会誌-「サークル水月会誌 第2回」
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■ リアクション2−2 (独立暦400年風の月) レディアの地では、不気味な沈黙が続いていた。 邑宰位を継いだツァン・スィラーナは王を称したものの、その後は何ら目立った動きは見せていない。兵糧を大量に買いつけているかというとそうでもなく、通常の冬越しに必要なだけしか備蓄はない。募兵を増やしている様子もない。だからであろうか、周辺の邑もそれに対抗してどうこうという動きはまるでない。 かのように、見える。 だが一般大衆の預かり知らぬ所では、すでに戦は始まっていた。 ツァン・スィラーナ、ツァン・ティドゥアの姉弟は、名だたる弓の名手であるが、剣はそれほど上手くない。だから特に接近戦に長けた護衛が必要になる。……まあ、本人が腕が立とうが立つまいが、要人には護衛がつくものだが。 今、彼らの護衛を一番頻繁につとめているのは、ニャンガー・リァオという赤っぽい髪をもつツァン族の若い女であった。スィラーナなどに比べてはるかに美人であるが、ティドゥアはそんなところに価値を見ているわけではなかった。 彼女は鉄鎖術の達人である。剣も使えるがそれ以上に役に立つ。ツァンの雑剣は本当に狙いの雑な剣勢なので、護衛しなければならぬ筈の人間を逆に傷つけてしまったりすることもある。その点、鉄鎖術による護衛はトゥーの護剣と並ぶほど安全だ。気功術法も少しは使えるらしいが、そちらはあまり期待していない。 そのリァオを連れて、ティドゥアはそっと旧邑宰邸、現王邸を抜け出した。すでに陽が傾いている。南方の夏は短く、夕暮れの陽は火炎城の色をしていた。 こんな時間にどこへ行くのだろう、とリァオは疑問に思ったが、何も言わずに黙ってついていく。さして歩かぬうちに、目的の場所に達したらしく、ティドゥアはその家の門扉をたたいた。いかにもあやしげな男が出てきて往来の人が気づいていないことを確認し、二人を中に入れる。 「どうだ、順調か?」 ティドゥアは男に尋ねる。はい、もちろん、と言いつつ男と共に入った場所は、非常に暑かった。リァオは額に浮かんだ汗をぬぐった。 どうやら鍛冶場のようである。火から出された灼熱した鉄の棒をたたいてのばし、水につける。できあがったものが積み上がっている……両刃の剣身であった。 「戦の準備、ですか」 訊くまでもなかったし、ティドゥアの耳にはその声は届いていない。とにかくうるさいのだ。会話など成立しない。 そこを抜けて外に出、納屋を開ける。予想通り、そこに納めてあったのは完成品の剣であった。 「これだけあれば、隣邑を攻め取るに足りる」 「しかし、兵器だけでは戦はできないと存じますが」 「あと人と糧食が必要だな、物理的には」 納屋を閉じながら呟く。 「レディアを空にする覚悟があれば、今のままでも充分可能なのだが……」 「民をかり出すおつもりですか?」 リァオは首をかしげたが、ティドゥアは笑った。 「さすがに、そんなことはしないさ。手は打った。それが図に当たるかどうかは、これから分かる。もう少し待つことだ。うまくいけば、初雪の降る頃には動き出せるだろう」 紫と青と黒の組み合わせ。派手な服装をした若い娘が、レディアの街をうろついていた。黒髪の美女、白い大きな鳥を斜め後方中空に連れている。カルナ・シェルセラヴである。これが昼間なら相当人目を引くであろうが、もう薄暗いので、紫だろうが青だろうがみな同じ色に見える。こんな時間にふらふらと歩き回っているのは何故かといえば、理由は簡単、路銀が底をついたのであった。 「そろそろ、お仕事しなきゃならないわね。何か、金になりそうなネタ、ないのかな? レディアは王を称したっていうから来たのに、何にも起こらないじゃないの」 呟いたとき、何やら前方から男女の二人連れがやってくるのが見えた。シエルはとっさに結界を張り、自分の姿を消した。 怪しい。どう見ても怪しい。男の方はまだ少年と行ってもよいほどの年齢、対し女はやはり若いが、子供の2人や3人くらいいてもおかしくないだろう。態度からして、男が主、女の方が従であることは容易に想像がつく。尋常でない殺気を放っているから、きっと護衛なのだろう。 ……これは、いいカモなんじゃないかしら。 と思って、ついていったシエルは、一部始終を見て聞いてしまったのだった。 「さっそく、蜘蛛会レディア支部に売りに行こーっと」 日が沈みきった頃、ようやく結界を解いて、シエルは足どりも軽く往来を消えていった。 レディアの南東のはずれ、間道の奥の奥にあるひなびた感じのする一角に、怪しげな店があった。まあどこの邑にでもあるような、施術宝器の店である。門はなく、建物の扉を開けてすぐそこが店なのは他の店でも同じだが、其の店の扉には大きく七星図が浮き彫られ、七色の石が埋め込まれていた。 七星図はそもそもチェリア朝の象徴紋でもあったし、それ自体が言霊語の文字のように呪力を発揮するとされ、本来かるがるしく表に出してよいものではない。それをこうも無造作に書き込めるというのは、この店の主である創師の自信のあらわれであろう。 店主は女性である。老婆というほどの年ではないが、若くもない。まあそこら辺のおばさんと思っていただければよろしい。だが侮ってはいけない。店に並んでいるものはみなそのおばさんが創った、或いは管理しているものなのである。 武器が多い。白昼に往来で売れるような平和的な宝器はまず見あたらない。得体の知れぬものがごろごろ転がっている。うっかりつまづいたりしようものなら命はない……かもしれない。 その開店前の部屋の隅に置いてある剣を、髭面の男はじっと見つめていた。彼の名はカーク・ゲッペルス、現在無職の28歳である。いろいろと特技はあるのだが、それをまっとうな方向に生かしてはいない。現在は、目の前にある剣を使って、術法と雑剣を合体した「術法剣」の喚声を目指して日夜研究を続けている。 「この剣に火の属性をつけるには、どうすればよいのでござろう。気功術法を習えばよいのであろうか?」 独り言を言うと、金勘定をしていた店主がこちらをじろりと見た。 「気功術法がそんなに軽々しく修得できるわけないでしょう。初歩の初歩でもまる3年は修行しないと無理ですよ。精霊術法とは訳が違うんだから」 そう言われ、ゲッぺルスはまた考え込んだ。 最強の剣を探し出し、火の気功術法を学ぶ…… 世界一の剣士になるための第一歩、と思っていたのだが、なかなか道は険しいようである。 男装の少女、と言ってもアシュラの神官衣に男も女もないものだが、そういう陳腐な形容の似合う少女が、レディアの街を右往左往していた。リーフ・ディールという名の、典型的なツァンの外貌をした少女である。 ささいなことで母と喧嘩をして家を飛び出したのだから、当然懐はとても寒い。他人の懐をさぐるのもよいが、とりあえずまっとうな職があるならそれに就こうかと思い、まずアシュラ神殿を探している。 アシュラ神の神性術法ならけっこう使える方であるから、神殿に行けば神官の待遇を受けられる筈だ。だがそのためには、まず、神殿にたどりつかなければならない。 「あのー、すみませんが……」 誰かに訊こう、と思ったときに、物わかりの良さそうな人が通ったので、とっさに声をかけてしまったが、ふりかえったその男はナルスの商人のようだった。地元の人間ではないだろう。 「何だね?」 「あの、アシュラ神殿がどこにあるか、ご存知ですか?」 とりあえず訊いてみる。首を横に振られるかと思ったのだが、男はまっすぐに横を指した。 「あれだろう」 道のすぐ右に建っている建物には、確かに陰陽紋の旗が立っている。ダンダカの神殿のような、高い建物を想像していたから気づかなかったのだ。 「す、すみません」 赤面して、頭を下げると、ディールはその建物に駆け込んだ。 その男は、少女の背を見送ると少し歩いて角を曲がり、荷を預けてある宿へと戻った。 彼はフェルノ・クーレーンという。アヴィーナでそれなりに大きな店を開いていたのだが、このたび事情があって旅に出ることにしたのだった。 表の事情は、トートの麦酒とスィスニアの白桃酒を売り込むためである。この二産地の酒は、アヴィーナでも抜群に売れ行きがよかった。そこでその二邑の酒を中心に買って、各地に売り歩くことを考えたのである。 しかし、彼が旅に出たのにはもう一つ理由があった。 気になる噂を聞いたのである。 彼に、弟がいるというのだ。 彼の父や母は早くに死んだので、彼は親の愛を知らない。父に至っては顔すらはっきりと覚えてはいない。だが、だからこそ、弟がいるのなら会ってみたかった。 蜘蛛会の情報網は完璧である。……完璧に玉石混淆である。 信頼できる情報を得るためには、やはり自分自身で調べるしかなかった。 今のところは何も手がかりはない。だがきっと、いるような気はするのだ。自分と同じ血を引く、血を分けた弟が。 (きっと、探し出してみせる) 術をそれなりに使えることを伝え、アシュラの神語で会話が出来ることを示すと、すぐにディールは一台の 「ところで、何か職はありませんか」 話が一段落したところで問うてみる。神官は首を傾げた。 「そうだねえ……お前さん、剣は使えるかい?」 「ええと……少しかじった程度で……護剣なんですけど」 「そうか、じゃあ戦は無理だねえ」 「でも、アシュラの術法と手先の器用さには自信があります」 「そうか……」 神官はまた少し考え込んだ。 「お前さん、旅は好きかい?」 「ええ、とっても」 「じゃあ、これを頼もうかね」 神官は机から封のされた竹筒を取り出した。 「文書ですか?」 「ああ。これを届けてもらいたい。タイテの司祭にね」 「タイテ……レディアの5 「必ず、届けておくれよ。重要なものだからね。決して、奪われたりしないよう」 「ええ、分かりました」 よほど重要なものなのだろう、と思いながら、ディールはその筒を小さな荷の中に押し込んだ。 |
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