湖で大宴会があるらしいんだ。ご招待にあずかってるわけじゃないが、ちょくら野暮用を思い出してね」
 とのこと、振り向かずに、片手をあげて。
 フェイロンは目に色を出すほどウブな商人ではないが、その口調の軽さのなかに含まれていた舌残りの重さだけは、隠しきれるものではなかった。

「ポポチがいたからすぐに分かったわ。はいこれ、おかみさんからのプレゼント」
 シエルは料理のお代がびっしり書き込まれた請求書をロアに渡すと、適当に残ったテーブルの上を一皿にまとめて、すぐに表へ戻っていった。
「あのオヤジ、先に帰っちゃったんだよねー。あ、おねいちゃん、唐揚げ追加ね」
「ぼくはアイスクリームをお願いしまーす!」
 脳天気なエルフたちの注文の声が、なぜか遠くに聞こえる。
 ロアは数字の並ぶ紙をよく見る前に、もう一品だけ、自分も食べておくことにした。

 出発まで、まだ日がある。そのまま酒場の二階に泊まり過ごすこと、幾日か。
 過剰にかかった食費を償うため、労働にいそしむ三人の日々は……当然シエルは自分の家に帰っていたのだ!……あっというまに過ぎ去り、いよいよその日が来たのである。
 フェンリル亭を後にして、チケット片手に、高速艇に乗る一行。
 船旅は心地よく快適で、やはり歩き旅よりだんぜん楽だ。
 途中、ちょっと寄り道もした。
 でもそんなお話は、今回はさておいて、アプシーズについてからのことを話そうと思う。

 アプシーズ。
 ゲートブリッジで小舟に乗り換えて、遠浅のライトブルーの渚がむかえる浜から徒歩で。
 アプシーズ=エルフ、そのエルフ族の発祥の名を冠された、風涼やかな草色のアプシーズ。
 エルフの住む5大邑……アプシーズ・レーディンス・サーティズ・テューラ・マンドルード……それらの中でも、もっとも栄えていると聞かされるのが、ここアプシーズであるのだが、旅慣れたシエルでなくとも、ここは鄙びた土地であることが誰にでもわかる。
 ホルスやナルスの築く文化圏とは全く違う、独自の時の流れがそこにはあった。
 エルフのふたりに連れられて案内された建物、というかなんというか、そこは生きた樹の中であり、地下を潜り、樹上遙かの高見までそのまま利用してあるそれは、「住居=樹居」とでもいうような館に、星薬会のエライ人、ヴィレールト=アプシーズは住んでいた。
 彼はヴィルで通る。それ以外の役職名はたくさんあるし、フルネームもあることはある。
 だがここはエルフの地だ。通り名以外の呼び名は、彼らはあまり喜ばない。
「だから、ヴィルと呼んで下さってけっこう、バルスのロアよ」
「恐縮です」
 ロアは、長老格という名から想像していたヒゲだのなんだのが生えた“じじくさえるふ”の像を、脳裏から追い払うのに、そう手間がかからなかった。
 正面するヴィルは、美形ぞろいのエルフ族のなかではどれくらいのほどなのかはわからなかったが、少なくとも、今まで身近にいたダナスよりかは……比べるときには、できるだけ極端の方がよい場合が多いのだ……圧倒的に神秘的な感じがしたし、とても懐の深そうな人物に見えた。

 待ち時間ゼロ。
 手ずから入れられた紅茶のもてなし。
 すぐ側には、ヴィラ・ダナス・シエルも同席を許されている。
 エルフ側の顔ぶれは、シフという、活発そうな目の輝きが印象的な女性がひとり。
 それにしても。
 なにもかもが、ロアがこれまで経験してきた外交の会談とはほど遠い。
「それでは、お話を伺いましょうか」
 ヴィルに促されて、ロアはそのまえにと、バルス邑宰、ヴィーシアの親書を手渡した。
 何が書いてあるのかは、知らなかった。シアちゃん邑宰から預かったときに「まず最初にこれを見せて、それから」と言われたとうりの手はずだ。
 文面を見つめるヴィルの顔は、ほのかに苦笑した後、だんだん顔色がわるくなっていった。かすかにタテジワまで眉間に見えてきた。
 冷や汗がおさえられない。
 出鼻を自分の方からくじいてしまう展開など、喧嘩を売っているとしか思えない。
 ロアは、エルフ族の長老が文面を読み切る時間が、とても長く感じられた。

 いたって声は穏やかに、話はヴィルの方から始まった。
 他の顔触れは皆おし黙って、同席している。
 ロアは手を軽く握りしめた。
「バルスに、バルス=アプシーズの地としての役割を持たせたいと……そう書いてありました」
「そうです。つまり、星薬会を分割することになります。そうすることによって、セルフィアーの地にもっと機能的にみなさまのお力をお届けできるのでは、と」
「われわれはナルスではない。そうまでして利益の追求はしていない」
「星薬会の方々がこれからの戦乱の中で活動していくためには、より多くの拠点がある方がなにかとあなたがたにとっても便利なはずです」
「危険があるとわかっていれば、わざわざその渦中に飛び込みはしないでしょうね」
 想像以上の冷淡な反応に、ロアは言葉をこれ以上尽くすのはどうかと迷いはじめた。
 脳裏に引っかかっている……さっきのシアちゃんの書状……。

「ずいぶんな言いぐさじゃない。で、やばくなればトンズラこいて、昔のように、星界に帰っちゃうんだ?」
 立ちつくした感のロアを見かねたのか、シエルが入ってきた。
 全然関係ないのもいいところなのだが、エルフ族の一同は、全くそれを気にする様子がなかった。同席を許された時点で、そんなことはクリアされていたことなのか。
「それはありえないことです、流浪のシエルよ。われわれはここアプシーズが生まれ。同じセルフィアーの住人。それに、命を大事にするのは当然のこと」
「…………どうかしらね」
 辛辣きわまりないシエルの話しぶりは、まわりにも様々な反応を引き起こした。
 口の端に軽く微笑みをのせる者。
 意外だねえ、と新たな発見を喜ぶ者。
 目を見張り、どうなることやらとそわそわしている者。
 そして、次の切り口を見いだした者。
「あなた方エルフの誠意は、病や戦乱に苦しむバルスの人々を、セルフィアーの人々をどれほど勇気づけてくれているか、はかりしれません。先日も、同席されているヴィラさんとダナスさん、お二方のご尽力のたまもの、バルスへの医師団派遣申し込みへの素早い対応は、本当に感謝いたしております」
 ワンクッションおいてから……
「ところがエルフ医師団の方々は常々嘆いておられました。いわく、人手が足りない、物が足りない、何もかもが、バルスにはない、と」
「そういえば、あの労働の日々は哀しいものがあったよねー」
「先輩たち、ホントに人使いがきつくて、困りますよ」
 ダナスとヴィラは当地でこき使われたことをブチブチ言い出した。
 ヴィルはふたりの話が収まるまで一通り聞いてから、ロアに尋ねる。
「……何もないというが、安全くらいは保証できるとの条件で派遣したのですよ」
「それはもちろんです。バルス銀狼部隊が、邑へのいかなる火の粉をも払いのけてみせましょう。かくいう私もその一員として全力を尽くす所存です」
 護剣にかけては、セルフィアーでトゥー族にかなうものはいないのだ。
 守り戦ならいくらでもロアには自信があった。
 そんなバルス代表をつとめるうら若きトゥー族の青年の瞳を見て、ヴィルは思う。

 留守を任せる人材がいない……まだバルスは不安定そのものなのだ。
 民族を超えて集いあう邑という存在には、より多くのトラブルがつきまとうのだろう。
 その現実の処理の重みにたえきれるのだろうか、シアは。
 もっと多くの協力者が必要なのだ、彼女たちには。
 たとえば、今ここにこうして交渉しにくるような若者たちのように。
 もしこうした者たちを多く集めることができるのなら、シアの理想も、もしかするかもしれない。
 ちょうど、昔の自分たち……たった三人ではじめた星薬会のように。

「お話、よくわかりました。できる限りのことを協力させていただきましょう」
 目を閉ざし、考え込んだ長老の口から、今までの流れを一転してこぼれだした快諾の断。
 ロアは唖然としていた。
 まわりのみんなが歓声を上げる中で、自分はこの交渉の中でなにができたのか、手応えが何らつかめないままに、感謝の礼を尽くしていた。
「バルスのロアよ、エルフとの約束がどのような意味を持つか、わかりますか」
「エルフとの約束……ですか?」
「そうです。何事もなければ、あなたの子々孫々にまで、私は生きています。シアもそうでしょう。あと5百年後までとか、そういうスケールでの時の流れを、あなたとの約束が守られることになります。あなたが死しても、あなたを私たちは忘れません。エルフの腰が重いのは、そのため。エルフが戦を嫌うのも、そのため。すべての時を司る一族であるわれわれの生涯をかける、それだけの何かをバルスが持っているかどうか、それをみせてもらってから、ほんとうの約束をしましょう」
「つまり、“バルスとは何か?”、ですか」
「そのとうり」

 再び静寂が訪れる。
 ロアだけが動いた。
 彼は横笛を取り出し、呼吸を整えてから、迷うことなく音を神に捧げた。
 吹きはじめたとき、バルスで出会った、遠くを見つめる瞳が印象的なイーヴ・セストの顔が一瞬浮かんで、すぐに消えた。
 彼は、常々なんといっていたのだったか……「神は、だれだ?」

 ガンダルヴァ神王が降臨したかのようなその音色はすべての者の心に染みわたり、透き通り、流れ抜けていく。
 ロアは奏でる。
 すべての思いを込めて、突き抜けた先に、音そのものの彼がいた。
 音律の波にのって、伸びやかな声がその調べに和してきた。

 この木々も風も知らぬ悠久の昔
 今となりてはいずことも知れぬ栄えたる邑バルス
 その名はヴァーユの筆よりこぼれしもの
 ミューズに愛されし美しき街……

 シエルが歌い終え、ロアも口を離す。
 目で是非を問う。
 エルフは、かるくうなづいた。
 楽師はガンダルヴァの過ぎ去った爽快感に身を任す。
 ただ息をしているだけで、彼らにはそれですべてが充分だった。
「バルスがバルスを目指し続ける限り、エルフは汝らに力をあわせん」
 星薬会史に記される一文条約は、このときの約束のことである。

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