会誌-「サークル水月会誌 第8回」

■ 余韻  【協力:ほなサイババ/文:但馬 晴】


 エルリークこと私は、ヌーグ=シャル暗殺に失敗し、いまは牢に投獄されていた。待遇は、悪くない。きちんとした寝床はあるし、十分な食い物も与えられている。もっともそれは、食用の家畜を肥え太らせるため、多すぎる餌を与えることと同じだが……。
 暗殺組織《三振り太刀》。この名を知る者は、少ない。その組織の内部を知る者は、もっと少ない。かつて、《三振り太刀》の暗殺者であり、『名剣』と呼ばれる幹部であった私でさえも、知っているのは一部に過ぎない。全てを知っているのは、たったひとり。組織のトップにいる『千刃』と呼ばれる人物だけだ。
 この『千刃』について、何も知らない。種族、性別、年齢……それ以前に、実在しているのかどうかもわからない。他の『名剣』クラスの連中も、同じようなものだろう。それほどまでに、完璧な情報統制がなされていた。
 あの《蜘蛛会》ですら、ほとんど把握できていない《三振り太刀》の情報。それを欲している。それが、私を肥え太らせようとする理由だ。
 普通ならば、組織の秘密を守るために自害……となるところだが、あいにく死ぬつもりはない。二年前、組織を抜けている私に、そこまでして秘密を守ってやる義務や義理はない。もちろん、こっちにその気がなくとも、そうさせられる可能性はあるが。
「……それにしても」
 もうひとりの「私」は、夜具に体を横たえ、眠りに落ちている。起こさぬよう、心の深淵で呟いた。
 どうにも腑に落ちないことがあった。なぜ、組織を抜けている私に、ヌーグ暗殺を行わせたか、それがわからない。……自慢になどならないし、自慢したくもないが、私の暗殺者としての腕前は、かなりのものだと思う。とはいえ、同程度かそれ以上の力量を持つ者も、数少ないが存在するだろう。私は『双剣』と『双身』しか知らないが、あのふたり以外にも『名剣』がいるはずだ。そして、『宝剣』も……。
 合法的に、私を消すつもりか? いや、それならば、二年前にやっているだろう。第一、こんな回りくどい手段を用いるはずがない。『双剣』と『双身』に襲わせれば、それで済むことだ。
 では、なぜ……?
                              そこまで考えたとき、私は微睡(まどろ)みに引き込まれた。『暗殺秘剣・影身』を多用した疲労が、肉体だけでなく、精神までにも及んできたようだ。それでも、必死に思考を巡らせた。ありとあらゆる可能性を考察し、枝葉(し よう)を切り捨てていく。
 ……そして、ひとつの結論に達した。
「ま、まさか……!」
 思わず私は叫んだ。今度ばかりは、声が心の深淵を飛び出し、肉声となって発せられた。もうひとりの「私」は、私の大声に顔をしかめ、不機嫌そうな呻き声を漏らす。が、それもわずかの間。もぞもぞと寝返りをうち、また眠りの世界へと戻っていった。その様子にほっとしながら、呟く。
「捨て石……か」
 ヌーグ暗殺を企てたのは、反キーサ王国連合。現在の状況からして、誰もがその考えに落ち着くだろう。暗殺が成功すれば、キーサ王国の力は大きく削がれ、反キーサ王国連合に莫大な利をもたらす。しかし、失敗した場合、キーサ王国に宣戦布告の大義名分を与える危険性を孕んでいる。
 問題は、そこだ。あの白羽扇がある限り、ヌーグを暗殺するのは不可能に近い。打ち破る方法があるにせよ、現段階では。
 そして、ヌーグの口振り。それから察するに、白羽扇の秘密を知るのはごくわずかの者しかいないようだ。側近中の側近である、軍司のリーナ=トゥラすらも知らなかったことを、反キーサ王国連合が知っているとは到底思えない。
 だが、依頼を受けた《三振り太刀》までもが知らないとは考えにくい。情報収集能力は《蜘蛛会》と比べても、それほど遜色がないほどだ。当然、白羽扇の秘密も把握していたと考えられる。
 そうなると、なぜ私にヌーグ暗殺を行わせたか、納得がいく。必ず失敗する暗殺依頼に、組織の人材を使いたくなかったのだ。だから、やらせたわけだ。失っても、一向にかまわない私に。
「見事なまでに、踊らされてしまったか」
 別段、腹は立たなかった。裏の事情など、私には些末なこと。もうひとりの「私」を守ることが、私の全てなのだから。

〜つづく〜   


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