会誌-「サークル水月会誌 第6回」

■ ディヤウス神殿  【作者:ダンディ中年】


 リューンは神を信仰していない。しかし神の存在を認めていないわけではない。ただ、他力本願的な考え方が性に合わないだけである。結局、自分の力が最後にものをいう。そういう考え方の持ち主である。組織に於いて、自分の力のみを頼りにする者は大概、人を使うことが下手であるが、彼の場合は己の向き不向きを正確に把握していたため、自分にない才は他人を使いその穴を埋めようとした。そのことが彼自身の器をより大きいものとしていたということはスィスニア軍にとっては幸運だったといえる。

 翌日、シュラは早速スウィズ邑内の復旧作業に取りかかっていた。馬上で作業の指揮をとりながら邑を視察しているとフェイティエン=キースと出会った。
「シュラ殿、将軍がお呼びだそうです」
 痩身短躯で黄縁白服に黒帯のシャル族。セルフィアーでは信仰の薄いディヤウスの神官。シュラはそれ以外は知らない。リューンもまたその素性を聞かなかった。
「卿も呼ばれているのか」
「そのようです」
 フェイティエンの物腰は低い。紳士的であり、シュラはそういう男が嫌いではない。イイ男になる素質はある、そう思いながら馬上からフェイティエンの手を掴む。
「後ろに乗れ」
「では、ありがたく」
 フェイティエンは舞うように飛び乗り、シュラはそれを確認すると白い愛馬を風のように走らせた。

「・・・ですから、閣下のお力をお借りしたいと・・・」
 リューンのところには先客がいたようだった。バルザ・イスマイル、スィスニア三大商家の一つバルザ家の当主である。
「卿らはその力を、身をもって知ったはずではなかったのか」
「ならば、せめてあの者を捕らえるために追跡隊を編成することをお許し下さい」
「好きにするがよい。しかしアレは人智を越えた代物だ。迂闊に手を出しては、いくつ命があっても足りんぞ。それが分かっているのならば、やってみるのだな」
 バルザ・イスマイルはリューンに一礼すると、フェイティエンとシュラの横を通り過ぎてゆく。
「フェイロン様のことですか・・・」
 シュラが訊ねる。その昔、彼女は湖賊に襲われた時、フェイロンとリューンに助けられたことがある。それ以来、リューンに付き従っている。8年も前の話である。
「うむ、どうやら三大商家の連中とやり合ったらしい。あいつは加減を知らないからな、特にバルザの私設軍が手ひどくやられたらしい」
「それで今度は閣下に・・・」
「俺とてあの飛竜号が相手では、まともにやって勝てるとは思わない。一度でも乗った経験がある者は間違ってもあの船に正面から挑もうなどとは考えまい」
 シュラもリューンと共に数年セルフィアー中を旅をしていた経験があり、飛竜号には乗ったことがあった。最強の二文字を持つ船というものがあるならば、正に飛竜号こそが相応しい。現在の船とは根本的に性能の次元が違う代物なのである。
「皆、元気でしょうか」
「さあな」

「ふぇーっくしょん!!」
「風邪ですか船長?」
「お腹空きましたぁ」
「陸を踏みてぇよ」
「あの、この洗濯物は何処に干せばよろしいんですか」
「お前も少しはセルフィアを見習えば?」
「よけーなお世話よ」

 リューンは衛兵を下がらせた。3人になった。
「卿ら二人を呼んだのは、やってもらいたいことができたからだ。まず・・・」
 フェイティエンは呼ばれるより先に一歩前に出ている。
「卿との約定通りこの地にディヤウスの神殿を造築する。ライル社の遺産を財源とし、卿がその造築の指揮を執れ。また、失業者を中心に労働力の確保に努めよ。その後は司祭として神殿を中心に民の心を掌握、邑の執政官と神殿の司祭を兼ねスウィズを治めよ」
 リューンはフェイティエンを見つめる。その目は「できるか?」と聞いていた。
「問題はありません」
「それにも飽きたら、我の元に来い。再び卿の力が必要になるやもしれぬ。次にシュラ」
 彼女は一歩前に出て言葉を待った。
「卿は邑兵尉として、まず兵を率いてシーランに赴き降伏させろ。また、抵抗する場合はこれを殲滅せよ。しかし邑宰だけは生かしておけ。シーランで兵力を吸収した後は、スィスニアへ移動だ」
「閣下はどちらへ」
「俺は一足先にスィスニアに向かう。やるべきことがあるのでな。さて・・・」
 リューンは「メロウリンク」と言うとパチンと指を鳴らした。
 別室からナーラダの美しい女性が現れる。美しさの質はシュラとは違い可憐で清楚な感じの女性である。
「エレニス・メロウリンク、何故お前がここに・・・ブラフ老とスィスニアにいたはずではなかったのか」
 声を挙げたのはシュラである。
「リューン様と貴女を二人きりにさせているほど、私はお人好しではありませんことよ」
「気色悪いことを言うな、お前のそういうところが私は気に入らないのだ」
 シュラがこのメロウリンクという者を毛嫌いしている理由は幾つかある。まず彼女がリューンに好意を持っていること、もう一つは兵士達の中ではシュラより人気があること、そしてシュラも自分の美しさには十分自信を持っているが、それでも気になるほど彼女が美しいこと、最後に、最も気に入らないことは彼女否彼が「男=漢=♂」であること。
 八武衆の一人、エレニス・メロウリンク。知る人ぞ知る、超絶美形オカマ野郎。兵達の間では「メロンちゃん」の愛称で親しまれる。赤い鎧に身を包み、彼の指揮下の兵達もすべて赤い鎧で統一されていることから彼の部隊は「メロンの赤備え」といわれ、他の兵達の羨望(?)の的になっている。因みにシュラはその気位の高さから「女帝」といわれる。
「メロウリンク、卿はシュラと共にシーランに赴き、制圧後の事後処理を行うのだ。邑宰とその取り巻き連中の関係を絶たせ、卿が政務を取り仕切るのだ、すべては・・・」
「エレガントにでございますね」
「そうだ」
 シュラは前線指揮官としては優秀であるが、政治的駆け引きに於いてはメロンに遠く及ばない。逆にメロンは前線指揮官としても非凡な才能をもってはいるがシュラには一歩譲ってしまう。
「以上だ。卿らの活躍を期待する」

「どういうことだ」
 シュラが血相を変えメロンに詰め寄ってきている。
「どういうことって?」
「スィスニアで邑内統治の全権を委任された貴様がどうしてここにいるかということだ」
「あら、やだわ・・・シュラさん、またオニイ言葉になっていますわよ」
「貴様のオネエ言葉よりはましだ!!それよりどういうことか説明を・・・もごもご」
 メロンはシュラの口に持っていた杖の先を突っ込んでいる。
「ぶはっ!!何をする!!」
「少し、うるさいですわ。そのように大声を張り上げては、ますます男っぽく見えますよ」
「貴様」
「はいはい、説明するから。貴女達がスウィズの攻略に乗り出した頃、スィスニアでも色々あってね。聞いているでしょう。賊の類が襲来してきたとか・・・。でも、もっとびっくりしたのはスウィズ軍が攻めてきたことね・・・今頃きっとブラフ老や他の皆ががんばっているわ」
「その様な大事な時にどうしてのこのこスウィズまでやって来た・・・」 「ブラフ老がね・・・兵達が帰る場所は必ずやこの老骨めがお守りする故、何もお気になさらず存分にお戦い下され・・・ということを伝えて欲しいって」
 シュラは「あの御方らしい」と心の中で呟いた。「ブラフ老」ことブラフ・トルメキアは八武衆の中では最も年長である。白髪、隻眼、美髭の巨漢であり、二本の槍を同時に使う独特な槍術の使い手であるということから「二槍候」とも呼ばれる。「義」を生き方の規範としており、シュラや他の八武衆、兵卒に至るまで、その人望は厚い。
「そうか・・・しかし何故お前が来る必要があったのだ」
「言ったでしょう・・・貴女とリューン様を二人きりにさせておくほど私はお人好しではないって・・・」
 後の世、人名辞典には、エレニス・メロウリンクについて、シュラと共に活躍したリューン配下の女将軍と記述されている。男性である事実については、残された史書は何も語らず、歴史は彼が男であることを証明することはできなかったのである。

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