会誌-「サークル水月会誌 第2回」

■ リアクション2−1  (独立暦400年風の月)


「王」
 ミナリア・ジグトが、苦い表情をして入ってきた。
「何だ?」
 ヴィレクは振り向いた。ジグトは息を呑む。最近、ヴィレク様は目に見えて成長していらっしゃる。もともと美麗な少年であったが、視線が会うたびに鋭くなっているような気がするのだ。それはたぶん、ジグトの気のせいなのだろうが。
「王佐のことなのですが」
「ハデンのこと、か」
「最近、妙な動きがあるようですね」
 ウォウル王佐クラウ・ハデン。無口で冷徹な男で、反王派の主魁であった叔父を捕らえた裏には彼の策と人脈の功があった。その時にヴィレクらに加勢した賊軍の頭ナーズ・ハクユウは、そのままウォウル募兵尉となり、彼の配下の賊たちも俸給を与えられることになった。これは、いわば彼の私兵である。そして、

「前回敵することになったアーニク及びそれに与する諸邑を攻略する。マトモに戦っても勝てるだろうがそれでは芸が無い。そこで連合軍をバラバラにしてやろうと思う。まず、一つの邑を調略し、連合を抜けさせる。参加している全ての邑が仲良しこよしとは思えない。必ずしっくりいってない所があるハズだ。そして一つの邑が抜ければ急ごしらえの連合軍はたちまち足並み乱れて崩れるだろう、そして首謀者のアーニクをたたき潰し威をもって他の邑を強引に味方につける。逆らう者がいれば各個撃破で片付く。
 あと調略する方法だが別の大邑に仲介役となってもらう。ウォウルでは話も聞いてくれない恐れがあるしな。ちょうど、スウィズのナタケがその役を買って出ているので頼めばいいだろう。そして見返りにスウィズ・ライル社の施術宝器を大量発注しウォウル軍の装備を強化する(特にハクユウの軍を)。完璧だ。」

「……というのが、彼の献策なのですが」
「そのスウィズという邑については、噂は聞いている。施術宝器の大量生産、などということをしているそうだな」
 ヴィレクは書類に目を通しながら言った。
「と同時に、王佐の個人的な縁故です。そこが気になりますね」
「……とは言え、ジグト、あれはお前の薦めた人材だぞ」
 ヴィレクは書類から顔を上げた。ジグトは頷く。
「そうです。ですが、あの時と今とでは状況が違います。ウォウルが完全に一つになったとは言いませんが、八吏はだいたい機能していますし、反対派も少なくとも叔父上の一件の不始末を見て水面下におさまっている。誰彼構わず登用してよかったのは先月までのことですからね」
「だからといって王佐の意見を採用しない理由にはならないだろう。要するにお前は、スウィズが嫌いなんじゃないのか」
 ヴィレクはため息をついた。ジグトは首を横に振った。
「そうではありません。ただ、強力すぎる力は両刃の剣です。手になさるべきではない。それに、スウィズと我が国との間にはスィスニアがある。もしスウィズと組めば、黙ってはおりますまい」
 うん、とヴィレクは頷いた。
「そういう理由なら分かる。王佐の策は保留としよう。……いささか強引に過ぎる。まずは邑内の反対派を何とかすることから始めよう」
「御意」

 一人の妖人が、ライル社社長ライル・ナタケに琴の音を献じようと言ってきた。特に断る理由もなし、それに戦乱の気配の濃厚になってきた中で、風雅な琴の音を聴くのも一興、ということで喜んで了承した。
 会見室に入ってきたのは妖人の青年であった。腕に三角琴(トライガン)を抱え、礼をする。
「まあ、お座りなさい。まず一献、どうですか?」
 ナタケはにこやかに笑みつつ言ったが、妖人は固辞した。
「私は琴を献じに来たまで。お聞きになってから下さればよろしいでしょう」
 そう言うなり、その場にどっかと腰を下ろし、軽く調弦をおこなってから弾き始めた。短い前奏の後に歌が入る。

 この空もこの雲も知らぬはるかなる昔
 異郷に王立ち彼国此国を占す……

 チェリア朝のことを詠んだ(うた)だった。神々から人界すべてをゆだねられた王朝、しかし自分たちこそ人界の支配者と思い上がり、神人(ホルス)人間(ナルス)を軽んじ術の力を背景にして圧制を布いた。そしてその傲慢の報いを受けた。独立戦争により、セルフィアーから言霊人は追放され、その圧制の背景となった力を生み出すようなものは街といわず祠といわず塚といわず、ことごとく封印され抹消された──
「……何が言いたいのですか?」
 歌が終わった後、ナタケは穏やかに聴いた。妖人は笑った。
「優れた薬も大量に用いれば人を殺すこともできる、ということですよ」
「私たちが施術宝器を用いて圧制を行うのではないかと危惧しているのですね。そんなつもりは全くありませんよ」
「あなたはそうかもしれない、しかし次の社長はどうでしょうね? 持っているだけで使わない、そんなことができるか……いや、そんなことはどうでもよろしい」
 妖人は琴を調弦しなおしながら言った。
「我が星薬会は、我々の利権を侵害しない限り、あなた方が何をしようと掣肘はしません。しかし、他の……例えばヴィシュヴァカルマン神殿などは、どう思っているのでしょうね? それに」
 妖人は立ち上がり、和音をいくつか奏でた。
「知っていますか? 独立戦争後、チェリア朝の遺跡の抹消にもっとも精力的だったのが、ディヤウス神殿だったということを」
 先刻の旋律を奏でながら、背を向けて扉へ向かう。
「この邑がチェリア朝の轍を踏まないことを祈りますよ」
「……無礼な!」
 ついに耐えかねた衛兵が抜剣しかけたが、ナタケは首を横に振ってそれを制した。

 ルーシは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 今でも瞳を閉じればあの時の光景が瞼の裏によみがえる。
 剣刃と剣刃の打ち合う音。たった一度きりの。そして、床に落ちた。
 たった一合で、私は敗れた。
 だがそれももう過去のことだ。一対一で、余人の何の掣肘もなく、それでも私は負けた。
 負けを受け入れる。それが、せめてもの私の剣士としての誇りだ。
 ……剣士の誇り、か。
 ルーシは自嘲の笑みを浮かべた。
 負けて誇りがあるものか。単に、負け犬に過ぎぬではないか。
 出仕するでもなく、かといって反旗を翻すでもなく、ただ家の中にこもっているばかり。
 あれから鍛錬もしていない。ずいぶん腕は鈍っているだろう。
 兄のあの無謀な計画に協力して自滅していた方が、まだましだったかもしれない……
「ルーシさん?」
 突然背後からかけられた少年の声に、一瞬ぞっとしたが、幸いヴィレクではなかった。だいたいヴィレクは私にさんづけしたりはしない。
「ヴィレク様の使いで来たんだけど……全然取り次いでくれないから来ちゃった」
 無邪気なものである。何故このような子供をよこすのか、と考えかけて、そういえばヴィレクの影武者をやった者がいたという噂を思い出した。この子供がそうか。レザー・ウェル。
「あのさ、いい加減いじけるのやめて廷に出てきたら? 兵吏じゃ事務が滞ってしょうがないんだ。兵吏長がいないと、片付かないんだよ」
「ヴィレクに伝えてもらいたい。私の他の誰かを兵吏長に据えればよろしかろう、と。ほっといてくれ。丞などは私より将の器だ」
「それがね、兵吏丞が『ルーシ様以外の命には従いません』とか言い出しちゃって、どうしようもなくなってるんだよ。俺だってあんたみたいな上司は願い下げなんだけどさ、そうじゃない人の方が多いみたいだよ。だからさ、とりあえず1回廷に出てきなよ。やめるならやめるで、ヴィレク様に直接そう言ったら?」
「──どの面下げて会えというのだ」
 ルーシは呻いた。私は、負けたのに。
 ウェルは大きな目をみはって言った。
「……つまんない意地張るのって、疲れない?」
「……」
 ガキめ、と思って腹が立ったが、つまらない意地、確かにその通りなのだ。ルーシは唇を噛んだが、ついに折れた。
「……分かった。明日、出廷する」

「ああ、今日もウォウルは平和だなあ」
 ファングという名の少年は、空を見上げてつぶやいた。
 あの空のように、俺の懐も真っ青だぜ。ちぇっ。
 彼は金貸しをしているが、回収率は0なのでほとんどこれは「施し」である。慈愛の神であるディリーパの神官でもあるからそう思えば腹も立たない。
 その割に剣士であり格闘オタクであったりするのだからおかしなことである。
 強くなりたい、という思いは、ディリーパの教義には反するのではないかと思うのだが、一応ディリーパ神から見放されていないところをみると、これでいいのだろう。
 仕官でもするかなあ。それともディリーパ神殿にでも入るか?
 どちらだってすぐにでもできることだ。俺は才能あるから。
 とりあえず何か起こるまで待ってみよう、とファングは心に決めた。

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