会誌-「サークル水月会誌 第2回」

■ そして運命は動き出す  【作者:Yugo】


 ラクーラより北へ10km程行った所に位置する小さな邑──家が二、三軒あるだけのほんの小さな集落、しかも今は無人と化した──、“踊る死神”ことリーは荒れ果てた邑を見渡せる小高い丘に立っていた。
「10年前とすっかり変わっちまったな…。この邑も、俺も」
 呟いた彼の顔に影が落ちる。普段は努めて感情を表に出さない様振る舞っているリーではあるが、今の彼からはいつもの彼からは感じられない哀愁が漂っている。
 不意に空を見上げる。果てしなく空が青く澄んでいる。容赦なく太陽は大地を照り付ける。夏ももう終わりだというのにメールは激しく暑い。
 ちらりと見たその先には三つの石が寄りそう様に置かれている。エイジア・トゥーフン、フランチェスカ・トゥーフン、プリシア──拙い字で刻まれている。
 天涯孤独のリーにとって唯一肉親と呼べる人々の墓だ。
 墓の前にどしりと座り、先の戦でリューナ司祭に焼かれた腕を出す。
「師匠、俺ももう36になりましたよ。初めて会ったときのアンタの年と同じになっちまいました…。早いもんですねェ、初めて会った時が昨日の事に思えるんですがね…。だけどまだまだ未熟ですよ。右腕をこんなにやられちまいました」
 リューナ司祭にやられた傷はまだ治りきっていない。ずきずきと痛むが、それを感じる度に未熟さを思い知らされる。
「ちっと湿めっぽくなっちまいましたかね。ま、一杯やって下さい」
 どばどばと師匠であったエイジアの好きな酒をかける。一杯口に入れると、目の前に師匠が浮かんで見えるようだ。
 そして。
「フランチェスカ。俺はまだまだ元気だ。あと十年はこっちで頑張れる。お前の好きだった花だ。ここに置いておくぞ」
 リーの記憶の中に生きるフランチェスカは28歳。姉さん女房だった彼女の歳をとうに越している。彼女の笑顔を思い出す度、元気付けられる。
 小さな石を前に、彼はさらに一口飲む。
「プリシア。お前も生きてりゃもう15だな。おしゃれしたい年頃だろうに。安モンだが、これを付けてくれ」
 紅く輝くこの石はメール族の宗神マハーカーラの加護を表しているという。その石で作られた首飾りを石のたもとに置く。リーの自慢の娘プリシアを前にすると彼はほころぶ。
「……もう十年か。みんなが逝っちまってから、十年過つんだよなあ…」
 太陽は雲に隠れている。周りに影ができる。
「なんで逝っちまったんだ…」
 リーの眼から光の粒がこぼれ落ちる。とうの昔に涙は枯れ果てたと思っていたのに。
 と、風が吹き始めた。季節の終わりを告げるかのように。
「今は、イリス王を名乗る奴に仕えているんですよ。そいつは初対面の俺を『信用できる奴だ』なんてぬかすんです。面白い奴だと思いませんか、師匠。けど、そいつはでっかい風、いや、嵐を起こします。セルフィアー全土を飲み込む位の、でっかいのを。俺はそいつの中で俺なりの風になろうと思います。それが『全てを越えろ』の真意を掴む為の答えを導くと思うんです。
 全てが終わり、『全てを越え』たらまたここに来ます。そしてトゥーフンの姓を…」
 リーの眼には迷いは無い。
(風が俺を呼んでいる。北だ。リューナを目指すんだ)
 彼は忘れられた、ちっぽけな邑を後にした。リューナ司祭の首を取る為に。
 ──リー。その邑の唯一の生き残りの男であり、またその邑の名でもある。

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