会誌-「サークル水月会誌 第3回」

■ DUNE  【作者:高砂キカ】



   サキノハカという黒い花といっしょに
   変革がやがてやってくる

 曇天が空気を地上に閉じ込めている。天光は数刻前から薄鈍色の幕に隠され、潤んだ空気が地上を巡っていた。
 白砂の砂丘の峰を、馬一頭と商人一人、衛り手一人の最小限の商隊が渡っていく。大の男五人分の血肉を持つ馬は小石交じりの砂を殆ど気にかけず、一定の調子で歩を進めていた。
 女商人は僅かに朱を差した瞼を開いた。細い狐眼と華奢な躯の持ち主だ。撫で肩がおっとりと優しい曲線を描いている。彼女は馬の尻に後ろ向きに座り、先程から煙管をふかしている。立ちのぼる煙りが細糸を二三本寄り合わせたかたちで天に吸い込まれていた。
「変ちくりんな歌やねぇ。」
 商人がふと声を上げた。轡を引く衛り手の男の足が止まる。
「何が。」
 細長い煙管が西の方角を指し示した。
 峰の下、緩やかな砂の丘の一つ向こうに組まれた円陣があった。暗い景色の中に膝を落とす影が8ツ、唄と共に存在している。その影は幼かった。流れる唄声も、変声期前の軋りを孕んだ響きだった。
 ディヤウスの御姿が隠された午後に、あらゆる影は空気に溶け込んでいた。しかし砂上の上の幼い群れは唄い跪く影に見えた―――子供達は皆、黒い衣を隙間なくまとっていたからだ。黒く染められた布を頭から被る子もいれば、首だけ出す子もいる。
「部族伝承歌だといってもねぇ、子供の教育には相応しくないんじゃない?」
 女商人の声はおっとりと柔らかに響く。衛り手の男は横目でちらりと伺うと、輪唱する群れの方へ目を向けた。いくばくかの間の後、衛り手は素っ気ない口調で語り出した。
「サイダバードの古い唄さ。セルフィアーに移る前の大砂漠の時代より伝わってた。・・ガキ共には真っ先に教え込ませなけりゃいけない唄だ。ラミニースの子だった時代を忘れ去らない為にな。」
「そうなの。」
 子供達は浅黒い肌と黒い髪の持ち主だった。曾ての異国の民サイダバード。黒髪は熱した刃が全身に幾つも振り下ろされるような砂漠の空気でさえ、それは濡れたような闇色の光を放つという。しかし寒々とした晩秋の砂丘の上では、不吉を秘めたいたいけさしか見とれなかった。
「あんたもたたき込まれたの?」
「ああ。」
 小さな苦笑と共に、衛り手は首巻きを僅かにずらした。唄う子供らと同じ肌と髪がそこにあった。行動の妨げにならぬように身体に合わせた衣と、その上に羽織る外套も漆黒。目尻が僅かに上がった瞳だけが極薄の琥珀色だった。
 轡を掴み、馬を進ませる。ここは土精霊サイラと風精霊ガルーダの狂った呼応が作り出された砂丘だった。横断するのに一刻もかからない場所だ。
 前方に立ち上がる隣邑の楼閣を見据えたまま、衛り手は低く続けた。
「サイノハカはな。」
 子供らの輪唱が未だ空気を抜け追ってくる。嘆きの民の慟哭が、幼い喉の奥にも形を残している。空は相変わらず灰黒の影が風に巡っている。
「黒い花だが、時として緋に光る時もあるらしい。・・とにかく、祝福の無い花だ。地面の石蔭にふと咲く時もあれば、王城の壁に群れなす時もある。・・あるいはその革命の起動者達の指や髪をいつの間にやら飾る、そうだ。」
「もしかして暴風神ルドラの乱世風によって運ばれるとか。」
「さぁな。おれには分からん。ご神力には疎いんでな。・・それに、所詮は僻地の民謡さ。」
 煙管を唇に触れさせたまま、商人は先行く男の精悍な背を目端に入れていた。
「ねぇ。」
 相変わらず優雅な調子で声を上げる。目の前で人が哭こうが、下卑た言葉で辱められようが、この婀娜なる様はたゆたいもしないだろう。
「その花がね、本当に咲き誇るのをみつけたら・・あんたどうする、スルタン?」
「クべーラ神殿とこに持ち込んで、おっさんに売れるかどうか鑑定してもらう。・・・ぼったくられちまいそうだがな。・・・ところで、ナオミ。その格好でよく長時間乗ってられるな。」
 突如話を向けられ、商人は喉の奥で小さく笑う。煙管を懐にしまい、その指で岩の固まりのような馬の背を撫でた。
「うちの邑はこうして馬乗るんよ。・・商品馬の尻にくくりつけて、島回って。そして疲れたら馬の背に凭れて眠るんや。」
「お邑の乗り方じゃねぇ。」
 スルタンと呼ばれた衛り人は振り返った。薄琥珀の眼が女商人の背中を真っすぐに射貫いた。砂丘より微風が吹き降り、彼の羽織った黒外套を鳴らす。その下、蜘蛛会諜報役の環印がちらりと黄金の光を放った。
「その腰の下の荷物・・何入ってんだ。」
 商人はゆらりと振り返った。三日月よりも細く反った黒刃が、いつの間にやら風を鳴らし鋭利な姿を現していた。
 その様を彼女はおっとりとした表情で見つめていた。黒刃が彼女の首筋の平行線上を捕らえても、ほっそりとした体は変化を見せなかった。そこに馬もスルタンも無く、ただ一人砂上に立つかのような雰囲気。
「この島は奇態な花がたくさん咲くわ。」
 馬の腰に、左右に分けて括り付けられた荷物から甘い匂いが流れ出ている。微かに苦みを利かせた芳香が、水を含んだ空気の中に漂った。
 スルタンは胸元の不穏な衝動を押さえていた。声が蜘蛛会の仕事役に通じる、極めて感情の蠢きを殺した響きに変わっていた。
「星薬会から通達が来た。ナルスの商人が禁制の魔薬を売りさばいてるとな。」
「・・いっとくけどうちは薬殆ど売ってないで・・向こうが高う買うてくれたんや。」
「ああ、分かってる・・あんた商売がうまいよ。蜘蛛会でも抜群の腕だ、ナオミ。いつの間にセルフィアー中の死にかけの素封家じいさんばあさんが蘇生して、変わりに・・・・。」
 続ける言葉は、ありがと、と小さな囁きによって中断された。足元の砂利を踏み付け、スルタンはぼそりと呟いた。
「その花薬、何を養分としてるんだ?」
 ナオミの双貌に、甘やかな微笑が浮かぶ。人形のようだ。ある部分の感情が喪失している。
 砂丘の空に夜闇の黒が滲んできた。片手の黒刃を目線に据えたまま、スルタンは微動だにしなかった。前の馬とナオミも。
「匂い消しに香水まで降りかけやがって・・・。」
 背中に取り付けた戒めに気を向けた瞬間だった。腰に荷物とナオミを負った馬が高く嘶いた。砂を蹴る音が鈍く聞こえる。スルタンは唾を吐き捨て、馬の腱に向かい低く身をかがめた。目標に刃を投することも考えたが、丸腰の状態ではナオミが何を持ち出すか分からない。
 後ろ足で立ち上がった巨馬は黒く異様の化物に見えた。実際、奇妙なものを喰わせてただの馬とは別物に育て上げたものなのかもしれない。
 身をかがめたまま、足を早め、刃を弧型に振る。瞬間羽音が耳を突いた。緑青色の鳥が闇に沈んで、こちらに近づいてくる。風と音と諜報の精霊イーズ。どこかの精霊術師を金で雇ったのだ。
 耳中に音の針が飛び込んだ。イーズの鳴き声は空間の音を歪ませる。金属的高音が鼓膜に突き刺さり、脳に迫る。スルタンは反射的に頭を押さえた。頭皮に鉄の杭を突き立てられたような痛みが走る。
 刀身が擦れ合うに似た音が思考を覆っていた。細い声が、砂嵐の中の羽根のように突然入り込んだ。
「・・・うちは金が欲しいんや。・・・これからの時代を一番いい形で切り抜けるためのな。」
 そして、鳴き声が羽音と共に消えた。目を上げると、そこに有った生き物の内、商人だけ消失していた。
 屈辱感にスルタンは地面を思い切り蹴り上げた。重い砂塵が飛び散る。大砂漠ラミニースの砂がどうであったかは知らないが、ここの砂は死んでいる。
 唄声は既に砂の奥へ埋もれるようにかき消されていた。
                                   終わり

       何だかよくわかんない話っス(泣)
       すみませんっス(泣)

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