会誌-「サークル水月会誌 第8回」

■ とどかない・・・  【作者:Kei Schreier】


 キャラバンの仲間は相身互い、一つのおおきな家族のよう。
 彼が育ったのは、うたと、おどりと、それらを司る神々への感謝といのりに満ちた、そうした『家族』の中。
 彼らは楽士たちの群れ、舞踏団、村むらを巡って歩く、腕のいい旅芸人の一座。

 ものごごろついたときから、空気のように『うた』はまわりに満ちていた。
 てぃぃーん、てぃぃーん、と十二弦をかき鳴らすのはティート、厳格な音楽の師匠ではあったが、その奏でる春の音色の楽のように穏やかであった──彼の父親。
 ──わたしの指が紡ぎだす、わたしの喉をついてでるこの調べは、かみさまのうたううた──が、わたしの指を、わたしの口をとおして音になっているもの。
 父親はそう言ったもの。
 しゃらん、しゃららん、と鈴をふるわせ、舞帯なびかせ羽根のように舞踊るのはアイラ、美しくも優しい──彼の母親。
 ──うつくしいものは、かみさまが、わたしたちのこころやからだをとおして、おあらわしになるんだよ。
 母親はそう言ったもの。たむ、たむ、しゃらん、とタンバリンを片手に、かろやかに踊りながら。
 よろこびに、感謝に、美しさに、いのりに満ちた──歌、歌、歌。
 キャラバンの仲間たちも口を揃えて言う、わたしたちはしあわせなのだ、と。
 ──何故──って、他の誰でもない、神々は、俺たちにその美しいものをかたちにする腕とわざとをお与えになったからさ。
 ──ほかにだれがこんな風に踊れる? ほかにだれがこんな風に歌える? ほかでもない、神々はわたしたちをお選びになった!
 ──だから、小さなセスト、よくお聞き。
 ──ひとつひとつのトーン、一つ一つのステップに込めるのだよ、わたしたちは感謝と、いのりを。
 ──ありがとうございます、ありがとうございます──
 ──この指を──この喉を──このからだを──与えて下さったことを!
 ──『美』をかたちにあらわすための器に選ばれたこの身の幸運を!
 だから。
 だから小さなイーヴ・セストも、そのように信じて大きくなった。

 キャラバンの仲間は相身互い、一つのおおきな家族のよう。
 彼らは楽士たちの群れ、舞踏団、村むらを巡って歩く、腕のいい旅芸人の一座。
 どこへ行っても歓迎される、まつりのときにはなおさらのこと。
 たんまりと礼金もはずまれた──そうして次の目的地めざしての旅の途中。
 ひとりの年老いた仲間の具合が悪くなった。
 そんなところではどうもこうも手当ても看病もしようがないので、道を急いだのものの、集落までまる一日はかかろうか、というところでどうにもこうにも動けなく──彼女を、動かすことができなくなった。
 ──ほんの、あと少しの道のりなんだが。
 頭のガーダンはため息をついた。
 ──このボロ馬車は、揺れるでな。ちいとオド婆(ばば)にはこたえよう。
 しかし足止め、イコール仲間をそのまま弱るに任せることではない。
 ──村ァ行って、薬師を呼んでこい。あと──ああ、無駄足踏ませることになるならさいわいだが──神官殿もな。
 若者が二人、村への使いに選ばれた。<鋼の喉>のデイルと、<銀の手>のセスト。
 疲れ果てた駄馬に乗り、それでも村へと急ぐ。オド婆は、ふたりの若者にとってよいうたの師匠の一人であったから。
 若者たちは、たった一日、一座と行動を異にした。
 それが彼らとの別れになった。

 「・・・これは・・・ひどい・・・」
 頼み込んで連れてきた薬師は、もはや手遅れであった──年老いたオドにとっても、一座のほかの者たちにとっても。
 キャラバンの仲間は相身互い、一つのおおきな家族のよう──弱いものを抱えた旅芸人の一座は、野盗のかっこうの獲物となった。
 世界は──祭りの季節。
 楽士が、踊り手が、旅芸人がこの時期羽振りのいいことは、冬を控えた獣の、脂がのって美味いことと同様に、セルフィアーでは周知のこと。
 元より戦う術などもたぬ、また弱き者をかかえた旅芸人の一座に、助かる道などなかった。
 皮肉なことに、ガーダンの言葉どおり。神官には、無駄足を踏ませることができていたなら彼らのさいわいであったものを。
 それでも一座を、家族を守ろうとした男たちはなぶり殺しにされた様子。楽士にとって命より大切な楽器──と対になる、それぞれの指が、腕が切り落とされて。よろこびをうたう、喉をつぶされて。
 すみやかな死を迎えることができていた者はしかし幸いであった。
 「・・・とても忍びない──!・・・だが、そうしなければ。」
 <綱の喉>は、鋼の心をも持っていたらしい。死にきれずにあった家族たちに、泣しながら彼らを楽にしてやった。
 うたをうたえない小鳥?
 ああ、彼らももう生きていたいとは望んでいない。
 ティートは幸いなことに、息子の、『家族』の手を煩わせることもなくこときれていた。
 ──おとうさん──おとうさん──おとうさん──!
 比較的傷みの少ない遺体のその瞳を、セストはそっと閉じさせてやった。
 馬は連れ去られ、馬車という馬車はすべて荒らされていた。
 頭のガーダンはといえば、野盗の襲撃のとばっちりを食らって倒れた荷馬の下敷きになっていた。

 そうして──女たちは。

 一行には七人の女がいたのだが、枯れ木のように乾いた様子で死んでいたオド婆と、その看病に付いていたアティアが真っ向から額を割られて息絶えていた以外の、女たちは──

 おんなたちは。

 目を閉じることが出来たなら、その惨状を見ずにいられることができたなら、どれほどセストにとって幸せなことだったろう?
 だが。

 「ひいいぃやああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

 喉からほとばしり出るその音が自分の声であるとわかるまで、どれほどの時間を要したことか。
 セストの叫びに、そこへやってきた神官は、嫌悪感をあらわにした表情でその惨状を見、そうして珍しい出来事でもなんでもない、といった様子で言った、
「ああ──なんてことだ。野盗連中め──忘れずにつまみ食いをしていったいうわけか。・・・だが、なにも命までとることはあるまいに。貞操だけで満足しておればよいものを──」

 ──おかあさんおかあさんおかあさん──あなたはあれほどの祈りを、舞を、まごころをかみさまに捧げたのに、どうしてかみさまはおかあさんをたすけてはくれなかったの!?
 ──おとうさん、おとうさん!あなたがいったい何をしたというの?
 ──ガーダン、フィオナ、オド婆・・・ぽくたちがいったい何をしたというの?

 「・・・祈る気持ちを、音にのせるんだよ。おまえの素直な、いのりを歌に。」
そう──父は言っていた。  キャラバンの仲間たちは口を揃えて言っていた、わたしたちはしあわせなのだ、と。
 ──何故──って、他の誰でもない、神々は、俺たちにその美しいものをかたちにする腕とわざとをお与えになったからさ。
 ──ほかにだれがこんな風に踊れる? ほかにだれがこんな風に歌える? ほかでもない、神々はわたしたちをお選びになった!
 ──だから、小さなセスト、よくお聞き。
 ──ひとつひとつのトーン、一つ一つのステップに込めるのだよ、わたしたちは感謝と、いのりを。
 ──ありがとうございます、ありがとうございます──
 ──この指を──この喉を──このからだを──与えて下さったことを!
 ──『美』をかたちにあらわすための器に選ばれたこの身の幸運を!

 「・・・返して、ぼくに。・・・みんなを・・・おとうさん・・・おかあさん・・・」

 そうして今度は、現実を拒絶しようとする『叫び』ではなく、真摯な祈りのうたが、セストの喉からあふれだした。

  朝な夕な あなたの御名に感謝をささげ
  あなたのために定められた祭日には
  それがたとえいつもどおり 旅の空の下であっても
  急ごしらえの祭壇に 花と祈りと
  御身を讃える歌とを 欠かしたことはありません

 旋律に、デイルが和す。やわらかな音を重ね、音を広げる。

  われらはあなたの子 われらはあなたの民
  われらのすべては 御身のために
  そうしてこれからも すべてを御身にささげましょう
  誓って おん身 うたを 楽を司るあなたさまのために

 そこまでは──穏やかな旋律。通常の祭文につける旋律とおなじ曲にのせた言葉であったから、二人の声は調和していた。

  ですから──お願いです!

 セストの音が、外れた。

  これまでの全ての祈りと これからの全てのうたと いのりと
  われら一族すべての名をかけて!
  奇跡を、たまわりますように──

 それはデイルが続けようとした旋律、ふつうの祈りの旋律とは違う、激しい──激しい?──感情に引きずられた、しかしそれもまぎれもないいのり、しかしあたらしい旋律が紡がれる。

  たいせつなわたしの仲間、かけがえのない家族たちを
  かえしてください、わたしのもとへ!

 叫び。こころからの、望み。

  この願いが叶うならば──
  わたしの命を
  わたしのすべての歌を
  わたしの喉を
  わたしの喜びを
  すぐさまお召しになってもいといません!
  御身のため 最後の感謝の歌をうたうだけのいとまをお許しくだされば──

 しかし、最後の和音が長い尾を引いたあとに消え去って、無関心な風の音がひうぅ、と通り抜けるだけになっても──奇跡は、おこらなかった。

 「・・・なにも・・・おこたえにはならないのですか・・・?」
 無情の天をあおぐ。
 と、パチパチパチ、とその場にそぐわない拍手が聞こえた。
 「ああ・・・なんと見事な業だろう、イーヴ・セスト君!ラルゴ・デイル君!ああ、ご家族を失われて、大変お気の毒なことをした──したが今、貴君がとても途方に暮れておられることはよくわかるし、あと──彼らを埋葬するにしても、ここで、よりは神殿のそばの、もっと神官たちや村人の手の届くところにしてはどうだろうか?わたしたちの神殿は君たちを喜んで迎え入れるだろう。ご家族方の菩提は、さあ、わたしたちと一緒に守ってはどうだろう?」

 そうして飼い馴らされた<鋼の喉>はとどまり、うちひしがれた<銀の手>は彷徨いを続けることになった。
 「みんな逝ってしまった──君もそして、行ってしまうの?」
唯一残された仲間デイルは、別れに臨んで、セストに言った。
 セストは──傷ついた、皮肉に満ちた瞳、しかしそこに腰を落ちつけることを選んだ友に対する哀惜と憐れみとをないまぜにした瞳で、デイルを見た。
 「神殿は──家じゃない。・・・だから、僕はとどまろうとは思わない。デイルはここにいて、みんなの亡骸(なきがら)の守をする──とそう決めたのだろう? 僕はあちこちを──まわるよ、みんなの、魂といっしょに。そう決めた。それに旅芸人に安定は馴染まない。だから──さ。」
 それが別れの言葉。

 ──キャラバンの仲間は相身互い、一つのおおきな家族のよう。
 ──その仲間たちが信奉していた神々、彼らを、わたしたちを救ってはくれなかったというのに──まだそんなもののために歌を捧げようというの?
 けれど、それは言葉には出されない、思い。
 なぜって? 最後に残された『家族』、仲間を傷つけたいとは思わなかったから。

<  終. >  


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