会誌-「サークル水月会誌 第8回」

■ トゥルニア狂詩曲  【作者:おてうちにして】


 ──わたしのためだけの、たったひとつの(べに)をください。そうすればあなたのもとへ嫁ぎましょう。
 男は、親から譲り受けた財産を使い、六十年に一度だけカノールに花咲く竹の雌蕊を集めさせ、十年に一度だけ生まれてくるセルファニア湖の淡水珊瑚の卵を求めさせ、万に一つ取れるといわれる深紅のメール真珠を砕かせ、(べに)を作って女に贈った。
 女は首を横に振り、それを男に送り返した。
 人の入らぬフェトの深山に棲む鈴島の卵の殻を集めさせ、手の届かないセズの深海に棲む一角獣の角を求めさせ、エルーブの谷に眠るといわれる億に一つの緋の宝玉を砕かせ、紅を作って女に贈った。
 女はため息をついて、それを男に送り返した。
 似たようなことを、あと二回。
 三度目に女はうなだれ、四度目には会いにも出てこなくなった。
 男は財産を使い果たし、女のところへ別れの挨拶にやってきた。
 手にしているのは野で摘んだ、名も知らない小さな赤い花。
 男はとざされた門の向こうの女に語り掛けた。
 わたしにはもうなにもない。あるのは、自分で手折った野に咲く小さなこの花だけ。
 愛しいあなた、残酷な恋人よ。無一文になってしまった男は、自らを恥じて、この足で旅に出ていこう。
 だからこれがあなたへの最後の贈り物。
 女は微笑み、閉ざした扉から姿をあらわした。
 そして唖然とする男の手をそっと開いて小さな赤い花を自分の手に取り、紅の代わりに唇にあてがった。
 やっとご自分の手で得られたものをくださいましたのね。
 それはすこしだけ昔の物語。そう、どこにでもあるような──



 濡れたような青毛馬──ともすると連銭が浮き出て見える──が優美に蹄を鳴らすたび、小さな鈴がかわいらしい音を立てる。
 たてがみに早摘みの蓮華の花を編みこんでもらって、牡馬の機嫌はすこぶるよい。
 ぐいぐいとハミを自ら引っ張る元気の良い牡馬をなだめつつ、手綱を持つのは背の高いトゥー族の乙女。年の頃なら二十歳前後。クリシュナ神王の紋を刻んだ甲冑もりりしく、自身には剣を佩き、愛馬の鞍には弓を括りつけている。鞍の──あおり革の部分に急ごしらえで焼いて作った──狼の意匠は、このごろ話題のバルス邑。
 すれ違っていく通行人たちが、彼女の研ぎ澄まされた剣先のような雰囲気と、冷たい美しさをもつ容姿をちらりと見て、一様に感嘆の表情を顔に張り付かせる。
 ここはユディト。水の(さと)
 色とりどりに咲き競う猛春の花々がそこかしこを飾る、そんな艶やかな大通りを抜けて、彼女はドハデな看板に目を細めた。
 ──シエルブランド。
 ここですわね、間違いなさそう。
 こアクマな笑みで、彼女は店の扉を押した──

 さてさて。それから1週間程経ったと思いねえ。べべべん。【←すっかり悪乗り状態(笑)】
 こちらはトゥルニア、極南の地。真っ赤な屋根に金のしゃちがぴこんと乗った東屋で、一人の老婆が頭を抱えていた。
 頭痛の原因は一通のおてまみ。 内容は、こう。
「拝啓 敬愛するドーラおばあ様。お元気でいらっしゃいますか。
 わたくし、ガーリンネはお陰様で、すこぶる元気です。はとこのロアも、土木工事の肉体労働に(いそ)しんでいますわ。先ごろ、財政長官としてフェルノという人が就任したのですけど、なかなかのヤリ手で、楽しくなってしまいます。武器の横流しが出来る才覚は、現在のバルスには必要なものですもの。【以下、バルスの内輪話なので省略】
 というワケで、多忙なわたくしは、自分の誕生日のコトをすっかり忘れていましたの。でももっとヒドイことにも気付きましたのよ。わたくしの片割れ──サーズ家の出来杉君、と異名を取るジァルザが、誕生日祝いの品を送ってくれなかったコトですの。
 閑散としたトゥルニアのド田舎にいて、たいして忙しくもナイ仕事をこなしているにしては、あんまりですわ。わたくしの誕生日は、すなわちジァルザの誕生日でもあるのですもの。ですから、ユディトに行って、自分で見繕って誕生日祝いのプレゼントを買うコトに致します。
 ほら、以前おばあ様にお話して頂いた、情熱の五番という口紅。あの口紅のいわく話は、とてもロマンチックで気に入っているので、それを三本頼むことにします。一本はおばあ様のために、もう一本はお母様のためにとっておいてくださいませね。ガーリンネは、わたくしに誕生日を授けてくださったお二方のことを、いつだって忘れたりはいたしません。
 ついでですので、トゥルニア円卓議会で、ポムおじい様がお割りになられた湯のみと急須の手配もしておきますわ。ダサい円卓浴衣も全部ニューリアルさせちゃいます。超強力しわ取りコールドクリームは、目元のしわを気にしているクーヴァラ伯母様にもお分けしておいてくださいませね。ガーリンネはぴちぴちなので、まだ不用ですもの。くす。
 代金の請求は全額、ジァルザ宛てにしておいたので、(かわいい妹のプレゼントを忘れるような、へっぽこぴーなお間抜サンには、そのぐらいの負担をしてもらっても誰も責めないと思うのですわ)おばあ様、うまく伝言しておいてくださいませね。
 なにしろ発注をかけたお店というのが、ジァルザが心の底から忌み嫌っている天下無敵のたらし男、ティン・トレスト氏の妹君ですもの。でも、お店の中はとてもステキでしたのよ。きちんと現地まで行ってきて確認しましたもの。
 そうそう、妹君には罪はないので、納品にお見えになられたら、歓待してさしあげてくださいませね。

かしこ   


                  あなたの自慢の孫娘 美しくも賢い ←注目☆
                            サーズ・ガーリンネより

  追伸  口紅を一本、バルスまで転送してくださいませ。発注書に記入するのを
       忘れていましたの。うふふ、わたくしっておちゃめさん♪」


 しつこく読み返してみたところで、内容は──当然のコトであるが──変わらない。
 手紙が告げているのは、近い将来トゥルニアに押しかけてくるであろう、騒動の予告であった。
 おお、口紅よ、口紅。あの「情熱の五番」が再び騒動を連れて来るのだろうか?
 情熱をかけて、四度に小分けして財産をツブしたバカな男と、その男の五度日の無一文アタックによろめいたオロカな女が、生きるの死ぬのの大騒動を繰り広げた挙句、あっさりとまとまってしまった、ばかばかしくもハナヤカな、半世紀以上も昔の出来事を?
 いや、そうはなるまい。そのような要素は──現在のところ、見当たらない。
 第一、トラブル娘ガーリンネの理想にかなうような男性は──いないではないか。
 それよりも心配なのは、ワケの判らない請求書をくらうであろうジァルザだろう。
 ナンダ、コレハ。私ハコノヨウナ物ヲ依頼シタ覚エハ、ナイガ。
 サーズ・ドーラの脳裏で、ジァルザは片眉を跳ね上げる。そこで発注書はジァルザの名前で送られたとその商人が告げるなら、状況はさらに悪化するだろう。
 サーズ・ドーラは無意識に深い溜息をついた。
 想像するも恐ろしい。不承不承に支払いを済ませたジァルザは、その足でここまでやってきて、満面の笑顔──ただし目元は笑っていない──で言うだろう。ドーラお祖母様、これは一体ダレの差し金です? どのような意図がおありで、私にかような支払いを求められますか。そも、円卓会議の経費は公費では? と。
 トゥルクの青紫──そう呼ばれるあの目は心底怖い。ドーラはそう思っている。
 理を申し立て、信じる心そのままの視線は、光の矢のように苛烈で、向けられるといたたまれないような気分にさせられる。人は正道のみを歩く生き物では決してないのだ。踏み外すことも多々あろう──まして、自分のような凡人ではなにをか云わんや? あっさりと視線に負けて、懺悔のようにコトの顛末を白状してしまうかもしれない。
 ガーリンネはバルスから強制的に呼び戻され、嫁に行くまで監視付きの軟禁状態に置かれるだろう。その先も見えている。──毎日、ガーリンネが恨みゴトを言いにやって来るコトも。
 私が死んでしまったあとも、あの孫娘は墓石にグチをこぼしに来るであろうな、とサーズ・ドーラは嘆息した。足元には、落っことしたばかりの湯呑みが、湯気をたてつつ、無残に転がっている。
「おやー、もうろくしてますなー、物知りドーラ。湯呑、落ちとりますよ、ふぉふぉ」
 ポムじいの、のったりした声が聞こえる。
 同時にサーズ・ドーラの脳裏に天啓が下りた。
 おお、もうろく! それはナイスな手かもしれない。
 ドーラはボケ老人を装うことに決めた。
 あとは野となれ山となれ。物語の結末はたいていハッピーと相場は決まっているのだ。
 ──どこまで本当になるかは知らないが。

 それからそれから三週間後。
「こんにちはー、ご注文の品、耳をそろえてもってまいりましたわ」
 ついに若い女性の声が、トラブルの来訪を告げた。

おわり。   



 ……とゆー裏があったのですケド(笑)。とりあえずシエルちゃんがサーズ・ドーラのところへ納品に来る直前、(たまたま大通りを歩いているところを見かけた)ジァルザが一目ボレするという設定だけはあるのですが、(納品後にシエルちゃんの素性を知った)彼はトレスト氏に頭を下げるのはイヤだと考えるだろーから、このあとは周りを巻き込んでドタバタする──のかな? ライバルになる(笑)ジェイドさんとかいるし。トレスト氏の思惑もあるだろうし。実はシエルちゃんとトレスト氏に血のつながりがありませんでした的なオチがあったら、話は更にややこしくなるだろうなあ(笑)。
 うーん。ネタが練り込まれてないので先が書けまへん。ごめんよ、中途半端で。

──By 無責任女☆おてうちにして──   


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