会誌-「サークル水月会誌 第7回」
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ナーラダ・ルーシ。この時代、最も苛烈に生きた女性の一人として、後の世に語り継がれる。女だてらに剣を取り、戦陣にて指揮する様相は、スィスニアのリューン配下の女将軍シュラと共に「強い女性」として、いくつもの「軍記物」の類で描かれているが、彼女の日常については、今日まで残っている僅かばかりの書物だけでは知ることができない。 今日我々が知ることができるのは、ルーシの親友としてリレイル・リレイアという女性が存在していたということのみである。 ■ ナーラダ・ルーシの日常あるいは平穏な一日 【作者:ダンディ中年】 「あら、なかなか似合うじゃない」 リレイアは正直に感嘆の声を発した。 「は、はは・・・そ、そうだろうか」 ルーシの表情は緊張のあまり、ややひきつっている。 リレイル・リレイア。ウォウルに於いて五本の指に入ると言われる大商人である。 宝石や化粧品を扱い、29という若さで現在の地位を築いた「ウォウルの生きた伝説」と言われる数少ない成功者の一人であり、また、彼女はルーシの幼なじみでもあった。 ルーシは彼女の思うがままに、色々な格好をさせられていた。彼女は普段紅くらいはさすが、それほど化粧などはしない。服装も、常に帯剣し、鎧に身を包んでいることが多かった。武人としての生き方こそが自分の道であるという信念をもつ彼女にしてみれば、それはひどく自然なことであったといえる。 しかしながら、親友の目にはそうは映らなかったらしい。 「貴女ねぇ、そんなんだからいつまで経っても結婚できないのよ・・・」 ため息混じりにリレイアは言ったが、当のルーシ自身には「結婚」の二文字などは、頭の中の何処を探してもないのである。 「結婚など私は一度も考えたことなどないと以前言ったであろう。それよりもお前こそどうなのだ、このままでは私のように〈行かず後家〉などと言われるぞ!!」 「いいのよ気にしなくて、私にとっては仕事が永遠の恋人なのだから」 戦場では常勝と謳われるルーシも、リレイアの弁の前では降伏を余儀なくさせられた。まあ、彼女にとってはリレイアとの関係に於いて、このように降伏することは珍しくはないのであるが・・・。 「さあさあ、それよりもウチの新製品を試してみましょう。ついでに、服なんかもコーディネイトしてね」 そう言ってリレイアは自分の部屋の箪笥から派手な服を取り出す。 「うわ、なんだその・・・まるでハレーションを起こしているような模様は・・・」 「いいからいいから」 そのようなわけで、ナーラダ・ルーシは不本意ながらも、紅やらアイシャドウやら何やらでリレイアによって化粧され、耳には千切れそうなくらい重いイヤリングを付けられ、首からはジャラジャラとうるさい音を出しては止まない真珠のネックレスを付けさせられた。服だけは、先程リレイアの出した際物だけは勘弁して欲しいということで彼女自身も妥協をしたようで、別の服を用意したのだが、こちらの方も負けず劣らずルーシの普段の感覚ではついてはいけない程の派手さであった。それでも渋々着てはみたものの、今度は着てみてルーシは驚かされた。 「リレイア、こ、この服はこんなに胸が出てしまうではないか、それに太股が・・・」 「あら羨ましいわ・・・貴女、結構胸大きいのね」 話の論点がかみ合わない二人ではあったが、この呆けと突っ込みがあるからこそ、二人は親しい友人としてやっていけたのかも知れなかった。 「さあさあ、その格好で久しぶりに飲みに行きましょうよ」 「ば、馬鹿を言うな、部下達にこんな格好を見られたら、私は明日から出仕できなくなる」 しかし、ルーシの抵抗も空しく、彼女はリレイアによって夜の街へと引きずられて行くのだった。 「何キョロキョロしているのよ」 ルーシは戦場に於いて敵に背を見せたことなどは一度もない。但し今だけは、すぐに、どうしても、何が何でも、敵前逃亡の誹りを受けようとも、この場から立ち去りたかった。 リレイアに引きずられルーシは酒場に来ていた。決して大きいわけでもなく、別段洒落た店というわけでもなかったが、二人はこの普通の大衆酒場らしい雰囲気が好きで、よく利用していた。 ナーラダ・ルーシは前邑宰の妹であり、ヴィレクの叔母に当たる。リレイル・リレイアは学者の娘として生を受けた。生まれも育ちも違う二人であったが、リレイアの父がルーシの家庭教師を務めたことから、この二人の出会いが生まれた。 性格も生きる道も異なる二人であるが、共通するところが一つだけある。それは二人とも「努力」の人であるということである。その結果、ルーシはウォウルの武の要となり、リレイアは財界の有力者となったのである。己に妥協しない性格が、今の地位を築いたという点で、共通していたし、また互いに尊敬していた。 ルーシは下を向きながら、ちびちびと酒を飲んでいる。 「何で下向いてんのよ!!」 「馬鹿、叫ぶな。この店は兵卒だけでなく、稀に士官連中も来るのだ。面が割れてしまうではないか」 兵卒ならばともかく、士官クラスとなるとルーシと直接接する機会のある者達が増えてくる・・・従って、気付かれる可能性が高かった。 何だあの男・・・先程からずっと、こちらを眺めているぞ・・・う、あの男も・・・・・あそこにもいる。やはりこの派手な服が目を引くのだろうか。まったく・・・だから私は嫌だったのだ・・・。 「ところで・・・兵吏丞のパズー様とはどうなってるのよ」 リレイアが杯に酒を泳がせながらルーシに聞く。 「どうって、どうもしていないが・・・あいつがどうかしたのか?」 「ひどい女ね・・・あの人の気持ちは知っているのでしょう」 リレイアが非難の視線を送る。兵吏長であるルーシ配下の兵吏丞セルビオ・パズーはルーシに強い想いを寄せている。そのことは下は兵卒まで知っていることであった。 ルーシは少し深刻そうな顔になり、口を開いた。 「あいつはいい奴だ。戦場で背中を預けられるのも、このウォウルではあいつやジグトくらいのものだ。ただ・・・私にとってはパズーもよき戦友の一人であって欲しいのだ」 そう言って杯の酒を一気に飲み干す。 「よき戦友ねぇ・・・私にはそういうことは分からないけれど、貴女が他の男とくっつきでもしない限り、パズー様もずっと独り身だと思うわ・・・」 「いずれにせよ答えを出せば、今の信頼関係が壊れてしまいそうで・・・正直に言えば怖いのだ、リレイア・・・」 「・・・・・・・」 リレイアの前ではルーシは素直な自分でいることができた。それはリレイアにとっても同じことであった。二人とも立場上、仮面を付けなくてはならない。そのため、滅多に自分の感情の赴くままに、行動することはできなかった。二人でこうやって話す時だけ、仮面を外すことができた。 「ふーん、分かった、そのことはもう聞かないわ」 「ありがとう・・・」 ルーシはそう言ってリレイアの杯に酒を注いだ。 二人が酒場に入ったのは夕方頃であったか、それより一刻程経ち、辺りも暗くなってきたようで、次第に客が増えてきた。 ・・・い、いよいよ客が増えてきおった。早いところリレイアを酔い潰して、退散しなければ・・・。 「話は変わるけど、貴女、なんだかんだ言ってヴィレク王とは上手くいっているようじゃない・・・」 それを聞いたルーシは酒を吹き出しそうになる。 「このウォウルで、何処をどうやればその様なデタラメな噂話が出てくるのだ」 「イレーヌが攻めてきた時、貴女何て言ったか覚えている?兵達の間では有名らしいけど」 去年の秋にイレーヌ軍がこのウォウルに押し寄せてきた時は、ルーシが軍を動かしてこれを迎撃し、見事勝利を収めている。その際イレーヌの将に向かい、大地を揺るがすほどの声で「王と剣を交えたければ、まずはこのナーラダ・ルーシを倒してからにするのだな」などと宣っている。 「あ、あれは兵達の士気を向上させるためのだな・・・その、何だ・・・そう演出、あれは演出だ」 「ふーん演出ねぇ。では、セルファニア湖の戦いでスィスニアの女将軍に言った言葉は?」 セルファニア湖の戦いでは、ルーシが率いた軍とスィスニアのシュラが率いた軍が対峙した際に、「ヴィレク王には指一本触れさせん」と言ったことがある。 「あれは、あのシュラという女が情婦の分際で忠臣面をしているのが、気に入らなかったので、ついつい自分自身も忠臣面をしてしまいたい衝動に駆られた結果の・・・その・・・言葉の綾のようなものだ」 「苦しい言い訳ねえ・・・」 「言い訳などではない、大体にしてヴィレクにもあの取り巻きの連中にも、民を率いる者としての自覚が足りないのだ。そのくせ王などと称しおって・・・」 ルーシはため息を漏らすと、空になった杯に酒を注ぐ。 「でも負けたわね・・・・・それも二度も」 「うっ・・・」 リレイアは「二度も」の部分を強調して言った。 「しかも、臣下の礼をとることも認めたわよねぇ・・・」 「ううっ・・・・・・・・・だから、こうやって務めを果たそうと努力しているでのはないか!!」 思わず大きな声を張り上げてしまったルーシに向かい、リレイアは人差し指を口元に持っていく。 ハッとして、下を俯き、口に酒を運ぶルーシ。 西にイレーヌ・リビュニアの姉妹王国、東に五つの邑が結んだ東邑同盟、そして南にはスィスニア。ウォウルはこの三つの勢力に囲まれている。しかも、うち西と南の勢力とは敵対関係にあり、東邑同盟ともその関係は決して良好とは言い切れない。 「・・・それなのにヴィレクときたら・・・花見やら何やら・・・訳の分からんことばかりやっている・・・・・亡き兄上が見られたらきっと呆れ返るであろうよ・・・」 「大丈夫、彼は貴女が思っているより、このウォウルのことを考えているわよ」 「どうして、そう言いきれる・・・」 「私ねぇ、今度スィスニアにも店を出そうと思っていてね・・・先月、向こうの方に市場調査に行っていたのよ・・・そうしたら、ほら、なんて言ったっけ、ヴィレク王にベタ惚れのあのカワイイ男の子・・・」 ルーシはしばらくの間考えていたが、リレイアの言わんとする人物を理解することができた。 「レザー・ウェルか」 「そうそう、ウェル君よ。彼いいわよねぇ、今度ウチの新商品のイメージキャラクターになってくれないかしら・・・・って、まあそれは置いておくことにして、そのウェル君がいたのよ」 「何処に?」 「スィスニアによ」 スィスニアにいた?馬鹿な、花見だとか何だとかで遊び呆けている奴が、どうしてそんなところにいるのだ。 「きっと彼、王の命令で情報収集に来ていたのね・・・」 「それは見間違いだ、リレイア」 ルーシは手を振って露骨に否定する。 「あーら、私の目を疑うつもりかしら・・・」 「そう言えば、昔からお前と付き合う男達って、皆格好悪かったよな、そのくせ私などには、イイ男ができたなどと、いっつも自慢していたか・・・」 「あら、そういうことを言うわけ・・・」 リレイアの目が座る。 ルーシは嫌な予感がした。リレイアがこういう目をする時は決まって良からぬことを考えている時だからだ・・・。 リレイアが席を立ち、コホンと咳払いをする。 「皆さーん、この露出狂じみた服を着ているオバサン、誰だか知っていますかぁー!!」 「うわぁー、うわぁー、やめろ、落ち着け、私が悪かった、お前が正しい、だから席に着け!!」 ルーシはリレイアの口を押さえつけて、無理矢理席に座らせる。 「私の言うこと信じた?」 「信じた・・・」 「まだ信じていないようね。・・・・・・・それにねぇ、その時ウェル君だけではなくてファイ・エルナットとかいう女の子も一緒にいたのよ。いくら何でも二人は間違えないわ」 ウェルとエルナットか・・・。確かに先月、二人ともしばらくの間、見かけなかったような気がするが・・・まあ、その期間諜報活動に赴いていたとなると一応の辻褄は合う。「それとね、スィスニアの有力商人達にウォウルでも商売するように手を回しているみたいね。規制を緩くすることを条件に、話を持ちかけて、スィスニアからの資本の流出を謀ろうとしているようだけど・・・・・でも、私に言わせれば、まだまだよね。リューンの方もそれに気が付いているみたいで、ヴィレク王の目論見通りには、このままだといきそうにないわねぇ」 ヴィレクはそんなことまでしていたのか・・・私は・・・・・・・・・・・。 「全然知らなかった・・・・・っていう顔ね」 「ああ、知らなかった・・・参ったな・・・・・」 ルーシは肩を落として溜め息をついた。 やはり、私は信用されていないのか・・・。だが、それも当然か・・・ヴィレクが王を称し、それに反抗して一番最初に剣を抜いたのは私なのだから・・・。 「私は王に信用されていない・・・」 「それは一寸違うわね・・・。ヴィレク王は貴女だけでなく、ジグト様以外は誰も信用していないわ」 そうかも知れない・・・今思えばあれも可哀想な奴だ。早くに母を亡くし、父は政務に忙しくヴィレクをかまうことができなかった。親の愛に飢えていたのかも知れない。 「でも貴女なら・・・」 「よせ・・・今さら、ああ可愛いヴィレク、私を母親だと思って甘えてもいいのよ、なんて言えるか・・・それにアレもそんな歳ではあるまいて、気色悪い・・・」 ルーシはヴィレクが自分に甘えてくる情景を一瞬頭の中に描いたが、すぐにそのイメージを振り払った。二人には最もあり得そうにないことであるために、恐ろしくさえ思えた。 「そうやって、貴女から壁を作っているんじゃない。それじゃ永遠に信用なんかされるわけないわよ」 「そうだろうか・・・」 「そうよ、貴女こそウォウルのことを思うならヴィレク王と仲良くしなさい!!二人が手を取り合って頑張らないと、今はもうやっていけないのよ」 「・・・・・で、仲良くするには具体的にどうすればよいのだ?」 「それはねぇ、こうするのよ・・・・・・・・・・・」 その日、二人は店が閉まるまでそのことについて語り合ったのだった。 そして一日目。 「叔母上、何故私の臥所に貴女が寝ているのだ」 「いや、寝付けないのではないかと思ってな・・・ははは」 ヴィレクの臥所にルーシが出現するという事件が発生する。しかしこの事はジグトの手によって、なかったものとされた。 二日目。 「叔母上、この泥饅頭のようなものは何なのだ」 「そ、それは、お汁粉なのだが・・・お主は嫌いかのう」 ルーシがヴィレクにお汁粉なるものを作ってくるが、毒味をジグトがしたところ腹痛を催して倒れるという事件が起こる。しかし原因は、出仕する前に飲んだ5日前の牛の乳であったことが判明して、ルーシの無実が証明される。 三日目。 「叔母上、この猿のようなものが描いてある絵は何なのだ」 「それはお主の肖像画のつもりだったのだが・・・」 四日目。 「叔母上、毎晩私の部屋の前で雄叫びを挙げるのはやめて欲しいのだが・・・」 「あれは・・・子守歌のつもりだったのだが・・・ははは」 そして五日目。 ふう・・・やはり私には無理だ。 ジグトのようにヴィレクめの支えなど、なれはしない・・・・・肉親であるというのに・・・。 はあ・・・兄上、正直に申し上げて貴方の子は気難しすぎます。 トントン。 「叔母上・・・」 予想外の、そしてルーシ心を惑わす来訪者の姿がそこにはあった。 執務室の扉の横にはいつの間にかヴィレクが立っていた。 「王・・・」 「・・・二人だけの時はヴィレクでいい・・・・・それよりも・・・その・・・剣の稽古の相手をして欲しい」 「近侍達はどうしたのですか」 ルーシのその言葉を聞いたヴィレクは表情を曇らせたが、一瞬の後には普段の表情へと戻っていた。 「・・・嫌なら別にいい」 そう言葉を残して立ち去ろうとする。 ・・・ヴィレク・・・。 ルーシは椅子から立ち上がり、壁に掛けてあった剣を手にした。 「・・・ヴィレクよ、私でよいのならば、いくらでも稽古の相手をしようぞ」 歩みを止めるヴィレク。 「では、先に中庭で待っている」 ヴィレクはいつもの口調でそう言ったが、ルーシには少しだけ嬉しそうに聞こえた。 後を追って執務室を出ると、そこには壁にもたれ掛かって腕を組んでいるジグトの姿があった。 「そういうことか・・・しかし、立ち聞きとは趣味が悪いな」 「ははは、これは申し訳ない・・・・・しかし・・・・・まあ、そういうことです・・・ヴィレク様もルーシ様と同じなのですよ」 「まったく、兄上もヴィレクもよい配下を持ったものだ」 ルーシは苦笑しながら前髪をかき上げる。 さり気ない照れ隠し。彼女は無意識にそういう時に前髪をかき上げる癖があった。 そして、ジグトとすれ違う際にルーシは言った。 「兄とヴィレクに代わり礼を言っておく、これからもウォウルの柱石として我々を助けて欲しい」 ある春の晴れた日。 外を見れば、満開の花が目に入ってくる。 「ふっ・・・春の花はやはり美しいものだな・・・」 カチャリ。 ルーシは剣が鞘に収まる音を鳴らす。 そして小気味良いその音を聞き、己の心を満足させると、ヴィレクの待つ中庭へと向かった。 |
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