会誌-「サークル水月会誌 第3回」
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■ リアクション3−2 (独立暦400年空の月) 「天下を取ってやる!」 スィラーナが叫んだとき、彼女の傍らにはティドゥア1人しかいなかった。しかしそこが無人の野であったかというとそうでもなくて、ツィーゼ・ウォルカーズという男などは、その叫びを丘の上で聞き、それが誰の言であるのか聞き分けていた。そしてスィラーナが邑宰位を継ぎレディア王を称したとき、おそらく彼女らが謀略をめぐらせたであろう事を察知し、そっと二人に近付いて囁いたものである。 「天下を取る……素晴らしい響きでございます。しかし、いまのままでは、夢であって、現実の目標になり得ていません。それは、具体案のないのが理由です。天下を取るためにいったい何をすればいいのか、私はこのレディアの中で一番よく知ってる人間です。なにせ一番歳をとってますし。」 「……どういう意味だ?」 ティドゥアは声を低めて問うたが、ウォルカーズは、 「……だれか来たようです。では私はこれで失礼します。このお話の続きをお聞きになるかどうかはあなた様しだいですよ と言ったきり立ち去ってしまった。 さてティドゥアは雑事にかまけてそのことをすっかり忘れていた。スィラーナにいたっては無論最初から記憶にない。ふと思い出したときにはすでに半年が経過していた。 「あの男はどうしただろう」 スィラーナに言うと、 「誰のことだ?」 けろりと言う。 「姉ちゃんは覚えてないのか? あの、妙に白っぽい男だよ」 「白っぽい? トゥーか?」 「いや、たぶんツァンだと思うけど……即位の日、慶賀の人にまぎれてよくわからんことをぼそぼそ言って消えてった奴がいたろ?」 「覚えてない」 「……だろうな」 ティドゥアは独力でレディアの町中を探し回った。目立つ男だから、すぐに見つかった。 その男は、外貌は20代後半くらいに見えたが、 「150年は生きている」 と言う。話を聞くと、ウォルカーズは昔は使鬼であり、術を修めるのに懸命で、あるとき自分の肉体の衰えを嘆いてナーイアドを融合させたままにしていたところ、己の属性も変化して髪は黒みがかり、肌の色は白くなってしまった、また老化はとまったが、他の精霊を使役できなくなってしまった、そのために学者の道へと転向し、政治について学ぶうちにこの歳になった、という。 「訊きたいのは貴公の境遇ではない。半年前の話の続きだ。天下を取るためには、いったいどうしたらいいか、その具体案を教えると言わなかったか?」 「その通りです」 言うと、ウォルカーズはおもむろに紙と筆を取りだし、図を書きつつ説明し始めた。 最初に述べたことは政治システムの簡略化のことだった。 「400年の年月を経て政治システムは形式化しています。より王に権力が集中するよう、改正した方がよろしい」 と言う。城吏、兵吏、外吏、司書、回吏の大きく五部署に統合させ、各部署には長の判断によりいくつでも部署を設けることが出来るようにせよ、というのがその概要である。 次に言うのは軍のことだった。機動力を重視した軍隊を理想とし、また10人単位で隊長をおくことにして間者を警戒せよ、また邑兵のほか募兵、衛兵、間兵、伝兵というような隊に分け、募兵は特殊工作の護衛や遊撃任務、衛兵は総帥の命令を直接受けてそれに従う、間兵は必要に応じて王が貸し与え、伝兵は縦割りはどうしても命令伝達が弱くなるのでそれを補うためのもの、というようにいちいち具体的に挙げていく。ティドゥアには一度ではとても覚えきれぬ。 「貴公の思慮の深いことはよくわかった」 閉口して手でおしとどめる。 「兵吏長に任ずる。自分でやってみてくれ。幸い今年は割と豊作だ。寒くなってきたが、何とかなるだろう」 リーフ・ディールは、ようやくタイテ邑の近くまで来ていた。 レディアのたった5 決まっている。道が悪かったのだ。 森の中の道、いやあれは道などとよべるものではない。草はあまり生えておらず、枯れて腐った葉がつもって歩きづらいの何の、これなら遠回りして別の道を探した方がよかったかもしれない。 (でも、筒を奪われなくて良かった) レディアのアシュラ神殿で預かった筒は、懐の中に収めてある。今、手に持っているのはレディアで買ったダミーだ。だが結局奪いに来る者もなく、タイテ邑まで来ることができた。 (一体、これは何なんだろう) 服の上から筒をおさえる。レディアのアシュラ神官に預かった筒。 まあ良いか、大事なかったわけだし。そう思ったとき、後方から声がかかった。 「やあ坊主、アシュラの神官かい?」 振り返ると、長身の若い男が立っていた。とっさに懐を押さえそうになったが、別に他意はないようだ。 「……と、女か。見間違った。すまんな、嬢ちゃん」 「いえ、男に見られてくれた方がいいんで……」 「一人旅か。昨今は物騒なのに、肝が据わった嬢ちゃんだ」 にこりと笑う、その表情がいかにも人の良さそうな好青年だった。戦士らしく、丈夫そうな革の鎧をまとい、その上から 「目的地はタイテか? 親戚でもいるのか」 北の門に向かって歩き出しながら問う。 「いえ……ちょっとアシュラ神殿に用事があって」 筒をしっかり握りしめて答えると、 「そうか」 男は頷いた。タイテには城壁と言えるような立派な垣はないが、柵のような囲みは一応あって、馬の侵入くらいなら防げそうである。その四方に門があり、北門はレディアへと続いているわけだ。その北門をくぐるとき、衛兵が金をとっていた。通行料ということだろうか。 「私、お金持ってないんですけど……」 ためらいがちに言うと、男は肩をたたいた。 「俺と一緒にくればいい。そうすれば金はとられない」 「どういうことですか?」 「アシュラ神殿に行くのだろう?」 男は笑った。 「俺がタイテのアシュラ司祭だ。ついでにタイテの邑兵長もやってる。つまり、顔パスってやつさ。……さあ、行くか」 一旦神殿内の自室に引き上げ、司祭衣に着替えて出てくると、まるで別人のように落ちついた印象を与える。しかしディールに笑ってみせたその表情は変わらずさわやかで、彼女は少しほっとした。 「で、俺に用とは何だ?」 椅子に腰かけ、手を組んでアシュラの神語で問いかける。ディールはこれまでの事情を説明した。レディアの街で路銀が尽きたので、アシュラ神殿に行ったら筒を渡すようたのまれた、と。 「なるほど、レディアの神殿でねえ……」 組んだ手の上にあごを乗せて考え込む。がさほど時間もたたぬ内に、またディールの方に向きなおった。 「で、その筒っていうのはこれか?」 「いえ」 ディールは手に持っていた方を放り投げると、荷の中から同じ様な筒を引っぱり出した。司祭はその筒を受け取ると、中から書簡を取り出した。さっと目を通すと、得心したように頷く。 「嬢ちゃんは、変な奴らに襲われたりしなかったのか」 「え? いいえ、何も」 「そうか、嬢ちゃんは運がいいんだな。……実はこの辺に、ここ2、3日賊が出没しててな、さっきもそれを見回りに出てたんだ。ただの野盗かと思っていたが、こんな事情があったとはな」 「こんなって、どんな?」 ディールは訊くべきではないのではないかとも思いつつ言ってみる。司祭が口を開きかけたとき、いきなり扉が破られた。 「賊か?」 司祭は飛び退き、ディールを庇うように立つ。1、2、……5人。 「これを持ってろ」 自分の身ぐらい守れるのに、と言う暇もない。司祭はディールに筒と書簡を押しつけると、壁ぞいに走る。壁にかかっていた宝剣を走りざまに抜くと、一振りで4人を薙ぎ倒し、残りの一人を蹴倒して喉首に剣先をつきつける。 「誰のさしがねだ? 言ってみろ、賊」 「賊呼ばわりは……うっ」 よせ、と言おうとしたところで剣先を皮一枚ほどすべらせた。 「死にたくなかったら言え。さあ、誰だ。誰に命ぜられた。このアシュラ司祭であり邑兵長であるノクール・クティス様に逆らうたぁ、よっぽど命が要らないようだな。ひと思いに死神に引き渡してやろうか?」 楽しそうだなあ、とディールは感心して眺めている。先刻までは非の打ち所のない好青年という印象だったのに、今は目を輝かせて脅迫している。賊の方はむろん、観察している余裕などなかった。 「わ、わかった、言う。……ホーズの間者からだ。成功したら、金をはずむと言われた……」 「何に成功したらだ」 「書簡の、受け渡しの妨害に……」 「そうか、ありがとうよ」 剣の柄で後頭部を殴って気絶させる。そしてディールに向きなおった。 「ってことだそうだ。つまり、狙われてたのは俺より嬢ちゃんの方だ」 「でも、私、ここまで一度も襲われませんでしたよ?」 「運が良かったんだな。予定より遅れただろう」 「ええ、道が悪くて」 「それだ。嬢ちゃんが予定より遅れたから、奴らも書簡を見失ったって訳か」 「でも、それほどの価値のあるてがみって……」 「見るか?」 司祭はディールの手の竹簡を指さした。ディールは目をこらして読む。 空の月、炎燃えつくすの日、たとい晴ならば会猟すべし 場所は平原の南、[人風空天火人]の地にて なお弓矢の類はこちらで用意 獲物は追って指示す [風火火風]の地に住む者 「何ですか? まるで暗号じゃないですか」 「暗号というには洗練が足りないがね。まあ意味が分かればいいだろう」 「どういう意味ですか?」 「空の月アグニの日、条件が良ければ戦争を仕掛ける。場所はレディア平原南方の、ホーズの地にて……[]の中に七要素の紋が並んでいるだろう、これは天の神語を利用した暗号だ。なお武器はこちらで用意する、戦の実際の目標などはあとから知らせる。レディアのティドゥア、と、こういう意味だ」 「では、戦争が起こるんですね?」 ディールは目を輝かせた。 「知りませんでした。そんなに話が進んでいたなんて」 「一般の人達は知らないよ。兵達だって知らされてはいない。公式な発表はないが、実はレディアとホーズはそれぞれ周辺の邑と同盟を結んでいるんだ。わがタイテならレディアに加担する、というように」 「勝算はあるんですか? 戦力比は」 訊ねるディールに、司祭は笑った。 「それは機密だから、そこまでは教えられないよ。俺だって正確に知っているわけじゃない。まあ、始まってみれば分かることだ」 そう言ってから、司祭はにわかに気づいたように言った。 「そう言や、嬢ちゃんはこれからどうするんだ。ここまで来るのが目的だったわけだろう。行くあてはあるのか?」 「そうですね、ありません」 ディールは飛び出してきた家のことをちらりと頭に思い浮かべた。……よそう。いつか自分が有名になって、母さんを見返してやれるまで、家には帰らない。 「よければ、私も戦に参加させてください」 「嬢ちゃんが? よしなさい。嬢ちゃんはまだ……」 司祭が言いかけたとき、ディールは突然掌から火の玉を放った。驚いて振り返ると、開け放したままの扉から、ちょうど賊が逃げようとしているところだった。火の玉は背中の真ん中に命中し、賊はうめき声を上げて倒れた。司祭はその傷を検分した。術はよく制御されていたようで、ショックの割にはダメージは小さいようだ。 「……俺が悪かった。嬢ちゃんをみくびっていたようだな。たいした術師だ」 「その嬢ちゃんって言うの、やめてください。私にはリーフ・ディールっていう名前がありますから」 ディールが少し口をとがらせると、司祭も笑った。 「俺の名も言ってなかったな。俺は、ノクール・クティス。よろしく、ディール」 「よろしくお願いします、クティス司祭」 二人は固い握手を交わした。 |
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