会誌-「サークル水月会誌 第6回」

オリジナルファンタジー小説
■ 壱 空からの訪問者  【原案:神風疾風/本文:風海月都】


この国には言い伝えがあった。
昔、この国に竜が住んでいた。という、よくあるような言い伝えだった。
そんな国に、ある一人の少年がやって来た。

夜、焚き火の横で羊皮紙を眺めている。
羊皮紙には字が書いてあった。
『紫西慧』と書いてある。
その羊皮紙をしまおうと思ったそのとき、風が吹く。
羊皮紙は少年の手をすり抜け、飛んでいった。
少年はその羊皮紙を追って走った。
やっとのことで羊皮紙を手にしたとき、そこに地面は無かった。
「─────────!!」
声なき悲鳴を上げながら崖から落ちる。
羊皮紙を握りしめて目を固く閉じる。

丁度その時崖の下を歩いている人がいた。
青年と呼ぶにはまだ早いが、少年とも言えない。
彼が気づく間もなく、少年が落ちてくる。
「あだぁっ!!」
男に直撃した少年は気を失っていた。
男は頭を抑えながら落ちてきた物に目を向ける。
少年を見た瞬間、頭の痛みを忘れてしまった。
月の光を浴びて見た少年は、綺麗だった。
まだ幼さを残した輪郭に、目、鼻、口がバランスよくついていた。
色白で睫毛が長く、唇はふっくらとしていて、少女のようだ。
男は呟いた。
「なんで女が空から降ってくんだよ・・・・?」
男は相当誤解しているようだった。
立ち上がって恐る恐る近寄る。
近寄ると、小柄な少年の前に腰を下ろし、考える。
「やっぱ・・・助けたほうがいいかな・・・・」
ぼそっと呟くと、頷いて立ち上がった。
少年に手を触れたとき、もう一つ疑問が浮かび上がる。
それはこの少女をどうやって家まで運ぶか、だった。
荷物のように担ぐ訳にはいかない。
男の頭に一つだけ言葉が思い浮かぶ。
『お嫁さん抱き』だった。
男はそれしかない。と決めると、少年を抱き上げる。
軽い。
手にあたる髪はさらっとしている。
十六年間女の子と接した覚えのほとんどない男は動揺していた。
だから、必要以上に少年を見ないようにしていたし、触れないようにした。
そのせいで男は誤解したままだった。
注意深く見ていれば胸が無いのも、喉に小さな突起があるのもちゃんと分かったはずだ。
男は急ぎ足で家に帰っていった。
崖から五分行った所にある家につくと、ドアを足で開け、寝室へ行く。
ベッドに少年を寝かせて自分は壁に背をあずけて座り込んだ。
俯いて、真剣な顔をしている。
少女が起きたらどう接すればいいかを考えているらしい。
男がふと顔を上げると、少年の手に何かが握られているのが目に入った。
それを手から抜き取って見る。
「?」
少女が大事そうに握りしめているので何かと思えば、字が三つ並んでいるだけだった。
男はその羊皮紙を近くのテーブルに起き、座ったまま寝てしまった。

少年が目を覚ますと、朝日が部屋を明るく照らしていた。
「・・・・・?」
見たこともない部屋で目を覚ましたことに驚いた。
しばらく部屋を眺めていて、手のなかに羊皮紙がないのに気づいて慌てる。
あれには大切な名前が書いてあるのだ。
誰にも見られてはいけない大切な字が三つ並んでいるのだ。
それはテーブルの上に置いてあった。
少年の目に不安が映し出される。
急いで羊皮紙を取ると、大事に握りしめた。
そこでドアが開き、男が入ってきた。
少年がびくっと身を震わせる。男もびっくりした。
まだ眠っていると思っていた少女が目の前に立っていたから。
髪は肩につかぬほど短いが、男の目には少女として映る。
「目、目ぇ覚めたか?」
男が素っ頓狂な声を出す。
少年が頷くと、ほっとする。
「お、俺はアーク・ディクリア。アークっていうんだ」
男────アークが一生懸命名前を言う。
反応が返ってこないので、アークは一人で喋りはじめた。
「そこにあった羊皮紙、あんたのか?あれに書いてあったのって彼氏の名前?」
最初の質問には頷いたが、次の質問には一瞬間をおいてから、首を横に振った。
少女が何か言いたげにこっちを見ているので、『何だ?』と問うと、少女は口を開く。
「見たのか・・・・?」
少年の口が動いて綺麗な音を紡ぎだす。
「は?」
アークは聞き取れず馬鹿のような声を出す。
「羊皮紙に書いてある物を見たのか、と聞いている。」
今度はハッキリと聞き取れた。
「見ちゃ、まずかったのか?」
男は赤毛に手を置いて聞き返した。
少年の表情が固くなる。
ここで漸く男はおかしいと思った。
今まで顔ばかり見ていたのでそんな事疑いもしなかった。
胸の前で羊皮紙を握りしめているので、服が体にぴたりとくっついている。
服は胸の膨らみを形作っている筈だった。
しかし、改めて視線を落とすと、服は膨らんでいなかった。
すとんと落ちた服を見たとき、男は自分の目が信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
実は、目の前の少年に一目惚れだったのだ。
顔を見るたびに鼓動が高鳴り、頭が混乱してしまう。
こんな事は初めてだったから、初恋だ。
その相手が実は男だったなんて信じたくない。
目の前でころころ表情を変える男に、少年は問う。
「あなたはもしかして私のことを女だと思っていないだろうか?」
アークの探していた答えを少年は口にする。
もっとも信じたくなかった答えを。
「私の名はリューク・ティール。──────介抱していただいた事には感謝する。」
少年の声は低くもなく高くもなく、心地よい。
リューク。いい名だと、アークは思う。
「羊皮紙はどこにあった?私の手のなかではなかったのか?」
さっきまでとは似ても似つかぬ声音だった。
こっちの声なら少年だと納得できる。
そんな事を考えながらアークは答えた。
「確かに、あんたの手ん中にあった。崖から俺の真上に落ちてきた時にはあったな。」
リュークはアークの上に落ちたという言葉に赤くなる。
「そうかすまなかった。まさか人の上に落ちたとは思わなかったのだ。許してほしい。」
少年は顔を真っ赤にして頭を下げた。
その仕種が幼くて、大人びた口調とちぐはぐしていておかしかった。
アークはリュークが謝ったことに慌てている。
「いや、あの、俺だってあんたのこと女だと勘違いしたりしたし、あんたみたいに綺麗な落下物なら別にいやじゃねぇーよ。俺もそれ勝手に見たりして悪かったな。」
アークも頭を下げる。
身長が百七十六あるアークにはちょっと似合わなかった。
本人も、人に謝ったのが何年振りかだったから、照れくさかった。
「な、なぁ、腹減っただろ?なんか持ってくるから待ってな。」
話をそらしてさっさと部屋から消えてしまった。
一人残されたリュークは、アークが出ていったドアをじぃーっと見つめたまま動かなかった。
数十秒後、またドアが開き、アークが戻ってくる。
「これ、嫌じゃなかったら着替えな。」
そういって服を置いていく。
それを聞いて、昨日からずっと服を変えていないことに気がつく。
リュークは有り難くそれを借りることにした。
だが、いざ着てみると、アークとは身長差が十八もあるリュークが着ると、ぶかぷかだった。
袖を折り、ズボンも折る。べルト代わりの紐は二重にしても余るくらいだった。
アークがドアを開けたときには、脱いだ服をきちんと畳んでべットに腰をかけていた。
背筋を伸ばして座っているリュークを見たとき、ドキッとした。
リュークはお忍びでやって来た貴族の子供のように見えるが、アークが着ると、ただの農家の息子に見える。
この差はいったい何なんだろう、と思った。
答えはすぐに見つかった。自分には気品というものがまったく無いからだ。
すぐに結論が出てしまったのは哀しかったがどうしたらこんなに気品がついてくるのかが不思議に思えてくる。
ドアの所で百面相をしているアークにリュークは不安になった。
「アーク殿・・・・?」
その声にはっとしてから笑う。
「昨日の残りで悪いけど、これ朝食。」
ベットのところまでテーブルと椅子を運んで料理を置く。
どうぞ、と言うと、リュークは頂きます、と小さく呟いて食べはじめた。
アークはテーブルに肘をついてにやにやと笑っている。
その視線に気がついてリュークが『・・・・なにか?』というと、アークはますますにやける。
「いや、呼び方が『あなた』から名前になったな、と思って。」
「あ・・・なんとお呼びすればいいのか分からなかったので・・・気に障ったのなら謝るが。」
「いんや、名前で呼んでくれ。『アーク』って呼んでくれりゃもっといいけどな。」
リュークは頷いて再び口を開いた。
「アーク・・・あの羊皮紙は本当は誰にも見せてはいけないものだったのだ。
だが、こちらの不注意もあった。だから、あなたが悪いとは言わない。
だが、見てしまったのだからしかたない。全て話すから、よく考えて決めてほしい。」
なにを決めればいいのかは分からなかったが、取り合えず話すといっているから聞くことにした。
「ありがとう。アーク、竜の言い伝えは知っておられるか?」
アークが頷くと、リュークはどこまで知っているか、と聞いてきた。
これでは聞かされているのではなくて、話させられているのではないだろうか?
少々不満があったが、話すことにした。
昔、この国には竜が住んでいた。今はどうかは知らないが、昔は住んでいたらしい。
竜についての言い伝えはたくさんある。
身分は高かったとか、低かったとか。狂暴だったとか、温和な性格で人あたりが良かったとか。
それは地方によって違う。
アークの住むリンディール地方に伝わっている言い伝えは、竜が人と協力して魔物を倒したという英雄伝だ。
竜は隠し名を持っていて、一生に一人だけ、教えることが許されている。
その隠し名を知っている人だけが竜の『カ』を引き出せるという。
隠し名を知ったものはその竜の妻、あるいは夫になる。
一緒に闘った人間の中に竜の伴侶がいたらしい。
それが竜の力を最大限に引出し、魔物退治は大勝利を収めてめでたしめでたし。
「まあ、このくらいかな。」
アークが言いおわると、リュークはただでさえ大きな目を見張っている。
「隠し名の事が伝わっているのか。」
なら話ははやいな。と小声で言う。
「アーク、私は竜なのだ。証拠に隠し名を持っている。」
リュークは突然言いだす。
呆然としているアークをほっといて、リュークはさっさと話を続ける。
「私の隠し名は『シセイケイ』と読む。この字が私の隠し名だ。」
リュークは布の羊皮紙を見せながら言う。
「ちょっとまて・・・・ってことは隠し名を見ちまった俺は・・・・」
リュークは静かに頷いた。
肯定。
「竜の隠し名を知ってしまった者の運命は、竜の伴侶になるか死ぬかの二つしかない。」
つまり、アークの初恋は叶ったことになる。
が、アークは男だし、リュークも男だ。
リュークが女なら即0Kしているが、生僧男なのだ。
「アーク。後悔の無いように決めてほしい。」
リュークの目には、決心があった。
伴侶になるといった場合の決心と、答えが否だった時の、人を殺す決心が。
「お前いいのかよ?もし俺が生きるほうを選んだら、俺もお前も男だし・・・」
頭のなかが混乱していてちゃんとした文章になっていなかった。
リュークはお子様には意味不明のことをいうアークにムッとしている。
「アークが男だということ、私が男だということぐらいは知っているつもりだが?」
「じゃなくてえっ!あんとなぁ、お前、男同士じゃ結婚はできないんだぞ!?」
ようやく絞り出した言葉にリュークはぽかん、としている。
「なんだ、アークはそんな事を心配していたのか?安心してくれ。こんな事もあろうかとこれを持ち歩いている。」
そういって畳んだ服の中から茶色の瓶を取り出した。
「なんだそりゃ?」
「これは、性別変換薬という。」
「それを、リュークが飲むのか?」
「冗談。アークが飲むのだよ。」
それこそ冗談だ。この世界のどこに百七十六cmのごつい女がいるってんだ。
さすがに女になってまで生きたくはない。
それに、確か竜の伴侶になった人間は不老長寿になるはずだ。
恥を曝しながら生きるぐらいなら、死んだはうがましだ。
ましだが、十六歳という若さで死ぬ気にはなれない。
・・・・もしかして俺は今究極の選択を迫られているのではないだろうか?
しょうもないことを考えながらもア−クは真剣に悩んでいる。
リュークの嫁になって生きるか、それとも自分のやりたいことを何一つせずに死ぬか・・
二つに一つ。
頭を抱えるアークの動きが不意に止まる。
「?」
「リューク・・・・」
アークがリュークを見つめる。
やっぱり女にしか見えない。
アークは泣きたくなった。
なぜ、世の中はこんなに素直じゃないんだろう。
こいつのどこが男だって言うんだ。
こいつのどこが竜だって言うんだ!
想像していた竜は、確かに綺麗な顔をしているが、男っぽい体型をしたモノだと、アークは思っていた。それが、こんな優男だったなんて!!
アークは半分以上やけになっていた。
「もういい。お前の嫁になってやるぅっ!!」
「いいのか?竜の寿命は長いぞ。ざっと一万年は生きるからな。」
うそ・・・・?
「・・・・今、お前いくつよ?」
「今年で十五になる。」
つまりあと九九八十五年は生きることになる。
「アーク、今ならまだ間に合うが、本当にいいのか?」
「いいよっ!!男に二言はないっ!!!!!」
アークは半分涙目だった。
これから約九九八五年間百七十六cmのごつい女房と少女のような夫で生きていかなくてはいけないのか。
・・・やっぱり嫌かも。
「では、これを。」
リュークは無情にも瓶を差し出した。
がっくりと首をうなだれながら、アークは薬を飲むのを先送りするための方法を必死に考える。
ふと、あるものが頭に浮かんだ。
『竜と人間全国漫遊食べ歩き!』
最後の食べ歩きはどうでもいいが、旅行という名目であちこちを歩き回ればいい。
思い立ったらすぐ行動。
「リューク。旅、しないか?」
「・・・・旅?」
リュークは頭を傾げている。
率直すぎてよく意味が分かっていないらしい。
「おう。行ったことある所も無い所も、全部二人で行くんだ。どうせ寿命は長いんだし、俺も男として一度世界を一周してみたいんだ。薬はそのあとでもいいだろ?」
うーん、と考えてからリュークは微笑んだ。
「うん。いいな、それ。」
リュークが始めて見せた笑顔は、美しいものだった。
旅への期待が顔中に輝いていた。
これから、竜と人間の旅が始まる。

〔続く・・・はず。〕  


■ 前のページに戻る