会誌-「サークル水月会誌 第7回」

■ お客様がいるから幸せです  【作者:浅葱 翔】


「シーちゃんっ、一大事ですよ!シーちゃん。注文がきてます。注文っ。しかもこんっなに。」
 朝、出勤したばかりのティエラの声がシェルセラヴの眠りを妨げた。お店の二階。一般の人は立入り禁止である。特にこのお部屋は御主人様以外何人も立入り禁止区域である。が、ティエラはお仕事があるため、入る権利がある。
「なによう。まだ店開ける時間じゃないでしょ。もうちょっと寝かせて。」
 ティエラは、部屋の窓とカーテンを全開にして、また寝ようとしたシェルセラヴの顔の前で、ポストから取ってきた封書の中身をヒラヒラさせる。
「シーちゃん、見てください。これ。」
「何?」
「だから、注文なんですってば。」
「ちゅうもん?…………注文!?」
 その言葉の意味を理解したところで、シェルセラヴは漸く目が覚めたようだった。ティエラからそれを受け取って、目を通す。
「カルナ・シェルセラヴ・ファンシーショップ様…………。ふむふむ。」
 横でティエラが目を輝かせている。
「ね、ね、すごいですよね。注文なんて初めてですよ。……? シーちゃん? どうしたんですか? 嬉しくないんですか?それともまだ頭寝てるんですか?」
 だんだん無表情になっていくシェルセラヴの顔をティエラは心配そうに覗った。
「…………ティーエラちゃーん。うちのお店って何のお店?」
「今更何言ってるんですか。『何でも屋さん』でしょう。」
 ティエラは快く自信を持って笑顔でもって答えてくれた。その答えを聞いた瞬間、シェルセラヴは考え込んでしまった。
 …………そうだったかしら?確か当初はブティックのつもりで始めたんだったと思ったんだけど。どこで路線が切り替わったのかしら。
「あのね、うちはね。置いてあるものは基本的に全部私の手作りなの。知ってるわよね?」
「もちろんです。あんなものシーちゃん以外に作れません。」
 あんなもの……?
 シェルセラヴにはそれの意味するものがどれにあたるか分からなかった。
「まあいいわ。……だからね、ここに書いてあるような生物とかも置いてないのよね。どうしよっか。」
「シーちゃん、それはまずいです。」
「そう?私は結構好きだけど。でも店によってちょっとずつ味違うのよね。『風鈴堂』のが一番おいしいと思うわ。甘さ控えめだし。」
「お饅頭のことじゃありません。お客様に商品をお届け出来ないなんて、このお店の信用に関わるんですよ。」
「それは困ったわ。」
 シェルセラヴとティエラは二人とも、大変困ったという表情をしていたが、本当にそう思っているのはティエラのみであろう。
 シェルセラヴは再び注文票に目を落とす。何にしても量が量だし……と眺めていると、料金請求先のところでその目が止まった。
 ……これはこれはご丁寧に。
「ティエラ、二人で考えていてもしょうがないし、これは私がなんとかするわ。さ、下へ行ってお店を開ける準備をしてて。私も着替えてすぐ行くから。」
「はい。」
 ティエラは大変良い返事をすると、部屋から一度出て、出てから扉の隙間から顔を覗かせた。
「ちゃんと来るんですよ。」
 釘を刺していくのは忘れなかったようだ。シェルセラヴの性格を結構把握出来ている。しかし、結構出来ているだけで、ちゃんと理解は出来ていないようだ。それほど長い付き合いではないので、仕方のないことであろう。
 シェルセラヴはティエラが出ていくのを見届けてから、注文票をもう一度眺めた。
 問題は、このサーズ・ジァルザという男である。一応名前は知っている。うちの兄(ということは認めたくないが)に、勝るとも劣らぬ性格の悪さという。
 眉目秀麗容姿端麗頭脳明晰って、自分で書いたんならそれもうなずける。
 しかしそうは考えてもやはり、ここまで挑戦的に書かれては行かないわけにはいかないでしょう、と思うところがシェルセラヴである。
 キーサのもなんとかなるわ。全部の品を耳を揃えて、届けて差し上げましょう。その届けた足で、代金請求に参りますわ。
 代金……この方法だと送料って私の旅費になるのかしら。でも、キーサからのもあるし。結構高くなりそう……。だけど旅費って浮かせようと思えば結構どうとでもなるのよね。どうしよっかな。この人お金持ってそうだし平気かな。
 顔見てから決めようかなどと考えていることが、ティエラに知れたら怒られることは必至であった。
 お饅頭はやっぱり『風鈴堂』さんで、湯飲みと急須は『暇月』さん、茶たくは『桐好』さんにお願いして、クリームと口紅はそうだな、『タケモトキヨツ』さんがいいかな。浴衣20着も無いから作んなきゃだし、忙しいわ。ラルアークにも飛んでもらわなくちゃ。
 一応の行動計画を立てながら、身支度を手早く済ませる。
 シェルセラヴはこの店を始める前は、方々を旅して廻っていたので、どこに良い店があるかも結構把握している。もっともかなりの偏った趣味で選んでいることは否めないが、もう常連となっているところも多い。
 えーと、浴衣作るので3週間はかかるから、その間に他のものも届くだろうし。全部集まり次第お饅頭買って、トゥルニアまでだと3日もあれば十分ね。術法使えば早いんだろうけど消耗激しいからやりたくないのよね。こうゆうのって、シャリヤーティ様って力貸してくださらないだろうしな。
 店に下りて行くと、もう既にティエラが看板を外に出している。
 明るい日差しが店内を満たし、商品やディスプレイがその光を受けて鮮やかに浮かび上がった。
「ティエラ、私、奥に隠って制作活動入るから、お店の方よろしくね。」
 眩しそうに眼を細めて、シェルセラヴは売り物の点検をしながら言った。
「はい。分かってます。」
 今更言わなくても、いつものことである。シェルセラヴが店に出ることは、息抜きとか、構想につまったとか、客に好い男がいるとか、そんな時ぐらいのものだ。
 空間がゆったりと使われている店内。と、これはただ品物が少ないということでもある。同じものは無い。どれも世界に一つしかないものである。
「いらっしゃいませ。」
 親子らしい二人連れのお客が珍しいものを見るように店を覗いている。ティエラの声が明るく響いた。
「すいません。あの、娘に服を買ってやりたいんです。誕生日なんで……。」
「あら、かわいらしいお嬢ちゃんですね。お嬢ちゃん、どんなのがいいですか?着てみてもいいですよ。」
 ささいな日常の穏やかな日々。ティエラは幸せなのである。

おわり      

                              

【浅葱 翔】


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