会誌-「サークル水月会誌 第5回」

■ 「ファルナ=イシャーナ」の巻  【作者:砂の山】


 アプサラス湿原アプシーズ。
 この地における、星薬会本部の「星辰の間」と呼ばれる天井突き抜けの青空庭園にて、ティトとメリルを除く主要な顔ぶれが全員そろった、かれこれ話せば長くなる会議が延々と開かれていた。
 シュエル・イシャーナ大神殿の次期大司祭、アーガ・ファルナへの協力。
 ヴィラとダナスがもたらしたこの話しを星薬会に提案したヴィレールトは、ティトとメリルの賛同をすでに受けていることもあり、会議自体はあっさり終わると予想していたのだが、「久しぶりだな、おい!」とかなんとか、もこもこ言い合っているうちに話しは思いもよらない方向に進んでいき、やがて、にっちもさっちもいかない“エルフの井戸端モード”に突入。その単なる「だべりんぐ友の会」と化した会議が会議として復活したのは、数週間の時を費やした後のことであった。

 (みんな、「任せるわ」とか言って帰ってしまったな……いつもこれだ)
 ヴィルはちょっと解せない気分だったが、健気に会の進行を再開した。
 「で、残ったのがシフレンとヴィラ、それにダナスだけか。当事者二人はともかく、シフレン、あなたが残るとはまた、どうして?」
 「あたしはね、これでも売薬部を預かっているんだけどね」
 「その言葉に期待しますか」
 「あっ、やーなかんじぃ」
 シフレン=アプシーズ。通称、シフ。
 星薬会売薬部部長である彼女は、当然ではあるが、売薬部に属するダナスの上司であり、星薬会全体の薬の取り引きを一手に統括する重要なポジションにある。
 「ナルス商人たちとの1粒を競う苛烈な取引に日々を捧げる幸薄いあたくしですわ」とは、事実確認がとれてはいないものの、ザラス初登場に伴う本人よりのひとことである。以後よろしく。

 ヴィル:「それで、どのようにして協力するかだが……」
 シフ:「向こうの言ってきたように、こちらから誰かを派遣するのはどう?」
 ダナス:「問題は人選だよねー」
 シフ:「……オルリートなんて?」
 ヴィル:「却下っ。次の意見を期待」
 シフ:「どーして、速攻でボツなわけ? ふっふーん、さては、なんかリー
    トに含むところがあるな?」
 ヴィル:「あのねえ、腕はともかく、ああいう人格的に危険度の高い人を、
     アプシーズ代表として送り込むわけにはいかないでしょう!?」
 ヴィラ:「……それでは、ツィルート先輩はどうですか?」
 ヴィル:「またしても却下。しかしヴィラ、どうしてだかわかるかい」
 ヴィラ:「えっ、どうしてって……あっ、もしかして、ツィルート先輩がい
     なくなっちゃったら、今度はここが困ってしまうからですか」
 ヴィル:「そういうこと。ツィルートもあれで、ほいほいと貸し出すわけに
     はいかない人材だから」
 一同:「……うーん」

 ヴィラ:「こうしてみると……派遣案はとりあえず保留して、あちらの方に
     留学してもらうというのはどうでしょう」
 シフ:「わたしたちは別にかまわないけど、一口に眼病の治療を学ぶと言っ
    ても、まず第一に、アプシーズ=エルフの術は他の人々には向いてな
    いんじゃないのかしら。ティト様とメリル様に素直に通じるものがな
    いと、セルフィアーでは力を引き出しにくいでしょう? それと、修
    得までのそれなりの時間が必要なのだから、あちらの神殿さんにとっ
    ては即効性に欠けるでしょうね。今のファルナさんへの手土産にはな
    らないんじゃなくて?」
 ダナス:「そうなんだよねー」
 ヴィル:「それでは、眼病治療の薬品を、イシャーナ神殿のみに卸すことに
     しようか」
 シフ:「それこそ却下よ、ヴィル。ナルスの連中にそれを知られてごらんな
    さい」
 ヴィル:「やっぱり、怒りますか?」
 シフ:「下手をすれば、ファルナさんの命……やばいかもね」
 ダナス:「そうそう、戦をするでなしに闇でカタをつける。表でニコニコ、
     裏で舌を出す。必殺仕事人っていうか、そういう人たちなんだよ
     ねー、ナルスってさ」
 ヴィラ:「そ、そうなんですか……?」
 ダナス:「うんうん」
 ヴィラ:「…………(どこまでほんとうかなぁ?)」

 ダナス:「だいたいさ、この前シフが取り引きしてた大口の船便、あれ、沈
    んじゃったでしょ。せっかく人が丹精込めて作ったのに、もったいな
    いよねー」
 シフ:「あんたはなーんにも作ってないでしょって、それはそれとして、あ
    のことはたしかにわたしもイヤな感じがしたわ。もったいない、とか
    そういうことではなくてね。ユディト邑宰、ティン・トレストじきじ
    きの御用商人だったから、船旅も安心だと思ったんだけど……ただの
    海賊にしてはやることが派手すぎるし、なにかあるのかしらね」
 ヴィラ:「噂では、ツァンの軍船らしいですよ」
 ダナス:「うんうん」
 ヴィル:「本当に沈んだのかどうかすら、いまいちつかめていない話しです
     が、まあ、それは被害者であるあちらの方が調べるでしょうからい
     いとして、当面こちらとしてはつまり、薬を提供するにしても、キ
     ナ臭くなっているセルフィアーでは、陸も海も、運ぶことすらまま
     ならない、ということですか……」
 シフ:「今までどうりの商用ルートはともかく、新規の大口はむずかしいわね」
 一同:「……うーん」

 ヴィラ:「なんだか、協力するってひとことでいっても、むずかしいんですね」
 ヴィル:「ここまで難儀だとはね」
 シフ:「実際的な話し、やっぱり最初の医師を派遣するっていうのがどうや
    らいいみたいね。さっきはスペシャルクラスの名前ばかり挙げてたけ
    ど、そういうものすごすぎる人じゃなくても、あの子たちなら、そこ
    いらのホルスやナルスのぺーぺー医者なんかよりは腕の質が格段に違
    うから、なんとかなるんじゃない?」
 ヴィル:「けっきょく、そうしますか」
 ダナス:「さんせーい」
 シフ:「じゃ、いろいろな細かい手筈は任せたわ」
 ヴィル:「それはもちろん。けれども、どのみち派遣までにはもう少しかか
     るから、ヴィラとダナスには決まったことを、もう一度先に、シュ
     エルに知らせに行ってもらうってことで、いいね?」
 ヴィラ:「はい、わかりました」
 ダナス:「それじゃ、いってくるねー」

 ある晴れた日。
 こうして再び旅は、はじまったのだ。


 そして時は遡り、舞台は染め物の邑、シュエルに移る。
 イシャーナの日に行われる恒例の染め物大会も無事終わったあと、人々はまた、どこからか湧き起こる感じがしない、しかし確かな日々の暮らしにもどっている。
 そんな邑を、人々を見護るかのようにしてそびえる、イシャーナ大神殿。
 先の大司祭が亡くなってから、はや一年あまりが経つのだが、その間、イシャーナ大司祭職は空位のままである。この、大司祭の空位が一年も続くという異常事態は、神殿内部の乱れであり、どちらかといえば暗雲漂う闇に属するものであろう。
 千里眼神を信奉する朋輩として、もっともあってはならないことは、何かを見通す前の、己の迷いであろう事は間違いない。でないと、見えるものもまた、見えなくなるものだ。あまりにも分かりきっていることでさえも。

 「カリンの目も治ったことですし、もうなんの障害もないはずですわ。だのに、どうして即位を支持していただけないのです!? あなた方は、先代様の信頼も篤かった、もっとも頼りになる人々だと思っていたのにっ」
 そういってファルナは、怒りも露わに“反対派”と称される神殿幹部たちを睨めつけた。炎の気配がちろちろと漂う。
 「それじゃ。その一直線なものの見方を、先代様も心配なされて、このようにせいと、われらだけに遺言なされたと、何遍いったら分かってくれるのだ」
 こたえる相手側は、また始まるであろう、これからのうんざりするファルナの演説に身構え始めた。梅雨の気配にしとしと様変わりする。
 「なーんですってぇえ! よりにもよって、カリンを巻き込んでまで引き留めたことすら、先代様のせいにするとは……わたしだけならまだしも、先代様を汚すことは許せませんっ。 いいでしょう。今日こそ本当に決着をつけようではありませんかっ!」
 ファルナの背後に、今は赤々と燃え広がる炎が舞いあがるっ。
 「わたしは、あなた方三賢者の除名を宣告します。理由は、身に覚えがあるんではなくて? 神殿運営資金横領の証拠は、これよっ」
 たかだかとファルナの手に掲げられたのは一冊のウラ帳簿。
 すべてはこれにて一件落着するかに見えたのだが……。

 「ファルナよ、そこまで知っておるなら、今はもう、しぶしぶながらすべてを話そう」
 「謝るにしても、もう遅いわよっ」
 「まあ聞くのだ。……たしかに、わしらは染め物協会と手を結んで、そなたの追い落としを謀り、そしてその陰謀は成功した。だがな、先にもいうたとうり、このことは先代様の指示にすぎん。だいたい、なぜ、カリンのことがその理由に挙がってきたのか、お主は真剣に考えたことがあるのか、ファルナよ」
 三賢者と呼ばれた老婆たちは、そう、静かに問いかけるのであった。
 「えっ? そ、それに嫌がらせ以外の何があるというの……?」
 「やはり、考えるよりも先に燃え上がってしまったのか。
 ファルナのこたえは、どうやら予想どうりの展開のようだ。
 「いいかファルナよ。先代様が気にかけていたのは、なにもおまえさまだけではなく、神殿を支えるすべての者たちであり、また、次代を担うおまえの支えとなりうる、聡明で、心身明澄なる、まさしくイシャーナの鏡となれるような心魂の持ち主のことも、ずっと探し続けていたのじゃよ。
 「そのような娘がわたしにもいたのですか……? 先代様の鏡があなた方のように」
 「まさしく、いた。ようやくにして顕れたと言おうか。いまさら何を隠そうか、それは、そなたの縁者にして、そなたをいちばん慕うておるカリンじゃ。
 「カリンが……?」
 「かの娘の、突然の病。それはの、お主が継承の際に試練として受けるはずの災いがたんに、そう、神の気まぐれとでもいおうか、星の巡りとでもいおうか、カリンが身代わりとして蒙ったにすぎん。そのことでもう、お主の鏡としての役割を果たし始めているのかもしれんがの。だがお主と違い、修業を積んでいないカリンは、自力ではその曇りを解き放つことはかなわなかった。
 「そこで先代様は、カリンのことを救うてやるために、お主を、カリンを救わざるを得ない状況に追い込んでまでして、お主の力を引き出そうとした……と、いうわけじゃよ。」
 渦中にある人間が、必ずしも己の状況を理解しているとは限らない。だがそれにしても、ファルナの場合は、ちと、巻き込まれすぎている感があろうか。

「……そんなことって……そんなこといきなりいわれたって、信じられるものですか。だって、そもそもイシャーナ様の術法には、治癒の法が備わっていないのよ?」
 もしも仮に救おうとしても、それは無理なことだった。だから、だからわたたしは……はたして、こういう事態に直面した人々の無力は、どのような者にとっても許されるものなのであろうか。
 うぬぼれでもなく、過信でもなく、ただ、事実として、彼女には何らかの力が、事に対処するすべはあったのだ。そのことが分かりきっているからこそ、そうした、すでに叶えられなかった自分に対する、どうしようもなくわき起こる迷いを、そのようなかたちにして目の前の者にぶつけるしか、いまの彼女にはできなかったのだろう。

 三賢者のひとり、クラン=コー=イシャーナはファルナに穏やかにこう諭すのであった。そう、まるで幼子にものを説くように、ゆっくり、ゆっくりと。
 「そこなのじゃ。ゆいいつ、先代様が心配されていたのは。なぜ、すぐにも術の力で治そうという、直接的で、しかし、そのことが破れればすぐ諦めるという一方的なものの見方しかできんのじゃ、ファルナよ。それゆえに、大司祭職という位に就くことだけに囚われてしまったのではないのかな。そのような見方は、深く、透徹して、どこまでも見通すことができる、千里眼をもつ普段のそなたには、とても考えられないことじゃ。
 思うに、ここしばらくのそなたの心は、窮屈で、波風に揺られやすい、閉じた杯ではないのかの。イシャーナ様の視界は広い。かならずや、閉じ満たされることによる一面鏡によって、結ばれし像だけを信じることは、避けるはず。
 ……ちがうかな。
 「違わないわ、クラン。そのとうりよ。今、わたしが巡り巡って、結果としてやろうとしていることが、もっと早くできていれば……そうだったの、それじゃ、すべてはわたしのせいで、そして物事が解決した今、わたしは、カリンのために何もできなかったのね」
 ファルナはすっかり肩を落としてしまった。
 こんなに影の薄くなったファルナを見るのは、おそらく、自身をも含めてはじめてのことであろう。

 しばしの沈黙がとけたのち、ファルナはこう問いかけた。
 「……わたし、カリンに謝りにいかなくちゃ。なんて、なんておろかだったのかしら。わたしもね、わたしも、カリンのせいで、などと思ったことがあったわ。けれどそんな性根では、大司祭職など、とうてい継ぐことはできないわね……。でも、これだけは教えて、クラン。それじゃあ、あのウラ帳簿の件はいったい、なんだったのかしら」
 “もうおおよそ分かってはいるものの、必ず問い質さずにはいられない”。このことを、今この場で発揮するということは、彼女の美点の一つとして数えていいだろう。
 この問いを聞いたクランは、こんどはわけなく応えてあげる事ができて、ほっとしているようである。
 「あれはだからの、お主がなかなか立ち上がろうとせんから、カリンが本格的にまずくならないうちに、わしらだけでなんとかできんかのうと思うての。まず、ここら辺で一番の海港であるユディトから、エルフの薬をじかに持ち込もうと思うたのじゃ……ナルス商人を経ると、値段が跳ね上がるからの。
 「だが、それは見事に失敗した。ユディト邑宰にそのことを訊いても、うんともすんとも応えん。ありゃ、くわせもんかもしれんの。
 「じゃから次の策として、カリンの父、キリーに全部事情をはなして、表向きそうなっている噂にカリンがこれ以上汚されぬ事をも含めて、カリン共々治療への旅にでてもらった。その路銀をひねり出すのに少々な。
 「そうだったの。……ありがとう、話してくれて。どうやら本当に盲目だったのは、わたしの方だったわ……」
 ファルナの両肩から、こんどこそ、本来の彼女にふさわしくない、肩肘張った無駄な力が抜けていくのであった。そうして心底からの得心が得られると、顔つきまでも変わるものだ。
 彼女のまわりから、なんだか、そうしただけで辺りを払う凛とした風が流れ出すかのような、ようやくにして、みなが見知った、アーガ・ファルナに戻ったようであった。
 「これから1節の間、わたしは、イシャーナ神と共にあろうと思います。問い直し、改めて心魂が定まってのち、それでもなお、このわたしでよろしいとの御徴がいただければ、慎んで先代様の跡を拝命することでしょう。三賢者よ、しばしの別れを」
 カリンの試練は終わった。
 ファルナは、これからである。


 そして、シュエルに二人の旅人がまた訪れるときがきた。
 ヴィラとダナスは、カリンとの再会を喜び、さっそくにと、アプシーズの協力を報告しに、神殿へと足を運んだ。
 「ファルナがね、とても悲しい目をして、“ごめんなさい”っていったきりで、1節ものあいだ神殿から外に出ようとしないのよ。お籠もりをやるのは別段めずらしい事じゃないけど、ここまで長いのははじめてだわ。わたしも何度か様子を見に行ったんだけど、あえなかったの。だからもしかすると、しばらく泊まってもらうことになるかも……あっ」
 本堂に通じる回廊で、カリンが二人に話している目の前からやってきたのは、どうやらそのファルナである。
 だが、一目見て気がつくのは、額にある第三の“目”であり、記号化され、なにやら細かい、精密なデザインからなる、紋章のようなものがそこには浮かんでいたのである。
 「びっくり。これじゃ、まるでイシャーナそのものだねー」
 軽い口調で話しかけるダナスに、柔らかいほほえみを返すと、ファルナはカリンを正面から深く見つめとうして、こういうのであった。
 「三期のすべてにわたって、カリン=コー=イシャーナよ、あらためてよろしく」、と。


 ヴァルキュリア・リィル・イシャーナ。
 この日をもって、シュエル・イシャーナ大神殿大司祭、ファルナ=イシャーナは誕生したのであるが、これは語られし物語の少しだけ先のこと。
 そこには若草色をした瞳の医師がいる眼病診療所が設けられるようになり、イシャーナの未来視と肩を並べて、神殿の人気コーナーの一つになっているそうな。

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