会誌-「サークル水月会誌 第6回」

■ リアクション6−5  (独立暦401年人の月)


 強兵と名高い邑、リッターを取り込むことができたことは、今後のイリス王国の戦略に大きな影響を与えることは間違いない。
「さすがはリッター司祭、覇王の資質がある……。最初から併合するつもりはなかったが、対等な同盟──すなわち連合邑への参加に踏み切るとは、私も予想しなかった結果でした。せいぜい、戦争を仕掛けるきっかけを作ってくれるだろうと思っていたのですが」
 ライザーがいるのは、古びた邸宅──彼の自邸である。ライザーは客を邸宅に迎え入れることを好まず、来客は全て門前払いにしてきた。その前はずっと空き家であったから、ここに客が入るのは何十年ぶりになるだろうか。
 客──イリス王ファエーイ・ウルゴスは、床に端座してライザーに正対する。さすがに彼を拒むことはできず、ライザーは珍しくも門まで自ら迎えに出た。
「軍師……いや、ライザー、戻ってきてくれないか。今後のイリス王国の方向を決めるには、ライザー、お前が必要だ。お前でなければ駄目なんだ」
 殺し文句であったが、ライザーはそよ風ほどにも感じなかった態でウルゴスを見つめた。
「イリス王、私でなくとも王の部下は優秀でしょう。特設控所で選りすぐられた人材ばかり、これ以上何をお求めに?」
 素っ気ない対応に、ウルゴスは困った顔をした。へその曲がった奴だ。
「ライザー、意地が悪いぞ。お前と俺はもはや切っても切れぬ間柄。イリス王を名乗るのに一役、いや後ろから支えてくれたのはお前ではないか。他の奴にはそれは求めようがない。何故お前は応じぬ?」
「イリス王には絶対的な忠誠を誓っております、王が覇王の素質を失わない限り……いつも王の為に働いているつもりですがネェ 〜、フフフ」
 ライザーは意地悪な悪魔が微笑むかの様な笑顔を浮かべた。第三者が見れば王を侮っているか、弄んでいるとしか見えないであろう。
「では、どうすれば戻ってきてくれる? 何が欲しいのだ」
「それでは王に要求します。私を「大いなる家臣」、大臣として迎えて戴きたいですな。側近として、腹心として、イリス王の為に働きましょうぞ」
 つまり、「軍師」に即いたときのように「大臣」という新たな自作の名称に変えたいというのである。勿論名前だけではない。軍関係から政治関係にも発言権が増大する事になるだろう。簡単な要求ではない。
「即答はできないぞ。お前も知っているとおり、イリス王国とは呼ぶようになっても、中身は保守的な奴らばかりだからな。位を新たに作成するとなると、古来からのしきたりはどうだとか、事務処理に混乱が起こるだとか、古株がうるさいからな」
「それこそ壊さなくてはならない古い秩序です。新時代には新時代の流れというものがあり、それに合う秩序があるはずです。新たなる秩序が構築できなければ、イリス王国の運命も旧時代とともに尽きることになるでしょうな」
 イリス王、ライザー、共に正しい指摘であった。イリス王国は誕生してからまだ日が浅く、内政機関に至っては司祭時代のイリスとほとんど変わっていない。王国としての意識も一部の間でしか浸透しておらず、一つの問題になっていた。
「分かった、大臣としよう。俺の腹心として、俺の側でお前の力を貸してくれ」
「王の為、存分に力を発揮しましょう」

 そして、軍師と同じく大臣という複雑な位に再び就いたライザーは、今までに練り上げていたあらゆる作戦・計画を始動するため、新設された大臣室に籠もりきっていた。
「リューナやカジ、その他諸邑の攻略にかかった戦費……なかなか馬鹿にならんものだ。イリス王国が今まで貯めていた資金もだいぶ損耗し、リューナ等の占領地域の資金力も激減しているな。方策で食料は豊富であるが、開発の為の資金がなくてはこの先の発展は望めぬ。そうは思わないかね、クルトラス君」
 ライザーは大臣になった時、一人の若者を部下に要求した。専門は用兵であるが、頭脳明晰と評判のファエーイ・クルトラスである。
「はぁ、その様で……」
 彼にしてはいい迷惑である。当初は、あの軍師の部下になれると喜んでいたのだが、内容は苦手な内政関係である。彼はまったく小ウルゴスとでも呼ぶべき性の少年で、毎日が苦痛の連続だった。おかげで最近は少しやつれてしまっている。それでもファエーイの姓を持つ以上、投げ出すことはできぬ。しかし一体なぜ自分を選んだのか、どうしても答えが出せずにいた。なぜ兵吏である自分を……
「よいかね、クルトラス君。戦略・政略を支えるのは、後方に控える補給であるのはよく分かっていると思う。そして情報戦、謀略、外向も必要不可欠であるが、どれも補給・財政力があるからこそ好結果が出せるのだ」
「軍師、いや大臣殿の行動、思考は理解しているつもりです。ラクーラの頃の大臣殿、尊敬しておりますから」
 時折ライザーの口より出る戦略論が、唯一、クルトラスを安堵させる。
「イリス王国の規模を拡大し、大規模な軍港を建設する……今推し進めている計画だが、前回より規模を縮小し、財政を圧迫させずに建設を進める。う〜ん、資金を増やすにはどうしたら良いものか……」
「大臣殿、浅はかな考えかも知れませんが、商業を奨励し、人の交流を促せば、税収面でも効果があると思います」
「ウン、そうであった。クルトラス君、やはり君は政治面での才能も持ち合わせている様だ。ウンウン、そうであった、そうであった」
 クルトラスがふと思いつきで言ったこの言葉が、イリスの政策を大きく動かしていくことになる。

「イリス王、お久しぶりです。このほど、大臣職に就いてから作成した各種計画書です。どうぞ目を通して下さい」
 ついに来やがった。言葉には出さないが、ウルゴスは舌打ちしたい衝動に駆られた。ライザーが復帰してくれたおかげで、毎日面白くもない政治のことに考え悩まなくとも済むようになったのは嬉しい。しかし、ライザーに任せると一つ重大な悩みが増えるのに気がついたのは、彼がずっと大臣室に籠もっているとの報告を受けたときだった。めまいがした。
「俺が字ばかりの内容の計画書を読むのが嫌いなことを知った上で嫌がらせをしてるのか、お前は。一度にこんなに持ってくるなど……」
 ぶつぶつ言いながらも、久々に知力を総動員して、うずたかく積まれた計画書を読み始める。内容は今までの慣例を破棄し、新しく革新的な制度を構築するものであった。
「どれもこれも同じに見える。せめて図表にしてくれればよいのに」
 三巻目でついに投げ出したので、ライザーは中の一巻きを手渡して告げた。
「これは即行動に移る予定のものです。お先にお読み下さいますよう」
「そういうのはすぐ言え」
 ウルゴスはなけなしの集中力をふりしぼって読んだ。読み終えたのを見計らい、ライザーの説明が始まる。
 まずは連合邑参集初会合のことだった。各地の戦乱は激化し、混沌としている。そんな中での新しい秩序である、連合邑の参集は成功を収めるであろうと言う。
「なお、使者は既に派遣しておりますので。お気に召さなければ戻しますが」
「……いや、いい。それから何だ」
「蜘蛛会へ余りある食料を売り払い、イリス王国の資金力を付けようかと。王国各地の開発、軍事力の確保、連合邑での影響力の拡大など、いずれも資金力が物をいうもの。どなたか蜘蛛会への交渉をお任せし、資金を確保したいものですが……」
「分かった。で、誰が適任だと思うか」
「王の親戚筋でもあられる、ファエーイ・クルトラス殿を」
「何、お前の部下にした、あのクルトラスをか!?」
 ウルゴスは驚いた。クルトラスは頭はいいが、どちらかというと武に志向していた筈……そう考える脇で、
「彼は未来のイリス王国を支える逸材です。文武に長け、兵を扱わせれば良し、政を扱わせれば良しで、優秀な人物です」
 と言う声が聞こえるので、ウルゴスは天地がひっくり返ったかと思った。……珍しく人を褒めている……これは、明日は雪か雷雨か……
「よろしいですな。次の計画の説明をしますぞ。商業を奨励し、人の交流を促進する為、物流の安全を確保します。星薬会はセルフィアーの薬品を扱う重要な団体。その輸送をイリス王国・連合邑・メール族の居住地域まで護衛し、海上輸送だけでなく、陸上輸送を促すのが目的です」
「ライザー、それは軍事力の分散ではないか。いくら強国の名を得たとはいえ、それでは各個撃破の対象になろう」
「ご安心下さい。護衛といっても派遣する兵数はほんの三、四人といったところ。あくまでも『イリス王国の護衛』がついているが重要なので、護衛は重要ではないのです」
「それでは護衛にならないではないか。賊や邑兵に襲われたらどうする?」
「襲われれば大義名分が生まれるだけです」
 あっさりと言うので、ウルゴスは苦笑した。
「お前らしい言い分だな。だから悪者扱いされるんだぞ。いや、分かっていてやっているんだろうがな」
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう」
「で、この外交は、誰に決めているんだ」
 ライザーは口を四角にして笑いをつくった。
「私が直接、星薬会に出向いて説得して参りましょう。星薬会も海上輸送の危険性を考えているところ。我々が護衛すると言うのなら勝手に護衛させておけば良い、とでも考えるでしょうな」
「まあ、お前がそう言うなら行って来い。ただし、『余計な』寄り道はするな。お前の行動のすべては俺とイリス王国の為だと、一応、信じておくからな」
 ライザーは深々と礼をした。即日、クルトラスは蜘蛛会へ、ライザーは星薬会へと向かった。

 ルドルフは、自分の部屋で荷物をまとめていた。
 この部屋で暮らしたのは2年ほどだったが、その間、色々なことがあった。ほんとうに、色々なことが。
 イリスが変わってゆく。その変化の一端は彼自身が握っていたのだが、誰かに操られていたかのようで現実感がなかった。自分は戦場で戦っていただけだ。なのに、周囲がどんどん自分の知らないものになっていくような気がしていた。
 イリスには愛着を感じていた。ずっと変わらないでいて欲しかった。だがもう、それは夢でしかなくなっていたのか。
 出ていく、そう決めたのは軍師がやめてからしばらくのことだ。軍師がどこで策謀していようが、また帰ってこようが、そのこと自体は別にどうでもよかった。肝心なのはどんどん変わってゆくこと。自分にとっての確かなものが、音を立てて崩れてゆくことだった。
 軍師が帰って来、大臣と名乗るに至って、決意は決定的になった。変わってゆくイリスを見ていたくはない。そして、今やライザーはリーを追いやった者というだけではなく、彼にとっての仇になっていた。
「おはよ……って、何やってんのよ、片尉!?」
 ガヌースが驚いた声を出した。部屋を見渡す。
「ただでさえ殺風景な部屋が、何もなくなってるじゃないの。引っ越しでもするの? 配属が変わったって話は、聞いてないわよ」
「俺も聞いてない。出て行くだけだ」
「出ていく、って……片尉。どこに行く気なのよ、今更」
 ガヌースはルドルフを睨み付けた。
「あなたはイリスの神兵尉よ。私の相棒よ。私に何の断りもなく、どこに行こうというの。軍師が気にくわないのは、私だって同じよ。だからといって出ていくことはないじゃない。考え直しなさいよ。あなたがいないと、尉丞も兵達も困るのよ。分かってるの!?」
「……変わらないのは、お前だけだな、片尉」
 ルドルフは珍しく、やさしい表情をした。
「片尉、お前はいい奴だよ。引き留めてくれるのは、多分、お前だけだろうな。……そう、俺は神兵尉だったよ。イリス神殿の神兵尉だったんだ」
「片尉……」
「俺の腕があれば、どこかは雇ってくれるだろう。ひょっとしたら、それは他のメールの邑かもしれない。そうじゃないかもしれない。わからないが」
「私、片尉と戦うなんて嫌よ」
 ガヌースはルドルフの腕を掴んだ。
「あんたの腕は、誰よりもこの私が知ってる。あんたと刃を交えるなんて、考えただけでもぞっとするわ。あんたを敵に回すなんて……だから」
「すまん、もう決めたことだ」
 ルドルフは荷物を背負うと、くるりと背を向けた。
「後始末は宜しく頼む」
「馬鹿」
 ガヌースは吐き捨てた。
「あとで泣いて取りなしてくれっていわれたら、私、真っ先に買って出るからね。覚えときなさいよ!」
 捨てぜりふめいて言った言葉が、いつまでもルドルフの耳に残った。城壁を遠く見はるかして、ルドルフは呟いた。
「さらば、イリスの民よ。そしてライザー……。お前の首はいつの時か、私が討つ。」

「……ここへ来るのも一年ぶりか」
 ウルゴスは船から下り、大山を見上げた。
 孤峰メール山。彼らメール族の、魂の源とも言える山。
 ここへの参詣を、彼は五度も怠ってきた。代理の神官を十人単位で派遣してはいたが、本来なら、とうてい許されることではない。
 叱責を覚悟の上で、彼はふたたび聖地メールへと足を降ろした。
「お久しぶりね」
 声をかけてきたのは、リィズ司祭ラート・ウシャスだった。
「ええ、すみません」
「謝る必要はないわ」
 ウシャスは笑った。
「よく、リューナ司祭を倒してくれたわね。死者のことを言うのも何だけど、彼は、マハーカーラ司祭の面汚しだったわ。それを倒した貴方が、負い目を感じる事なんてないの。だから、司祭として、個人としては、みんな貴方に感謝してるわ」
「そうなんですか?」
「でも、統治者としては別よ」
 ウシャスは表情を正した。
「来月、ここで連合邑の会合を開くんですって? うちにも使者が来たわ。そっちにも言ったけど、うちはまだ傍観させてもらうわ。……悪いけど、私、頭が固いのよ。神官ですもの」
「貴女とは戦うことになるかな」
「そうかもしれないわね」
 ウシャスはまた笑った。「暁の女神(ウシャス)」の名にふさわしい、明るい笑み。
「私、弱くはないわよ。侮らないでね」

 ウシャスの言葉は正しかった。誰も、ウルゴスを責めはしなかった。再会を快く祝してくれた。
 儀礼を終わり、司祭たちは何事もなかったかのように散会した。まるでこの一年間、何事もなかったかのように。
 耐えきれず、ウルゴスは隣室に下がろうとする大司祭に呼びかけた。
「少し、お話の時間はとれますでしょうか」
 大司祭は頷いた。
「何だね」
 いつもの丁寧口調ではない。おそらくこちらが、彼の本来の口調なのだろう。
「……何故、俺を責めないのですか。俺はメールのつくられた秩序を乱し、リューナ司祭を殺し、同じメール族の者たちの血を流しました。祭礼も五度も欠席した。それで、何故大司祭は俺を責めないのですか」
「おや、ではイリス司祭殿は私に叱って欲しいのかね?」
「そうでは……ありませんが。俺は、この一年の自分の行動に罪悪感を感じているわけではない。でも、司祭としては責められるべきだと思います。大司祭様や他の司祭は、俺を責めるのが義務ってもんじゃないんですか? そうじゃなければ、何のための規範、何のための慣習なんだか分からない。違いますか」
「そうかもしれぬ。だが、そなただけは、私は叱れぬ」
「何故ですか?」
「そなたこそが、大火山に選ばれた変革者だと思うからだ」
 ウルゴスは息が詰まるかと思った。
「……! 大火山が、そうお告げになったのですか!? 俺には、全然聞こえなかったが……」
「いや、違うよ」
 大司祭はあっさりと言った。
「では何故……」
「勘だ」
「はあ?」
「だから、儂の勘だと言っておる」
「……勘? 意志、ではなく?」
「のう、イリス司祭よ」
 大司祭はにやりと笑った。
「実を言うとこの儂は、そなたに関することどころか、大火山(メール)の意志をまるで受け取ることができぬのだよ」
「……! そんな……?」
 大火山の従人、その最高位たる大司祭が?
「うむ、もっとも司祭時代は確かに聞こえたんだがのう……前の大司祭が、声が聞こえなくなったと言って退位して、後を襲った私も、同じように声が聞こえなくなった。いつ頃からか、と考えていて思い当たった。六年前、いやもう七年前か、あのキーサの事変以来だ」
「……」
「それ以来、儂はずっと考えていた。どういうことなんだろうか、とな。……世には新しい英雄が雨後の筍のごとく湧き出で、伝説でしか知らなんだような世界へと、セルフィアーが変容してゆく。それを見ておって、儂は気づいたのだ。これは大火山が儂に、自分の目で見定めよと仰せであるのだとな」
 大司祭は優しい目でウルゴスを見た。
「それに、そなたのように見ていて気分のよい人間には、何か報いてやりとうなるのが、年長者の性だな」
 そう言って高らかに笑う。
「さあ行け、イリス国王よ。そなたを待つ民のために」
「……はい」
 大きく頷き、大神殿を出ようとする。
 その瞬間、地面が大きく揺れた。
「……!」
「地震……か……っ!」
 仰ぎ見た大火山から、光の柱が立った。いや、雷光だ。火口へむけて、空から雲を割って、無数の雷が舞い落ちているのだった。
「……美しいものね」
 リィズ司祭はつぶやき、大神殿を振り返った。先を歩いていた他の司祭達も同様に振り返っている。その目線の先には、立ちつくすイリス司祭のシルエットが、赤い光に照らし出されているのだった。
「新しい英雄への、神の祝福か……?」
 誰かがつぶやいた、その思いを、誰もが共有していた。
 新しい時代。新しい秩序。
 そして、新しい世界へ向かって──

■ 前のページに戻る