会誌-「サークル水月会誌 第6回」
|
|
■ バルスな日々に花束を 【作者:おてうちにして】 「はーどっこいしょっと。失礼いたしますよー、邑宰サマ。先日おっしゃってられました件の報告木簡をもってまいりましたー」 木簡を大量に抱えて執務室に入ってきた青年が、妙にノンキな口調で部屋の中にいる人物に声をかけた。 ガタイの大きいこの青年は、ガンダルヴァ神官見習い兼バルス 「ところでシアちゃん邑宰様。この前木簡に 「あ〜」 部屋のあるじであるトコロのシアちゃん邑宰様は、細い指の先で自分の鼻のアタマをこりこり掻いた。 クリムゾン氏の新作絵画が発表されたと聴いたので、仕事をほったらかして執務室を抜け出したのだ。当然、ハンコは押されていない。 「シアちゃん様?」 ロアは微笑む。 目つきの悪い男に雷フラッシュを背負って微笑まれるのは、非常にコワイ。それが暗器を操るガンダルヴァ神官、となるとコワサはさらに倍増する。 シアちゃん様は開き直った。 「だぁーって、クリムゾン氏だぞ?新作の絵画だぞ?その発表会に行かないのはゲージュツの邑の住人じゃナイとまで言われているんだぞ?」 「個展は逃げません」 ロアの口調は容赦がない。芸術の鑑賞は後に回せるが、政務は後には回せない。しなければならない仕事は山とある。ことに難民受け入れに伴って、急遽の変更を余儀なくされたバルスの建設計画は、破れかかった投網のごとくに大雑把で、とても一枚の画布とは言えない状態だった。そのツケの支払い・ほころび直しの手間はハンパではない。 幸いなことに今のところは順調。だが未来はつねに不確定。だから不穏の種は取り除くに限る。安心の肥料はばら撒くに限る。芸術という果実を美味しく実らせる、そのためのお仕事決裁ハンコ押し。 たわわに実った葡萄を想像した直後、しなびた葡萄も脳裏に押しかけて来て、ロアは無意識に顔をしかめた。 干しブドウ。 げばちょふ。 吐き気と悪寒。 言葉にするのもはばかられる、あの不愉快で最低な歯ごたえと味。 ロアの凶悪な微笑みがゲージュツとは程遠い凶悪な渋面になったのを見て、シアちゃん様はムカついた。 なんだってこんな顔までされて説教を受けにゃならんのだ。 「そんなコトはナイ。芸術は逃げるぞ」 シアちゃん邑宰様は思いっきり口をとんがらせた。 かわいい。 ロアが干しブドウの不快さと未来のピンチを忘れ、見とれたその時。シアちゃん様は、くそ真面目な堅物臣下の心を粉砕するセリフを愛らしいお口におのせあそばせた。 「実際、ロア、オマエがクリムゾン氏を探し出した時、彼は逃げたじゃないか。クリムゾン氏は水分が不足してぶっ倒れていたにも関わらず、逃げたンだぞ。オマエの目つきが悪いから。おかげで探索はいちからやり直し。セフィルが体力のなくなった彼を干しブドウで介抱して、さらにモデルになるから、と色気で釣ってなんとかなったものの、以来彼はオマエを避けるようになって、おかげで個展の発表を邑宰邸でやってくれなくなっちゃったんじゃないか」 脳裏に帰還する干しブドウ。 「それにゲージュツの邑の長たるもの、自分の民の個展の初日に行かずして、どーして長だの名乗れるか?怒りの干しブドウなんてタイトルはすでにゲージュツだぞ」 画布にぶちまけられた干しブドウの大軍は、そのシワシワを怒筋に変えて、ロアの脳裏でラインダンスを踊る。―――幻聴まで聞こえてくる気がしてロアは口元を押さえた。ゲロマジ吐キソー。 「大体だな、オマエはアタマが固すぎる。職務に忠実なのは誉められた資質ではあるが、ゲージュツというのは木来ココロの自由の象徴であって……」 知力パラメタが70のおだいにある女性を追いつめてはイケナイ。 ロアは自分のうかつさを呪った。 シアちゃん様にながーいお説教返しをくらったロアは時間の遅れを取り戻すべくバルス本通りを猛然と走っていた。本日の仕上げ、ラストのお仕事。これを無事に乗り切れば、本日の業務はすべて終了する。自分の時間が持てるのだ。ずれ込めば自分の自由時間も減る。 予定ではあと10分で故郷トゥルニアの外史との談合―もとへ、外交折衡が始まる。今回来訪するトゥルニアの外史はロアの幼なじみの一人で、色々な悪さを教えてくれた偉大な恩人。神官教師の目を盗んで居眠りをこく方法、とか神語暗唱試験のカンぺ作成のコツとか。 今でこそ生真面目な官吏ヅラをしているが、子供時代のロアはそれはもうトゥルニアでも五本の指に入るほど悪たれなクソガキだった。母の遺言“強くおなり”をまともに受け止め、ひたすら暴カへの道を求道していたのだ。ココロを入れ替えたのは一人のナルス女性の出現がきっかけ。当時8歳だったマザコンのロアは子連れのママさん楽師(イーヴ・セストの母親)にあっさり懐柔されて、ガンダルヴァ信仰の道を驀進し始めた。ま、これは今回の話とは関係ないコトだけど。 「あのー、美人秘書のおねいサン、頼んでおいたアレ、来てます?」 外務省受付兼秘書課でバルス名物ゲージュツタペストリーの箱を受け取り、ロアは会談場へ急いだ。 扉を開けようとして、ふとその細工に気付く。御幼少のミギリに何度となく作った対人警報装置・簡易鳴子。 扉の中の人物は明らかにヨダレをくって居眠りをこいている。 間達いない。 ヒトが必死こいて走りまわっているその時間に、ふてぶてしくも安眠をむさぼっているのだ。鳴子がチリン、と唄を歌ったら魚河岸マグロのようなヨダレを服の袖で拭って、素知らぬ顔をして挨拶をする気だ。 そうはさせるか。 ロアは器用度64の指先で細工をはずした。 楽勝。これで鳴子は沈黙する。 「あの、外吏長?」 同行していた外吏がロアに声をかける。 「あー、申し訳ありませんが、少し黙っていて頂けませんか」 ロアは呼吸を整え、一気に扉を蹴破って部屋に乱入した。 途端、天井から水がざばーっと降ってきて。 お約束のようにバケツが幸運度28のロアの頭を直撃した。 「あいかーらず学習能力のないヤツだな、おまいは。ワナはひとつとは限らないだろーに」 呆然としているロアに、端正な顔とクリアーな頭脳を誇るオトコが声をかけた。トゥルニア円卓の若手サーズ・ジァルザ。現役のトゥルニア邑宰丞。ゆくゆくは父の後を継いで邑宰になる人物である。 苛烈な性格で敵対する者には容赦しないジァルザは「中のトレスト、南のジァルザ」と言われ、ユディト邑宰のティン・トレスト氏と並ぴ称されていた。もっともその評価―─邑民の──はお互いに“うちの若様の方があちらよりはマシ”というものではあったが。 ちなみに「北」の人物はシュエルに住むスート・メルフール。柔らかく優しい、という意味の名前とは裏腹に、老いた人食い虎のしたたかさを持つお年頃な美女である。北に数えられる以上、当然性格に問題があり、それでも“うちのお嬢の方がロクデナシな若者よりもマシ”という身内びいきの声がシュエルでも聞かれる──らしいが、これは別の話。 「ジァルザ?」 「おひさー。水がしたたるサーズ・ロア。私の大切なはとこにして遁走した下僕。バルスとやらの視察を兼ねて、おまえの陣中見舞いに来てやったぞ。今夜は眠らず宴会をしたろまいじゃんか」 ジァルザは持参の干しブドウをちらつかせて、にっ、と笑った。ここにもはびこる干しブドウ。 ロアはこの先起きるであろう展開を思い、深い溜め息をつく。 本日分のささやかな自由は、やってくる前に死んでしまった。 ああ、自由と芸術。 干しブドウと仕事にまみれたバルスな日々に花束を。 おわってしまえ(笑) |
| ■ 前のページに戻る |