会誌-「サークル水月会誌 第4回」

■ リアクション4−7  (独立暦400年地の月)


 サティスは蜘蛛会が好きではない。いや、どちらかと言えば嫌いである。
 なぜなら、サティスは蜘蛛会の体質に納得できないのである。会長の選出方法、ほぼ完全な情報操作、隠密の謀略活動(もっとも、情報操作のおかげで表にでることはまずない)。
 なるほど、このように強健な組織体制はまれに見る優れたものかもしれない。邑宰家でさえ一目置いているのも頷ける。しかしサティスは気づいている。そのような鋭く強い剣というものは自らをも傷つけかねないということを。
 情報操作一つを見てもそれは言える。人々の目を一点に向けさせ自らの欲する通りに仕向けることが出来る反面、それがゆえに誤った方向に進んでしまった場合には、人々の的確な判断力を奪いそのまま突き進ませる。とりかえしのつかない損益を与えかねないのである。
 会長選出にも問題がある。腕が確かでも政治力や人柄が劣った人物が選ばれる可能性があるのだ。どのような人物が会長になるか予想できないぶん、邑宰家よりたちが悪い。
 しかもこのような体質は外部に必要以上の恐怖感を与えてしまう。このようなことから強力な制度が必ずしも優れているとは限らない、とサティスは思っている。
 しかし現実問題として、蜘蛛会の影響力は強大で大邑級以上である。そんな組織相手に中規模店舗に過ぎない越後屋だけでレダ邑の商人の結束を目指すのは無理だろう。だがそれではサティスの夢は果たされることはない。だとすれば、越後屋も会に入らなければならないのだろうか。
「妥協しなければならない、のか。」
 サティスは空を仰いでつぶやいた。満月がぽっかりと空に浮かんでいる。サティスは夜に一人で出歩いて考え事をすることが多い。今はぶらつきついでに寄った屋台のそば屋さんから家に帰る途中である。
「……やっぱり、会に入らねば、かなあ。」
 できれば蜘蛛会の配下になどなりたくない。だが現実問題として、組み込まれることなくレダ邑の商人勢力を結集させるなどと、そんな方策があるのか。
「いや、待てよ……。」
 レダ雄は比較的だが蜘蛛会の基盤が弱い。その周囲の小邑においてもまた同じである。有り体に言って組織が確立していないのが主な原因。これらの商人がその恩恵を受けることが少ないのはその証拠と言っていいだろう。そこをうまくつけばいい。本部に申し出て、これらの地域の組織化を「協力団体」として申しでる。バックに大組織がついているのであれば商人達は関心を持つはず。蜘蛛会の方にしても、断る理由はないだろうし……。ただし、組織の「恩恵」とやらは協力団体で代理して行う。本部の御手を煩わすまでもない、というわけだ。うまくいけば協力団体という名目でレダの商人をまとめあげることができるし、まずくとも蜘蛛会の持つ最新情報を手に入れやすくなる。
「しかし、会長の絶対権限で動くあの組織がこのようなことに応じるだろうか。」
 そこが問題ではある。会長は年少のお嬢さんだと聞く。お子さまという人々はたいてい、無意味に所有欲やら支配欲が強いものだ。そんなお方がこのような話に耳を傾けてくれるだろうか。話をうまく進めるためにはどうしたものか。悩んでしまう。
 しかし手をこまねいていても何も始まらない。方針が決まった以上、まずは行動することである。
「団体名称は『レダ商工会』、といったところか。……なんだか、あまりぱっとしないな。まあ、派手な名前をつけて睨まれるよりはいいか。」
 サティスはひととおりぼやき終わると、月明かりのもとでため息をひとつだけついた。
       [サティス・アイセン苦悩の巻/長谷川 雨楽氏のキャラクターシートより]

 事は一大組織蜘蛛会を揺るがそうかという大事である。サティスはまずナルス居住地の周辺勢力の動向についての情報をまとめて買い込んだ。そうして名前と信用を高めておいてから、自らアヴィーナへ出向き、蜘蛛会の会堂へ行って正式に組織の設立申請をする。そして、会長への会見の申し込みをしておく。
「本気か?」
 係官の男は思わず目をこすって書簡を見直した。
「ええ、もちろん。会ってもらえるまで何度でも来ますよ」
「……ま、伝えておきましょう」
 どうせ無理だろう、との意があからさまに面に出ていたので、その日のうちに使いが来たときには何かの間違いだろうと思った。どうやら幸運なことに、ご機嫌の良いときにあたったらしい。
「面白いことを考えているそうね」
 ナタの司祭衣の上に長衣をまとった小柄な少女は、暗褐色(セピア)の大きな瞳をみはって笑顔をつくった。興味津々といった(てい)だ。
「書簡は読んだわ。でももう一度、説明してみて」
「私の望むのは、こういうことです」
 あまり話が都合よく進むのに少々戸惑いながら、サティスは何度も頭に反芻してきた腹案を、口に出して語った。
 要するに、蜘蛛会の協力体としての、商人連合を目的とする団体の設立を認めてほしいということである。認めてもらえるのなら、条件として、人的、金銭的協力を信義則に基づく限りさせてもらうこと、そして、定期的に団体の状況報告、決算報告などを蜘蛛会に対して行うことを約する。
「なるほど、考えたわね」
 エイラ姫は右手でほおづえをついて、サティスの瞳をじっと見た。これはだめかな、という思いがわずかにきざす。エイラは笑った。
「自信ないの? いい案だと思うけど?」
「えっ、では……」
「いいわよ」
 エイラはあっさりと言った。
「でも、いくつか条件があるわね」
「何でしょうか」
 緊張が走る。が、エイラが言ったのは意外なことだった。
「名前をなんとかしてちょうだい。レダ商工会じゃ、誰も乗ってこないわよ。職人の団体みたいじゃない。ま、蜘蛛会にしたって、言えたもんじゃないけどね」
「はあ……では、何と」
「自分で考えてよ、自分の団体でしょ。あと、言いたいことがいくつかあるんだけど」
 エイラは悪戯っぽく瞳を光らせた。
「人的、金銭的協力を『信義則に基づく限り』、ってのがひっかかるのよね。蜘蛛会のやっていること、たしかに信義則なんてものには基づいていないものね」
「恐れ入ります」
 サティスは頭を下げた。
「それに、状況報告、決算報告なんてしなくていいわよ。そんなもの、いくらでも捏造(ねつぞう)できるわけだし、蜘蛛会の情報網が生きてれば定期的にどころか毎日、毎刻だって分かるわ。……って、こんなのはただの揚げ足取りね。じゃ、最後に一つ」
 エイラは口許は笑っているが、美しい瞳は剣呑な光をたたえている。
「……なんで、そんなもん作りたいわけ?」
 サティスは襟を正した。
「ナルスのためです。あなた方蜘蛛会のやり方が破綻したとしても、ナルスが生き残れるようにしたいのです」
「……面白いわね」
 エイラは瞳を閉じて立ち上がると、くるりと背を向けた。去りながら、言うともなしに言う。
「で、それは私も入れるわけ?」
「……っと、それは……」
「冗談よ」
 扉に手をかける。
「いっそのこと、蜘蛛会を乗っ取っちゃうぐらいの気概で頑張らないと、すぐ消されるわよ」
 さすがのサティスも答えられない。
「だって私、この場であなたを直接殺すくらい、簡単にできるんだから」
「……」
「蜘蛛会より強い組織ってもの、見てみたいわね……」
 扉の閉まる音の向こうの彼女の表情は、サティスには見ることができなかった。

「しまった、先を越されたか」
 行商を終え、アヴィーナのフェルノ店本店に帰ったフェルノ・クーレーンは、蜘蛛会からの情報を見て悔しがった。

 次回予告
  蜘蛛会に乗り込んだサティス、蜘蛛会は彼の殺害を決定した。サティスは身の危険を感じて感じて蜘蛛会を去る。これを見たフェルノはついに重大な決断をする。その決断とは、蜘蛛会でサポートしきれていない商業面を一気に引き受ける蜘蛛会商業組合、略称蜘商会の設立であった。
  次回、フェルノの決断 ご期待下さい。 [剣山 翔氏のキャラクターシートより]

 ……という予定であったのに。
 「レダ商工会(仮)」は、大々的にレダ及びアヴィーナとその周辺の邑に宣伝をしている。初回徴収金は入会キャンペーン中につき無料、他の会派に所属している人にも入会を認める、情報は蜘蛛会の半額で提供、会内で交換証を流通させる──等々、景気のいい企画をおこなおうとしていると、もっぱらの評判になっている。似たようなことを考えていただけに、ちょっと悔しい。
 まあいい、それより今後のことだ。
 「レダ商工会(仮)」の方に協力すべきだろうか。それとも、考えていたとおり、自分で「蜘商会」を設立するか?
 しかし、その前にフェルノ店単体でやってみたいことがあった。

 ウォウルとスィスニアの仲の悪さは、半ば宿命的なものがある。独立戦争当時から、この二つの大邑は水面下で主導権争いをくりひろげていた。竜老会が部族のイニシアチブをとるべく発足したときも、どちらに本拠を置くかで争い、結局竜老会は現在に至るまでターヌに置かれている。
 しかし、直接兵器を交わしたことは今まで一度もなかった。セルフィアーに6つしかない10万都市のうちの2つである。2邑が全力で戦ったらどうなるのか──さかんに話の種にはなるが、あまりに現実味がない、と言われるのがこれまでの状況だった。だが、時代は変わっている。
 後世の史家は、独立暦400年前後で時代を二つに区分することになる。独立以来400年間の黎明期と、その後の動乱期と。動乱期を、さらに400年頃〜649年の群邑期と、それ以降、英雄暦が施行されるまでの五王国期とに分ける。そしてその後の統一期へと続いていくわけだが、それははるかな未来のことだ。
 ウォウルとスィスニア。戦をしたらどちらが強いだろう。この想像が、しだいに生々しさを増してゆく中で、さらにそれを加速しようと動いていたのが、このフェルノ店であった。もっとも、フェルノ店が動かなくとも、衝突は避けられなかったに違いない。
 ナグモ・リューンという男がいる。父の代まではウォウル邑宰家に仕えていたが、父の死後親戚を頼ってスィスニアで育った。スィスニア邑宰に側仕えしていたこともあれば、自ら解雇されて修行の旅に出ていたこともある。そしてスィスニアに舞い戻り、兵法の道場を開いて人を集め、そのときの人脈もあっていきなりこの年の夏、スィスニア兵吏長の位についた。
 それから半年ばかり、彼の名望が上がる一方、軍備の異常なまでの増強ぶりは邑内でもひそかに警戒され、恐れられている。
 最近のセルフィアーにはいなかったタイプの人物だと、他邑でも噂になっている。
「どうも、野心のありすぎる男らしい」
 理想のために戦う、大義のために戦うのではなく、戦争のために戦争をしたい、そういう男だと、フェルノは見ている。対し、スィスニアの現邑宰はここ数代でも特に穏健派、純理想主義者といってもよい。肌が合うはずがない、いずれクーデターが起こるだろう。
「それならば、それを利用して儲けない手はない」
 というのが、フェルノの考えであった。戦争を起こさせるのは金儲けのため。政治や戦略には口を出さないのが商人というものだ。
 フェルノはスィスニア一の大商人と手を結び、こっそりと兵器を流した。

 そしてリューンのクーデターは成功し、邑宰のルシャナ・シルキーヌと邑宰丞のヴァシュナ・シリルは何とウォウルに逃れた。ウォウルに保護を求めたわけではなく、単に一番近い、内情の安定している大邑だったからであるが、そのことは、よりいっそうリューンのスィスニアがウォウルと戦わねばならぬ理由を強めている。
 まだ、交戦してはいないが、スィスニア邑内は現在戒厳令が敷かれ、情報操作を受けて世論が開戦の方向へと傾きつつある。年が明けたらすぐにでも戦争が始まるだろう。
 そうしたら、また武器を流さねばな。
 彼は、心の中だけで呟きつつ、素知らぬ顔で他の商売をおこなっている。
「そういえば、バルスの方はどうなっただろう」
 彼が行商から帰ってきたとき、店主代行をやっていたカルナ・リヴィットが知らせてくれたところによると、フェルノ店の噂を聞きつけて、わざわざバルス建邑の関係者がやってきたらしい。もっとも、用向きは援助の要請ではなく、染物屋だということで支店を出さぬかという誘いであったという。
「建邑計画の本拠はジュシーにあると言っていたな……」
 武器で儲けた金をそちらの援助に回そう、とフェルノは考えていた。

 そのジュシーでは、バルス建邑の計画が着々と進んでいた。
 本拠があるのは、「銀のたてごと」亭という元食堂と、商工会議場の二階。それほど広くはないが、宣伝は大々的におこなっており、キシン・スルタンはすぐに求める情報を手に入れることができた。
 建邑予定地はジュシーとリーダの中間。設計は公募中、といったところらしい。
「ま、所詮まだ卓上の論議だな」
 と思いつつ、すぐにその地を去る。白いトゥー族の中では、彼の肌はよけいに目立つ。姉もそうであるはずだが、いっこうに手がかりは見つからなかった。

 シャル族の居住地を突っ切って、バルスと同じく新興勢力であるスウィズに向かう。
 建造しかけの城壁が無骨な印象を与える。沈んでゆく夕日が毒々しく赤紫色に見えるような気がするのは、はたして見間違いだったのだろうか。街に歩いている人の10人に3人は鎧甲を身につけていて、まるでどこかの邑軍に包囲でもされているような剣呑さがある。少なくとも、スルタンはそう思った。何となく、気にくわない。この邑を治めているのがガキの小娘だから、気にくわない、というのもあるだろう。
 夕闇が天蓋をとざしても、この街は明るいままだ。施術宝器の大量生産に成功したこの邑では、他邑に先がけて主道の明かりを(たいまつ)によるものから精霊灯(セレネ)によるものへと変えたのだ。
 たしかに犯罪は少なくなるかも知れない。しかし、こんな明るい街で眠れるものなのだろうか。
 故郷サイダバードでは、夜には明かりはほとんどつけなかった。やむを得ずつけるときには、「インダラの頸血」を用いたひそやかな明かりを、一家全員で囲むくらいのものだった。対し、このスウィズの地では、星の光がかき消えるほどの明かりを灯している。
 これでは夜がなくなり、体内の光と闇のバランスが崩れてしまうのではないか?
「いかに光が明るくても、闇がなければその明るさはわからないのに……」
 この街に生まれた子供は、きっと闇の真の尊さを知らずに大きくなるのだろう。そう思うと、スルタンは少々やりきれない気持ちになった。

 一晩明けて、ライル社の本社を見に行く。
「さすがに警備が厳しいな……」
 腕利きの間諜であるスルタンの力をもってしても、ここに忍び込めるとは思わない。施術宝器大量生産の総本山であるのだから、きっと内部も施術宝器によって守られているのだろう。中を覗くのは諦め、出入りする人をチェックし、街で情報を集めることにする。
 門外を眺めていると、まだ少年と言えるほどの年齢の人間が入っていった。門番に相当な敬意を払われているようだ。「ハデン様」と門番が呼んでいるのが聞こえる。クラウ・ハデン、ライル社社長ライル・ナタケの恋人とも片腕とも言われている男だという。ウォウルの王佐をしていた筈なのだが、どうやら解雇されてしまったらしい。
 続いて入っていったのが、20を少し過ぎたくらいの女性だ。「ハデンくん」と呼びかけていることから、あの少年よりは地位があるのだろうことはわかる。少年は「カミナさん」と呼んでいる。治局長ライル・カミナ、社長ナタケの従姉にあたる。
 しばらくして、30代半ばの男が入っていった。サイク様、と門番に呼ばれている。外局長サイク・ルヴァログ、癖の強い幹部連のつなぎになっている男らしい。
 そしてその後、20代前半くらいの男が2人連れだって入っていった。武人らしいのと妙に軽い奴だ。しかし門番の扱いは同等くらいだった。武人風のが兵局長ディグ・カイル、真面目な武人で、ライル・カミナの恋人でもある。商局長ハウザー・カッシュ、軽妙な人柄が魅力の商売上手な男であるらしい。
 街で集めた情報と総合すると、どうやら偉そうな人間はこれくらいである。
 所詮、若造ではないか。
 そう思いつつ、スルタンはその情報を蜘蛛会へと送った。
 この街でも、「黒い女連れた白い男」の情報は得られなかった。

 セルファニア湖湖底遺跡。深い湖の底、ほとんど光すら届かぬ静かな世界。外界から隔絶されたこの場所に、チェリア朝の時代のセルフィアー邦都があった。全盛当時の名をティイセニラという。術を重んじ、術を制することだけが力の証であったこの時代に、この地を制しようとすれば、水の力を抑えようとしたのは当然のことだといえるだろう。
 先節、この遺跡をじゅうぶんに探索しないうちに外にはじき出されてしまったティーク・ギエンは、書庫などでふたたびよく調査をした上で、シュエル郊外遺跡を通じて湖の底に入った。むろん、ルーイ・ローカスも一緒である。ローカスの故郷であるリューナはますます大変なことになっているらしく、彼は戻るに戻れない状態でいる。
「この前は、この扉から外に出ちまったんだっけ……」
 六角形の建物、7枚の碑板。
「とりあえず、これを読んでみるか」
「読めるのか?」
 ローカスは目を見張った。どう見ても古代の言霊語だ。一語一語が強い霊力をもち、音にするだけで七要素を操ることができるという。
「少しはな」
 ギエンは答えると、手元の碑に目を落とした。
「水……水を制する者、『ナー』をおいて他はなし。かの、グー……杯に、霊力満つるとき、リデーラ スリ ノ ヴィナ ディバモ ミキ モヒナン カ スニナ ン イモギ ヒ ライナ……」
「おいおい、言霊語で読んじゃやばいんじゃないのか? 陽炎がゆれてるぜ」
「そ、そうだな。でも、意味が分からんのだ」
「意味が分からないのに、読めるのか?」
「うん、まあ、何となくな。次、いくか。あ、最初の方は似たような文だ。人を制する者、『フー』をおいて他はなし。かの宝珠に霊力満つるとき、で、また分からん文だ。チラ テ ダニナ イ ミラーバ セ チデタグ マイン……」
「うわあ、やめてくれ。何だか目がちかちかしてきた」
「次は火だ。火を制する者、『トゥア』をおいて他になし。かの(たいまつ)に霊力満つるとき……」
「発火するから止せ」
「うん、やめておく。どうも、これは七要素を封じた霊器の説明のようだ。しかも霊器の名前はセルフィアー語の水とか火とかっていう単語が使われている。つまり、ここに邦都が置かれてから作られた宝器であるか、または通称としてそう呼んでただけなのか、どちらかだろう」
「俺にはさっぱりわからない」
「おれにも実は良く分からない。色々調べてはみたんだが、有名な遺跡だししかも400年間入れなかったもののことだから、異説がやたらと多いんだ」

「どうやら、ここだな」
 ようやく隠し扉のようなものを見つけだすことが出来たのは、たっぷり半刻ほどたってからのことだった。
「しかし、開ける仕掛けがわからん。……この部屋にあるものといったらこの台くらいだが……ん?」
 碑板を持ち上げると、その下に出っ張りがある。おそらくシーナ・アガノは非力なので持ち上げられなかったのだろう。
「これを押せばいいのかな」
 しかし、動かない。
「全部押せってことなら、俺も手伝うぜ」
 ルーカスがそう言い、ギエンと逆回りに押し始めた。6つ押したとき、感情のない声がした。
「……タ ライ ミスチナ タ クミラ カーチ」
 そして、何かが弾けるような音がする。
「だ、誰だ!?」
 ルーカスが見上げたが、二人以外誰もいない。
「録音というやつだろう。きっとこれで封印が解けた」
 コツコツと叩いて罠のないことを確かめ、ギエンが注意深く扉を開くと、そこはとても広い、平たい建造物の中だった。天井は基本的に透けており、湖底の様子が見えるようになっているのだが、残念ながら堆積物に覆われていた。なにか術の力を用いた明かりがついていて、中は昼間のように明るい。
「やはり六角形をしているな」
 真ん中と六隅に太い柱が立ち、その柱に扉のようなものがついている。六隅、といってもその一辺は500メートルはあるだろう。とても広い。中心に立つと、柱から柱までの間が通路に、その他の部分は植物が植えられていたらしいことが分かる。今はほとんど枯れてしまっているが、わずかに1、2本、天井に触れんばかりの巨木が、葉をいっぱいに茂らせていた。
「この柱、扉があるぞ」
 物珍しそうに眺めていたローカスが言った。ギエンは首を傾げた。なるほど、扉だ。
「どうやったら開くのかな」
「これを押せばいいんじゃないか」
 ▼印のあるでっぱりを押すと、扉が静かに開いた。こわごわと中をのぞき込む。
昇降機(エレベータ)、だ」
 ギエンが嬉しそうに言った。
「乗り物だよ。乗ってみよう」

 垂直に上下に移動する乗り物など、見るのも乗るのも初めてだった。地の力の制御に問題があるのか、少々気持ち悪くなったりもしたが、まあそれは我慢することにする。
 あの広い建物は最上階であり、この昇降機で下っていくとその地下にたくさんの部屋があった。まるで六角形の塔を地中に埋めたようだった。しかし階段などはなく、すべてこの昇降機を使って行き来しなくてはならない。さまざまな部屋があった。会議室のような部屋、事務室のような部屋が一番多かったが、中にはやわらかい(ソファ)(ベッド)がしつらえてある部屋などもあった。おそらく高級官吏の宿泊所だったのだろう。
「書類や道具は全然ないな」
 ローカスがぽつりと呟いた。建物自体にはまったく損傷はないのに、肝心なものはきれいさっぱりと持ち去られている。
「ディヤウスの神官のしわざか。全く、いやな奴らだ」

「どうやらここが最下層だな」
 昇降機はそれ以上下には動いてくれない。仕方なくその階で下りると、そこはこれまでの部屋とは少し違っていた。異常に綺麗な建物、という印象だったのが、ここだけやけに生活の臭いがする。
「……人が住んでるのか?」
「言霊人がか? まさか。彼らの寿命がいくら長くても、400年も生きてるわけがない」
「だが、これはどう見ても……」
 果実、おそらくは林檎の一種と思われるものの皮が落ちている。どう考えてもこれは、剥いてから一日も経っていない。
「誰だ、人の家に勝手に入ってくる奴は?」
 人の声がした。二人がぎょっとしてそちらを見ると、扉が開いて何かが出てくる。
「うわっ、何だこいつは」
 人間ではなかった。金属の塊……にしては歩き方は人間に近い。
「機械人間……!?」
「ティイセニラのものか?」
「違うな、それはわしのガーディアンだ」
 先刻と同じ声がして、機械人間の向こうから、今度は本物の人間らしきものが現れた。
「お前さんはディヤウスの信者か?」
「違う!」
 ギエンは力いっぱい否定した。
「じゃ、神官か?」
「なぜそうなる!」
「無関係か。ならば攻撃はせん。とっとと立ち去れ」
「立ち去れ、ったって……お前は一体何者だ?」
 ローカスが憤然と訊ねる。機械人間をあやつるあやしげな男は、ふりかえって不気味な笑みを浮かべた。
「わしはローリー・フジヨシ。いちおうナルスをしていたこともある。このティイセニラに百年ばかり前から住んでいる、科学の信徒だ」
「かがくぅ? 何だそれは。神将の名前か?」
「科学という単語も知らないとは。嘆かわしい奴だ。……どれ、わしがお前さんたちに科学の何たるかを教えてやるとするか」

「科学とは、世界の一部分を対象領域とする経験的に論証できる系統的な合理的認識のことだ」
 と、いきなりローリー・フジヨシは神語を並べた。
「な、そんな難しいことを言われても……」
「わかりやすく説明してやろう」
 ローリーは木板と墨を持ち出した。
「世界とはなにか、人界とはなにか。そういったものをみるとき、構成元素の違いという点から述べようとすると、これを七要素科学という。居住している生命体の違いからみようとすると、これを生命科学という。次元の違いを見るとき、これを物理科学という。そういった合理的な体系をもとに世界を見ていくと、すべてのことがらが理解できるだけでなく、その理法を手中に収めることによって、この世界そのものをつくりかえることさえ可能になるのだ」
「で?」
 ギエンやローカスにはまったくちんぷんかんぷんである。
「その科学の成果の一つが、この私の身体でありこのガーディアンだ。私の身体はナルスをもとに、様々な人種、動物の肉体を融合し、生命体として最も理想のバランスを生み出し長寿を保っている。このガーディアンの脳は1010匹のネズミの脳を重層コーディネートしたものだ。……と、おい、人の話を聞け!」

「やばいよ、あのおっさん」
 ギエンたちは昇降機に戻った。
「ひょっとして、ティイセニラが未だに封印されてるのって、あのおっさんを閉じこめるためなのかな」
「そうかもしれん……」
「それにしても、あんまり成果はあがらなかったな。珍しいものは見れたが……」
 とギエンが言ったとき、急に昇降機が下降を始めた。
「ん? さっきのは、やっぱり故障してただけなのか?」
 呟いたとき、無機的な声がした。
[声紋を確認します。名前と所属と番号を、明瞭な発声で……]
「ティーク・ギエン……だけど、所属と番号なんてないぞ」
 『録音』された声だと分かっていたが、思わず答えてしまう。ローカスは思わずギエンの顔を見直した。
「ギエン、お前……」
[確認しました。言霊人(イシス)であると認めます。この昇降機はこれより機密レベル5、ティイセニラマイナスエリアへと直行いたします]
「え? 俺は言霊人なんかじゃ……」
「おい、ギエン、あれが分かるのか?」
「あれって……」
「言霊語だよ、言霊語! 何て言ってたんだ!?」
「声紋を確認、とか言ってたよ。名前と所属と番号を言え、って……」
「言霊語でか? お前、あれが分かったのか?」
「言霊語だった? そんな、馬鹿な……」
 ギエンは呆然とした。

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