会誌-「サークル水月会誌 第6回」

■ スウィズ陥落  【作者:ダンディ中年】


 スウィズが赤く燃えている。
 リューンはそれを上から眺めていた。
 その傍らに侍る一人の女性。
「閣下・・・」
 リューン直属の近衛兵「八武衆」、その筆頭である彼女の名はシュラといった。
「兵局次官ナーズ・ハクユウなる者を捕らえましたが如何致しましょう・・・」
「お前に任せる、好きにしてよい」
「はっ」
 シュラはリューンに敬礼し立ち去ろうとする。
「待て・・・」
「何でしょう」
「・・・二人だけの時は閣下はよせ」
 シュラは笑いを堪えながら「御意」と言うと地下牢へと向かった。

 そこには異臭が漂っていた。血や汚物、そして死体が放った臭気。それらが入り交じっていた。捕虜となった者の中には、満足に怪我の治療もされていない者も多数いた。
 その中にハクユウの姿があった。傷の治療は施されているが、包帯から所々血が滲んできている部分もあった。
「・・・あら、元気そうじゃない」
 鉄格子の外からシュラが声をかける。
「・・・・・」
「だんまりってのは、少しつれないわねぇ」
「てめぇ・・・捕虜達をどうする気だ」
 シュラの瞳が少し曇る。気が重い。リューンは「好きにしろ」と言った。それはこのハクユウを含めた全員の死を意味する言葉でもある。何故ならすでにリューンは彼らには興味がなく、興味がないということはその存在価値を認めていないということでもある。
「・・・残念だけど、今は戦乱の世。これも世の習いと諦めて・・・」
 しかし、この男は死兆星が見えていない。それはつまり、この男がここで他の捕虜達と共に処刑されないということでもある。
 死兆星。北天に輝く七つの星の横に、赤い星がある。それはまもなく死を迎える者にしか見えない凶星。シュラの故郷の古い言い伝えに出てくる星であり、彼女はまだ見たことがなった。しかし、数々の戦いの中で、死を迎える直前の者に聞けば、皆見えていたことから、シュラはその言い伝えを信じるようになっていった。
 どういうことだろう。まもなくこの牢にいる者達は処刑されるはずである。ならば理由は二つ考えられる。一つは、私とこのハクユウとの間に何らかの不確定要素、即ち妨害者の介入によって彼が生きながらえるということ。そして今ひとつは・・・
 しかしその考えは、シュラの頭の中にリューンの姿が現れるのと同時に、否定された。その様なことがあってはならない。シュラの生き方とは、即ち身も心もリューンと共にあり続けるということ。
 あってはならない、私が自分の意志でリューン様の命令を破り、この男を助けるなど。
「おい・・・どうした、さっきから俺を見て。さては俺に惚れたか」
 無骨な容姿や仕草の中に、何か人を包み込むような暖かさを感じさせる。リューン様であれば次の時代を担う者達には、こういった者を選ぶのであろうか・・・。
「おいってば・・・何とか言えよ」
「・・・・・・・貴方とは決着がまだついていなかったわね」
 シュラはハクユウの牢を開ける。
「どういうつもりだ」
「ついてきなさい」
 シュラはハクユウを地下牢から連れ出し、階段を上ってゆく。

 シュラが連れてきたのは、スウィズ邑内にある大きな塔であった。彼女は塔に入り再び階段を上ってゆく。余談ではあるが後世、この塔は「侠者の塔」と呼ばれた。
 ハクユウを連れてきたのは塔の屋上であった。
「ここであれば何者の邪魔も入らないわ。見ているのは天のみ」
「もし俺が勝ったら?」
 もしここで私が負ければ、それは目の前の男よりも私の「武の器」が小さいということ。武人として敗れるならば、如何に我が軍が勝利しこの男の軍が敗れようとも、私にこの男を裁く権利はない。その時、はじめて私は天にこの男の命運を委ねることができる。リューン様も武人としてのこのような私の生き方を責めにはならないだろう。
「その時は主の元に戻ろうが、何をしようが勝手にすればよい」
 シュラはハクユウに一振りの刀を投げてよこした。それを受け取るハクユウ。
「じゃあ、始めるかい」
 シュラは大剣を抜いた。シュラの使用する剣は「剣」というよりは「金属板」を連想させる。しかし何処にそんな力があるのか、彼女は片手でそれを軽々と扱うのだ。
 ハクユウも抜刀する。シュラが投げてよこしたのは「東雲」。ハクユウの愛刀であり、高名な刀鍛冶が打った名刀であった。
 どこまでも自分の生き方に固執する女。リューンという男に対する感情と、「義」に苦悩するのがハクユウには端から見ていて分かる。ハクユウもそんな女に同情しそうになる自分に耐えていた。
 初めに仕掛けたのはシュラである。俊足の足を活かし、一気に間合いを詰める。そして最上段から一気に振り下ろしてくる。
 轟音と共に屋上の床が陥没する。剣圧でこれほどのことをできる者はハクユウは知らなかったが、一方でシュラも同じようなことを考えていた。
「ちっ!」
 ハクユウは紙一重でシュラの剣をかわすと、彼女の分厚い剣の上に飛び乗っていた。今度はハクユウがシュラに刀を振り下ろす。彼女の剣の上にハクユウが乗っているため、受け止めることができないかに見えた。
 ガキィーン。
「まったく、どこからそんな物を」
「悪いわね、意外性の女って呼ばれているの」
 シュラは腰に差してあった小刀を右手で抜刀し、すぐさまハクユウの一撃を受け止めたのである。
 小刀でハクユウを牽制し、大刀を彼の足の下から引き抜く。
「でも、貴方も常識外れな男ね」
「あんたのところの大将に比べたら、まだましだぜ」
「言えてるかもね」と言いつつシュラは一振り一振りハクユウの急所を狙ってくる。
 これほどの女はハクユウは知らない。形容するならば女性の形をした武神とでも言うべきか。このような者に率いられる軍は強い。指揮者自らが剣を振るえば自ずと士気は上昇する。特に魅力的な者に率いられた時に顕著にあらわれるのだ。
 それから何十合、斬り結んだであろう。
 次第に空は暗くなっていった。

 その日の夜、リューンの寝室。
「・・・ライル社幹部の者は、施術宝器と共に地下牢ごと燃やしました。大好きな施術宝器と共に死ねるのです、彼らも本望でしょう」
 ハクユウのことについてリューンは問いたださなかった。
「そうか、よくやった。それからライル社の資産はバルザ、メルキ、カルスの3人のところで売らせてすべて金に換えておけ。その金とライル社の資金を合わせ、それをまた三分割する」
 リューンは杯をシュラに差し出す。
「何にお使いなさるのですか」
「一つはフェイティエンの望み通り、この地にディヤウスの神殿を建ててやるための造築費、一つは兵達への恩賞に、最後は民達に分け与えればよい」
 杯をシュラに渡すと今度はたばこを取り出す。彼女はリューンに床の上では吸わないよういつも忠告していたが、このことが無駄なことを誰よりも知っている。女を抱いた後のリューンの癖なのである。
「それから、混乱に乗じて闇市場が出回るだろう。その前に商人達を統括、管理し物価の上昇を防げ」
「仰せのままに・・・」
 リューンは愛おしそうにシュラの頭を撫でる。
「・・・俺も今日は疲れた、朝までお前の胸の中で休ませてもらおう・・・」

 スウィズ近郊の街道にて。
「おーいティファ、そんなにのろのろ歩いていると置いてっちまうぞ」
「あーん、ハクユウさん待って下さいよぉ」
 まだ手の痺れが止まらない。あのシュラという女将軍は何という馬鹿力をしているのだろうか。
 数刻前。
「これでとどめだ!!」
 異口同音に声を発する二人。
 ガシャーン!!!
 回転しながら宙に舞う二人の折れた剣と刀の刃。それが交差し夕日に照らされ反射する。
 睨み合うシュラとハクユウ。そして、暫しの沈黙。
 先に口を開いたのはシュラであった。
「・・・天はどうやら貴方をまだ殺したくはないらしい。二人とも剣が折れてしまった今、この一騎打ちも終わりよ」
「本当に見逃すというのか・・・」
「勘違いをしてもらっては困るわね。これは私の意志ではなく天の意志。また戦う機会があれば容赦はしない」
「おっかねぇ女・・・」
「ふふふ・・・では、私はこれで失礼するわ。主を待たせているのでね。貴方も主の元に早く戻りなさい。我々将は主のために尽くしてこそ、その価値があるのよ・・・」
 シュラはそう言い残すとマントを靡かせ立ち去っていった。
「はあはあ、ハクユウさん歩くの速いですよ」
「主のために尽くしてこそ・・・か」
「どうしたんですか」
「はは、何でもねぇよ!!」
 この日、スウィズは事実上スィスニアの支配下へと入る。しかしこの戦は次なる戦いの前哨戦に過ぎなかった。

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