会誌-「サークル水月会誌 第4回」
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■ Revolusion 【作者:但馬 晴/協力:ほなサイババ】 ウィルド邑にある、ひとつの建物。そのなかのとある密室で、秘密の会談が行われていた。出席者は、五種の民の男女五人。円卓に座り、ふたりの男女が激しく議論を戦わせていた。残った3人は、黙ってその経過を見守っていた。 「わたしを反逆者にするつもりですか!」 ツァン族の女から、耳をつんざくような大音声が発せられた。それを聞いて、ナーラダ族の男はやれやれとため息をつく。 「あなたはご自分の気持ちが損なわなければ、邑民が重税に苦しもうと、兵馬の脅威に脅えようと、一向にかまわないとおっしゃるのですか」 「それは・・・・」 「何度も申し上げましたが、この企ては、我らが玉帯を帯びるためではありません。すべては塗炭の苦しみにあえぐ邑民を救うためです。そのために邑宰を除く。それしか手段はないのです」 しばらくの間、部屋のなかを静寂が支配した。 「・・・・もう少し、考えさせて下さい」 ツァン族の女はようやくそれだけを言うと、返答を待たずに部屋を出て行った。 「困ったものだ。この危急の時にまで、礼儀を重んじるとは・・・・」 ナーラダ族の男は、大きなため息をついた。 「クロトワ、こうなったらかまうこたぁねえ! おれたちだけで蜂起しようぜ!」 メール族の男がまくしたてる。 「フォードさん。ちゃんとした旗頭がいなければ、私たちの義挙もただの反乱に過ぎません。それでは軍隊の支持はおろか、邑民の支持を得ることもできないでしょう」 トゥー族の女がやんわりと諭す。 「なんだとっ!? 正しいことをするのに何の遠慮がいるってんだ!」 フォードと呼ばれたメール族の男がわめき散らす。 「正しいことばかりがまかり通るなら、この世に戦なんぞ存在しないさ」 シャル族の男が嘲笑した。 「・・・・とにかく」 クロトワと呼ばれたナーラダ族の男が、静かに口を開いた。 「決断を下すのは我々の役目ではない。我々の役目は、決断された事を迅速かつ確実に遂行することだ。 とは言え、決断が下されないのではどうにもならん。わたしが説得してこよう。その間、各自は最終確認を頼む。念には念を、と言うからな」 クロトワはそう言い残し、部屋を後にした。 「まったく、クロトワの奴はほんっとに心配性だな」 見送りながら、フォードは大口を開けて笑った。 「・・・・どこかの単純王よりマシだ」 ぼそり、とシャル族の男が呟いた。ケンカをされてはたまらないと、トゥー族の女がすかさず口を挟む。 「参謀役は、疑り深くないと務まらないんですよ」 「そんなもんかねぇ・・・・」 そのおかげで皮肉は聞こえなかったらしく、フォードは喜々として自分の仕事の成果を話した。 「歩兵二千五百に騎兵五百、猟兵一千に砲兵三百。出撃の準備は万端整ってるぜ。あと必要なのは、出撃命令ひとつだけだ! で、マクセンのほうはどうなんでえ?」 シャル族の男へと話を向ける。 「うむ。レディアで兵の動員が行われているが、それはおそらく、ホーズへ兵を進める準備だろうな。どちらにしろ、いますぐ脅威となることはない。周囲の邑も落ち着いたものだ。蜂起するならいましかないな。 ところで、リュカのほうはどんな案配だ?」 マクセンと呼ばれたシャル族の男は、トゥー族の女へ話を向ける。 「えっと、かなり有望な人材が集まってきていますよ。特に、行騎兵長のイーヂェンフーさん。騎兵を率いたら、セルフィアーでも1、2を争うほどの才能の持ち主です」 「イーヂェンフーって、あの隻眼の奴か。ありゃあ確かに有能だな」 うんうんとフォードがうなずく。それを見て、マクセンがまた何かを言いかけたが、リュカと呼ばれたトゥー族の女が目配せしてやめさせた。 「あーあ、はやく出撃命令が下されねえかなあ」 そう言って、フォードは熊に匹敵するほどの大あくびをした。 「やはりここにおいででしたか、ムーティエ様」 クロトワがやってきたのは、邑宰の姪が所有する猟地。所有者の一族以外、立ち入りは禁止されているが、そんなことを守っている場合ではなかった。幸いにも熊や虎に遭遇することもなく、探している人物のところへたどり着くことができた。 ムーティエと呼ばれたツァン族の女は弓を構え、弦を引き絞った。クロトワのことは完全に無視している。 「邑民が重税に苦しんでいるというのに、それをしり目に狩りを行う。けっこうなことですね」 「・・・・・・・・」 「ま、しょせんあなたも、あの邑宰の姪。やることは同じというわけですか。そして、下々の苦労など知ろうともしない」 「・・・・・・・・」 「盗みや殺人などの犯罪が増加しても、取り締まる者だけの責任にする。すべては上に立つ者の責任だと、気が付かない。いや、気が付こうともしない」 ムーティエの顔色が病的にまでに蒼白くなる。弦を引き絞る手が震え、いまにも誤って離してしまいそうだった。怒っているとすれば、クロトワの首と胴が別々になる危険性があった。 (このくらいで怒るなら、仕える価値はなかったということだ。そして、自分の目利きが間違っていたということだ。どうせ殺されるなら、言いたいことは全部言っておく。そのほうがマシだ) そう思うとクロトワの舌はなめらかに動き、次々と皮肉の言葉を生み出していくのだ。それが延々と20分以上続いた。 「そうかも、しれません・・・・」 力なく呟くと、ムーティエは弓矢を降ろした。 「わたしは生まれながらにして、裕福な生活を約束されていました。それゆえ、苦労をしたことがありません。その日の糧に困ったこともない。そんなわたしが困窮に苦しむ邑民を救うなどと、矛盾しているのではないでしょうか?」 「・・・・さきほどまでの無礼な言動、お許し下さい」 まずは謝罪してから、クロトワは説き始めた。 「そのようなことはございません。上に立つ者の使命は、邑民と困窮を分かち合うことではなく、困窮をなくすことなのです。それが出来るのは、ムーティエ様をおいて他にはおりません」 「・・・・でも、そのために叔父へ弓を引かなければなりません。そのようなことをすれば、申し訳がたたなくなります」 「ご安心ください。『叔父を討って邑宰となったのは、邑宰という地位や権力への野心からではなく、塗炭の苦しみにあえぐ邑民を救わんがためであった。』史吏長に命じて、史書にそう記録させましょう」 雄弁に語られるクロトワの考えに、ムーティエは遂に承知の言葉を言った。 「・・・・わかりました。わたしが立ちあがることで邑民を救えるのならば、神鷹ツァーラ様もお許し下さるでしょう」 それから三日後。独立暦四百年、空の月アシュラの日。ウィルド邑でクーデターが発生した。 邑宰軍の兵力、四千七百。反邑宰軍の兵力、四千三百。ほぼ互角の戦力を持つ両軍は、闇の月の刻、人の刻にウィルド近くのアウステル平原で対峙した。雲ひとつない快晴のため、平原一帯がすっかり見渡せる。 反邑宰派兵の布陣は次の通り。 先鋒に、ランス=フォード率いる歩兵一千。 その後方に本陣として、旗頭ウィルド=ムーティエ直率の近衛兵五百。そして、アルデュー=メラス率いる猟兵一千。総勢一千五百。 右翼がウィルド=マウリッツ率いる歩兵一千。 左翼としてイーヂェンフー率いる騎兵五百と、ガストン=カルドナ率いる砲兵三百。総勢八百。 「まったく、邑のなかで挙兵すればいいものを、わざわざ野戦に持ち込むとはな。これだから理想主義者は困る」 布陣された兵たちを眺めながら、本陣で控えるマクセンが文句を言った。彼は行外吏長なので、兵を指揮する立場になかった。ちなみに、行とは臨時という意味である。 「マクセンさん、ムーティエ様に聞こえますよ」 同じく兵を指揮する立場にない、行人吏長リュカが慌ててたしなめた。間近には、ムーティエやクロトワも控えている。耳に入ったら問題になりかねない。 「なに、ただの独り言だ。気にするな」 マクセンは笑って取り合わない。 「・・・・とにかく、邑のなかで挙兵したら、邑民にも被害が出てしまいます。あくまで邑民を救うことが目的なんですから、しかたありませんよ」 「そのために失敗したら、なんとする?」 「・・・・・・・・」 マクセンの鋭い問いに、リュカは返答に詰まった。 「万が一この戦で敗北したら、いままでおれたちが尽力してきたことが無に帰すのだぞ」 「フォードさんがいます。マウリッツさんや、メラスさん、カルドナさんもいます。それにイーヂェンフーさんもいますから、だいじょうぶ、勝てますよ」 「・・・・たとえ勝ったとしても、ここで兵力を消耗してしまったら、周囲の邑に付け込む隙を与えかねん。それに、ウォウル、キーサ、イリス、そしてレディア。こいつらがいつ何どき戦を持ち込んでくるか、わからんのだからな」 楽天的なリュカの言葉に、マクセンは不機嫌そうに答えた。 「色々考えているんですね・・・・」 呆れたようにリュカが呟いた。 「当り前だ。明日のことしか考えられない者に、組織の上位にいる資格はない。おれやクロトワなら、五年先は考慮しておかなければならない。邑宰なら、十年先まで考えてもらわねば困る」 「そんなものですか・・・・」 「そんなものだ」 力強く、マクセンは答えた。 「まあ、それが出来なかったから、おれは出世できなかったのだろうな」 「え?」 突然の言葉だった。 「おれは昔、キーサ王国に仕えていた。なにがなんでも出世してやろうと必死に頑張った。が、命を的に頑張ってみても、ただの邑兵から出世できなかった。 そのときは『上司の連中に、おれを見る目が無いからだ。リーナ=トゥラの馬鹿野郎! ヌーグ=シャルのくそったれ!』なんて、言ったものだ」 「はあ・・・・」 語られるマクセンの過去を聞いて、リュカは目を丸くした。リーナ=トゥラといえば、キーサ王国の軍司、ヌーグ=シャルに至っては、キーサ王国の最高権力者である。その偉い人たちを平然と呼び捨てにして、罵ってしまうその神経。呆れを通り越して、もはや感心するしかない。 「で、やっていられるか! と辞めたはいいが、どこへ行っても結果は同じ。そんなとき、商人をやってる奴に出会った。正直なところ、商人なんてただ物を仕入れて、欲しい奴に売ればいい。そう思っていたが、実際は違った。 明日のことしか考えない奴は、いつまでたってもただの商人だが、五年や十年先まで考える奴は、ひとつの邑を支配するまでの商人になれるということを、教えられた」 「・・・・ライル社の社長のことですね」 そのくらいのことは、リュカも知っている。一介の商人から、武器開発会社を創設。そして、ひとつの邑を支配するまでに至ったライル社の社長。いや、もう亡くなっているから、前社長か。 「ああ。セルフィアーに争乱の時代がやってくることを、あの社長は予見していたのだ・・・・」 「やたらと褒めますね、マクセンさん」 リュカが珍しく皮肉を言った。感傷的なマクセンを見て、からかいたくなったのだ。いつもはどんなに優秀な人物だろうと、褒めることはせず、必ず皮肉のひとつやふたつ、平気で言ってのけるというのに。 「・・・・まあな。生きている奴を褒めたなら、そいつが優秀であることを認めてしまうことになる。が、死んだ奴を褒めても、どうせ比較することはできないから、認めたことにはならない」 そう言って、マクセンが大きく背伸びをしたとき。 遙か彼方から、喚声が風に乗って聞こえてきた。鯨波の声だ。 「どうやら開戦のようだな」 既に矢合わせが始まり、快晴の空を無数の矢が飛び交っている。 「どうします?」 「おれの役目は外交と諜報だ。剣を振るって敵と戦うのは、仕事じゃない。だから、終わるまで待つことにする」 あっさりと言ってのけ、マクセンはその場にしゃがみ込んだ。 「・・・・わたしの役目は戸籍と人事でしたね」 リュカは確認するように言い、マクセンの横に座った。 「そうだ。おれたちの役目は果たした。あとは、行兵吏長ランス=フォードの役目だ」 にやり、とマクセンが笑った。 頭上に両軍の矢が飛び交うなか、反邑宰軍先鋒ランス=フォード率いる歩兵一千が前進を開始した。もちろん、歩兵といってもある程度の将校は騎乗している。 「いいかっ! おれたちの働きにすべてがかかっているんだ! 邑民を苦しめる悪逆な邑宰を倒し、邑民を救えっ!」 フォードが檄を飛ばした。兵力のほとんどは邑兵である。士気を高揚させるためには、彼らの愛邑心をくすぐるのがもっとも有効だということを承知していた。 歩兵たちはどよめきの声を上げながら、邑宰軍へと殺到していった。彼らも、異種族の指揮官に何の抵抗もなく従う。あっさりとしているツァン族の気質のせいもあるだろうが、なにより親分肌の指揮官を気に入ってしまったのだ。 「突撃ーっ!」 巨大な蛮刀を振り上げ、フォードが率先して邑宰軍へ突っ込んでいった。 邑宰軍では、まだ部隊編成などということは行われておらず、歩兵や騎兵、猟兵や砲兵が混同した軍隊になっている。 フォードが最初に刃を交えたのは、ひとりの騎兵。指揮官や将校というわけではなく、ただの邑兵のようだ。 「喰らえっ!」 フォードは敵騎兵の頭上めがけて蛮刀を振り下ろした。 刀は敵騎兵の受け太刀で防がれたが、その重量とフォードの腕力により、そのまま強引に押し切った。 紅い霧を噴き上げ、敵騎兵は馬上から転げ落ちた。 「次だ、次っ!」 新たな獲物を求めて、フォードは馬を駆った。そうしながらも、戦況を確認することは忘れない。自軍歩兵の槍に貫かれ、敵騎兵が何人も落馬する光景が目に飛び込んできた。 (いまんところ、優勢だな。だが、数が違いすぎる。敵は全軍で戦っているが、こっちは先鋒だけだからな。息切れし、後退するのもすぐだ。ま、それが狙いよ) フォードの命令通り、右翼の歩兵一千も左翼の騎兵五百も、最初の布陣位置からまったく動いていなかった。 (本陣ではどうしてんだって、さぞ慌ててんだろうな) そんなことを考え、戦いのさなかにありながら、フォードは大口をあけて笑った。 「何故、右翼と左翼は動かないのですか?」 本陣で戦いを見守っているムーティエが、疑問の言葉を口にした。 尋ねられても、クロトワには答えられない。戦うことは、行兵吏長ランス=フォードの役目である。第一、クロトワは戦略に長けていても、戦術のことは専門外なのだ。 「・・・・何か、考えあってのことでしょう」 そう答えるのがやっとだった。 ・・・・ふたりから離れたところにいるマクセンとリュカも、同じような会話をしていた。 「なんだかまずくありませんか?」 「そうだろうな」 「じゃあ・・・・」 「と、言っても、おれたちにすることはない。強いて言うなら、逃げ支度をするくらいだ」 マクセンはのんきにあくびをした。 無慈悲な刃が、背後を見せる敵歩兵に襲いかかる。 一瞬後、断末魔の悲鳴が上がった。 「これで十五人目だっ!」 フォードはかなり興奮していた。それでいて、戦況を見渡す冷静さは失われていない。 (そろそろ後退するべきだな) まだ優勢を保っているが、歩兵たちの動きはかなり鈍くなっている。これ以上戦っては、退却するだけの体力も無くなってしまう。 「引き上げるぞ!」 平原一帯に響き渡るほどの大声で叫んだ。同時に引き鉦の金属音が鳴り響いた。フォードと三百の歩兵が殿軍となって、残りの歩兵たちは整然と退却を開始した。 「敵は引き上げるぞ! 突撃だ、突撃しろ!」 邑宰軍の兵吏長が絶叫した。 言われるまでもなく、邑宰軍は退却する反邑宰軍の先鋒に襲いかかった。 が、しかし。 歩兵や騎兵、猟兵や砲兵がごちゃ混ぜになっている邑宰軍は統制に欠け、また迅速な行動は不可能だった。 それでもなんとか、落伍した反邑宰軍の先鋒を次々と餌食にしていく。 「勝った、勝ったぞ!」 邑宰ウィルド=ジュノーが叫んだ。それに邑兵たちの歓声が唱和した。 ここに至り、左右から邑宰軍を挟撃するべく右翼の歩兵一千と、左翼の騎兵五百が行動を開始した。 反邑宰軍の先鋒を討つことのみに夢中となっていた邑宰軍は、二方向から攻撃を受けることになる。 真っ先に攻撃を加えたのが、迅速な行動が可能な左翼の騎兵だった。疾風と化した騎兵五百が邑宰軍の左側面を突き破り、そのままの勢いで奔流のまん中に存在する本陣へと突っ込んだ。 「われこそは、行騎兵長イーヂェンフー! 死にたい奴はかかってこい!」 騎兵を率いる隻眼の男、イーヂェンフーが堂々と名乗りを上げた。 「笑止! 貴様の残った左目も潰してくれる!」 名乗りに応じ、邑宰軍の兵吏長が槍をしごいて向かってきた。 「その減らず口、すぐ叩けなくしてやろう!」 長剣を振りかぶり、イーヂェンフーは馬を駆った。一合、二合・・・・馬を駆り、行き違うたびに火花を散らして斬り結ぶが、勝負はなかなか決しない。 「ちいっ!」 イーヂェンフーは馬首を翻すと、馬ごと体当たりするという捨身の攻撃を試みた。 「うおおっ!」 人馬もろとも両者は激突し、そのまま馬から放り出された。素早くイーヂェンフーは長剣を投げ捨て、敵兵吏長へ馬乗りになる。腰に帯びた懐剣を引き抜き、首へと突き立てた。 「討ち取ったり!」 大量の帰り血を浴びながら、イーヂェンフーは大声で告げた。 騎兵の突撃より遅れることしばし、ウィルド=マウリッツ率いる歩兵一千が邑宰軍の右側面へ攻撃を開始した。 「潮時だ」 本陣まで戻っていたフォードが進言した。 「敵が混乱しているいまこそ、温存していた本陣を投入すべきだ」 押しているとはいえ、戦力的にはまだまだ不利だ。だが、無傷の兵一千五百をいま投入すれば、勝敗を決することができる。 クロトワはなにも言わず、事態を見守っていた。 「わかりました」 ムーティエが静かに決断する。抜き払った長剣を振り上げると、高らかに出撃命令を発した。 「進め、勇敢なる兵士たちよ! いまこそ敵を打ち破り、勝利を我らの手に!」 やたらと芝居がかった台詞だったが、兵士たちは熱狂的な叫び声を上げ、前進を開始した。 戦いは風の刻まで続き、反邑宰軍の勝利に終わった。両軍合わせて死傷者は約一千二百名。 邑宰ウィルド=ジュノーは捕らえられ、新たにウィルド=ムーティエが邑宰に即位し、ウィルドへ入邑した。 邑宰、いや先邑宰ウィルド=ジュノーが引き据えられているのを見て、ムーティエは視線を落としたまま、一言も喋ろうとはしなかった。 それに代わり、クロトワがジュノーの犯した罪状の数々を述べていく。 「・・・・以上の罪状をもって、先邑宰ウィルド=ジュノーに死刑を求刑する」 そう告げられると、ジュノーはあからさまに侮蔑の笑みを浮かべた。 「もっともらしい理屈をこねるな、若造が。口でどれほどきれいごとを並べ立てようと、所詮この姪は邑宰という地位に目がくらんだのだ。それならそうとはっきり言え!」 「無礼者!」 クロトワがジュノーを殴りつける。 「先邑宰であればこそ、縄目の屈辱を与えなかったのだ。それにつけあがり、邑宰を侮辱するとは……。即刻、この男の首を刎ねろ!」 左右に控えていた兵士に、クロトワが命じた。その言葉に、ムーティエは弾かれたように顔を上げた。 「待ってください!」 ・・・・やっぱりきた。クロトワは露骨にため息をついた。 「残念ですが、邑宰のお言葉を聞くことはできません。先邑宰を生かしておいては、後々の禍根になります。そして、犯した罪は死をもって償わなければなりません。さもなければ、我らの理想は達せられないのです。それでは邑民の支持を得ることはできないでしょう」 「でも、でも・・・・!」 ムーティエは完全に泣いていた。 「邑宰。『邑宰は、泣いて叔父の助命を嘆願せり。その人徳、その慈愛、もってその一端を知るべし』。史吏長に命じて、史書にそう記録させましょう」 クロトワはあっさりそう言うと、先邑宰を連れていかせた。無論、処刑するためである。 「やれやれ・・・・」 クロトワがようやく自分の時間を持てたのは、アシュラの日から十日後だった。それまでは、新たに任命された邑宰丞として、膨大な仕事に追われていたのだ。 「ようやく第一段階成功か。このぶんでは、竜の子たる甥に追いつくのはいつになることか・・・・。いや、わたしは竜たりえる器ではない。ならばせめて、竜を空高く舞い上がらせるほどの巨大な翼になってみせる・・・・」 クロトワの甥の名は、ナーラダ=ヴィレク。ウォウル王であり、セルフィアー全土に争乱の火種をまき散らした張本人であった。 |
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