会誌-「サークル水月会誌 第2回」

■ リアクション2−3「希望へ向けて」  (独立暦400年風の月)


「これが、シュナフか……」
 セルフィアーの文化・芸術のとりことなり、今の世に芸術の都を作ろうとしている者にしてはきわめて凡庸な台詞を、ヴィーシアは口にした。理想への第一の足がかりにしようと、相棒と道々話しながら来た、その大邑が目の前にある。
「きれいな城壁だな。ウォウルとかと同じで、昔の城壁の形がそのまま残ってる邑なんだ」
「昔……独立戦争の頃の、ですか?」
 いくら歴史が苦手だといっても、これくらいは一般常識だ。ヴィーシアは頷いた。
「城壁の石の形も組み方も、最近建てられたのとは違うんだ。見てごらん、それぞれ形も大きさも違うだろう?」
「そうですね。でも、何故?」
「何故だと思う?」
 ヴィーシアはいつもの笑みを浮かべてセフィルを見た。セフィルは困ったような表情を浮かべて石を眺める。
「ユディトの城壁は、そういえば箱形の同じ大きさの石でした」
「最近のはそうだね、その方が運びやすくて組みやすいから。でも、そういう形のはずれやすいんだ。石自身の重みで、いつかは崩れてしまう。その点、このシュナフの城壁は、石ひとつひとつの形を大切にしてる。だから、四百年間も崩れずにいられたんだ」
 そう言われて見直してみると、はじめは1枚の岩のように見えた城壁が、まるで肩車をした人のように見えて、セフィルはくすりと笑った。
「私達の邑に城壁を作るなら、こちらにしたいですね」
 ヴィーシアは力強く頷いた。

 ガンダルヴァ大神殿とカラヴィンカ大神殿は、邑のほぼ中央に並んで建っている。邑宰邸よりもこちらの方が大きくて立派だ。
「思った通りの邑だね。政治よりも、芸術の方が優先されてるんだ」
 街並みを見ればその邑の性質はあらかた分かるものだ。ヴィーシアは二つの大神殿を見上げ、道に沿って建つ建物を見はるかした。
「うーん、惜しいなぁ」
 ヴィーシアの呟きを聞きとがめて、セフィルは問うた。
「何が、ですか?」
「あの辺の屋根の色。カラヴィンカ神殿に合わせて青に塗れば、もっと映えるのに」
「そうですね……いくらシュナフが芸術を重んじているといっても、完璧ではありませんね。ここは、バルスではないんですから」
 セフィルはきわめて穏やかに言った。
「ここは、バルスではない……確かにな」
 ヴィーシアは相方を見返した。そういえばヴィーシアのつけた注文は、ここがバルスなら、という仮定に基づいている。バルスならこうするのに、と。
 でも、ここはバルスではなくシュナフだ。ヴィーシアから見て不満があっても、それを正すことは出来ない。だからこそ、「バルス」を探し求めるのだ。
「まず、ガンダルヴァ神殿だ。……セフィル、よろしく頼むよ。私も発言するけど、やっぱり同族の方が心を許すだろうから」
「ええ」
 セフィルは頷き、にっこりと笑った。

 トゥー・ラスカは司祭ではない。セルフィアー一の楽師と呼ばれ、その資格は十分にあったが、彼は司祭となるよりも神官のままでいることを望んだ。司祭となれば、いろいろと雑務が増え、自由がそれだけ失われる。一介の神官であれば、ずっと竪琴(ライアー)を手放さずにいられるのだ。
 一介の神官だから、会うのも簡単だった。覚悟していたような面倒な手続きも呼び出しもない。あそこにいるのがそうですよ、と言われて指さされた先に、セフィルと同じ銀の髪をもつ青年がいた。
 竪琴を抱えて窓枠に腰掛け、ずっと窓から外を見ている。何を考えているのだろう、と思いながら、二人はその青年に近づいた。
「トゥー・ラスカさん?」
 ヴィーシアが声をかけるまで、ラスカは二人に気づかなかったようだった。声で我に返り、窓枠から下りてこちらを振り向く。一瞬、目をみはって、そして軽くため息をついた。
「うん、私がトゥー・ラスカだ。私の琴を聴きに来たのか?」
 沈みがちな色をしていた瞳がやわらかく和んだ。
「それもあるんですが……」
 言いかけたセフィルを、ヴィーシアが制した。目で笑って、指で1の字を作って示す。一曲聴いてからにしよう、の意だ。セフィルは涼解のしるしに頷いた。
「だけどね、私の琴は無料(ただ)では聴けないよ。相応の対価を払わなきゃ」
 金を取るのか、とヴィーシアは興ざめしたような表情をしたが、ラスカは笑った。
「金では駄目さ。どんな大金を積まれたって、私は弾かない。いや、弾けないんだ。私の心を動かすもの、たとえば無垢なるおさな子のほほえみ、山野の妙なる風光、天女の歌声、失楽園のありし日の幻影……」
 要するに、即興なのだ。だから、彼に何か感動を与えることができれば、素晴らしい演奏が返ってくるが、そうでなければ彼の竪琴は沈黙したまま、そういうことなのだろう。
 ヴィーシアはセフィルと顔を見合わせた。……天女の歌声。失楽園の幻影。どちらも、我々の持っているものではないか。
 セフィルはヴィーシアに目で合図すると、大きく息をすいこんだ。ラスカは興味深げに彼女を見た。

  この木々も風も知らぬ悠久の昔
  今となりてはいずことも知れぬ栄えたる邑バルス
  その名はヴァーユの筆よりこぼれしもの
  技芸神(ミューズ)に愛されし美しき街……

 ヴィーシアは聴き入りかけ、ふと気づいてラスカを眺めた。彼は瞳を閉じて聴いているが、その指が、まるで指そのものが意志を持っているかのように、弦の上をすべりはじめる。よし、とヴィーシアは心の中で呟いた。いいぞ、セフィル。
 セフィルはバルスの話を切々と歌に綴っていく。もとは言霊人の街だったが、神人たちを受け入れ、共生し、さらに発展してゆくバルス。そして、滅びの時がやってきた。
  芸術の落とし子は剣を持たずして筆を握り、弓を引かずして琴を(つまび)きし者
  やんぬる哉、常闇の(うち)に没す
  灰燼は風に吹かれ土に(かえ)
  今は語る者とてないはるか昔の青史(ものがたり)……

 最後の和音を弾き終えたラスカは、弦にそっと掌をかぶせて余韻(ハーモニクス)を消しながら、セフィルをしげしげとながめた。
「……素晴らしい(うた)だ。カラヴィンカ神の神官などではないようだが、いい声をしている。話もとても良かった。それはどこかの伝説にある話なのかな。寡聞にして耳にしたことはないが」
 ヴィーシアに目を移す。
「まさか、貴方が見ていたというのではないだろうね?」
 ヴィーシアは噴き出した。
「いくら妖人(エルフ)が長寿だからって、その頃に生きてたら今頃はばーさんだよ。ティト様やメリル様じゃあるまいし。──これは、私が史書から見つけてきた話だ」
「あなたが?」
 ヴィーシアは頷く。
「そして、私の夢でもある」
「夢……?」
「バルスを、現代に復活させることだ」
 ラスカは瞠目した。しばらく沈黙し、二人を見比べる。
「……これは、途方もないことを言う」
「不可能だと思うか?」
 ヴィーシアの若草色の瞳が、生気に満ちてきらきらと光った。ラスカは首を横に振った。
「世が乱れようという時には、必ず英雄が現れるもの。あなたには英雄の資質があるようだな」
「そんな、大それたことは思っていない。私はただ、文化と芸術を破壊から守りたいだけだ」
「剣を振るって戦場に立つ人間だけが英雄ではない。守るべきものがある人間が、最も強くなれる。あなたも護剣の剣士なら、きっとその邑を立派に守り抜くことができるだろう」
 後ろの台詞はセフィルに向けられたものだった。
「そうでしょうか?」
 セフィルは穏やかに笑っている。ヴィーシアは更に言った。
「我々は、そのための協力者を探しているんだ。平和を愛するトゥー族なら、私の考えてる事、分かってくれるんじゃないかと思って」
(平和を愛する……)
 ラスカは考え込んだ。大多数のトゥー族はそうだろう。例外もいる……たとえば、妹メルナのように。最初、この長身の少女を見たときは、メルナの類かと思った。だが、そうではないようだ。
「協力者、ですか。それは金銭的な援助ということ? それとも精神的な賛同者のことかな」
「両方。……何せ、今んとこメンバーはこの2人しかいないんだ」
「成程」
 ラスカは笑みをふくんだ。
「たった二人で、この乱世に邑を建てようとは、その勇気と胆力には敬服するが、さすがに力不足だろうね」
「だから、協力者を探してる」
「ならば、まず技芸神の司祭たちにかけあってみたらどうだろう。我がガンダルヴァ神殿、それにカラヴィンカ、ナタ、ヴィシュヴァカルマン、ラーダー。マンジュスーリー神やユガ神の神殿も協力してくれる可能性はある。トゥー族の人々、といっても色々な人間がいる。誰しも人間は自分の利のために動くもの。世俗の利をめざして動く人よりも、神の寵をめざして動く人の方が、あなたの夢の助けになるだろう」
 道理と言うべきであろう。ヴィーシアは目から鱗が落ちたように世界が開けてゆくのを感じた。夢は、手の届くところにある。
「それに……」
 ラスカは続けて言った。
「あなたは運がいい。来月、トゥルニアで大規模な音楽祭が行われるのだが、知っているか?」
「いや……」
 そういうものがあるということは知っていたが、来月、トゥルニア、とまでは知らない。
「神殿内で内々に行われるものなのだが、ガンダルヴァ・カラヴィンカ両神王の司祭すべてが集い、その他の技芸神の神官たちも多く集まる。私が紹介状を書きましょう。そこで呼びかけてみるといい。きっと、協力者が見つかるだろう」
「ラスカさんは行かないのか?」
 ヴィーシアが尋ねると、ラスカは笑って首を横に振った。
「妹の消息が知れるまで、私はここを動くことはできないから」
「そうですか。また、あなたの竪琴が聴けるかと思ったのに」
「その、バルスという邑ができたら、私も行かせてもらうよ。実に魅力的な話だからね」
「ありがとう」
「もう一曲聴くかい?」
「喜んで」
「では、現代の芸術の都のために……」

 トゥルニアのガンダルヴァ神殿では、一人の神官見習が司祭に訴えていた。
「司祭様、お願いでございます。
 私を神官見習から神官へ格上げしてください。
 15年間も見習というのはもうイヤでございます」
 サーズ・ロアという名のこの少年は、3歳の時にこの神殿に預けられて以来ずっと修行をしているのだが、どうにも上達が良くないのであった。
「うむ、あいわかった。今日から、お前も1人前の神官……
 などと、ワシが言うとでも思っておるのか? シュナフから帰るなり
 仕事 サボって サナ岬でポポチと遠吠えしていたであろう!
 罰としてこの一節(ひとつき)、ネヴェの森で木を切ってこい!」
「あっ 司祭様、おまち下さい、おまち……あーれー。
 まいりましたねー。私、次回はたきぎ拾いですか?
 う゛ーむ。こうなれば塩の花でも探して……そうですね、ポポチ君の嗅覚に期待をして……おや、ポポチ君、何くわえてるんです?」
 アイテム Get!! 神官長のサルマタ(笑)
        (以上、キャラシートより一部編集の上引用)

「うーむ、あいつも悪い奴じゃないんだがのう……」
 司祭はロアの背を見送って呟いた。
 神官に向いていないのだということは分かっている。あの逞しい上背、肩幅は間違いなく戦士の体つきだ。事実剣才は目をみはるものがあり、隣のクリシュナ神殿にも彼に(かな)う者はいない。
 だが、本人がガンダルヴァの神官になることを望んでいるのだから仕方がない。せめて、実力の差を思い知らせて諦めさせてやろうと思ってシュナフのトゥー・ラスカの元にやったのに、ちっともこりた様子がない。
「どうすればよいものかのう……」

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