会誌-「サークル水月会誌 第2回」

エルリークはこんな人 小説 兼 ザラス外伝 ザル岩石日記 PART2
■ 決意と妥協

【作者:但馬 晴/案:ほなサイババ】

 アーリアとモーリアのふたりが旅立ってから、すでに2節の時が流れた。
 旅の資金はとっくに底を尽き、体力も残っていない。あるのはわずかばかりの気力と、ありあまる後悔の念だけ…。
「ああ…、俺たちは死ぬんだ…。誰に見とられる事もなく、ひっそりとわびしく…」
 黙っていればいいものを、アーリアは今さらなことを言った。
「いいこと…なーんもなかったなぁ…」
 死を目前に迎え、モーリアの頭には今までの人生が激流のように流れた。あのとき、ギャンブルに手を出さなかったら…。
「そうしたら…。いや、言ってもしかたないか…」
 ふたりはあがくことをやめ、地面にへばったまま目を閉じた。ゆっくりとやってくる死の瞬間を受け入れるしかなかった…。が…。
「ん…。今なんかきこえたぞ…」
 目を閉じたまま、アーリアが問う。
「…呼んでるんだろ…。死の世界の住人が…」
 そっけなくモーリアが答える。
「おい、まただ…」
「早く死ねって言ってんだよ…」
「そんなんじゃない!! 確かにきこえたんだ、人の声が…」
 思いきって、目を開いた。視界にぼんやりと、人らしき影が見えた。
 それもとても近く…。目の前だ。
「あの…だいじょうぶですか…?」
 声に反応し、アーリアはがばっとはね起きた。悲鳴と共に、誰かがぺたんと尻もちをつく。
「あ、あの…」
 声の主は白銀の長髪、青紫の瞳、そして雪のように白い肌をしていた。
 年齢は20歳前半か。腰には湾曲した片刃の剣を帯びている。
「眠っていたのなら、ごめんなさい。でも、放っておけなくて…」
 いきなり立ち上がったアーリアに、少々おびえていた。
「おい起きろ、モーリア!」
 そんなこと全くかまわず、アーリアはモーリアをゆり起こした。
「助かったんだ!! 俺たち助かったんだ!!」
「…ほ、本当か?」
 まだそうと決まってもないのに、ふたりは無邪気に喜んだ。

「ふうっ、生き返るなぁ」
 アーリアはゆっくりと、少し温かい水を飲み干した。冷たい水は渇いた体には悪いからだ。
「水がこんなにうまいとは…。生きてて良かったぁ」
 さっきまでとは正反対の言葉をモーリアは口にする。
 ふたりがいるのはカルナにある酒場。それもかなり高級な、ふたりには場違いに思える所だ。たまたま通りかかったトゥーの神人に助けられ、ここに連れてこられたのだ。
 最初こそ、店のなかにいる客と自分たちのみすぼらしさを比べて少し情けなくもあったが、今までに見たことすらない料理が眼前に並べられると、物も言わずに食べ始めた。
「よく食べますね…」
 エルリークと名乗った神人は、呆れたように呟いた。それでも、ふたりの行儀の悪さにも嫌な顔ひとつしない。
「そりゃ…そうさ…。なんせ…一週…間も…」
 もごもごと不明瞭な言葉を発したあと、アーリアはごくんと肉の塊を飲み込んだ。
「1週間も水だけしか口にできなかったんだ」
「…どうして?」
 優雅な動作でワイングラスを持ち、口へと運ぶ。
「だまされたんだ」
 ナイフとフォークをカチャカチャ動かしながら、モーリアが言った。
「ナタ大司祭のエイラにだまされたんだ。
 俺たちの家族を人質にとり、こう言った…。『家族を助けたかったら、ウォウル王国のナーラダ=ヴィレクを暗殺しろ』と…。」
 さすがに山賊だけあって、口からでまかせがポンポンと出てくる。
「ひどい…」
 言葉に怒りが込められる。エルリークの形のよい眉がぎゅっと寄せられた。
「…やるしかないんだ、俺たちは…」
 すかさずアーリアが後を継いで言う。
「成功するにしろ失敗するにしろ、家族は助かるんだ…。
 いや、もっと楽な方法がある…」
 アーリアはワインを一気に飲み干した。
「俺たちが死ねばいいんだ…。そうすれば…」
 命は助かる。その言葉を肉片といっしょに飲み込んだ。
「暗殺…か…」
 ぼそりとエルリークが呟いた。ややうつむき加減になる。
「できないこと…もないな…
 ウォウル国王、ナーラダ・ヴィレク…。楽しめるかもしれない…」
「お、おい…」
 ただならぬ様子に、モーリアはとまどいつつも問いかけた。
「はい?」
 ゆっくりと顔を上げる。優しく頼りなさそうな表情が見てとれる。
「ちょっと失礼しますね」
 席を立ち、エルリークは部屋の奥にある扉へと向かった。
「おい、どこいくんだ?」
 口元を乱暴に手の甲で拭い、アーリアがたずねた。
「…ぼくが男だからいいですけど、女性にそういうことたずねると嫌われますよ」
 振り返りそう言うと、エルリークは扉のなかへと消えていった。
「…トイレか…」
 今まで自然のなかで用を足していたので、そういうことへ気が回らなかったのだ。



「ウォウル国王ナーラダ・ヴィレク…。
 暗殺…するのか?…」
「そんなことする必要ないよ。あの商人はきみがなぶり殺した。
 それで全て終わったんだ…」
「そうだったな…」
 ……エルリークは器に入った水で手を洗い、持っていた布できれいに拭い取る。
「ところであのふたりのこと、どう思う?」
 もうひとりの自分に問う。だが答えはなかった。
「…答えてくれないの? なら、いいけど」
 ぶつぶつ文句を言いながら、エルリークは扉を開けた。
「おう、にいちゃん。ちょいと俺たちにつき合ってもらおうか」
 そこに、いかにもガラの悪そうなナルスがふたり立ちはだかった。
「は? …でも、ぼくには連れがいますから…。失礼します」
 ぺこりと頭を下げ、通り抜けようとする。
「てめえっ!!」
 やはり口より先に手が動いた。顔にキズのある男の放った鉄拳が、エルリークの腹部をとらえた。
 一瞬にしてエルリークの目の前が真っ暗になる。そしてずるずると崩れ落ちた。
「ここはなぁ、てめえみたいなガキがくるところじゃねぇんだよ!! 本当ならもっとひどいおしおきをするところだが…。金貨100枚で見逃してやらぁ」
 もうひとりの男がエルリークの胸ぐらをつかみ、立ち上がらせる。
「…表に出ろ…。他人に迷惑がかかる…」

 ぼんやりと力のない瞳で男をにらみつけた。先ほどまでとは別人のように。
「…どうやらもっと痛い目にあわねぇとわからんようだな…」
 掴んでいた手を離し、男がいった。
「いいだろう…。ザック、先にいってるぞ。逃がすなよ」
 男はさっさと外へ出ていった。続いてエルリークものろのろと歩いていく。
「へっ、馬鹿なやつだぜ」
 エルリークの左側を、ザックと呼ばれた男がついていった。
「ん…?」
 エルリークの動作に、ザックは目をやる。帯びていた片刃の剣を、右手に鞘ごと持ち変えたのだ。
「…なんのつもりなんだ…?」
 あれではとっさに反撃できない。
「…本当の馬鹿だな」



 カルナでも、特に治安の悪い場所へとやってきた。ここでは死体のひとつやふたつ、転がっていても珍しいことではない。
「遅いな…」
 男は振り返った。かなり離れてふたりの人影を見つけられた。
「…ったく…」
 視線を外し、地面へと向ける。そのとき。
 絶叫がひびいた。そしてにぶい音が続く。
「なんだ、もう殺っちまったのか」
 男は声のした方へとやってくる。そこに、左逆手に柄まで朱に染まった剣を持ったエルリークが立っていた。
「暗殺秘剣…逆風…」
 刀身を右親指と人差し指に挟み、血のりを拭い取る。
「て、てめえ!! ザックを殺りやがったな!!」
 腰に帯びた長剣を抜き払いつつ、男が叫んだ。
「…見ればわかるだろ…。貴様の目は飾り物か」
 物言わぬザックの身体に、エルリークは剣尖を突き刺した。
「き、汚ねえぞ!!」
「…汚い? 馬鹿だな貴様は。戦いにきれいも汚いもない。正しい必要もない。勝てばいいのだ。
 ウォウル国王ナーラダ・ヴィレクは正しかったか?
 正しくなどなかった。策をもちいて反対派を片づけた…」
「…だ、だからどうしたってんだっ!?」
「正しいことなど役に立たん。いや、そんなもの邪魔になるだけだ」
 エルリークは笑った。心の底から。とても楽しそうに。
「悪党なら悪党らしくなれ。くだらぬことにとらわれる限り、貴様は生きてはいけん。
 ひとり殺そうが百人殺そうが、事実は変わらぬ。いくら後悔しようが血に染まった手はきれいにはならぬ」
「だっ、だまれっ!!」
 男は剣を振り上げ、エルリークへと突進する。轟音と共に剣が振り下ろされた。
 エルリークはそれを避けようともせず、笑っていた。
 男の剣はエルリークを唐竹割りに斬り下げた。…と男は思った。
 しかし、剣尖が地面を打ちつけ、はね返る。
 手ごたえはまったくなかった。斬り下げた瞬間、エルリークの身体はかき消すように消えたのだ。
「影身…」
 男の背後をとったエルリークは呟く。
「死ね」
 言葉と同時に、血しぶきが舞い上がった。
「馬鹿な…」
 男はそのまま前に倒れ、絶命した。

 エルリークは剣を放り捨て、その場にうずくまった。こらえきれず、腹のなかのものを吐き出す。
「また…やったんだ…」
「ああ…。そうするしかなかった…」
「わかってるよ。責めてなんかいない。でも、なかなか慣れなくて…」
 口元を布で拭い、布はすぐ投げ捨てた。
「きみがいるから、ぼくは生きてこられた」
「お前がいるから、私は生きてこられた」
 ふたりでひとり。7歳の時からずっと。今でもこれからも。
「…もし…ウォウル国王を暗殺するとしたら…。きみにできるの?」
 いきなりの質問だった。
「できないこともない。が、どうしてそんな事を訊く?」
「…ん…いや…。してもいいかなって、ちょっと思ったから…」
「私はあまり気が進まないが…。やるとしたら、隙をつく。
 神人も妖人も、生きている限り腹も減る。眠くもなる。隙のできない者などいない。そこをつく」
「…ふうん…」
「だが、相手は国王だ。容易には近くに寄ることはできん。
 地位か名誉、そのどちらかが必要だ」
「…どっちもないよ」
 くすくすとエルリークは笑う。
「…さてと…。戻ろうか」
「それはいいが、こいつらはどうする?」
「放っておけばいいよ。ここじゃ珍しくないことだから」
 剣を拾い上げ、血のりを拭い取り、鞘に収める。
「いちおうこれはもらっておくよ」
 殺したふたりの遺体から、財布を取り上げ懐にしまう。
「きみたちにはもう必要ないからね」
 エルリークはアーリアとモーリアのいる酒場へと戻っていった。

                           おわり…。

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