会誌-「サークル水月会誌 第2回」

■ ある雨の日の会話  【作者:三純 るく】


 セルフィアーにかつて栄華を極める邑があった。その邑にある全ての家々は、鮮やかな壁画と美しい彫刻で飾られ、その邑に住むどんな人々も思い思いの華やかな衣服を身にまとっていたという。邑民は全ての美しい物を愛していた。ある者は琴の名手であり、ある者は希代の歌い手、またある者は壮麗な画を描く、といった具合で、他のどの邑より一芸に秀でた者が多かったと言われている。それも当然かもしれない。争いの無かったこの邑では、奸計の言葉より詩の言葉に、剣の柄より画筆に触れて子供達は育つのだから。彼らは優れた文化を生み、育て、それらの美しい品々を交易によって各地に広め、また新しい文化を持ち帰りもした。ところで、この地域はもう長い間、言霊人のみが住んでいる地であった。ある時、1団の神人(中には人間(ナルス)もいた様だ)がやって来て、この邑へ住みつこうとした。言霊人達は動揺したが、結局彼らを受け入れた。彼らの内に、優れて美しい装飾品を作る者と、自分たちの続けてきた旅を洗練された言葉で(うた)う者がいたからだと言われている。そして、長い年月の間、分け隔てすることもなく全ての種族がそこで暮らし、やがて邑は最盛期を迎えた。そして…帝国暦301年、言霊人排斥を叫ぶ神人達が外から押しよせ、ついにその邑は滅びた。抵抗など、無きに等しかったに違いない、邑民は、武器らしい武器も、それを扱う技術も持っていなかったのだから。しかし、邑民の内の1/3を占めつつあった神人、人間も、この時共に邑を守ろうと戦ったのだという。だがやはり、それもむなしく、栄華を誇ったその邑は、美しいその全てを歴史の闇に沈めてしまったのだった。

「──という話を知っているか? セフィル。」
 長い語りの後、唐突にヴィーシアは尋ねた。
「いいえ。学問一般の中でも、政治と歴史は特に苦手なものですから。」
 申しわけなさそうにセフィルは答える。しかしこればっかりは彼女が悪いわけではない。誰でも知っている様な話ではないのだ。歴史家でさえ、聞いた事がないと言うであろう。ヴィーシアは種明しを始めた。
「セルフィアー古代史邑別資料編・復刻完全保存版、天の部、下巻56章だ。」
「……? な、何ですか、それ。」
 しかし全然分からない。マニアックな書名一つで理解しろという方が無理だ。
「私が一時100年ほど書庫に入り浸った生活をしてた頃、書庫の隅の、捨てられる直前の書物の山から見つけた書で、中でもこの一節は大好きだったんだ。」
「でしょうね。私たちが造ろうとしている邑に、何だか似ていますよね、その物語の邑は。」
「物語じゃないよ、セフィル。これは本物の歴史書の一節だ。偶然残ったその一冊を除いて、他の全ての書物から消された真実なのさ。」
「…何故、そんな事をしたんでしょうか?」
 そして何故、こんな話を友人が始めたのか、セフィルは(はか)りかねていた。
「強力な言霊人を追い出すには、神人達が一丸となって当たらなければならなかったし、独立の後も緊張は続いただろう。それなのに、『人も言霊人も仲良くやっていました。その邑がせめられた時、言霊人と共に、同族相手に戦おうとした神人もいました』では、まずい。そういう裏切り者の歴史は消したかったのかもしれない。」
 宿の窓の外は雨だ。話し込むにはピッタリの雰囲気である。
「歴史というのは、案外そんなものなのかもしれませんね……。私もその邑の話、好きですよ。」
 そう言ったセフィルにヴィーシアは、さらに言う。どんなところが好きか、と。そして、
「私はこの話の何が好きと言って、神人や人間を邑の民として受け入れて分け隔てなく暮らした、という所が一番好きだな。」
 とも言った。
「装飾品や詩を作る能力があったから。っていう理由も素敵ですね。」
 ヴィーシアは、我が意を得たり、といった表情で笑った。やっぱりパートナーとしては最高の相手を選んだに違いない。共感できる相手、というのはいいものだ。
「そう。本当にいいもの、っていうのは種族間の壁をこえて伝わる。何ていうか…分かるものなんだ、きっと。美しい物を愛する気持ちは同じだろう? それに、もう一つ好きな点がある。」
「それは?」
「それは、神人(ホルス)だけでなく、その邑の中の人間(ナルス)も共に邑を守って戦った、というところだ。言霊人を追い出す戦いに参加しなかった事もあって、今、人間はあまり優勢とは言えないが、一部にはこうして何かを守ろうと戦った人間もいた。という事が分かっただけでも、十分面白いじゃないか?」
 実際、彼女はひどく楽しそうだった。
「そうですね、私たちも、その邑を見習って、いい邑を造りたい…。」
「甘いなっ! セフィル。」
「!?」
「見習うなんてもんじゃない。」
「???」
 何をするつもりだろう、とセフィルは少しびくびくものだ。すでにヴィーシアの目は、いたずらっぽい輝きに満ちている。
「私が目指すのは、バルスの再来だ!!」
「…バルス。もしかして、その邑の名ですね!」
「そう。バルスを復活させる。今度は滅亡させはしないさ。古代のあの時と違って、今度は防衛のために軍も作るんだ。ふりかかる火の粉は払わせてもらう!だから軍事方面の指導者も探した。」
 そう言って相方に信頼に満ちた目を向ける。セフィルはそれをしっかりと受け止めた。やっとヴィーシアの夢の原点に触れる事ができた。
「バルスそのもの・・・・の遺跡も見つけられるかもしれない。」
 そうなればまさに「再来」である。
「ヴィーシア、ちょっと思いついたのですが。」
「ん?」
「私達はこれから支持者を集めますよね。その集団を、何と呼びますか?」
「…考えてなかったナ。」
「バルスと名乗っては? いずれ邑名にするつもりでしょう?」
「いいねぇ。」
 こうして、まだ出来てもいない集団と邑の名前が決められてしまった。
 シュナフへ向かう2人の、ある一日の出来事だった。

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