会誌-「サークル水月会誌 第2回」
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■ リアクション2−5「祭の季節」 (独立暦400年風の月) ヴェル・シャッドは、大きく伸びをした。 丘の上から見渡せる景色は、まさに絶景というにふさわしい。 彼がイリスに来たのは、情報を集めるためであるが、それ以上に大きな目的がある。 ──すなわち、妻ウパニ・ルーシの愚痴から逃げるため、である。 冗談のように聞こえるかも知れないが、彼にとっては笑い事ではない。 先月、カルナ・ユタという訳ありの少年と共にウォウルへ行き、家へ戻った時の妻の言葉などを思い出すと……頭が痛くなる。 「あらあら、おかえりなさい♥ ウォウルまで行ってらしたのね、まあ、うらやましいこと。私なんてアヴィーナからでたこともないのに……。おねがいだから、家にお金いれてくださらない? 娘の教育費をどうなさるおつもりかしら?」 娘のヴェル・リリーはかわいい。美人だ。……妻によく似て。 この上、あの性格まで似てきたら、と思うといささか……いや、とても、ぞっとする。 あ゛あ゛、また嫌なことを思い出してしまった。 ぶるぶると首を振ると、傾きかけた陽に照らされたラクーラの戦場跡に目をやる。 平和だ……ここは、とても、平和だ。 「イリス王」ファエーイ・ウルゴスは、不機嫌な顔を「軍師」グード・ライザーに向けていた。 「王としての自覚とは、一体何なんだ。民たちと交わらぬことか? 吏から奉られることなのか? 下の者とは何だ。俺は神ではないぞ」 「公私のけじめをつけよ、と言っているのです、陛下」 ウルゴスは、にわかに他人行儀になったライザーを見下ろす。あんなに俺に対して尊大に接していた男が、こんなにもころりと態度を変えられるものなのか。 言っていることは分かる。王、というなじみの薄いものに箔を付け重みを持たせるためには、そういう面倒な小細工が必要になるのだろう。だが、 「少なくとも、陛下という呼び方だけはよせ。それは、チェリア朝時代の帝王への尊称だろうが。その呼び方を受けることだけは断じてできない。何か、別の呼び方を考えろ」 「……分かりました。では、いましばらくは、王、とお呼びする」 「そうしろ」 初めからそうすればよいのに、と思うが、それを言うと堂々めぐりになるので止めた。 「それより、今後の方策を聞かせろ。そのために来たんだろう?」 「はい」 ライザーは襟を正した。 「今度の作戦は、“上流作戦”と申します。その詳細は……」 メール族の宗神マハーカーラは、食物の神である。と同時に酒の神でもある。マハーカーラの化身メール山を守護すべく生まれついたメール族は、当然美食美酒こそを重んじ貴ぶ。戦勝の時に祝宴を開き将兵をねぎらうのはメール族のみのならわしではないが、神に捧げるものであり神から分け与えられるものと思えば、その重みも違ってくる。 穀物の多くとれるイリスでは、数々の銘柄の酒が生産されている。それらは大きく白酒(濁酒)水酒(清酒)火酒(焼酎)の三種に分類されるが、神兵尉カルブネース・ルドルフが特に好むのは「白真」という銘の白酒の地酒であった。樽から竹の水筒に取り、それを抱えて宴場を歩き回る。 面倒な式典は終わり、すでに無礼講となっていた。見渡すと、イリス王ウルゴスはビーマ神官の募兵たちの方へ行って水酒を飲みつつ談笑している。無警戒といえば無警戒だが、よく言うならおおらかで君臣を分け隔てしない。王など名乗っても以前と変わらずに兵と、民と近しく接している。それが、得体の知らないものとして何となしに忌まれていた「王」というものを、実体のある理解できるものへと変えているのかも知れなかった。 司祭だろうが、王だろうが、ウルゴス様はウルゴス様だ、という安心感。そして、ウルゴスに対する信頼がそのまま王というものへの信頼へとつながっているのなら、それを無意識におこなっているウルゴスは、一種の天才といえるかも知れない。 そして今や誰もが認める軍事の天才である軍師グード・ライザーは、初めに与えられた席に座したままちびりちびりと杯をなめていた。傍らの樽は火酒のものだから、酒に弱いわけではないのだろう。とがったあごをなでつつ、一人で飲んでいる。ルドルフはそちらへ歩み寄った。 喧噪の中であるにもかかわらず、ライザーは近づいてくるルドルフを目敏く見つけた。 「神兵尉ではないか。ラクーラでの英雄が、こんなところで何をうろついている」 ルドルフはライザーを凝視して、短く、 「飲もう」 とだけ言った。ライザーは上目にルドルフを見返した。ライザーが頷くのを待たず、隣に椅子を引いてきて腰かける。筒から酒を注ぎ、杯を傾ける。再び注ぐ。飲む。 そこへふらふらとウルゴスがやってきた。背後にリーを従えている。 「軍師に神兵尉か。ラクーラの大勝の立役者二人が揃っているとは、なかなか絵になるじゃないか。ついでに、リューナ司祭を追った勇者も仲間に入れてやれ」 「ダンナ……いや、王、俺は……」 リーは困惑げに、というよりはっきりと迷惑そうな表情で言ったが、少々酔っているらしいウルゴスは意に介さず、またふらふらと兵たちの間に紛れ込んでしまった。ルドルフが無言で床に転がっていた椅子を立てて座ったので、リーは仕方なくルドルフの使っていた椅子に腰をおろした。杯をとり、柄杓で酒を注がれる。飲め、と目で促されて、一気に空けた。やや辛口、すっきりとしたこの喉ごしは、水酒「黒翠」だな。ルドルフのダンナも、仲々いい趣味をしている…… 「腕は大丈夫か?」 声をかけられて、リーはまじまじとルドルフを見た。無口だと聞いていたが、必要なときにはちゃんと喋るらしい。 「おかげさまで」 腕に目をやる。リューナ司祭を捕らえそこなったことを、誰も責めはしない。あの時は、リー以外の誰も、リューナ司祭の動きに目を配っていなかったのだから。だから、誰からも責められることはない。 ──彼自身を除いては、だ。 届いていた。倒せたはずだった。剣を使ってさえいれば。篭手が燃えるなんて……あんな反撃を食うとは、彼ならずとも予想することは出来なかったろう。運が悪かった。その運の悪さを悔いた。 俺には運がない。いつもいつも、この悪運のせいで何かをとりにがす。 尊敬する師匠も最愛の妻子も救えなかった。地位を得ようとするといつも何かの邪魔が入った。リューナ司祭を倒すこともできなかった。その機会はあった。条件は揃っていた。決して力不足ではなかった。いつも、運のために。 ……初めて、地位を得た。衛士という地位。決まった役割があるわけではない。ただ、イリス王の近くに侍し、護衛をしたり、勅命によって動いたりする。 「……何を考えている?」 ずいぶんと長い間、杯を見つめていたらしい。ライザーがいぶかしんで、こう問うてきた。角張った顔がわずかに赤い。 「俺の失敗を取り戻すことを、考えています」 「それは、リューナ司祭を暗殺する、ということか」 ライザーは低く言って、顔をまた自分の杯に向けた。リーは頷いた。ルドルフは何か言いかけたが、その前にまたライザーが口をひらいた。 「リューナ司祭を逃がすつもりはない。そのための策は立ててある。それでも不満か」 「不満、というわけではありません。ただ、俺はもう一度だけ、自分の運を試してみたい」 リーは決然と言った。ライザーは頷いた。 「それも良かろう……が、イリスの者だと悟られないようにしろ」 「良いのか」 宴が終わってからにすればよいのに、気ぜわしく立ち上がって出てゆくリーの背を眺めながら、ルドルフは問うた。酒のおかげで、いくらか舌がなめらかになっている。ライザーはげへへ、と笑った。本人のそのつもりはなくとも、この笑い方、周囲からはきわめて邪悪に見える。 「良くはない。王に奏上した“上流作戦”は、我が軍がリューナに達するまで生きていてこそ功を奏する策だ」 「なら、何故そそのかした?」 「まず、成功することはないだろう」 杯をなめる。 「あの男の運の悪さは尋常ではない。小さな幸運を得た後だ、必ず大きな不幸が訪れる」 「そう思って、彼を死に追いやったというのか」 ルドルフは呟いた。目の前の男が邪鬼に見えた。 「あの男の望んだことだ。そして少しばかりリューナを撹乱することは、作戦上、少しは意味がある」 そう言うと、ライザーは口をつぐんだ。ルドルフもそれ以上問おうとはしなかった。二人の耳目から遠ざかっていた喧噪が、再び舞い戻って七感を撃つ。 宴はますます いくらメール族が酒好きだといっても、一週間も続けばさすがに飽きがくる。酒の気がまだほのかに残るイリス神殿の中で、ライザーの献策である“上流作戦”が着々と実行に移されつつあった。 この作戦の全貌を知る者は数少ない。 何をまどろっこしいことを、リューナを直接攻撃すれば良いではないか、と言う者も少なくはなかったが、ウルゴスがライザーに全権を任せている以上、否やはない。ライザーの才は先の一戦で全軍に知れ渡っているのだからなおさらのことだ。 まず外吏がメール族の各邑へ使者を派遣した。「イリス王」の名でリューナ遠征を公表し、高札の一件についての真相を伝え、どちらに味方するのかを見きわめるのが目的である。多くの邑は態度を保留しているが、中には親リューナ派、親イリス派の邑も存在する。 そして兵吏は神兵だけの正規軍と募兵のみの募兵軍とに再編成された。募兵は先発して反イリス派の邑をつぶしにかかっている。 使えるだけ使う。ライザーはウルゴスにそう献策した。正規軍はのちのち重要な戦力となる。募兵は減っても戦後に金を払わずにすむから、減っても傷は受けない。 「お前、本気で言っているのか」 ウルゴスは呆れたものだが、募兵尉のイェング・ガヌースは、むしろ活躍の場を与えられて喜び勇んでいる。 季節もいい。そろそろ収穫期であるから、糧食には困るまい。今年は豊作でこそなかったが可もなく不可もなく、といったところだ。 「祭の季節……だわね」 愛馬の鞍を磨きながら、ガヌースはこう呟いた。 ということで、風の月にすでに「上流作戦」は始まっているわけですが。 いかんせん、邑の数や名前がわからない…… ので、 [邑の名前大募集!] メール族の居住地域内の邑の名を特に募集します。 第1回会誌を参考に送ってきてください。 |
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