会誌-「サークル水月会誌 第2回」

■ リアクション2−7  (独立暦400年風の月)


 商人の一団の中に、一人だけ異様な男がいた。漆黒の髪に黒い服、少しだけのぞく手と顔は濃い褐色をしている。瞳は薄い金、全体として黒豹のような野性的な雰囲気を漂わせている。
 普通のセルフィアーの人にはありえない体色だ。
 彼はナルスである。だが神人が部族ごとに異なる容姿を持つように、ナルスにも部族がある。セルフィアーに生きるナルスは単独部族だと信じられているが、彼──キシン・スルタンの出身の邑は違った。
 サイダバード。あまり有名な邑ではない。ほんの150戸ほどで構成され、その邑に住む人はみなスルタンと同じような体色をしている。顔立ちも「異国」風だ。セルフィアーの一般の人には部族を超えて共通して持っている雰囲気というものがあるが、スルタンらにはそれが欠落していた。当然のことだ。彼らは「異国」人なのだから。
 彼らの故郷は海の向こうにある。もちろん、彼ら個人が生まれ育ったのはこのセルフィアーであるが、セルフィアーの人々が自らをこの地の守護神たちの子孫なり従者なりと自覚しているのと同じように、サイダバードの人々は自分たちの祖先の住んでいた土地を懐かしみ、いつか帰れる日が来ることを待ち望んでいる。
 海の向こうにはレマリスという名の大陸がある。その大陸はアシュヴィンという大河によって大きく東西二つに分けられ、東方と西方では人々の顔立ちも文化も大きく異なる。サイダバードの人々の故郷は、レマリス東大陸の南方、セルフィアーに最も近いグリターチー半島にある大砂漠ラミニースである。
 砂漠の民であった頃の記憶をとどめおくため、彼らは水と闇とを重んじる。その証が、彼の黒衣に現れているのである。
 商隊は邑ごとに宿をとりながら進んだが、やむをえず野宿することもある。ことに山中の道などは、三日に一日邑につけばよいほうであったから、スルタンとしても気を引き締めてかかっている。
 そんな夜だった。道の両側は樹に覆われ、光の月(セレネ)の光を完全にさえぎっている。ひかえめに焚き火をし、その暖で夜を明かす。まだそれだけの暖かさはある。
 これだけ忙しいと、さすがの彼でも疲労は溜まる。毎晩徹夜というわけにはいかない。何か変事があったら起きよう、と思い、黒のマントを頭からかぶった。
 その時、ある種の直感が彼の眠気を吹き飛ばした。
 何か、来る。
 彼は布をそっとずらし、焚き火の光をたよりに周囲をみはるかした。
 白い、人間。白い髪、白い服、白い肌、白刃。
(トゥーの剣士か)
 スルタンはそっと起きだし、その人影に近づいていく。真っ黒な容姿が幸いして、向こうはこちらに気づいてはいない。
 眠り込むこの商隊の長に向けて、白い人間が剣を振り下ろしたとき、スルタンの刀がそれを叩き落とした。完全に不意をついた。逃げ出すかと思ったのだが、白い人間は跳びすさっただけで、低く声を出した。
「貴様……なぜ、私の邪魔をする」
「そっちこそ、なぜこの人を殺そうとする。おれが訊きたいもんだぜ」
 スルタンは憎悪にも似たまなざしを向けた。
「商人には怨みがある。だからだ」
「この人にか?」
「……」
「違うのか。それなのに、この人を殺すのか? 商人だというだけで?」
「……ぼくには、もう何もないから」
 口調が変わった。おとなしやかな、子供じみた声だ。
「だから、商人を……いや、ぼくは……」
 一人で苦悩する白い男を、スルタンは気味悪げに見つめた。
 ……狂人か、こいつは?
「お前、名は何という」
「エルリーク……」
「見逃してやる。ただし一度きりだぜ。次に会ったときは殺す。……消えな」
「うん」
 素直に頷き、剣を拾い上げると、エルリークと名乗った青年は闇の中に消えた。
 スルタンは黒布をひっかぶると、また焚き火の傍らにすわりこんだ。
 ……全く、何だったんだ。人の安眠妨害しやがって。

「ディリーパは慈愛深く、親にして仁なる神なれば……ふわぁ」
 メールリンクス・メールディングは読みかけた本を置いて大きくあくびをした。
 退屈なことこのうえない。だいたいディリーパというのは、慈愛の神というが要するに恋愛の神なのである。しかもきわめてヌルい、子供の恋愛程度のことしか扱わない。相手と目を見合わせてそれだけで赤くなってるような、そんな奴等の手助けをするための術法を、どうして必死になって覚えなければならないのだろう。
 それに比べれば精霊術法は面白い。ひとつの力を操り御する。同じ言語を使い、似たような力を用いるのに、どうしてこんなにも差があるのだろう。
 ああ、つまらん。
 しかし二人ともディリーパの神官をしている両親の手前、投げ出すわけにもいかず、リンクスはまた本を拾って読み始めた。

 セルフィアーの地に、独立戦争以前に栄えた言霊人の王朝、帝政チェリア朝。その文明は、今セルフィアーの地を覆っている文明とは大分異なったものであったらしい。そのチェリア朝時代の遺跡が全土に人知れず眠っている。その多くは独立戦争後に創師やディヤウス神官などの手によって封印された。チェリア朝の圧制の象徴であり、圧制をもたらした力の根源でもあり、軽々しく人が手にしてよいものではないという理由からだ。実際には、気が変化しているため往時の力を失っているものも多かったりするのだが、200年前に万戸邑ひとつを滅ぼしたという地震の原因は、どこかの遺跡の封印を解いたことだという話もある。
 最近、シュエルの郊外にある遺跡というのが話題になっている。何年ぶりかの大物の予兆はあるが、いまだその真の姿は知られていない。
(よし、シュエルへ行こう。そして、シュエルにある力を手に入れてやる)
 胸中にそう呟いて、ミルフ・レイナートはルスカイナル書店を後にした。

 イゲニィアン・ハーット……彼を「少年」と呼ぶのは、いささかためらわれる。年齢的には間違いなく「少年」なのだが、まるで少年らしさというものが欠けているのである。
 シャル族のくせに身体はごつく大きく、顔はこれ以上ないというほど醜い。顔を馬鹿にされ続けることに耐えきれず一二歳で家を飛び出し、盗賊になろうと思ったのだが、あいにく盗賊に出会うこともできず、全土を放浪している。さびしいので一人で盗賊だ盗賊だと名乗っているが、まだ追い剥ぎをできるほどの腕がないので日雇いに雇われつつ腕をみがいている。
 故郷はエルーブだが、帰る気も起こらぬ。その地にいることに耐えきれなくなると次の場所に移り、ということをくり返して現在に至る。
 彼が今日も楽しくない一日を終えて安宿に帰ろうというときに、どこから見ても遺跡荒らし(トレジャーハンター)という格好をした人間とすれちがった。
 麻の普通の服の上に軽そうな肩当てをつけ、腰には短剣をさしている小柄な人間だ。背には背嚢を負い、すたすたと足早に歩いてゆく。
(ここで襲わなかったら盗賊じゃない)
 頭に閃くものがあって剣を抜く。すり足で前に回ってのど首に剣をつきつける。
 ……いや、そうしたつもりだったが、剣は宙に浮いた。
 避けられた。その人は次の瞬間にはハーットの右に回り込み、その剣をすばやく抜き取っていた。
(こいつ……盗賊か?)
 思ったとき、その人間の顔が見えた。
 唖然とした。……少女だった。それも、とびきりの美少女。
 きらめく白銀の髪、明るい青紫色の大きな瞳、あどけない顔立ち。
 一瞬、自分の顔を思って穴にでも入りたくなったが、その次の一瞬にはそんな少女に剣を取られたくやしさに茫然となった。
 そんな彼の気をよそに、その少女は彼の全身をじろじろと眺めまわした。
「ま、あんたでもいいわ」
 一言目はこれであった。
「え?」
 ハーットは面食らった。その彼に剣を突き返す。
「私に剣を向けたのは許しがたいけど、あんた、食うに困ってんじゃない? 雇ってくれるとこもないんでしょ、当然だね、その顔じゃ」
 何で初対面の奴にこんなことを言われなきゃならんのか、と情けなくもあったが、このくらいのことなら聞き慣れている。それより剣を返してくれたのがいぶかしく、しげしげとその手を見つめた。……彼の実家は武器職人だったから、手を見ればその人の生業はだいたい分かる。この少女の場合は……筋金入りの職人だ。一見箸より重いものなんて持ったことがないような形良く美しく見える細い指だが、よく見るとあちこちにたこがあり、指先が少し平らになっている。
 彼の視線にかまわず、彼女はまた唐突に言う。
「あんた、トラップマスターになる気ない?」
「い、いきなり何を……」
「あんた、私に借りができたじゃない。まさか、断ったりしないね?」
 にこにこ笑う。その表情に如何ともしがたい迫力があって、ハーットには否も応もなかった。

 少女はシーナ・アガノと名乗った。それきり自分の素性は何も語らない。話すのは、今自分のやっていることについてだった。
 トラップマスター協会「フェンリル」。全土に散らばって存在する遺跡を発掘する人材を集めた組織……にする予定だが、現在はアガノ一人しかいない。
「だから、栄えあるその第1回探索に同行させてあげようって言ってるの。追い剥ぎもいいけどこっちの方が儲かるし、やりがいがあるよ」
 本当はもっと顔も人も良さそうなのを雇いたかったんだけど、トゥー族って軟弱者が多いんだよね、とぶつぶつ呟く。
「だが本当にその遺跡とやらには価値があるのか?」
 問うと、アガノは鼻で笑った。
「あんた、バカぁ? この私が調べもしないでこんなこと言うと思ってるの? ちゃんと、イシャーナ神殿の書庫で調べてきたんだから。っていっても、財宝があるかどうかは分からないよ。だから私を襲って一人で行ったって無駄だからね」
「……?? 財宝がなくても価値はある、ってことか……?」
「蜘蛛会に情報売りつければ金になるからね」
 そして精密な情報を得るためには、アガノの知識と腕が必要、というわけだ。

 シュエル郊外遺跡、と仮に名付けられているが、本当の名はまだわからない。400年近くもの間、誰にも見つからずに来たはずはないが、それでもまだよく知られていないのは、それだけ封印が強力だったのだろう。
 400年の時を超えて中の様子を見た蜘蛛会員が、そのことを大っぴらに吹聴したため、遺跡の存在では一部の人々の間では広く知られている。見に行った者も多い。だが、「3つ目の扉」より奥には、どういうわけか誰も入ることができないでいるという。
「俺はきっと中に入ってみせるよ」
 ティーク・ギエンは、傍らを歩くメール族の男に声をかけた。そうだね、と男は相槌をうつ。
 ギエンはナタ神殿に所属する探索員である。そちらの方面の腕は立つが、どうも周囲に受けが悪く、友人は少ない。その数少ない友人の一人が、このメール族の男である。
 彼はルーイ・ローカスといい、ヴァルナの神官である。が、少なくとも彼が出発した頃までは、ヴァルナ大神殿はリューナ司祭の下部機関のようになっており、リューナ司祭の命で各地の神殿の様子を見て回っていた。そしてナタ神殿に来たところでギエンと出会い、そしてリューナ軍の惨敗を耳にした。
 戻ると危険だ、ということもあるが、それよりも親しくなったギエンの探索を手伝ってやりたかった。ギエンは一人でもやるつもりだろう、だが、いくら彼が有能だとしても、補佐する人間が必要だと思った。
 それでギエンについてシュエルへと来た。
「うーん、盛況だな」
 ギエンは唸った。予想以上に人が多い。その中にはあからさまに探索屋風の格好をした者も多く、普通に行っても奥一番乗りの栄誉を得るのは難しそうである。
「夜にでも行くか」
「しかし、夜に行ったら暗くてよく見えないんじゃないか?」
「承知の上だよ」
 ギエンは決然と言った。

「やっぱり、夜に来るべきだね」
 壁や扉に寄っては、そこの様子を木札にくわしく記していく。それを眺めるハーットは、手に箱状のものを提げて突っ立っていた。精霊灯(セレネ)といい、光の精霊セレネを封じた、施術宝器の一種である。チェリア朝時代にはこれのおかげで夜も昼のような明るさが得られたという。
「人が少なくて見やすいなー。あ、これが3つ目の扉ってやつか」
 アガノはしげしげとそれを眺めた。そのとたん、背後から人影が現れる。思わず身構えたが、その必要はなかった。ナルスらしき人物が笑みを浮かべて立っていた。


 つづく。
 ……つづいてしまう。
 さて、問題です。この扉にはどんなしかけがあるのでしょう?
 そして、この扉の向こうには何があるのでしょう?
 @階段があって地下へと続く
 Aテレポート装置
 B破壊神アシュラの像
 Cその他
 探索方だけ、時間の進みが他より遅いです。(泣)
 っていうか、他と合わせる必要性もないような気が……。

 気力、尽きましたのでまた今度続きを……
 すまん!

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