会誌-「サークル水月会誌 第5回」

怒涛のハデンメジャー化計画(ナタケの方が目立つ説有り)
■ 覇伝 火立つ  【筆を執るひと:元宵/スポンサー:ライル社】


 地の月54日、クラウ・ハデンはスウィズ・ライル社に居た。彼は地の月45日にウォウル王佐職を解任されている。
 この男はウォウルとスウィズに手を組ませるためウォウルに身を投じていた。ナーラダ族統一のため、と彼は云ったがライル・ナタケのためということもあったようだ。
 しかし見事な失敗に終わった。ヴィレクは突然彼を追い払ったのだ。
 さて……

 ハデンはナタケの私室に来ていた。暫く彼が不在中のスウィズの状況を聞いた後、ナタケから質問が出る。
「さてハデンさん、ナーラダ・ヴィレクさんという人はどんな方でしたか?」
 少し目を泳がせた。
「決断力に富み覇気がある。紛れもなく当代の英雄の一人だろう。しかしだ、この程度のことはわざわざオレに聞かんでも知っているだろう」
 ナタケはそれには答えなかった。茶を少し飲む。
「何か言いたそうですね」
 ハデンはナタケの目を真っ直ぐに見据えた。
「予想以上にライル社を警戒し、恐れる声のあることに驚いていた。しかし久々にスウィズに帰って来て大体わかった」
 ナタケは穏やかに聞いている。
「城塞建設、兵器開発、兵力増強、また新しく入った兵にはどう見ても賊と大して変わらん奴まで多数混じっている。しかもそいつらの多くは君の為なら命を捨てるような奴ばかりだ。よからぬ噂の源になる」
「金があれば人が集まり、人が集まればそれは大きな力となり私の統一の夢の助けとなります。あの中には戦を期待して集まった人も多いのでしょうが私がそれを有効に使えばよいのです」
「清濁あわせ飲むは結構だがこれは悪評につながりかねんぞ」
「統一のためなら、受け入れます。もちろん貴方も……」
 そう云い、にっこりと笑ってみせた。
「しかしだ!」
「お黙りなさい」
 静かに云う。ハデンはふとナタケの目を見、はっとした。
(何だ……?)
 ナタケの瞳は静かで、穏やかで、透明だ。鋭さは微塵もない。しかし、それが却ってハデンには恐ろしかった。妙に抗う気を無くさせる。
 引き込まれていた。
「分かった……だがな」
 ハデンはグイと身を乗り出す。
「オレが戻った以上、直接悪評に結びつくような仕事は全てオレに任せてもらおう。これはオレがやるべき仕事だ」
「存分に……と云いたいところですがあまり私を心配させないで下さい。まあ、私がかばいきれる程度にして下さいね」
 ハデンは軽く舌打ちした。どうも手の上で遊ばれている気がする。
「君にはかなわん……」
 茶を一気に飲み、そして立ち上がった。
「どちらへ?」
「新参兵をしごいてくる」
「貴方が?」
「戦力の把握だ」
 そう云い、扉の方へ歩き出した。
「あの、ハデンさん」
 呼び止められて振り向く。
 少しの間を置いて云った。
「……安心しました。王佐を解任されたことで貴方が自信をなくしていたのではないかと……貴方は繊細で優しい人ですから……」
「やめろ」
 ハデンは顔をそむけた。
「それと」
 ナタケはつけ加える。
「貴方の考えがどうであれ、私は貴方を信じ、貴方を使います。たとえそれが諸刃の剣であっても……ね」
「冥利」
 顔をそむけたまま小さく短く云い、去った。
(一番危なっかしいのはあのひとですからねぇ……それもまたよし……)
 ナタケはまた少し茶を飲み、軽く溜め息をついた。
「統一……か。あのひとはどこまで私と一緒について来てくれるのでしょうか……」

 その夜のこと。
 ハデンは軍師公室(彼はウォウル王佐職解任後、すぐにスウィズ軍師に就任している。既定方針だったようだ)のバルコニーで星を見ながら一人思案していた。
(さて、これからどうするかだな……)
 スィスニアのクーデター、ウォウルでのルシャナ財団設立、どちらも予想外の出来事だった。
(ヴィレクを推量し、リューンを推量する。天を見、時勢を読む……なかなかに面白い)
 口許に淡い笑みを浮かべている。
「よォ軍師」
 不意に呼ばれて振向いた。見ると彼の友人でスウィズ兵局次官のナーズ・ハクユウがニヤニヤしながら立っている。
「飲むか?」
 酒を持っている。
「オレは下戸だ。酒は飲めん」
「あっそ」
 ハクユウは卓の上に酒を置き、ハデンの近くまで歩いてきた。
「何かマズイことになっちまったなー」
「そうか?使える材料も多いが。例えばオレのスウィズ復帰、オレもそろそろウォウルを出ようと思っていたところだからな。あそこは動きにくくていかん」
 彼はこのスウィズが好きだった。由緒あるウォウルに比べ雑然としているが自由闊達な空気に満ちている。格式というものも無い。彼が天下の大社長に向かって親しげに呼び捨てにできるのもこのためだ。
「はっはー社長ォー仲いいっすねー」
 と、誰も気にしないのである。ウォウルではこうはいかないだろう。
「ハクユウ、お前はナタケをどう推量する?」
 唐突に云われて暫時考え込んだ。そういえば今までそんなこと考えたこともなかった。
「んー……何かわからんが、全てを包み込むような器ってやつか?何せお前みたいなのをヘーキで手元に置くもんなぁ……」
「正しい認識だ」
「あと……何だ、眼が怖ぇ。何つーのかな、こっちの底を見通すような透明さ……」
「それも正しい認識だな」
 少し笑う。
「決っして鋭くはないが、こういう奴こそ底知れぬ。オレはあれが怖い。が、何故か引き込まれる。推量しようとしても今一つわかった気がしない。もっとも、滅多にそういう素振りは見せないがな」
 一度ここで間を置き、また言葉を続けた。
「是非一度、ヴィレクとナタケを会わせてみたかったのだが……それにしても分からんのはヴィレクの考えていることだ。ウォウルはスィスニアと敵対している、スウィズも敵対している。条件は有るのに、何故だ?」
「お前を危険視したんじゃねぇのか?」
「馬鹿な」
 ハデンは吐き捨てるように云った。
「あんなやり方での解任ならスウィズをも敵にまわしても文句は云えんぞ。他にやり方はいくらでもあったハズだ。これでは果断というより軽率に近い。ま、相手の意図を見抜けなかったオレも甘かったが」
 少し自嘲気味に笑う。
「本当に敵対するかどうかは相手次第だな」
「お前もあれだけ虚仮(コ ケ)にされといて怒らんのかよ!?」 「天下の大道に好悪などという下らん感情は無用だ。大事なのは統一のことだ」
 いつもは無口な男は今日はよくしゃべる、とハクユウはいつの間にかハデンに引き込まれている。
 無口と云っても何も考えていないわけではなかった。彼の頭の中は常に無数の言葉で溢れ返っている。為に、ひとたび堰を切れば次から次へと言葉が出てくるのだ。
「勘違いしてる奴が多いらしいがオレはナタケのためだけに動いているわけではない。オレが力を貸しているのは統一という共通の目標があるからだ」
(とは云っても……オレの内に純粋にナタケの力になりたいという願いが有るのも否定しようの無い事実か……)
「本当なら、始めからウォウルに仕官してもよかったのだがどうせなら好きな女に協力してやる方がいいに決まっている。それはともかく、目指すものの一致が前提である以上、考えが違ってしまえば手を切ることもあり得る。大義無き力は有害でしかないからな」
「ちょい待て!」
 慌ててハクユウが言葉をさえぎった。
「まさかお前、そうなったらナタケさんを手にかける気じゃ……」
「阿呆」
 また吐き捨てるように云う。
「そんな酷薄なことをするか。あの子を社長職から引き摺りおろす、それで十分だ」
「もしライル社の連中が徒党を組んで担ぎ上げようとしたら?」
「そいつらには一切手加減せんよ」
 ニヤリと笑ってみせた。一瞬だけ、ハクユウは背筋に悪寒を覚えた。
 恐らくナタケはハデンのこの冷徹な考え方を知っているのだろう。知っててこれだけ危険な奴を手元に置いている。度量、というだけでは説明がつかない話だ。或いはこれも一つの信頼関係と云えるのかもしれない。
「ま、もちろんナタケが理想を失わない限りはオレはあの子に尽くすだろうしナタケが理想を失うこともないだろうな。そう信じる」
「にしてもお前、考え違った途端手を切るなんてちと冷たすぎやしねぇか?」
 云われてふっとハデンは少し遠い目になった。暫しの間を置き、口を開く。
「……あの子は人の上に立つ人間だ。力が有る。そういう人間が己の欲のみに動き出したら危険極まりないだろう?それを早期に止められるのはオレぐらいなんだ……」
 この男なりに、迷いというものはあるらしい。が、確かなものもあるようだ。
「もちろん、ナタケは好きだ。そのことに変わりは無い」
 云い切った。
「おぉ……云ったぜ。ところでよハデン、まさかスウィズが()けそうになった途端、オサラバなんてこたぁ……」
「冗談」
 はは、と高らかに笑う。
「それはオレの責任だろう。その時は最後まで付き合う。オレは勝つ気でいるがな」
 一度言葉を切り、少しの間を置いてまたおもむろに口を開いた。
「オレにとっての勝利とはいかなる手を使ってでも統一を成し遂げること、そしてオレとナタケの2人共が生きていること……」
 そこまで言って急にそっぽを向いた。
「下らんことを話した」
「イヤ……確かにお前ら似合いだぜ」
 ハクユウは何かハデンの本質に触れたような気がして、急に嬉しくなった。
「もう一つ聞くが、お前は統一成ったらどうするつもりなんだ?」
 ハクユウが問うた。
「落ち着いたら身を引く」
「へ?」
 また驚いた顔をする。
「オレは壊す方専門だからな。治世では、オレが居ると起こさなくてもいい問題まで起こりそうだ。居ない方が却っていい」
「しかしよ……」
「ハクユウ、人には分相応というモノがある。それを越えるとロクなことにならん」
 今度はハデンがわからなくなった。奇妙に情熱を持っていることは確かなのだが一方でものすごく醒めている。まだまだ理解しきれなかった。
「お前の頭をカチ割ってみてぇ」
 ハクユウは改めてクラウ・ハデンに興味を持った。自分は頭も悪く感情のまま動くが、こいつは違う。イヤその大義というヤツも大いなる私情からくるのかも知れんが……とにかくコイツについて行けば楽しめそうだ。このメール族の男はそう感じた。

「……ということを話していたようですよ」
「そうですか、お疲れさま。引き続きハデンさんの監視をお願いします」
「フッ、貴女も人が悪い。信じると云っておきながら見張るとは」
「愛故に、ですよ。あのひとは放っておくと暴走しかねませんから。私がちゃんと御してあげなければ、ね」
「……確かに貴女がたは似合いですね。ところでナタケ様、ハデン君は本当に貴女と手を切ることもあり得るのでしょうかね?」
「多分……。あの人は大義という言葉を口にしました。ただ私に尽くすだけの単純な人なら間違ってもそんなことは云いません。だからこそ、私はあのひとをここまで重用しているワケですが」
「成程……では私はこれで。商局の仕事が残ってますので」

                             ・END・




【元宵】

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