会誌-「サークル水月会誌 第3回」

■ 星薬会売薬部薬師売人・ダナス=アプシーズの巻  【作者:砂の山】


 ザラス。
 人・神・星界の織りなす物語り。
 人界は、我らが大地セルフィアー。
 神界は、神々が住まう天上の宮、地底の城。
 星界は……妖人たちの桃源郷。

 妖人とは、時そのもの。
 時は流れ、流れず。めぐりまわり、積もり崩れ、同じ時の名を人々は、忘れられたもの、叶えるもの、かくあるべきものと、三つの時をつかみとりながらも、織りなすものは、ひとつ名のもとに現れるザラス。

 星界とは、そもいったい、どこにあるのだろう。
 あるものは月、それも青空に留まる昼の白月こそという。

 星界について語られていることを要約すれば、狭く退屈である、に尽きる。
 本当のところは、星界出身の妖人にしか判らないところだが、そこはおそらく、よく言われているように変化がないのでもなく、時が流れにくいのでもないと思われる。
 ただ、時が世界的にではなく、局地的に集まってたゆたうのが星界であるがゆえに……つまり、同じ場所に季節が訪れる(時間が流れる)のではなく、ある特定の時間が保たれているところが、変幻隣接的にたくさんありながら場所をなしている……そんなところに住まう妖人が時そのものと化しているにすぎない。
 そうではなかろうか?
 だとすれば……時のただなかにいつつも、時間の最大特徴である変化が見えにくいがために、「その時」を「ある時」として認識することが難しいだけのことである。
 生きている時点を考えてみれば、それは容易に分かるはずだ。
 人は今時点に生きる。
 “生きた”のでもなく、“生きるだろう”でもなく、“生きている今”こそが「その時」のただなかであり、それを「「ある時」として捉える時」は、すでに「別のその時」である。
 だから比較的時点変化というものが目にせよ、心にせよ、あらゆる手段で認識されるのであろうが、ところがどうも星界というのは、人界と同じ時流のところもあることはあるのだが、ずうっと「その時」が集まり流れやすいところでもあるらしく、たとえば、星界内のいろいろな国を散歩せずに、昼の国だけに住み続ける古代種妖人たちにとっては、日の出、日の入りといった現象を忘れかけつつあることが、とある報告により確認されている。
 時点と時点とで時間を計る、そのような心の動きには時間が得られる一方で、必ず時の隙がひらき、本来人々に与えられているはずのものが取りこぼされて、時のかけらが落ちるという。
 星界出身の妖人たちの長寿とは、そういった取りこぼしの少ないところからくるものであろうと推測されるが、それはまた、安定した漸進的存在である一方、時の飛躍に乏しい証でもあり、星界にいる妖人たちは、どうやらいつまでも「あいかわらず」である人が多いらしい。

 今、というその時に生きつつもある時を想い定めることの頻繁な者は、その時とある時の、ザラスの表舞台と観客席の往復に忙しい者といえよう。
 こういう運動を、短いのか長いのかは分からないが、与えられた天命のなかで命限り続けていく人々でにぎやかなのが、人界・セルフィアーである。
 神々が世の理を司り、人々がその理を試し発現させていても、妖人たちの時は流れ流れず。
 かれら妖人たちの時が再び神々の力が強く働くセルフィアーで流れだしたことは、ティターニア、メルリーラ姉妹の出立によるものだが、それは本人たちの思惑以上に、大事件であることは疑いえない。
 神・星・人界に三時分化したザラスに一元化の時流の渦が巻き起こり始めたそのさまは、一杯のセルフィアー紅茶に蜂蜜とレモンの姉妹をアシュラ印の匙でブラフマーがぐるぐるとかき混ぜているようなものである。

 その、より美味しくなった紅茶のひとくち、アプサラス湿原より遥か1千キロ米ばかり西方にあるシャル族の首都王邑、カノール。
 これぐらい大きな城邑になると、商店街は路を突き抜け、終わるところなしといった感があるほどの盛況ぶりであるが、そのメインストリート中央にはマンジュスーリー広場がある。
 祝祭日に限らず、さまざまな人々がくつろぎや、語らいや、読書に恋にチャンバラに、そして商いを求めて集まるこの天然広場を、街中にずばんと空間設計しておくあたりが、シャルの邑らしいといえば、そう言えるだろうか。
 いつもどうりの屋台や出店の連なる風景が終わりかける、いちばん端の、よく陽のあたる暖かな芝生の上にゴザが敷かれ、さまざまな薬品類が無造作に並べられていた。
 とくに客よせするでもなしに、そばに湧く泉の清涼に包まれながら寝ているのか、起きているのか定かでなく揺れ佇む影は、金髪緑瞳のまごうことなき(コテコテの)アプシーズ=エルフ。
 彼の名は、ダナス=アプシーズ。
 「星界を散歩しているうちに、どうやらセルフィアーに紛れ込んでしまった」らしいのだが、シャリヤーティの門をくぐり抜けずにたどり着くのは原理的にありえにくい。
 散歩“通”の彼独自の裏ルートでも知っているのだろうか。それとも、門を通るときにひともんちゃくあったのを隠しているのか。
 すこし、あやしいヤツだ。

 セルフィアーにきてからは、ダナスの日々は新鮮・発見で埋めつくされていて、退屈することがさらになくなった。それはティトやメリルのように、星界に飽きたからではなく(それほど彼は星界を知りつくしてはいないし、長くも住んでいない)星界、人界、ふたつの世界を比べることができること、それが何よりもの最高の喜びであるのを知ってしまったのだ。
 だからもっぱら旅の日々。
 何が興るのかを見たくてたまらなかったし、場合によっては、一緒になってその流れに身を任せても良いと思う。
 そのためにも、今日も元気よく仕事に励む一日が、充実の成果をあげて過ぎゆかんとする薬売りの日々である。

 「あっ、ちょっとちょっと、そこのきれいなおねいちゃん!」
 「……はい?」
 「なんだか見た感じ、お肌がすこし荒れ気味だねえ。眠れない夜、過ごしているんじゃないのー? そこで登場、ぼくの爆睡丸っ。もっと夜はぐっすりしナイトー、なーんちゃってー(ニコニコ)」
 「…………はあ?」

 お薬屋さんダナスの日々は続く、のだ。

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