会誌-「サークル水月会誌 第6回」

哀愁漂うハデンマイナー化計画(やられ役が板に付いてきた、出ると負け軍師)
■ 覇伝 〜ハデン、主役をナタケに奪われる!〜  【書き人:元宵】


 もうどれぐらい進んだのだろう。馬上のライル・ナタケはふと辺りを見回した。彼女の目に入るのは、付き従う社員たちと影の精鋭と呼ばれる親衛の『影兵隊(えいへいたい)』、そして幼い日の記憶の底にたゆたっているかつて見知った風景。
(懐かしい……と感じるのは不謹慎でしょうか……)
 彼女は斜め後ろを振り向いた。何かを考えてのことではなく普段の癖である。本来、彼女の視線の先には常に一人の青年が居るはずだった。
 ナタケは軽く首を振った。すぐそのひとを頼るのは自分の悪い癖だ、そう言い聞かせているようであった。

 少し前、とある中邑のとある商家にて。
 窓の外はしとしとと雨が降っている。もうすぐ人の月に入ろうというのに肌寒い。ナタケは窓際のベッドに腰掛けたままじっと外を眺め続けていた。
「ナタケ様、邑宰の使いの方がお見えになっております」
 扉を開けて、黒衣の男が言った。体からは全く気配を感じさせず、眼光は「敵」を射竦ませるようだ。
「お通しなさい」
 黒衣の男の後ろから、誠実な感じの初老の男が姿を現した。丁寧に礼をする。ナタケもそれに応え、席を勧めた。
「ナタケ殿、ご無事で何よりでした。当方は全力を挙げて貴女がたご一行を匿う故、安心して好きなだけここに居て下さいとの邑宰の言葉をお伝えします」
「ありがとうございます……本当に」
 彼女の微笑みは、はっとするほど美しかったが同時に翳も窺わせた。
「スウィズに居た私達以外の方達がどこに行ったか、わかりませんか?」
 初老の男は黙って首を振った。
 今、ナタケと共に居るのは外局長サイク・ルヴァログ、治局長ライル・カミナの他には社員数名と影兵隊である。この他、各地に潜伏した多くの社員、創師、兵達の居場所は正常に機能しているライル社の情報網によりナタケは正確に掴んでいる。だが、クラウ・ハデンと商局長ハウザー・カッシュ、元賊軍の頭のナーズ・ハクユウの消息は判らなかった。
「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」
「何の。この邑が立ち直ったのはライル社の経済協力のおかげですから。今では邑民は皆ライル社に好意的です。どうかお気になさらず」
 程無くして初老の男は立ち去り、入れ替わるように治局長のライル・カミナが入ってきた。
「サーラスさんと話してたみたいね、ナタケちゃん」
「ええ、あの方は私たちに本当によくしてくれます。……しかしいつまでもここに迷惑をかけるわけには……」
 ナタケは視線をまた窓の外にうつした。もし彼女がこの邑に居ることが知れ渡れば、たちまちスィスニア軍の攻撃を受けかねない。ハデンならば、ワザと襲わせるといった策を平気で使うだろう。しかし彼女には、自分のせいで他邑が戦火に焼かれるのは耐えられないことだった。……甘いと言われようとも、偽善と謗られようとも。
「問題はこれからどうするかよ。このままスウィズの近くに潜伏して奪回のチャンスを狙う?」
 ナタケは何となしに頷く仕草を見せたが明確な返答はしなかった。
 ライル社は「宝器の力を借りて圧政を敷いている」とよく言われていたが実際は逆であった。かなり儲けていたため税は軽いものだったし宝器を利用して都市機能の制御と維持をやっていた。下水道はそのおかげで大体普及していたし光を発する宝器は夜間照明として利用されていた。もっとも、そのおかげで夜中まで平気で街中で大騒ぎする不届き者が、急増したが(筆頭、ナーズ・ハクユウ)。
「聞けばスィスニア軍は宝器を目の敵にして片っ端から壊しまくってたそうよ。しばらく混乱はおさまらないわ」
 ナタケの従姉は苦々しく語る。治局長であるカミナはスウィズの都市計画を完璧に指揮した有能な官吏である。
(スウィズ奪回……それもいいけど……)
 彼女の頭には、ある懸念がある。仮にスウィズを取り戻したとして、そのことが下手に乱世を長引かせることになりはすまいか。ハデンならこういう思考はあまりしないのだろうが。
 彼女は、自分の能力を過大評価していない。それどころが全く信じていないフシさえあった。しかし、使いこなしてきた四局長の半分にハデンが居ない今は直接自分で何かをしなければならない。
「じゃ、私は自分の部屋に戻るわね。……ナタケちゃん、ハデンクンのこと心配?」
「いえ、それよりカミナさんの方こそカイルさんが心配でしょう」
 カミナの恋人であり、現在精鋭部隊を率いてスィスニアへ進軍中のディグ・カイル。高い統率力を持ち与えられた任務は完璧にこなす。
「あ、カイル君はだいじょうぶよ。何かあったら私がゆるさないからっ」
 彼氏を好き勝手に引き摺り回しているという女はそう言って笑った。

「ふう…ああ、サッパリした」
 同日光の月の刻の水の刻、ナタケは湯浴みをすませ自分の部屋に帰ってきた。出来る限り毎日これをやるのが彼女の習慣らしい。ちなみに、元賊軍の頭であるナーズ・ハクユウは週一回しか風呂に入らないと噂されている。
「いい匂いがすると思ったら湯上がりか。濡れ髪が、いいな」
 そこに居たのはクラウ・ハデン。すました顔で茶をずずずとすすっている。
「……あの……ちょっと……どこから入ってきたんです?」
「あそこ」
 ナタケのリアクションを楽しみながら窓を指差した。
「おかしいな、感動の再会とやらになると思ったのだが。演出過剰だったか?」
 お調子者め。
 脱力したナタケは呆れ返った顔で、大きな大きなため息をついた。
「……あのですねぇ……」
「ああそうそう、オレがここに来たことは誰にも言うな。理由? 気分的に。どうせまたすぐ出ていくつもりだ。行き先も言うつもりはないがな」
 人の話をまっっったく聞こうとしていない。ナタケでなければキレているだろう。しかしそこは付き合いの長い彼女、何かを企んだ。
「あの、ハデンさん……」
 彼女はハデンの瞳をみつめた。わずかに頬があかくなっているのがハデンに奇異の念を抱かせた。
「どうした?何かあったん?」
「あの……その……」
 本当に妙だな、とハデンは思った。挙動不審に気付け。
「……子供が……できたんです」
「……え゛?」
 ハデンの瞳孔が拡大し、鮮やかに表情が激変している。彼が驚愕したのは責任問題を恐れたからではない。
 全く身に覚えがなかったのだ。
(バカな……あり得ん! まさか、酒の勢いでそういうことをしてしまったのか!?)
 この時彼の脳裏に酒乱癖を発揮しぶっ壊れたナタケにしたたかに神殺しを飲まされひっくり返った悪夢のような光景が甦っていた。もはや別人と化したナタケは自分の酒を拒否されると「俺の酒が飲めんのかコラァ!」とにわかに怒りだし愛しいはずのハデンさんに殴る蹴るの暴行を加え無抵抗になったところでぐったりした恋人の口にビンを突っ込もうとしてカミナに止められた。尚、ナタケは当時の記憶が全く無く「飲みすぎはやめましょうね」とのちに言ったという。
 かわいそうに思ったのか、それとも充分たのしんだか、ナタケはハデンを現実に引き戻すことにした。
「ここの家の猫さんに赤ちゃんが6匹も産まれたんです。とっても可愛いですよっ」
 ……
「はい?」
 形容し難い表情。とうとうナタケは堪え切れずに笑いだした。
「くすくすくす……ひはははは……おっかしー! 貴方って、ホント遊びがいがありますね」
「……もういい、不愉快だ、オレは帰る!」
「じゃあ聞きますけど、貴方はそもそもここへ何しに来たんです?」
 この言葉で二人とも表情を切り替えた。彼らには、するべきことがあるのだ。
 沈黙が空間を支配した。外に雨音のみが聞こえる。二人はみつめあっていた。ただし、互いの思考を確認するために。
「ウォウルへ行くつもりか。ヴィレクの天下に力を貸すのか?」
 ハデンが沈黙を破った。ナタケの瞳がわずかに揺れた。
「私がやろうとすること、他人が見たら馬鹿としか思わないでしょうね。でも、私はこういうやり方しかできないんです……」
「確かに、馬鹿としか思えん。まあ、やりたいようにやるがいい。ただし自分だけは正しいなどとは、絶対に考えないことだ……オレにも言えることだが……」
 実のところ、ハデンはできればナタケにはもう少し違う選択をして欲しいと思っていた。彼女のやり方は覇気が無さすぎる。元々野心が無いのだから当然なのだが。それに……
「ハデンさん、貴方は私に賛成してくれますか? 私と……同じでいてくれますよね?」
「……そうだな」
 ライル・ナタケが社長になって以来、ハデンはナタケと同じ目標を共有し続けた。それは、絶対の物であるべきであり、そうなる理由もあった。独立暦397年よりずっと……
 かつて、ナタケが社長職を継承した時、ハデンはいかに乱世を楽しむかを考えていても終わらせることは考えてなかった。父親を失ったばかりの14歳の少女が自分より遠くを見ていることを知った時、彼の受けた衝撃と己に対する自嘲の念は小さなものではなかった。
(策士は、策士でしかないということか)
 奇しくも当時のナタケと同じ14歳のナーラダ・ヴィレクを見たときも、同種の驚きを禁じえなかった。故に、ナタケの考えは理解できる。
 ――少なくとも、理性の上では。
「皆は私に付いてきてくれるでしょうか?」
「それは心配無い。君の支持者はかなり多いから」
 彼はナタケの影であることを望んできた。かたちはどうであれ、支え続けることを。
「ナタケ、すまないがオレは暫く君を直接輔けることができない。自分で何とかしてくれ」
「わかっています。でも、貴方はそんなことを言いながら色々と私を援助してくださるんですよね」
 少女は笑った。少なくとも表面上は寂しさは見受けられなかった。その笑顔はハデンには少し眩し過ぎるものであった。
「それともうひとつ……この書簡を……」
 ハデンはナタケの差し出した書簡を見た。わずかに眉が動いた。
「ライル社の全権委任状です。私にもしものことがあったら、これを使ってください」
「……一応、受け取っておこう。こんな物など役に立たないにこしたことはないがな」
 ハデンは書簡を大事そうに懐にしまった。
(本当に……使うことが無いよう……)
 彼にとって、ナタケに何かあるというのは絶対にあってはならないことであった。
(オレはナタケの影であるべきか。多分それがこの子にとってもオレにとっても一番いい)
 彼の理性はそう本人に告げていた。しかし反対の思考も己の内にあることを、彼は知っていた。それは理性でカンタンに抑えることのできるものであったが。

―おわり―   



【元宵】   


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