会誌-「サークル水月会誌 第4回」
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■ リアクション4−6 (独立暦400年地の月) 妖人の寿命は長い。無限にというわけではなく、 その短い人間や神人の生ですら飽く者もいるのだから、妖人ならなおさらであろう。その永い生を充実したものにするためにはどうすればいいのか。 その問いへの回答として、1つには、時と自分たちとを切り離すという方法があるが、他種族と同じ時の上で生きているセルフィアーの妖人たちには、それは適用できない。なぜなら、時との交わりを断つことは、他種族の人々との交わりを断つことに他ならず、すると何のために星界から出て人界へ来たのか、そのこと自体の意味が無くなるからである。 では、セルフィアーの妖人たちは、ー体どのような道を選んだのであろうか……? ヴィルザートに対する周囲の接し方こそが、アプシ―ズ=エルフの生き方の典型を示している。 直接ものを言わない。何を伝えるにも、何を教えるにも、できるだけ遠回しな言い方をするようにする。何も教えない。教えないが、自分のしていることを見せるなどの方法によって、自然に相手が気づいてくれるのを待つ。直接言葉に出して答えを言ってしまうと、相手の理解も早いだろうがそれっきりだ。遠回しに、遠回しに。含みのある言い方を考え、それを埋解してもらうだけの間を楽しむ。間をおくことによって、理解されるまでの時間を引きのぱし、同時により奥深いところまで理解されるよう仕向ける。与えられた時間は長すぎるから、そうして一つの行為にかかる時間を引きのばすことによって、時間をより幅広く使おうとするのだ。 そしてまた、教育者は好奇心を引き出すことに努める。より細かいところ、些細なことにまでこだわりを持ち探求していこうとする心が、永い生をより有用なものにしてゆくからである。 しかし、ダナスの生き方は、そのようなヴィレールトなどを中心としたアプシーズ=エルフの、特に教育者達の方針とは、全く相容れぬといってよい。彼の一挙一動を見ていると、やっていることがまるで人間や神人そのものであるのに驚かされる。邑間を移動するのに高速移動サンダルを用いるなどという発想自体、妖人の考えとは思えぬ。一般的妖人であるならぱ、逆に移動阻害用サンダルでも作って長旅を楽しもう、という発想になるだろう。そこまでいかずとも、高速移動サンダルなど作っても使わないに違いない。 だがダナスは違う。旅をしようと思ったら、旅を効率的に行うにはどうしたらいいか考える。質問を投げかけられたらわかりやすく応えてあげる。 そんな当たり前のことが、ヴィルザートにはひどく驚きだった。ずっとアプシーズの地で、一般的妖人の教育者たちに囲まれて暮らしてきた彼には、ダナスはまるで自分たちとは全く別の生命体のように見えた。 ──こんな人もいるんだ。 そしてそんなダナスが、星界からセルフィアーへと降ってきたのは、至極当然のことであるといえる。 「えーっと、目的地はシュエルだったっけ」 普段はただ何となくふらふらと歩いていくだけのダナスも、今回は同行者がいるということで地図を持参している。 「アプシーズはここですよね」 ヴィルザートが指さす。 「うん。で、今いるのがここ、シーラン」 ダナスはヴィルザートの手をすべらせた。 「シュエルに行くにはね、こっちの方──南湖の方から回ってくルートもあるんだけど」 南湖とは勿論セルファニア湖南湖のことである。 「リューナ─イリス間がちょっと今危ないからね、メール族の居住地は避けて、こっちにしよっと」 「ナーラダ族の居住地も、危ないんじやないの? ウォウルが王を称したって、聞いたよ」 「うん、まあ、大丈夫だと思うよ」 根拠のない台詞を、やっぱり自信なさそうに言うダナスであったが、それでも難に遭わなかったのは幸いであった。 ヴィルザートは、急激に変化する周囲の風景や気候に、興味津々であると同時に少々戸惑い気味である。何せあっという間に次の邑へ、次の邑へと進んでしまうのだ。新鮮な驚き、それが醒めやらぬうちどころか驚きを自覚する前に次の波が来るといった調子で、とてもとても旅を楽しむどころではない。足は疲れずとも、街に泊まるたぴに放心のあまり飯も食わず床についてしまうというありさまで、さすがのダナスも、もうちょっとゆっくり行くべきだったと反省したものだった。 が、若い適応力はさすがのもので、シュエルに着く頃にはもとの元気を取り戻している。 「うわあ……すごいですね」 シュエルの町並みを眺め、ヴィルザートは嘆声をあげた。それほど高くはないが、がっしりと存在感のある城壁に守られた邑。懐に抱かれたような、そんな感じだ。黒っぽい緑色の石は苔むし、間隙に雑草が芽吹いてはいるが、その威容は変わらない。城壁のない、どこまでも地平線の続いていくようなアプシーズの街もヴィルザートは好きだったが、シュエルの、包み込まれるような温かい雰囲気も同じくらい好きになれそうな気がした。 シュエルは染め物の街だ。主道に沿って歩くと、そこかしこに巻いた布が積まれ、染料の入っているらしき樽や染料となる植物の干された篭などが置かれている。 「あれは何ですか?」 ヴィルザートはダナスの袖を引っ張った。屋根の下に液体の入った槽があるのだが、どろりと灰色に濁ったものが入っているばかりで、とてもこれで布を染めるのだとは思えない。 「ああ、あれは ダナスは即答した。 「灰汁……ですか?」 「草木を焼いた灰を水にとかしたもんだよ」 「そんなもの、何に使うんですか?」 「定着液、ってところかな」 「ていちゃくえき?」 「うん。キミは、赤とか緑とか色のついた薬を白衣にこぼしたこと、ない?」 「ありますけど……」 「水で洗ったら、それ、落ちたでしょ」 「はい」 「落ちなきゃ困るよね。でも、赤い布とか、緑の布とかを洗って、色、落ちる? 落ちないでしょ」 「落ちたら困ります……あっ」 「そう、その通り。だからね、染め物をした布は、必ずその後この灰汁と一緒に煮るんだよ。そうすると、色が落ちなくなるんだってさ」 「ふうん……どういう原理なんでしようね?」 「さあ、そこまでは知らないけど……」 ダナスが言ったとき、急にヴィルザートの視界が育いものに閉ざされた。 「うわっ」 思わず驚きの声をあげたが、すぐにそれは目から離れる。そのかわりに、細い、でもとても朗らかな声が耳を打った。 「人違いじやありませんよね、お医者のお助手さん。また会えて嬉しいわ」 青い服を着た少女。スート・カリン。 「ヴィレールト医師からの手紙は受け取りました」 スート・キリー……カリンの父親は、そう言って闊達に笑った。 彼は真紅の瞳に栗色の髪……シャル族の容貌をしている。それなのにスートというトゥー族の姓を名乗っているということは、父がトゥー族(しかもシュエル邑宰家の者)、母親がシャル族であったということになるだろう。彼の奥さんはトゥー族だった。カリンもトゥー族だが、眼病になってしまった原因の一つに、異種族(部族)交配という問題があることは間違いなさそうだ。髪と瞳は霊力のもっとも強く宿るところであるのだから。 「お届けの目薬はこれです」 ヴィルザートは懐から大事そうに一つの瓶を取り出した。一見、ただの水のようにも見えるが、陽光に透かすとわずかに緑色がかっているのがわかる。 「一日一回、これで目を洗ってください。一瓶で半年分あります。直射日光が当たるところ、高温になるところはなるべく避けて保管してくださいね」 ヴィルザートが、言い漏らしたことはないかと頭の中でー生懸命考えているときに、キリーは瓶をつくづくと眺めている。そしておもむろに言った。 「綺麗な緑ですね」 「えっ?」 ヴィルザートはうっかり聞き漏らし、目をぱちぱちさせている。ダナスは笑い、キリーの掲げている瓶を指さした。 「この色が、いい緑をしているってさ」 「え? え?」 考えていたことと全く関係ないことを言われて、ヴィルザートが何のことか分からず混乱していることに、キリーも気づいた。咳払いして言う。 「失礼、私は染め物師のはしくれですので、その職業上、何につけてもつい色のことを考えてしまうのです。……いや、見事な色だ。このような繊細な色は、そのまま布に移すことはとてもできませんなあ。定着させるまでに、色が抜けてしまいますから」 しかしそれができたらどんなに、と夢を語るキリーに、そうですね、と相づちを打って、なかなか代金のことが言い出せない2人であった。 ようやくお代を受け取り、よかったら今夜はここに、との言に甘えて一泊させてもらい、翌朝、イシャーナ大神殿に参拝した。イシャーナ神は視覚の神、色の神でもある。その祭日である三五日は、神殿に於いて染め物の大会が開かれる。この日はちょうどその前日にあたっており、慌ただしげな様子であった。染め物を展示するための台を組み立てる人、作者の名前やいわれ、コメントなどを記したプレートを作製している人、展示物を持ち出したりする人のないよう、目を光らせている警備員。そういった人の中をかいくぐり、本殿へと足を運ぶ。 イシャーナ神の像のある本殿は、木造の大きな建物であった。建物の約半分が像の安置されている大会堂、残りが大司祭室と司祭達の控え室になっているはずである。セルフィアーにある神殿としては典型的なつくりであるといえる。 ヴィルザートとダナスの二人は、入ロで記帳し、受付に座っている神官に会釈してから、本殿に足を踏み入れた。人数は少ない。祭日の前日であるから、この町の人や信者などは 正面に気高く屹立しているのが千里眼神イシャーナの像だ。まるで生きているように精巧にできているのは、いざというときに神の魂を受けとめる依代となれるように、との思考のためで、これはチェリア朝以前の時代からの伝統である。どの神の神殿であっても──光でも闇でも、あるいはどちらでもなくとも、神が肉体を失ったとき、その代わりとなれるほどの霊力を蓄えた神の移身を製作した。大神殿ではとくに、神の姿を脳裏に直接投影できるような霊カの高い司祭がいるわけだが、それと寸分たがわぬ姿になされているという。 美しい、落ちついた雰囲気の二〇代前半くらいの女性の姿をしている。銀の髪をわけて、頭の上には狼の耳がついている。そもそも狼はイシャーナ神の眷族であり、トゥー族の祖神の銀狼トゥルクは護神ネリティにイシャーナがカを分与した神将シャミノンの部下であった。結界神シャリヤーティも銀狼をつれているが、彼はイシャーナ神が貸し与えた神将ナジャトの化身した姿である。 額には目を図案化した紋章。肩からは色鮮やかな服をまとい、憂いを含んだ瞳は深い青紫色──トゥー族の典型と同じ色だ。 「優しい、でも、悲しそうな目をした神ですね」 ヴィルザートがぽつりと言った。ダナスは頷いた。 「イシャーナ神は、このザラスのすべてを知ってる神だといわれてるからね。三界、三期のすべてを」 「三期?」 「現在、過去、未来。全ての時間にわたって、ということですわ」 答えたのはダナスではなかった。一瞬、イシャーナの神像が口をきいたのかと思ったが、すぐにそうではないことがわかった。声の主が姿を現したのだ。 「カリンさん!」 「どうしたのー? そんな イシャーナの神官衣を身にまとっている。首からはイシャーナ神の護符。 「見ての通り、イシャーナ神王に入信することにしました」 「どーして?」 「私、もう一四歳ですから。いつまでも親にぷらさがってる訳にはいかないもの。それに、お父様がいくら天才染め物師だからって、収入はそんなに多いわけじやないわ。私の目の治療にこれまでいくらかかったのかしら。ツィルート医師をもっと早く知ってれぱ良かったのでしょうけど、それまでにどれだけお金を遺ったのか、考えただけでもぞっとするわ。……だから、イシャーナ神殿に入って、神官になることにしたの。私、勉強もそんなにしてないし、武芸もからっきしだけど、信心深いのだけは自信あるわ。目が良くなったのだって、ツィルート様のお陰もあるけど、何より私があきらめなかったから、イシャーナ神王が私の望みを聞き届けてくださったのよ」 ヴィルザートは少し背をかしげた。彼にとって、神王とは実在するものだが信仰の対象とはなりえない。彼の神は、ティターニアとメルリ−ラ以外にはありえないのだから。 「ま、そんなものかもな」 ダナスは軽く頷いた。 「あら、アプシーズの方がご参拝なんて、珍しいこともあるものですわね」 神像の安置された台の右側の扉が開いて、二〇歳そこそこのトゥー族の若い女性が姿を見せた。イシャーナの司祭衣を着ている。 「ファルナ様、この方が……」 カリンが声をかけると、女司祭は得心したようだった。 「あなた方にお話があります。こちらへいらしてくださいな」 ヴィルザートとダナスは顔を見合わせた。 入った部署は司祭たちの控え室のようであった。今は女司祭とカリン、それにヴィルザートとダナスしかいない。 女司祭はおもむろに喋り始めた。 「私はこのイシャーナ大神殿の次期大司祭、高司祭のアーガ・ファルナです。本来ならぱ、今頃はファルナ=イシャーナと名乗っているはずでした」 「はあ……」 「ちなみにこのカリンとは従姉妹にあたります。……アプシーズの方でしたら事情は全くご存じないでしょうから、初めからすべて説明しなけれぱなりませんね」 と言って、女司祭はヴィルザートとダナスの面をじっと見つめた。 「私はこのイシャーナ神殿に四歳の頃から入り、修行を続けてまいりました。元々私の一族は代々霊カの強い者が多く、私もそうであったので術師をこころざしたのです。十数年にわたる修行の結果、私は そこで女司祭はぐっと拳を握りしめた。 「ところが! 我こそは、と思っていた輩は、私が大司祭に 「もう治りましたわ」 カリンの冷静なツッコミも耳に入れず、女司祭は机を叩いた。 「イシャーナの大司祭になるための条件は、神性術法の腕、それに長寿であること、それのみです。私がよい天運に恵まれていることは先大司祭様もお認めくださいました。で、あるのに!」 女司祭はとうとう立ち上がった。 「 ふむふむと、ヴィルザートとダナスは頷いた。……頷く以外に、何ができるというのだろう。女司祭は、拳を振り上げて叫んだ。 「しかし! 私はまだ諦めたわけではございません! カリンの目も、アプシーズの方々のおかげで良くなりました。これで、私こそが大司祭にふさわしいという証を示せぱ、私は復位することができましょう!」 「で、何をするつもりなのー?」 ダナスは呑気そうにツッコんだ。女司祭ははっと気づいて椅子に座りなおした。 「す、すみません。つい、熱くなってしまいまして。とにかく、そういう事情なのです。で、私の考えたのは……」 と前置きして女司祭が語ったのは、こういうことであった。 そもそもイシャーナの神性術法には、治癒という分野はない。「見る」ことがその全てであり、視覚、あるいは目を変化させる術はあっても、眼病を治すなどということはできない。 しかし、イシャーナが目と視覚を司る神である以上、神殿としては何らかの手段を講じるべきではないのだろうか? 「眼病治癒の施術宝器を作ることができるなら一番よいのですが、一口に眼病と申しましても様々な種類がありますから、なかなか難しいのでしょうね。または、この神殿の司祭を星薬会に派遣し、医薬術法を学ぱせる。それができなけれぱ、星薬会の方で眼病に詳しい方を雇うというのでもかまいません。もちろん、どの方法を採るにせよ、星薬会のほうには施術許可料をお支払いいたします。金に糸目はつけません。私が大司祭に復位すれぱ、いくらでも金は動かせますから。それに、これはこの神殿にとっても有意義なことであると私は信じます。いかがでしょう、星薬会の方に打診していただけないでしょうか?」 期待のまなざしを向けられたヴィルザートは困ってダナスの方を見やった。ダナスは頷き、軽い口調で言った。 「まーかせて。ヴィルによく言っとくよ」 「そうですか!」 ファルナの瞳が輝いた。 「宜しく頼みますわ」 「ということなんですよ」 染め物の大会を見て速攻で帰ったニ人は、ヴィレールトに一部始終を話した。 「なるほど、ファルナという人も考えましたね。眼病の治癒をイシャーナの名でおこなおうとは」 「どうするのー?」 ダナスに訊かれて、ヴィレールトは考え込んだ。 「そうだな、僕の一存では決められない。ティト様とメリル様、それに議にかけて、それからだ。決定するのは 「はーい」 「えーっ、勉強するのー? つまんないなあ、また一緒に旅でもしようと思ったのに」 「……ダナス、将来有望な若者を悪の道に引き込もうとするのはやめろ」 また、ため息をつく。そのヴィレールトを見て、ヴィルザートはくすくすと笑った。ダナスも笑い出す。ヴィレールトは顔をしかめてみせたが、むろん本心からではない。この旅によって、ヴィルザートが少しでも成長したと思うと、自然に頬がゆるむのであった。 |
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