会誌-「サークル水月会誌 第8回」
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ウィルド攻防戦 第一回 ■ 「戻ることのできない運命」 【作者:古河 丞】 前書き (『諸英伝史・ウィルド列侯伝』より) 独立暦401年人の月から火の月の二節は、後世では「血の節」と呼んでいる。 この節には、大きな戦争が三箇所で行われていた。「火の50日間」と呼ばれるセルファニア湖の戦い。7年振り、二度目のアーヴの戦い。そして、「討逆戦争」と呼ばれるウィルド攻防戦である。 話は、独立暦400年空の月にさかのぼる。 ウィルド邑宰ウィルド・ジュノーの悪政に憤った者たちが、邑宰の姪のウィルド・ムーティエを立ててクーデターを起こした。クーデターは成功し、ムーティエらによるウィルド邑の支配が始まった。 これに対し、ウィルド四護邑(北のラザ邑、南のウリクル邑、東のクィル邑、西のマクート邑)はムーティエに反発していた。 そこで、ウィルド外吏長マクセン=セレダインは、四護邑を押さえるべく、ラヴェド邑と同盟を締結した。 ウィルド邑とラヴェド邑をまとめて相手にできないと判断した各邑は、座視することにした。しかし、ウリクル邑だけは、ウリクル・ラマジャとヴァル=ヴァロヌの進言により、レディア王国との同盟を締結し、徹底抗戦の道を選んだ。 一方、北方の豊かな土地を狙うレディア王国は、この戦いに介入し、北方侵攻の足がかりを築こうとしていた。 各者の思惑が蠢く中、独立暦401年人の月28日を迎えた。 一.軍師将軍、暴れる この日は、三日前から降り続いた雨が止んだ晴天の一日である。 ウリクル邑宰ウリクル・カルタスは、この日、来たるべきウィルド攻略の全権を、ラマジャとヴァルに委ねると宣言する。そして、ラマジャには、ウィルド攻略軍総兵(総司令官)に任命し、討逆将軍の称号を許し、ヴァルには、ウリクル兵吏丞兼外吏丞に任命し、軍師将軍の称号を許した。 ラマジャやヴァルなどの 和平派の代表格、法吏長ロルフ・ハシャス邸には、和平派高官たちが集まっていた。 余談だが、ハシャスは元々ウリクル邑の有力者である。六年前、当時邑宰だったラマジャの兄の早逝により、ウリクル邑宰位は、アシュラ神官だったラマジャが継ぐはずであった。当然、ハシャスもラマジャを推していた。ところが、亡き邑宰の遺言と、ラマジャが邑宰位を嫌ってかけおちをしたことから、ウィルド邑宰家よりカルタスが迎えられたのである。邑宰丞を狙っていたハシャスは当てがはずれたのだ。そのため、ハシャスは、不満を持つ有力者たちと、邑宰らと事があるごとに反発していた。 「ハシャス殿、このままでは、ラマジャらの意のままに事が運びます。どうしますか?」 小心者の庫吏長ノモア・ノドスがハシャスをすがるような目つきで見る。そして、兵吏長イグダ・ドーソンが入室すると、今度はドーソンの恨みがましい目つきで見る。 「大体、卿がだらしないから……」 「私に言わないでもらいたい。あのヴァルが軍師と称してからおかしくなったのだ」 「ご両人、儂によい策がある」 ドーソンの言葉に、二人は耳を傾ける。 三日後。この日、邑宰は不在であった。ラマジャとその妻イグダ・リュリカとともに、ダンダカ邑へ向ったためである。ダンダカに駐屯するレディア王ツァン・スィラーナを迎えるのがその目的である。ラマジャ夫妻と衛兵隊が供をしているのは、ヴァルがスィラーナは信用できないと進言したためである。 事件が起きたのは、この日のことである。 ラマジャとヴァルの願い出により、邑宰猟地は出征軍本営となっていた。その本営に、邑宰丞ギダ・ランドゥが青い顔をして訪れたのである。 この時、ヴァルは外吏長ラコー・ディロンとナーラダ族情勢について論じ合っていた。しかし、ランドゥの表情から何事か起きたと察した二人は、ランドゥを招き入れる。 「実は、軍資金も兵糧もない」 青い顔のままのランドゥに短刀直入に言われた二人は、あまりな言葉に呆然とする。 「邑宰丞、納得のいく説明をして下さい」 「将軍、すまない。将軍が、レディアとの同盟、邑民有志や優秀な人材を募っての軍備増強を成功させているのに、面目ない」 「お二人とも落ち着いて下さい」 人の好い微笑みを浮かべたディロンが、二人に茶を出し、落ち着けさせようとする。出された茶を飲んだランドゥは、人心地がついたのか、普段の調子で説明を始める。 ヴァルとディロンは、ランドゥの説明を聞いたが、特に表情は変わらなかった。 「成程。つまり、ノドスが外吏と兵吏の予算内で戦費を工面しろと言ったわけですね」 「そうじゃ。連中め、我輩だけでなく邑宰までもたばかりおった」 無念そうなランドゥと同情するディロンを横目に、ヴァルは黙ったまま、鎧の上に戦袍を着、外套をまとう。 「将軍、何の真似だ?」 「邑宰丞、外吏長、連中はこの私を甘く見ているらしい。邑宰の意に従わないばかりか、この天才に喧嘩を売るとは愚かな……。軍師将軍のやり方を教えてあげましょう。誰か!!」 兵士が一人、部屋に入る。 「ナーラダ募兵尉ラル・ミレアムとナーラダ族募兵隊を集めよ。出陣だっ!」 兵士が去った後、事の思いがけない事態に驚く二人は、ヴァルを止めようとする。 「お二方は、私のこの一件を邑宰に訴えて下さい。ハシャスに先手を打たれては、取り返しがつかないでしょうから、気をつけて」 ヴァルは二人にこう言うと、部屋を出る。残された二人は見るからに不安そうである。 「ともかく、言われた通りにしましょう」 「そうだな。そうするか」 「では邑宰丞、早馬で行ってらっしゃい」 「待て。何故そうなる」 「だって、私、太りすぎで馬に乗れませんよ」 「そうじゃなくて、家来に行かせろよ」 渋い顔をしたランドゥは、二人の邑兵をダンダカ邑に走らせる。 将兵の歓声を背に、出陣したヴァルとナーラダ族募兵隊は邑の倉庫を包囲し、責任者を呼びつける。 「軍師将軍ヴァル=ヴァロヌ、邑宰ウリクル・カルタスの名のもとに、倉庫を開くことを命じる」 「お……お待ちを。こ、ここの鍵は庫吏長がお持ちでして……」 「成程。庫吏長を連れて来ればよいのだな」 責任者の庫吏を解放したヴァルは、兵たちの方を向く。 「これより庫吏長を迎える。ミレアム、君一人連れて行く。残りは包囲したまま待機」 ヴァルとミレアムは、政庁に乗り込む。 邑吏たちが二人を止めようとするが、敵わないため、遠巻きにするばかりである。 易々と庫吏長の執務室に着いた二人は、ノックもせずに中に入る。それを見たノドスは、顔を真っ赤にして怒る。 「無礼者っ! 何しに来た!」 「庫吏長、邑宰の命令により、邑の物資を使わせてもらおうと思います。是非とも、卿をお借りしたく……」 「ぶ、無礼なっ! つまみ出せっ!!」 慇懃なヴァルの口調に恐怖を感じたノドスは、逃げようと席を立つ。 「これはこれは。臣の申し出をお受けになられるとは有難き幸せ。ミレアム、庫吏長をお連れせよ。旦し、丁重にな」 「では、緩く縛りましょう」 ミレアムは喜々として縄を手にノドスに近づく。おろおろしているあわれなノドスは、あっさり縛られる。 「では、参ろうか」 ノドスを連れて行く二人の前に、ランドゥが阻む。 「三人とも、よくも勝手なことをしてくれた。邑宰の沙汰があるまで、謹慎せい」 「遅いですな、邑宰丞殿」 こうして、ヴァルとミレアム、ついでにノドスの三人は謹慎の身になってしまった。 カルタスは、使者を邑に差し向け、裁きを下した。事の非はノドスにありとし、ノドスには七日の謹慎、ヴァルとミレアムには三日の謹慎とした。無論、法吏長ハシャスは異を唱えたが、聞き入れられなかった。 謹慎開けのヴァルを待っていたのは、ラマジャである。 「これで、ハシャスを敵に回したな」 ラマジャが苦笑を浮かべる。ヴァルも苦笑を浮かべている。 「エルーブ邑兵尉時代を思い出すよ」 「まったくだ」 しばらくの間、二人は笑っていたが、ヴァルは急に真顔になる。 「しかし、ハシャスやノドスは何とかしなければならない。邑の乱れの元となるからな。だが、今は大事な戦の前だ。よくない」 「何とかするとは……」 ラマジャが険しい顔になる。ラマジャの妻、衛兵長でもあるリュリカは、兵吏長ドーソンの娘だからである。ヴァルの考えもやり方も知っているラマジャは、自分の予想が外れることを願わずにはいられなかった。 ヴァルは、これらを察していたが、あえて辛い一言を口にして、覚悟を決めさせようと考えていた。 「病巣は早めに除くべきだ。そうしないと、取り返しのつかない事になる」 二、紛議するウィルド 冷徹なるヴァルと野心家のスィラーナを中心に、戦乱の嵐が吹き荒れる中、これに抗する者が三人いた。ウィルド邑宰ウィルド・ムーティエ、ウィルド邑宰家の長老ウィルド・シェリン、そして、ラヴェド外吏長ゾグダ・シュザンヌである。 この三名は、純粋に、レディア王国を阻み、民を苦しめないためと主張している。その点、私怨と私欲のために動いているハシャスらと一緒に論ずるべきではないだろう。 だが、ウィルド邑もラヴェド邑も、彼女らの意に反し、開戦への道を突っ走っていく。 「クロトワ、俺に出陣の許可をくれ。ウリクルの連中に、目にものを見せてやる!」 人の月37日の会議は、兵吏長ランス・フォードの先制攻撃論で幕を開けた。 「バーカ、出陣許可をクロトワに求めるな。第一、邑宰が許可すると思ってんのか?」 「くっ、ならば、セレダイン、てめえは手を出さず、連中を勢いづけてもよいのか?」 「まあまあ、二人とも。それより、邑宰丞の考えを伺いましょう」 高官たちの注目を集めている邑宰丞クロトワは、重々しく口を開く。 「もう一度、邑宰を説得する」 「もし、邑宰が許さなかったら?」 席を立ち、邑宰の執務室へ行こうとするクロトワに、誰かの質問が浴びせられる。クロトワは、暗い表情になる。 「その時は仕方ない。邑民を守り、邑の威信を保つという邑宰の務めを果たさない者は、もはや邑宰ではない。マウリッツ殿、その時は卿に邑宰に就いてもらう。一同、覚悟を決めておいてもらいたい」 クロトワが去った後も、高官たちの間は、重苦しい雰囲気に包まれていた。 一方、ムーティエとシェリンは、情勢について協議していた。そこに、クロトワが入室する。 クロトワには、二人の冷たい視線が突き刺さったが、意に介した風はない。 「改めて言わせてもらいます。戦争は民を苦しめるだけで、得る物は大してありません」 ムーティエは、毅然たる態度でクロトワに宣言する。これを聞いたクロトワは、侍臣たちを退出させ、ムーティエとシェリンを残す。 「どうしても戦争を避けたければ、手は一つのみ。ヴァル=ヴァロヌを暗殺し、ロルフ・ハシャスらに多額の賄賂を送って、一挙に戦争中止に追い込ませるのです。そうすれば、ウリクルは軍師を失い、レディアは大義名分を失い、戦争にならずに済みます」 ムーティエの表情は渋いままである。だが、シェリンは納得した表情になる。 「ムーティエ、お前が調略を嫌う気持ち、わからんでもない。だが、戦争になり、ウィルド一帯の民十五万人を苦しめるよりは良策だと思うぞ」 「そう……ですね……」 覚悟を決めたムーティエが重々しく頷く。 「よくご決断なさいました。では、万事お任せあれ」 クロトワとシェリンが退出する。一人きりになったムーティエは、重い溜め息をつく。 某邑某所にて。 青白い顔と鋭い目つきのシャル族の男と、狐面のナーラダ族の男とが密談していた。 「卿の申し出はわかった。だが、先立つものがなければ……」 シャル族の男が銭箱を開く。そこには、一万粒の銀色が光り輝いていた。 「もう二,三箱ほど用立てましょう」 「成程。卿の主君は金の使い方を心得ておられる。卿の主君に伝えよ。十日待て、と」 「心得ました」 アシュラ神官カーク・アシュヴィンは、その頃、ウィルド募兵の中にいた。間者の目を引きつけるという大役を、そつなくこなしていた。さらに、腕が立つため、二度ほど寝込みを襲われたが、いずれも返り討ちにしている。 人の月40日のこの日、アシュヴィンは異変に気がついた。刺すような鋭い視線が減った気がするのだ。 迷った末、試してみるかと、アシュヴィンは背行者たちをまいてみる。すると、二人の男が明らさまに動揺しているのがわかった。 「素人ばかりだ。何かあったか?」 「知りたい?」 突然、背後から聞こえる若い女の声に、アシュヴィンは驚いて後ろを向く。そこには、ツァン族の少女が一人、所在なさそうにしていた。 「右手を剣の柄から離して。それから、あたしの方を向かないでね」 「言う通りにする。それで、何者だ?」 「ウリクル外吏ラコー・ノーラ。でも、貴方、間者に向いてないね」 くすくす笑うノーラを、アシュヴィンは不審の目指しで見る。 「そんな目で見ないでよ。そうそう、貴方を見張ってた連中だけでなく、敵の間者の半分近くと邑兵の精鋭が、昨晩、ウリクルへ向かったわ」 「目的は何だ」 「ヴァル様の暗殺よ」 「軍師将軍ヴァル=ヴァロヌの事か」 「ええ。まあ、おかげであたしたちは仕事がしやすく……」 「心配じゃないのか?」 表情を曇らせたアシュヴィンが、表情一つ変えないノーラに尋ねる。 「ああ、大丈夫だよ。貴方が倒せる程度の連中だもん。当然返り討ちよ」 「俺の腕って……」 「それより、愚かな事よね。あの方がこの事を知ったら、どんなに喜ぶ事か……」 ムーティエからヴァル暗殺の件を訊いたシュザンヌは、怒ってムーティエに食ってかかる。 「馬鹿なことをしましたね。成功すれば、クロトワたちがウリクル攻めを行いますよ。それに、失敗すれば、連中にウィルド攻めの口実を与えるだけです。現に、兵吏長ランス・フォードらは出兵の準備をしております」 「すると、私は騙された……」 「間違いありません。これで失礼します。この暗殺は、阻止しなければなりません」 慌てて邑を出るシュザンヌを見送るムーティエの表情は、暗かった。 三、 狙われるヴァル=ヴァロヌ 人の月41日。この日は、スィラーナ率いるレディア王国軍先鋒部隊一千人がウリクル邑に到着した。この日の夜に行われた歓迎の宴には、ラマジャもヴァルも出席していた。 宴たけなわだが、ヴァルの心はずっと別の所にあった。 話はこの日の昼にさかのぼる。この日、ヴァルに招かれた二人のシャル族、エルーブ邑兵時代の副官エリオット=クェルと、アーヴの戦い以来の友人でアシュラ募兵のディア=マクシエルの二人が来ていた。ヴァルは、強力を申し出た二人に感謝し、邑宰に目通りさせると約束して、昔話を楽しんでいた。 そこへ、同役の兵吏丞ツァン・シャクタンと元邑兵尉でラマジャの妻の弟のイグダ・リァンフが三人の男女を連れて来た。 「あのね〜、こ〜の人たち、邑民の、義勇兵の、将たちなのよね〜」 「シャクタンさんよ、そのしゃべり方やめな。ヴァル、久しぶりだ。リァンフだ」 「おお。それで、そこの三人は?」 「副将だ。一人ずつ紹介しよう」 三人がそれぞれ自己紹介をする。そして、三人目、ウィルド出身のシャル族、エル=アデッタの名前を聞いたとき、ヴァルは驚愕の表情を浮かべたまま突っ立っていた。ディア、エリオット、リァンフも見たことのない表情のため、この場にいる全員が不思議がっていたのは言うまでもない。 「──ヴァル、どうした、ヴァル」 カルタスの声で我に返ったヴァルは、病と称し、カルタスらの返答も待たずに退出する。 ヴァルが馬に乗って帰ろうとすると、二頭立ての馬車を用意していたエルがヴァルを迎える。 「将軍、病の身で馬に乗るのは身体に悪いことです。私が御しますので、これにお乗り下さい」 「そうか、いや、助かった」 ヴァルは、馬車に乗ると、ゆっくりと目を閉じ、身体を休ませようとする。 動き出した馬車を、二人組の男が見送っている。 「ヴィアロ様にこの事を報告せよ。俺は続けて馬車を背行する」 「承知した」 一人は馬で馬車を追い、もう一人は馬を別の方向へ走らせる。 そして、一人の女がこれらすべての動きを、微笑みを浮かべつつ見守っている。 「今夜は、楽しい夜になりそうですね」 ──続く── |
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