会誌-「サークル水月会誌 第4回」
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■ リアクション4−3 (独立暦400年地の月) バルス建邑計画は至極順調に進んでいる。 すでに金銭的には全く問題ない。人材も続々集まっている。 「問題は、どこに建てるかってことと、あとは邑の設計ぐらいかな」 ジュシーに置かれたバルス計画の本拠、主道沿いの「銀のたてごと」亭に集まった仲間を見渡し、ヴィーシアはそう呟いた。 「第一候補はジュシーとリーダの中間。第二候補はアカドゥとフェト、ユディトとフェガルを結んだ線の交点にあたるところ。第三候補はユディトとアカドゥの双方から等距離の、海岸沿いにあった邑、フェリアの跡地。今のところ、ジュシーの近くで決まりそうだけど、それぞれやっぱり問題があるんだよなァ」 「そうですね、なかなか完璧は望めませんね」 セフィルも頷いた。 「ジュシー・リーダ間にすると、ジュシーやリーダが万一戦争に巻き込まれたとき、バルスもその余波を喰らうのは必至。第二候補は水利がやや不便。第三候補は、一度災害を受けたとこだから、もう一度同じ災害が来ないとも限らないですし」 うーん、と皆、考え込む。 「仕方ないよ」 ヴィーシアの後を慕って来た弟分、ルウは明るく言った。 「少しぐらいの困難は、みんな覚悟して来てるんだ。だから、くよくよ考えてても仕方ないよ。今あがってる場所は、みんなが一生懸命考えた、今のセルフィアーで一番安全なところなんでしょ? それなら、あとはどこにしたって、同じだよ。あとは、勇気で補えばいいんだ。そのために、セフィルさんや僕たち精鋭部隊がいるんだから」 「そうだね、ルウ。よく言った」 ヴィーシアはにっこりと笑い、ルウの黒髪を撫ぜてやった。 「一応、三か所どこに決まってもいいように、地形図はちゃんと手に入れてきたからね。あとは、これを写して、設計してもらうだけだ」 「楽しみですね」 セフィルはヴィーシアに笑いかける。ヴィーシアも頷き、立ち上がって言った。 「忙しくなるのは、まだまだこれからだ。みんな、頑張りすぎて体調を崩さないようにな!」 「おーっ!」 邑の設計は一応ヴィシュヴァカルマン神殿の方に頼むが、その他に公募もし、集まった作品の中から最もふさわしいと判断したものを採用する。判断基準は勿論、ヴィーシアの趣味。セフィルらの助言も考慮に入れるだろうが、原則的には邑宰のお気に召したもの、ということになる。 「芸術の邑、と称するからには、外観も重要だからね。事によっては、設計の可否いかんで候補地そのものを選ぶようなことになるかもしれない。まあ、その時はその時で、うまく何とかしよう」 そう言いつつ、楽しくてたまらないといった様子のヴィーシアを眺めてから、セフィルは一礼してそこを退出した。階段を下り、もと食堂であった一階の人材等受付の前を通り抜け、正面の扉を開けると、そこはジュシーの主道である。地の月のことだから、陽光はかなり弱くなってはいるが、それでも室内との明るさの差はかなりのもので、一瞬、まぶしさに腕をあげて瞳をおおった。指を透かして太陽を見上げ、そして街の中心へ向けて歩き出す。 つい二週間ほど前までは、この主道で演説に明け暮れていた。ヴィーシアと2人、いや、伴奏のロアも入れて3人で、懸命に人々に訴えかけていた。バルス建邑計画について語り、 「我々は、武芸のできる者、美術家、商業家、建築家などを募集しています。我こそは! という方は、どうか我々に力をお貸しください!」 その甲斐あって、現在は協力者も増え、借りていたもと食堂「銀のたてごと」亭だけでは収容しきれないほどになり、現在、同じジュシー邑内にある商工会議所の2階を借り切って事務所として使っている。セフィルはそこに向かっているというわけなのだった。 「おはようございます、セフィルさん。いえ、もうそろそろ、邑宰丞、とお呼びするべきなんでしょうかね」 階段を上がりきるなり、そう声がかけられた。優秀な建築家にして、ジュシーで得た部下第一号、シャル族のラーン=ルシュだ。 「気が早いですね、ラーンさん。計画はまだまだこれからというところですよ」 そう答えて鍵を開ける。ラーンは苦笑して頭をかきながら席についた。持参の鞄から木板や墨壷、切り出し小刀、烏口や定規などを取り出す。気が早いことこのうえない。他の人達はあと一刻ほどしないと現れないのだろうに、このラーンだけは、鍵の開く前からやってきて一番最後までこの会議所に居座っている。 「邑の全体的な外観などは、まだ決まっていないのですから、個々の建物の設計をそんなに早くされても、あとで修正が入るかもしれませんよ」 セフィルは言ったが、ラーンは全く気にしていないようだった。 「何、構いやしません。その時はその時、張り切って直しますさ。それにですな、技芸神の神殿の配置は動きやしませんから、それほどの修正は入りませんよ」 もう道具の手入れを始めている。 「頑張りすぎて倒れないように、気をつけてくださいよ」 「ご心配有り難うございます、邑宰丞」 冗談なのか本気なのか判別がつかない。セフィルはまじまじとラーンの顔を見つめた。ラーンはにやりと笑い、左手を胸に当てて礼をした。 芸術の邑であるバルスを守るための兵力は、将来どの程度になるのかは分からないが、その頂点に立つのは邑宰丞であるセフィル、そして彼女直属の精鋭部隊が銀狼四部隊だ。定員は各部隊25名ずつで計100名を予定している。「銀狼の眸」は剣の得意な者、「銀狼の牙」は槍と馬術の得意な者、「銀狼のしっぽ」は術法の得意な者、「銀狼の爪」は弓の得意な者、という分担である。といってもバルスが戦うことなど、その存在意義からして滅多にあってはならないわけで、平時は彼らは芸術産業に従事することになるだろう。あるいは舞踏団となり、あるいは弦楽団となり、あるいは祭礼の指揮をとるなどして。 セフィルは、主にその銀狼四部隊を組織するべく、東奔西走している。一応、各隊の長となるべき人材は集まったが、まだまだ定員には遠く及ばない。 傭兵とは違うのだから、ただ戦いたい者を部隊に入れるわけにはいかない。我々の意志を理解した上で加わってくれるのでなくては意味がない。加わってくれても、戦力にならなければやはり意味がない。この両方の条件を兼ね備えた人材の確保となると、なかなか難しいものがあるのであった。 ロアは、ジュシーまで2人を護衛した後、しばらくはそこにとどまっていたが、やがてヴェルーダへ向けて旅立っていった。「大いなる災い」──といえるかどうかは分からぬが、内紛が起こり人口は激減、生き残った人々は厳寒に苦しめられているとの噂が遠くトゥーの居住地域にまで流れてきたのである。 「ならばバルスへ誘ったらどうだろう」 とロアが申し出、ヴィーシアやセフィルも同意したのでさっそく出かけたわけであるが。 ヴェルーダまでの行き方は大きく分けて2通りある。セルファニア湖を行く行き方と、海を回っていく行き方だ。どちらが安全なのか、蜘蛛会に問い合わせてみたところ、どちらも変わらない、とのことであったので、ロアは近道である前者の道筋をとった。 途中、湖賊に襲われることもなく、何とかヴェルーダまでたどり着くことができたが、 「聞きしにまさる──とはこのことですか」 ロアは銀狼ポポチと共に立ちすくんだ。 城壁の半分以上は吹き飛び、崩れている。家々の屋根も原形をとどめているものはほとんどない。爆発の中心にあたる邑宰邸のあった場所は、大きなクレーターになっていた。これでは、2万人もよく生き残ったものだ、との感想が先に立つのも不人情とは言えまい。 「これじゃ、設計がどうのとか外観がどうのとか言ってる場合じゃないですね。はやいところ城壁だけでもつくって、この人たちの家を建てられる場所をつくらなければ……」 この地から離れたくない人がいるとしても、ひとまず瓦礫をとりのけ、整地するまでの仮の住まいは必要だろう。……そんなことを考えていると、 「おお、きみはトゥルニアのガンダルヴァ神官見習い殿ではありますまいか」 背後から声をかけられた。なにやら甲高い声だ。振り返ると、ナーラダ族の男が立っていた。カラヴィンカの神官衣を着ている。声に不釣り合いな渋いオヤジである。 「もしや、音楽祭に来られていた方ですか?」 訊ねると、男はうむ、と頷いた。 「自分はフヴァル・テーパと申します。妻子と共に音楽祭へ参っておりましたので難を逃れましたが、帰ってみるとこの有り様。何とかしようにも神殿もこれこの通り……」 不幸にも邑宰邸に近かったため、柱は真っ二つに折れ、天井は崩れ、足を踏み入れることもできぬ。 「ご高齢の司祭様もお亡くなりになりました。今我々に残されたのは、あの神像だけなのですが……」 美しい、華奢なカラヴィンカの神像は、瓦礫の欠片をかぶって本来の色を失ってはいたが、こめられた霊力の強さの故だろう、どこも欠けたり傷ついたりはしていないようだ。ただ、危険であるため、近づくこともできない。 「あれは、独立戦争期にカラヴィンカ大神殿に奉納され、独立暦二五〇年に大神殿が新築されるまでの2百数十年間にわたって安置され続けた由緒ある神像なのです。本殿の新築に伴い、時のナルスの大芸術家イニーナ・カレモナ作の神像と取り替えられて以来、ヴェルーダ神殿で大切に奉ってきたのですが……」 「わかりました、必ず取り出してみせましょう」 ヴィーシアがこの話を聞いたら何と言うだろう。……そして、これをバルスに迎えられたら。 「ところで、音楽祭に来ていたということは、バルスのことはご存知ですね?」 話を振ってみる。テーパは頷いた。 「聞きましたよ。バルス復興……自分も何か手伝いたいものだと思っておりましたが、このありさまではお役に立てそうにありません」 「そのことなのですが」 ロアは背筋を伸ばした。 「バルス復興の計画は、着々と進んでおります。現在、新生バルスはジュシーとリーダの中間におく方向なのですが、このヴェルーダの災いの話をお聞きし、よろしければ新生バルスにここの人たちをお迎えできないものかと、そう思って来てみたのです」 「そうでしたか!」 テーパは表情を明るくした。 「そういうことでしたら、自分も出来る限り皆を説得いたしましょう。もうこのヴェルーダはおしまいです。あのえせ邑宰めの自爆によって、地気が大いに乱れました。傷を負っていない人の中にも、体調の悪さを訴える者が出始めています。何よりこの異常な寒さ。きみもあまり長く滞在しない方がいいでしょう。カラヴィンカ神官の生き残りや知り合いなどにも協力を頼んでみます。──自分からもお願いします。どうか、我々を助けて下さい」 ヴェルーダからの脱出者は1万5000人にも及んだ。当然、船は全く足りず、途中でアヴィーナに立ち寄って船を借り、残った人はそれでバルスまで来る、ということになった。 残った人のことはテーパに任せ、ロアは何とか引き出したカラヴィンカの神像と共にアヴィーナまで急いだ。船のこともあるが、いくつかやらねばならないことがある。 船の手配をすませると、ロアはまずナルス文化センターへと向かった。謎の画家「クリムゾン」氏の噂を聞き、彼をバルスに迎えられないものかと考えたのである。 「はい、私がシメタニ=キョウヤですが……えっ、クリムゾン氏ですか? さあ……我々もどこに住んでいるのやら掴めていないのです。人見知りの激しい奴ですからね、彼に何の御用ですか? はあ、バルスの方ですか。バルスに彼を招聘したいと? 成程、分かりました。次に見たときに伝えておきますよ」 次に、「フェルノ店」へと向かう。アヴィーナでも有名な店の一つであるから、すぐにそれは見つかった。 「アルバイト希望の方ですか? 私が店主代行のカルナ・リヴィットですが」 「いえ、違います。私はバルス建邑計画の者なんですが……」 「ああ、そういうことですか」 リヴィットはあっさりと頷いた。 「ご存知なんですか?」 「ええ。音楽祭での出来事は、すでにこのアヴィーナでは知らぬ者はおりませんよ。それで、援助をご希望なのですか?」 「い、いえ……」 あまりに話が早いので、少々戸惑いつつも、 「ええと、ただ、この店は有名な染料屋だということで、バルスに支店を出しませんか? というお誘いに来ただけなんですけど……」 と言うと、リヴィットはそうですか、とまた表情も変えずに頷いた。 「分かりました。いずれにせよ、私の一存では決められません。店主に謀って、折り返しご連絡いたします。どこへ連絡すればよろしいのでしょう」 「現在、建邑計画の本拠はジュシー邑の『銀の竪琴』亭にありますので、そちらにお願いできますか」 「わかりました。ジュシー、ですね」 色々と幸せな空想に浸りながら、ジュシーの主道を歩いていたヴィーシアは、反射的に足を止めた。どうして立ち止まったのだろうと考え、見回してから、ようやく耳を打つ妙なる調べに気づく。 (何だろう──この旋律は) 多弦琴、たぶん十二弦琴だ。今ではほとんど使われないが、一般の弦楽に比べて重厚な表現のできるこの楽器は、ヴィーシアの最も好むものの一つだ。失われつつある古い音が、いま、自分の鼓膜を透過して流れ込んできた。無意識のうちに、身体がそれに反応していたのだ。 通行の邪魔にならぬよう道端に寄ってから、瞳を閉じ、全神経を耳に集中させる。いや、その必要もなかった。大道の喧噪もかき消すほどに、透明な音は、彼女の 澄んだ──かぎりなく澄んだ音。涼亮と澄み通り、耳に快く沁み入る。あるいは高くあるいは低く、ゆるやかに連なる旋律は、林中の清流のごとくなめらかでよどみをみせぬ。かと思うと、とびはねるような、躍動的な音のむれを紡ぎ出してみたり、おそろしく破壊的な音をはじき出してみたりという具合で、ヴィーシアはたまらない昂揚感につつまれた。 (これは……こんな音、聞いたの多分初めてだ) しかも、旋律そのものも私の知らないものだ。270年生きてきて、セルフィアーに伝わる芸術の全てを知っている──とまでは自惚れていないが、そんじょそこらの楽師よりは曲を知っているつもりでいる。その私が全く知らない旋律。 (この奏者は、いったい──?) 続いて演奏されたのは、ヴィーシアならずとも良く知っているであろう俗謡であった。今度は歌もついている。いい声だ。十二弦琴の音色の美しさも変わらない。……が、どうも今度の演奏は聴衆に妥協して仕方なくやっているという感じがしたのは、ヴィーシアの気のせいだったのだろうか。聴衆の受けはよく、大量の銀貨が足許の箱に投げ込まれている。 「ちょっと、いいかな」 聴衆の群れをわけて、ヴィーシアは最前列へと出た。その楽師はちらとヴィーシアの方を見たが、あまり気にとめずに次の曲を弾き始めた。今度はヴィーシアも知っている曲だったが、そんじょそこらの楽師が知っているとは思えない。十二弦琴でなければ弾けない曲なのだから。 (…………) 黒っぽい髪と瞳はナルスの証だ。服は北方風の平服。まだ若い……20を越したかどうかというところだろう。繊細そうな、いかにも芸術家風の顔立ちをしている。なぜこんな腕を持った者が、ガンダルヴァ神殿にも入らずこんなところで流れているのだろう。バルスの噂を聞きつけて来てくれたのだろうか? そうなら嬉しいのだが…… 曲が終わると、その青年は立ち上がった。無言で琴を拭き、ケースの中にしまう。賛嘆の言葉を浴びせる聴衆には目もくれず、銀貨だけを拾って、彼は立ち上がった。 「ちょっと待ってくれ」 ヴィーシアはその背後から声をかけた。青年は振り返った。 「食事でもつきあわないか」 「逆ナンパか? わたしは妖人の女には興味ないね」 青年はつまらなそうに言った。ヴィーシアは首を振った。 「そうじゃない。……話を聞いて欲しいだけなんだ」 「もちろん、食費はおごりなんだろうね?」 ああ、と頷いて、ヴィーシアは一軒の食堂を指さした。 「ちょっと、訊いていいかな」 出された魚をつつきながら、ヴィーシアはそう切り出した。青年は頷いた。 「どうして、大道芸みたいなまねをしてたんだ?」 「路銀がなくなったから。他に何があるというの」 「そうじゃなくてさ。どうして流れてるのかな、と思って。それだけの腕があれば、ガンダルヴァ神殿に入っちゃえば少なくとも司祭級以上の扱いを受けられるはずだ。路銀に困ることもないだろ。あえて流れてるのは──」 「あんたには関係ない」 青年はつまらなそうに言をさえぎった。 「話というのはそれだけ?」 「いんや、これからが本題」 ヴィーシアは言い、粥をかきこんだ。 「バルス、の話は知ってるか?」 「バルス?」 声色がにわかに変わった。 「知っているも何も。トゥルニアでなにやら面白いことがあったって聞いたから、まずそっちへ行こうと思って通りかかったんだが……」 「バルス建邑計画の本拠はここ、ジュシーだよ」 「何? 本当、それは」 「うん、本当。バルスの建邑予定地は、ここの近くなんだ」 ヴィーシアは、内心の喜びを隠しきれない。こんな楽師を、手に入れることができようとは。 「何でそんなことをあんたが……。そうか、そういえば首謀者は妖人の女だと」 「それが、私」 「そうか……」 青年はものを口に運びつつ考え込んだ。 「邑の完成はいつ?」 「まだ分からないけど、完成となると5、6年先になるかな。城壁と主要な建物は、 「それまでタダ飯食い、ってわけにはいかないだろうね。バルスに住みたいと思ってここまで来たけど、考えてみればまだ人の住める状態じゃないわけね」 「建邑計画に協力してくれれば、生活費はこっちで出すよ。各地でバルスの宣伝をするとか……何なら、ガンダルヴァ神殿に話を通してもいいけど……」 青年はそれきり何も話さず、黙々と目の前の食事を片づけていく。ヴィーシアが、これは失敗したかな、と思い始めた頃、 「……考えておく」 ぼそりと言って立ち上がった。そのまま去ろうとするので、 「名前は?」 ヴィーシアはそれだけを訊いた。青年は振り返りもせずに言った。 「イーヴ・セスト」 野盗団を壊滅させたメールディング、メルナ、エルリークの3人は、とりあえずそこらへんを捜索してみた。盗まれた荷物などがあったら持っていってやらなければならない。そう思ったのだが、砦の中には倒した賊どもの衣食住に必要なものと少々の金、それに女首領の宝石類くらいしか見あたらない。 「おかしいわね。……やっぱり、そうなのかしら」 「やっぱり?」 メールディングは聞き返す。エルリークは、というと、自分の斬り倒した死体の群を見て卒倒してしまい、今もまだ青い顔をしている。 「あの組合長、怪しいと思わなかった?」 「そりゃ……思いましたけど」 「だいたい、野盗討伐の売り文句は『大規模な野盗団』を壊滅させてくれ、ってことだったでしょ。20人ぽっちの野盗のどこが大規模なのよ。怪しいわよね」 「……」 「ま、とにかく戻りましょ。コネックに戻って、組合長に問いただしてみなきゃ」 エルリークを促して砦から出る。 「それには及ばん!」 砦を1歩出たとたん、大音声が浴びせられた。 「組合長!」 メルナはさっと剣を抜く。ヴィナフ・ケライエと、それに昨晩倒して転がしておいた5人、その他ケライエの部下らしき人間が数十人、遠巻きにこちらを包囲している。 「やっぱり、あんたのたくらみだった訳ね」 メルナは吐き捨てた。ケライエは身体全体を揺するようにして笑った。 「知っていて罠にかかったのか。頭の悪い女だ」 「……えっと、あの、どういうことですか?」 メールディングが、こういうときにまで丁寧な口調で言う。 「ふっふっふ、教えてやろう」 ケライエは嬉しそうに話し出した。 「そもそも野盗団を組織させたのはこのわたしだ。そんなことをしたら組合の利益も減るだろうって? いやいやそれが違うのだな。このアレシア黒森の中を通れないということになると、セルフィアー南部西側からの荷がすべてコネックを経由して通ることになる。そこで通行料などをつりあげれば、それがすべてこのわたしの懐に入るという寸法なのだ。お前たちがここで死ねば、アレシア黒森野盗団の危険さは南部全域に知れ渡るであろう。アカドゥの援軍が来なかったのも、わたしが裏で根回ししていたからなのだよ。どうだ、納得いったかね?」 「とーっても良く分かったわよ。あんたの頭がとことん悪いってことがね」 メルナは剣を構えつつ言った。 「あんなに派手に宣伝しとけば、馬鹿な戦士たちが続々集まってくるわよ。いつかはばれるに決まってるじゃない。あんたの思ってるほど、世の中甘くないわよ」 「ふっ」 ケライエは鼻で笑った。 「ご忠告痛み入る。しかしそれは今のことではない。お前たちはここで死ぬのだ!」 ケライエの右手がゆっくりと上がっていく。メルナはメールディングに囁きかけた。 「私の左の方にいて。君を護りながら突破するわ」 エルリークはどうしようか、と目を走らせると、思った通り、あの狂ったような表情を浮かべている。そして、低く呟いた。 「ふん、一瞬でも商人など信用したお前が馬鹿だったんだ……」 「奴等を抹殺しろ!」 ケライエの声が響き、右手が振り下ろされた。周囲中から矢が放たれる。メルナはその半ばを斬り払い、残りの半ばはかわし、残りは当たるにまかせて走り出した。メールディングもあわてて後を追う。刀剣槍戟を掲げた敵が殺到してくるのを斬り払いつつ走る。走りつつ、メールディングを庇う。庇いつつ後ろを振り返って……思わず叫んだ。 「ちょっと、エルリーク、君、何やってるの! 逃げなさい!」 その僅かな隙に、斬り込まれる。思わず左腕で庇い、鎧の紐が切れて飛んだ。 「エルリーク! この人数差よ。逃げるのよ! なおも走りつつ叫んだメルナは、信じられないものを見た。 20人以上の敵に、包み込まれるようにして襲いかかられたエルリーク……どう考えても、ずたずたに切り裂かれているべきところだが。 「秘剣……絶影」 声が聞こえたと同時に、その敵どもの部品が、ばらばらになって 後のことは、よく覚えていない。 何とか突破できたようなのだが……力つきて倒れて、そこでメールディングに治療してもらったらしい。気がつくと、アシュラの神殿で、寐の上に寝かされていた。 「メールディング……エルリーク、あんたたちは無事だったみたいね」 メルナが目を覚ますと、メールディングはほっとしたようだった。 「……えーっと、護られて死なれたんじゃ、後味悪いですからねえ。メルナさん、戦い方が無茶すぎますよ。あれじゃ、いつか命を落とします」 「無茶というなら、エルリークの方よ」 見上げると、エルリークはうつむいた。 「……すみません……」 「ま、いいけどね。一体、あの後、どうなったの?」 「どうもなってませんよ」 エルリークが言った。 「ここ、カルナのアシュラ神殿です。一応メールディングさんはディリーパ神殿に報告に行きましたけど、どうなることか……」 「で、君らはこれからどうするつもり?」 「メルナさんは?」 エルリークは聞き返す。 「そうね……体調が戻るまで、ここにご厄介になると思うわ。その後はおいおい考えるけど」 「……えーっと、私は、ちょっと出かけるところがあるので」 メールディングは言葉を濁した。エルリークも首を振る。 「僕は、特にあてはないんですけど、やっぱり旅に出ようと思います」 「じゃ、ここでお別れってことね」 メルナは笑った。 「耳鹿の皮が手に入らなかったのは残念だけど、ほら、ここに女首領からぶんどった宝石があるわ。3人で分けましょ。けっこうな額になりそうよ」 「……メルナさん、結構抜け目ないんですね……」 「あら、今頃気づいたの?」 意識を取り戻したばかりとは思えぬ元気さに、2人は思わず顔を見合わせて笑った。ほんの短い間の仲間であったが、きっと一生、忘れることはないだろう。 その後、メールディングは、カルナ〜フェガル〜トゥルニアというように海岸沿いに放浪し、トゥルニアからフェトへ行こうとして、その途中に昔、フェリアという邑があったのを思い出した。 彼はスィスニアで10歳頃から精霊術法を学び、つい数年前に修行を終えてアカドゥに帰ったのだが、その時、一緒に修行を終えた者に、ユーという娘がいた。フェリア出身のトゥー族で、ちょうど修行を終えた頃、今のメルナと同じくらいの歳だったような気がする。ジュシーまで共に旅し、その後それぞれの故郷へと帰ったが、そのわずか数日後、フェリアを大津波が襲ったのだ。 城壁のなかったフェリアは、あっと言う間に壊滅した。家の一軒たりと残らなかった。当然、ユーの遺体も海にさらわれたままだ。それでも、墓は建てられた。その時邑にいたと思われる者で、他邑に親しかった者がいれば、形だけの葬礼はおこなわれた。 そのユーの墓に、何年かぶりに花を活けてやる。 (ユー、私はまだ無力だ。お前と同い年くらいの女に、逆に護られているくらいに……) だから、私は強くなりたい。 せめて、もう一種類、精霊を呼び出せるようになれれば…… |
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