会誌-「サークル水月会誌 第5回」

■ 過去の傷跡  【作者:但馬 晴/協力:ほなサイババ 】


「いますぐ失せろ……。おれはもう、『三振り太刀』とは何の関係ないはずだ」
 エルリークは押し殺した声で言った。その表情は暗い。いつものおどおどしてどこか愛嬌のある笑顔はなかった。言うなれば、血を求める獣のような貌をしていた。
「これは異な事を。『双貌』のエルリークと恐れられたお前が、何の関係もないとは……」
 言葉を紡ぐ男も尋常ではなかった。身につけた服の袖や襟には、悪趣味としか思えない目玉の刺繍が、数十も施してある。そして、失明しているのか、両目に眼帯を付けていた。
 男の名は、『双剣』のコンラード。
「昔のことを言うな……」
「ならば、クレン=エルリークとでも呼ぶか?」
 にやり、と侮蔑の笑みを浮かべる。
「……貴様、死にたいらしいな」
 エルリークは恍惚の表情になった。腰に帯びた『妖刀帰蝶返し』の鯉口を切る。
「おもしろい。お前の『暗殺剣』、我が『無音十字剣』で粉砕してくれよう」
 コンラードも抜刀できるよう、『双剣雪柳』の鯉口を切った。
「あの、コンラードさん。わたしたちの目的は、エルリークさんと戦うことじゃありませんよ。……え〜っと、何でしたっけ?」
 不意に現れた女が、間の延びた声で話しかけた。胸元に太極の紋章をあしらった道服を着ていることから、道士とわかる。
 女の名は、『双身』のラーシャ。
「ちっ、邪魔が入ったか。……まあいい。勝てない戦いは、つまらないからな」
 コンラードは、剣の柄に掛けた手を離した。
「では、本題へ……って、忘れてしまいました」
 ラーシャはにこにこと嬉しそうに笑った。
「……お前は引っ込んでろ、邪魔だ」
 そう言い捨てて、コンラードはエルリークと向かい合った。
「単刀直入に言う。キーサ王宰・ヌーグ=シャル暗殺を手伝ってもらおう。言っておくが、これは依頼でも要請でもない……命令だ」
「……受けるいわれはない。おれはすでに『三振り太刀』を抜けている。そのことは、『千刃』様も承知されたはずだ」
「確かに。だが、そうも言ってられないんでな」
 コンラードは事情の説明を始めた。
「なにしろ今回の獲物は大物過ぎる。『短剣』『護剣』『長剣』『大剣』クラスのでは、全く歯が立たんだろう。となると、幹部に位置する『名剣』『宝剣』クラスが出張るしかない。
 ……当たり前のことだが、『名剣』『宝剣』クラスは10数名しかいない。そこでだ……」
 ここで言葉を切った。
「そんなこと、どうでもいい。おれは復讐するために、『三振り太刀』へ身を投じたのだ。その復讐が果たされたいま、暗殺をする理由はない」
 エルリークはそう言い、立ち去ろうとする。その背中へと、コンラードの言葉が飛んだ。
「理由ならあるぞ、エルリーク。お前も血を見るのが大好きなんだろ? そうそう、復讐を果たしたときのお前は、実に嬉しそうだったな」
「え? コンラードさん、その目で見えるんですか?」
 いままで黙っていたラーシャが、突っ込みを入れる。
「……それに」
 無視して話を進めるコンラード。
「こちらには人質がいる。名は……」
「え〜っと、名前は確か……何でしたっけ?」
 またもラーシャが口を挟む。
「……アミエル=ムウサだ」
 こんなトボけたことをやっているラーシャだが、実力はエルリーク、コンラードと同じ『名剣』クラス。それゆえコンラードも、ラーシャのボケには無視を決め込んでいる。本当なら、無理矢理にでも黙らせたいのだが。
「アミエル=ムウサ……ああ、あの女か」
「そうだ。色々と『三振り太刀』のことを嗅ぎ回っていたからな。それが捕まえてみたらどうだ、お前を慕っている女じゃないか。……というわけで、人質にさせてもらった」
「勝手にしろ」
 エルリークの答えは素っ気ない。
「その女、お前の姉のことを知っているかもしれんぞ」
 さすがにエルリークの表情が強張った。だが、それも一瞬のこと。
「……嘘だ」
「さあな、それはおれの知ったことではない。……確実なことはただひとつ。
 お前がこの命令を受けないのなら、その女が死ぬということだ。三日後には、セルファニア湖に遺体が浮かぶだろうな」
 そう言われても、エルリークの表情は変わらなかった。
「エルリークさん。強情を張らないで、わたしたちに協力して下さい。ひとりの男を殺すだけで、お姉さんに再会できるかもしれないんですよ」
 笑顔のまま、ラーシャが言った。この言葉は、確実にエルリークの心を捉えて離さなかった。
「……わかった。キーサ王宰・ヌーグ=シャルを殺ればいいんだな」
 長い長い沈黙のあと、エルリークは声を絞り出すように答えた。
「受諾……だな」
 コンラードは携えてきた一振りの剣を、エルリークへ放って寄越した。
「『千刃』様から賜った『妖刀燕飛』だ。いまのなまくら刀じゃ、心許ないだろうからな。
 勘違いするなよ。別に、お前を助けるためじゃない。お前が働いてくれなければ、おれたちが困る。なにしろカノールへは、3人で侵入するわけだからな」
「3人……って、わたしも含めてですか?」
「……気が変わらないうちに、キーサ王国王都・カノールへ行くぞ」
 ラーシャを完全無視して、コンラードは扉の外へと消えていった。
「エルリークさん、行きましょう」
 まったく気にする様子もなく、ラーシャは言う。
「……ああ」
 のろのろとした足取りで、エルリークは扉へと向かった。まるで、逃れられない陥穽へと進むように……。

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