会誌-「サークル水月会誌 第7回」
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■ それぞれが選んだ途 【作者:元宵】 「ハデン君が居なくなった?」 ハウザー・カッシュは言葉とは裏腹にあまり驚いた表情をしなかった。 独立暦401年人の月、ライル・ナタケの死。彼女を最愛とした男にとってこの事実は重すぎた。 ミュール邑南方にあるこのラーリズの森に、カッシュ管轄下の隠れ家があった。尤も、自暴自棄になったクラウ・ハデンにより見る影もなく残骸と化しているが。 誰も彼に手出しできなかった。出力全開で気功術法を撃ちまくっていたのだから当然といえば当然なのだが見ている方が辛かったというのもある。 そして、彼は散々己を痛め付けた末に忽然と姿を消した。後に残されたのは一通の書簡とひとふさの漆黒の髪……。 「……ハデン君のものか。で、こっちの書簡は……」 僅かに眉が動いた。 「ふむ……」 (成程、ね) 「商局長、何と書いてあるのでありますか?」 兵の一人が訝しんで尋ねた。書簡を手渡され、やがて彼らの間に驚愕の表情が広がっていった。 「ライル社の……解散令……」 ハデンの残した書簡には全権代理として、ライル・ナタケの名においてライル社の解散と、今後ライル社を再興するが如き行為一切を認めないことが記されている。 名実共に、ライル社というものは完全に抹消されるのだ。 (……これも、ナタケ様の御遺志なのかな) カッシュの洞察は正しい。ナタケは、自分の考えを誰にも話さなかった。話せる内容ではなかったのだ。ハデンにも言ったことはなかったが、これは言葉にしなくても同じ認識を共有していたからである。 (ナタケ様が死んで間もない今なら『ライル・ナタケ』という名は社員に対してかなりの影響力を持つ。つまり、この解散令は実効性を持つということだ。あの方は人心を本当によく掴んでいたからね) 「クラウ・ハデンはライル・ナタケの遺志を貫徹し、そして闇に消えることを望むか」 「は?」 カッシュの声は低かったため周りの者には内容は聞こえなかったようである。 「何でもないよ」 彼は口の端に一瞬だけ浮かんだ笑みを隠すため右手で口元を覆った。 (聞くところによるとライル社とは存在するだけで悪らしいからねぇ。そうでなくともライル社は乱世の申し子、乱世の元凶ともいえる。ナタケ様は乱世の終結を願っていた。一見矛盾するこの二つを解決する選択は……ナタケ様が最後の社長になること。自分の手によるライル社の抹消……残酷な話じゃないか。理想の達成のためには父親の形見を自分の手で壊さねばならないなんて。 「しかしどうします? 皆が居るウォウルへ行きますか?」 事に狼狽する声にカッシュは現実に引き戻された。 「冗談じゃない」 珍しく声を荒らげる。 「私はナーラダ・ヴィレクが嫌いだ」 彼がこういう表情を見せるのは滅多に無い。彼は、驚いている一同を見回した。 「彼がナタケ様に何と言ったか知らないわけじゃないだろう。あの男はナタケ様を理解できないんじゃない、理解しようとしなかっただけだ。寡兵で戦うには城壁は必要だ。乱世を生き抜くには武装を強化しなければならない。人を殺さずに統一なんてできるか?私達は全能ではない。こんな時代では誰かを助けるために誰かを殺さなければならないこともある。最低なのはなし得ない理想的な手段を求めて結局何もできないことだ。ヴィレクは何を以て統一を果たすつもりだ。今まで何人殺してきた?今まで何人騙してきた?今まで何人傷つけてきた?誰も批判することなどできないはずだ!乱世の英雄になるつもりならあんな下劣な言い方はできないはずだ!私達はあんな男の所へ行く必要などない!!」 カッシュの声が昂ぶりを帯びていくと同時にそれに唱和する声が大きくなっていった。扇動する者にとって肝心なのは言う者の正しさではない。この場で理性を維持している者はほとんど居なかった。そしてこの異様な渦中にあって、過激な扇動者はどこか冷めた目で自分を見ていた。 一方ウォウルの『旧』ライル社員達は解散令に対しそれぞれの受けとめ方をしていた。 創師、商人系の社員たちは。 「どうする?ウォウルはおれたちにヴィシュヴァカルマンの出先機関としてライル社を残すつもりらしいが」 「おれはごめんだな」 ひとりが言った。 「ライル社が無くなった以上ここに居る理由はない。思い出せ、ライル社はガズカのダンナやナタケ様だけでつくったんじゃない。おれたちの努力の賜物だ。お上の御膳立てで商売するのはおれたちの性にはあわない。だからおれはウォウルのつくるライル社とやらには参加しない」 初めは幾人、続いて殆どの者が唱和した。彼らの多くはウォウルを去り、その中には大商人に伸し上がったものもいたが、それは別の物語だろう。 武官、文官系の社員たちは。 「カイル殿、どうなさいます。やはりナタケ様がお亡くなりになりライル社が解散した以上、ウォウルを立ち去るのが……」 主立った者達が集まっている。 「……それでいいのかな」 元兵局長ディグ・カイルは決断を下せないでいた。本来、果敢な武人である彼に迷いという要素は無い。いや、単にナタケが死に、ライル社が無くなったというだけなら「ナタケ様の遺志を継ぐ」としてウォウル王国に従属することを迷わず選んだだろう。だが。 「カイル殿、貴方はヴィレクがナタケ様に何と言ったかご存じのはず!迷う必要などありますまい!」 特に兵士のナタケに対する忠誠は絶対に近い。しかし客観視の無い忠誠はしばしば近視と狭量を生む。彼らが暴発しないのはカイルが必死で抑えているからである。 彼本人はウォウルへの従属が最善と思っている。ナタケならヴィレクの発言に対し、一言の反論もしないだろう。その上で彼女の部下たちにウォウルへの力添えを頼んだはず。ライル・ナタケとは、そういう人物だった。彼は理性でそれを解っていたが、兵士たちの気持ちも痛いほどわかるのだ。 「カイル、貴方らしくないわよ」 後ろの扉を開けて元治局長ライル・カミナと元外局長サイク・ルヴァログが文官達を引きつれ入ってきた。 「カイル殿、ワシらは今暫くここにいることにした」 「と、言いますと」 「カイル、勘違いしないで。ずっとここにいるわけじゃない。ライル社解散令はもう聞いたよね。私達は自分の生き方を選ぶ時が来たのよ」 落ち着いた声で淡々と語っている。一同は水を打ったように静まり返っている。 「近い将来、ウォウルとスィスニアとの間に大きな戦が起ころう。ワシらはその時全力でウォウルをサポートするつもりだ。だが、それが終わったらさっさとここをひきはらう」 「ナタケちゃんが何故 武官の一人が反論する。 「解せませぬ。貴方は甘い。確かにナタケ様はウォウルに助力するためここに来られた。ですが、ヴィレクはナタケ様を拒絶した。そもそも、ウォウルは我等とは敵対こそしていなかったものの友好から離れた所にいた。そんな連中に僅かも助力する必要など無く、今すぐここを出ていくべきです!」 「……貴方は、もし私や他の社員が危機に陥ったら助けてくれる?」 問われた武官はその意味をはかりかねた。 「そ、それはもちろん。同胞ですから。しかしそれと……」 「それと同じことなのよ。ナタケちゃんにとってはナーラダ全てが同胞なの。思い出してみて。あのコが今までどこかの勢力や誰かを敵視したことがあった?でも今の時代は同じ同胞同士が敵対し、殺しあわなきゃならない。あのコの認識は早すぎたのかもね……」 カミナはそこまで言うと急に後ろを向いた。 「確かに、ナタケちゃんは甘かったのかもね。でも、あのコがそうでなくなったら果たして何人があのコに付いて行ったかしら?」 そして、部屋から出て行った。他の文官達も続いて出て行った。 カイルは暫く彼らの背中を視線で追っていたが、やがて瞑目した。 そして、意を決して目を開けると、武官たちを見回した。 「……私も、カミナ達と同じ行動をとろうと思う。スィスニアとの戦では存分の働きをするつもりだ。だが卿等に強制はしない。卿等は卿等の意志を以て己の途を決めるように」 結果として、殆どが「セルファニア湖の戦い」まで残ることにした。カミナは死んだナタケの従姉であるにも関わらず気丈なところを見せていたが、彼女がナタケが死んだ時、一晩中泣き明かしていたのを知るのは婚約者であるディグ・カイルのみである。 「ギャアアアッッ!!」 夜の森に断末魔の悲鳴がこだまする。続いて炎が天を焦がし、剣戟を打ち合う音があちこちでおこった。 旧ライル社の隠し物資集積所は突如として武装集団の襲撃を受けた。 「ば、馬鹿な……貴方が何故こんなことを……!」 「さぁね」 黒服のナルスは腰の細身の剣を抜いた。 「一人も逃すな、皆殺しにするんだ。ジエフオの隊は突入して物資を抑えろ」 彼自身は手勢で集積所を完全包囲し次々に警備兵を殺害していく。 (私は……この世の全てが憎くなってしまったのかな) 彼の後ろには彼の腹心によって殺された昨日までの「ライル社員としての」部下の死体が転がっている。目の前には瀕死の警備兵。 「こんなに人を殺したくなったのはシザとレガルトが死んだ時以来だ。妙な話じゃないか、ナーラダ・ヴィレク。君の存在は私をイラつかせているようだよ……」 「貴方は……貴方は、ライル社に忠誠を誓っていたのではないのか!?」 ―――ハウザー・カッシュウウウウウッッッ!!!――― 彼の目の前で、カッシュの剣の白刃が徐々にまがまがしい深い闇の色へと変貌を遂げる。 (……ナタケ様の死が私を破綻させたとでも言うのかな……) 「……私は『闇師』……闇を操り……心の闇のままに……」 短い悲鳴と血飛沫。 彼の選んだ途は凄惨な同士討で幕を開けた。 ―次回、『DEATH DUEL』― |
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