会誌-「サークル水月会誌 第7回」
|
|
■ さまよえる蒼い弾丸 【作者:TSN】 ――独立暦401年水の月51日 アヴィーナ出港〜セルファニア湖(北湖)―― 「ったく、しつこい連中だぜ」 一見してそれとわかる湖賊の船はすでに矢の届く距離まで近づいてきている。 案の定、何本か飛んできたが、すべて飛竜号の船体に弾き返され湖面に落下する。 「サンチェ、操縦を代われ」 「撃退するんですか、船長?」 「その方が手っ取り早い。『飛竜機能』を使うまでもなかろう」 甲板に上がり、船首に立つ。 「きさま、ファン・フェイロンだな?」 湖賊の首領らしき男が爽やかさとは無縁の声で怒鳴り立てる。 その周囲では50人ほどの手下が、すでに勝った気でいるのだろう、蛮刀を振り上げながら下卑た笑いを浮かべていた。 「人に名を訊ねるならばまず己から名乗るものだろう。礼儀知らずのアホに構うほどオレさまは暇じゃないんでな」 「ちっ、野郎……。聞いて驚くな、あの泣く子も笑う湖賊団『黒眼怪団』の首領ドン・ウォーリーとはオレのことよ!」 「そんなふざけた名は知らんな。……ってゆーか、おまえの名などに興味はない。とっとと失せろ」 「な、なめやがって……野郎ども、殺っちまえっ!」 ドン首領の号令一下、「黒眼怪団」の手下どもは気勢を、いや奇声をあげ、接舷距離へと接近し始めた。 それを確かめるとフェイロンは、鮮やかな青い革の上着の内側から30糎ほどの棒のようなものを取り出す。 その棒は剣の握り部分のようにも見え、さらによく見てみると細かな彫刻――悠然と宙を舞う竜――が施されていた。そしてその“竜”の“瞳”の部分には竜眸石がはめこまれていたが、その“瞳”に竜眸石特有の輝きは無く、なんだか“竜”も眠っているように見えた……。 「そろそろお目覚めの時間だぜ、飛竜槍よ」 フェイロンは棒を振りかざして叫ぶ。 「臥・竜・点・睛!」 気合の声とともに“竜”の“瞳”が鋭い閃光を放つ! そして全体が輝いたかと思うと次の瞬間、フェイロンの手には一本の槍が握られていた。見る者が見ればわかるが、槍の穂先は竜眸石、柄の部分は竜骨樹でできている。 「何人たりともオレさまの自由を妨げることは許さん。怪我したくなけりゃとっとと逃げるこった!」 槍をまっすぐ向けて言い放つ。 「な、なんでぇい、ただの槍じゃねぇか……威かすんじゃねえ! 野郎ども、かかれっ! かかれぇい!」 「やれやれ、彼我の力量差も見極められんとは……」 一瞬の間……、 「やはりアホだったようだなっ!」 言うが早いか、真一文字に槍を振るい空を切り裂く! 轟音とともに瞬間的な真空状態が生じ、吸い込まれるように水面より水竜、いや水流が巻き起こる! 「はああああああああああああああああああっっっ!!!」 高まる闘気! みなぎる力の波動! 瞬間蒸発する水流は忽ち雷雲と化し、帯電した槍の穂先より青白い火花が飛び散る! 「な、なんだ!?」 「おまえらの雇い主にはこう報告しとけ!……『相手が悪すぎた、まるで歯が立ちませんでした』とな!……つーわけで、あばよっ!」 ――――――雷・竜・閃!―――――― ちゅどどどどおおおおおおぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!! 「うーむ、労働の後の茶はまた格別だな」 ここは飛竜号船内の会議室。飛竜号船長ファン・フェイロン(ナーラダ/男/36)は茶をすすりながらそんなことを呟く。 「……で? それからどうしました」 「なーに、操船部分に風穴を開けてやっただけさ。船足を止めるのは水上戦の基本だ。ま、運が良けりゃ陸へたどり着くこともあるだろうよ」 飛竜号顧問ゼフィス=ミュラー(シャル/男/36)は書を読みすすめる手を止めもせず、続けた。 「相変わらず甘い人ですね、君は。……それでどうです? やはり三大兄弟の差し金でしたか」 「状況的に見るならばどうもそのようですねえ。アヴィーナ出港を狙いすましたかのように待ち伏せてましたから」 飛竜号事務長ニールス・サンチェ(ナルス/男/36)が煎餅をかじりながら答える。 「三大兄弟」とはスィスニア三大財閥の俗称である。三家の当主が義理の兄弟であるためこのように呼ばれている。ナグモ・リューンによるクーデターを援助したのも三大兄弟である。「戦争こそが国家の利益(そして自己の利益)に結びつく」という信念の持ち主である彼らにとって旧スィスニア政府、すなわち邑宰ルシャナ・シルキーヌ、邑宰丞ヴァシュナ・シリルらはまさに目の上の瘤であった。独占や談合の禁止、財閥化の阻止、軍需の削減などの政策がことごとく三大兄弟の利害と衝突したためである(三大兄弟系列の商人は何度も摘発され苦い思いをしていた)。そんな彼らにとって、このクーデターはまさに渡りに船だったのだ。 「恨みをかった覚えは無いんだがなあ」 「船長に覚えが無くとも先方は忘れてないでしょうよ。あれだけコケにしたんですから当然ですな」 クーデター直後、スィスニアに帰港したフェイロン一行はそこで三大兄弟と一悶着を起こす。傘下に加わるよう強制してきた彼らに対して丁重にお断りしてやったところ、無礼にも、いや無謀にも飛竜号に攻撃を仕掛けてきたのである。もっともサンチェに言わせれば、あれは「丁重にお断り」ではなく「挑発」であるのだが、とにかく一度撃退してやったら、なんと今度はスィスニア軍を連れてやってきたのだ。さすがに軍とことを構える気はない。機を見て離脱しウォウルへ、ウォウルで情報を収集して状況を把握した後アヴィーナへ向かい、アヴィーナを出港したところを先刻の湖賊が襲撃してきた、というわけである。 「ふむ、とはいえ単なる恨みだけでここまで大掛かりに仕掛けてくるとは考えにくいですね」 ゼフィスはそう言うと、読んでいた書を閉じた。 「1粒の得にもなりませんからねえ」 茶をずずっとすすり、次の煎餅に手をのばす。 「そうだな。となると奴らの狙いは……」 「――この船、じゃろうよ」 三人は同時に声のした方を見やる。部屋の入口には一人の老人の姿があった。 「あなたもそう思われますか、クーロン殿」 フェイロンは丁寧な口調で応じる。 老人――飛竜号機関士クーロン(ナーラダ/男/64)――は肯き、飄々として言う。 「ふぉっふぉ、この船を手に入れたとて連中に何ができる? 見せてもらいたいものじゃよ。ふぉ〜っふぉっふぉ…………こりゃ、サンチェ、茶はまだか?」 「はあ、これは気がつきませんで……」 サンチェは煎餅をくわえながら湯呑みに茶を注いだ。 ――飛竜号……そのように呼ばれているこの船は、フェイロンが15年前にチェリア朝時代の遺跡で発見したものである。当時21歳だったフェイロンは、セルファニア湖を航海中、百年に一度と言われる大嵐に遭遇する。初代飛竜号は沈没し、一度は死を覚悟したが、生に執着する彼はもがき続けた。しかし努力も虚しく大渦巻に巻き込まれ意識を失った。気がついた彼が立っていたのは失われた湖底遺跡だった。遺跡を覆う結界が既に限界に達していた上に、大嵐がきっかけとなって一時的に外界と道がつながったためだと思われる。遺跡は、かの有名なセルファニア湖湖底遺跡ティイセニラの支城の一つであるようだった。その遺跡の中で何があったか? その時の体験についてフェイロンは全く口を閉ざしているので詳しいことはサンチェにもわからない。が、相当なことがあった、ということだけは推測できる(そのような深淵を心に抱えているにもかかわらず、あくまで悠然と我が道をゆくフェイロン、この男を面白いと思い、ゼフィスとともに3人でユニットを組んで以来14年の歳月が過ぎている)。……その後、遺跡を覆う結界の崩壊が始まったため、長居は不可能であった。ただ一隻残っていた帝国の軍船――現在の飛竜号――で脱出した彼が見たものは、地殻変動とともに水流に押し流され、湖底深く沈んでいく遺跡の光景であった…… 「このワシが十年以上かけて調べ上げ、なお未だ多くの謎がこの船には存在しておる。まさに驚嘆すべきはその技術力じゃ……」 クーロンは神業的腕前をもつ創師かつ造船技師である。飛竜号は失われた技術の産物であるが、クーロンの長年の研究によって一部の機能が使用可能となった。なかでも重要な機能として「亜空間結界」の存在がある。飛竜号の中は広い。見かけよりもはるかに広い。これは内部が亜空間の結界になっているためである。この機能により飛竜号内部には実に様々な施設――操縦室、事務室、機関室、客室、倉庫、風呂、食堂、調理室、医務室、会議室、情報室、研究室、図書室、芸術室などなど――が存在している。ちなみに飛竜号の亜空間結界は7つの結界石によって維持されている。このことから帝国期には亜空間を創造・維持する空間湾曲技術が存在していたことがわかる。 「……じゃが、どれほど高度の文明といえども人々が己の心の鍛錬を怠れば滅びるもの。宝器も同様じゃ。どれほど優れた宝器といえども使い手の心が未熟であれば忽ちにして暴走してしまうじゃろう。大きな「力」を扱うには必ずそれに相当する「心」の強さが必要なのじゃ。如何な創師といえど人の「心」まで鍛えることはできん。すべては己自身に懸かっておる。ゆめゆめ忘れるでないぞ。ふぉ〜っふぉっふぉ…………こりゃ、サンチェ、なんじゃこのうすうす二番茶は……」 言うだけ言うと、クーロンは去っていった。おそらく機関室へ向かうのだろう。 「……機関士殿の言うとおり、連中の目的はこの飛竜号でしょう」 「そうだろうな。だが、もはや心配はいらんだろう」 「どうしてです?」 「配下が勝手に私兵を動かすことをリューンが黙って見過ごすはずがない、ということですよ」 「おそらくリューンの野郎、近いうちに手を打つだろうな。奴らも哀れなもんだ」 「なるほどねえ、もはや存在価値が無くなった、ということですか……」 「ま、何にせよ、オレたちの知ったこっちゃないがな。とゆーわけで、予定通りカノールへ向かうぞ。それから例の道を通ってバルスに向かう。準備は?」 「万全ですよ」 「オーケイ、そんじゃ行くか。なんといってもセルフィアーはオレたちの家だからな」 ・END・ |
| ■ 前のページに戻る |