会誌-「サークル水月会誌 第1回」

■ リアクション1−5「謀略の宴」  (独立暦400年火の月)


「……司祭!分かっているのですか!?」
 イリス司祭侍、イン・イクートスが、どん、と机を叩いた。ウルゴスは面倒そうにその中年男を見上げて言った。
「別にいいじゃないか、何が変わったわけでもなし」
「変わったんですよ、司祭! だから問題なのではないですか」
「何が変わったんだ、呼び方すら変えてないくせに」
 ウルゴスは億劫そうにその逞しい体躯をだらしなく椅子の背にもたせている。うんざりもしようというものだ。こんな、いかにも分別臭そうな顔をした、しかも男にだ、延々もう一刻もの間、その顔の通りの内容の話を聞かされるなど、苦痛以外の何者でもない。この苦痛から逃れるすべは分かっている。自分が王をおりると、そうひとこと言えばいいのだ。だが、メ−ルの悪性で、ウルゴスはイクートスに負けず劣らずの頑固者であった。
「とにかく、何を言っていてもリューナはもうわが邑まであと五日のところまで迫ってきているのですぞ。王号を廃し、リューナ司祭のもとに伏して謝罪するしか方法は……」
「馬鹿な!誰があんな男に膝を折るものか!」
 我慢強いウルゴスもさすがにこの言にはカチンときた。
「リューナ司祭は……!」
 俺をこの立場に追い込んだ張本人なのだぞ。そう言おうとしたが思いとどまった。それを裏付ける確かな情報は何も得られてはいないのだ。王を名乗ったのは俺自身の意思だ、そういうことにしておいた方がいいだろうし、そう思いたい。あんな奴に踊らされて王になったなどということが知れたら、全く末代までの恥である。
「……ともかく、お前の言い分は聞けぬ。何があっても聞かないぞ」
「イリスが滅びても、ですか」
「そういうことは滅びてから考えろ」
「……」
 イクートスは大きくため息をついた。
「……ここは一時退きますが、分かりました、とは言いませんよ。よくお考えになり、考えを改められますよう」
 大股に歩み、扉をばたん、と閉めて出ていく。やれやれ、と大きく息をついて伸びをしたとき、侍と人れ替わるように入室してきた者がいる。
(また男か)
 ウルゴスは別に好色ではないが、こうもまわりにむさくるしい男ばかりでは鬱屈がたまる。男でも細身の美形でもあれば少しは目の保養にもなろうが、あいにくメール族にはそれは望めない。今日はついてない日だな、とウルゴスはやや憤然とした。もっとも彼の場合、ついている日、などというものには滅多にお目にかかることが出来ないが。
「何用だ」
 とりあえず表情を繕って、入ってきた男に瞳を向ける。その尖った顎と、椿柚でかっちりと棒状にまとめられたもみあげは、余人と見まごう筈もない。法神官丞、グード・ライザーという男であった。
 ウルゴスはこの男がどうにも気にくわなかった。理由は実に単純なことで、この男が政治のことを実に整然と話すからである。自分の知らぬことを完全に知り尽くしている男。気にくわない、と思ってしまう。
「一体何を言いに来た。お前も、イクートスと同じように俺を諌めに来たのか」
 ライザーは唇を噛むような妙な笑い方をした。
「イリス王はお気が短い。侍には何と?」
「他の邑の軍とはいえ同じマハーカーラ神王の神兵ではないか、その同胞にどうして刃を向けることができるのだ。戦うくらいなら降伏しろ、和を乞え、同胞が相食むことを神王がお望みと思うかと、その一点張りだった。お前はどう思う」
「愚論ですなあ」
 ライザーはげヘヘヘ、とロを四角にしてまた笑った。
「イクートス殿には時勢というものがお分かりでない。王、リューナ司祭とご自分とでは、どちらが正しいと?」
「もちろん、俺だ」
「ならば、戦えばよい」
 ライザーがあっさりと言ったので、ウルゴスはかえって首を傾げた。
「時勢と俺の正しさと、どういう関係がある」
「それはですなあ……」
 ライザーはさも自信たっぷりに指を折ってみせた。
 ひとつ。近頃セルフィアー各地では王を称する者が出てきているが、メール族の中にはまだ一人もいなかった。イリスで王を称さずとも、他邑に迫随者が出たであろう。従ってここで聖地以外で最大の邑であるイリスでまず王が立ったことは、他邑の野心ある者ヘの圧力となる。これは王を称することの正しさである。
 ひとつ。イリス王が立つ前どころか、王位に即くという高札を出す前に、すでにリューナ軍は邑を出ていた。これはあの高札自体、リューナの手の者のエ作であるという証明ではないか。
「ライザー……お前……」
「間違っているか」
「いや、その通りだ。よく考えればすぐ分かることだったな」
 仕掛けてきたのはリューナの方である。イリスがこれを迎え撃つは理から言って当然のこと。これは戦うことの正しさである。
 そして、もうひとつ。
「戦って勝てば、勝った方の理が通る。それが名分というもの」
「勝てると思うか、ライザー」
「今のままでは負ける。兵には士気がない、将の心は離れている」
「勝つためには、どうしたらいい?」
「この私を」
 ライザーは眉をみはって言った。
「軍の師として起用し、策はすベて聞き入れる」
「分かった」
 ウルゴスは即答した。
「お前を『軍師』に起用する。兵神官丞と同位ということにしよう。作戦立案に関しては、すベてお前の意を通すという特権つきで。ただし、この戦に負けたら即、クビだ」
「負けたら王の首もない」
「全くだ」
 言葉とは裏腹に、からからと晴天のように明るい声を立てて、ウルゴスは笑った。
「存分にやってくれ。どうやら、お前を信用するしかなさそうだ」

 この人事について、兵神官長、兵神官丞などからはむろん不満の声が上がったが、ウルゴスもライザーもそれは無視した。ウルゴスはライザーが何をやっているのかは知らない。ライザーもウルゴスにあえて報告するような無駄はしなかった。敵軍は間近に迫っていた。

「何なの、あの男」
 同僚である募兵尉のイェング・ガヌースがふてたような声を出した。神兵尉カルプネース・ルドルフは彼女の視線を追う。何なの、もないものだ。自分たちの臨時の上官ではないか。
 ガヌースはあのライザーという男が嫌いらしいが、ルドルフの見たところではそれほど嫌な男とも思えない。確かに自分に自信を持ちすぎているきらいはあるが、それに釣り合うだけの才覚を持った男であるようだ。ルドルフなどには思いもつかぬような奇抜な命を次々と我々に下していたが、無理なことも無駄なことも言っていない。もっともそれが実際に戦場に立つとどう変わるかは分からないが。
「あの男、法吏にずっといたんでしょう。法吏っていったら律令やら勅やらの文面をひたすら頭の中に埋めて筆の先を舐めてた人種よ。そんなのに戦ができると思うの!?」
 できるからここにいるんだろう、とルドルフは思ったが黙っていた。それより自分の仕事の方が重大事項だ。募兵は原則的に戦うだけが仕事だから、ガヌースは暇をもてあましているのである。そんな者につきあってやる義理はないし、余裕もない。昧方の兵をまとめ、敵軍を切り崩す。そんなことが本当にできるのか、初め聞いたときは半信半疑だったが、その策は着々と実を結びつつあった。

「……おい、聞いたか」
 リューナ軍が邑を発ってからもう六週間も経っている。これは、イリスが瓦解するのを待つために故意に遅らせたものなのだが、兵たちはそれを知らない。マハーカーラの神官が多いだけに食には不自由しないが、かえってそのことで兵たちの気はゆるみきっていた。
 その中ヘ、噂が流れ込んだ。
「我らが司祭は、イリスの司祭位を狙ってるんだとよ」
「それは、本当かもしれないな。リューナよりイリスの方が交通の便はいいし、大きいし、第一見栄えがするしな……」
「だから、高札を立てて理由をこじつけたんだろ」
「あれは、こじつけだったのか!?」
「ああ、何せ俺たちが出たのは、高札が出るより早かったらしい」
「じゃあリューナ司祭は俺たちに嘘を?」
「自分の地位欲しさに嘘をついたんだ」
「マハーカーラ神王の司祭ともあろう者が……!」
「じゃあ、命を捨てる覚悟でここまで来た俺たちはどうなる」
「まじめに戦うこたぁねえ。適当にやって、不利になったら逃げようぜ」
 長い行軍が徒になって、兵たちの士気は綻んでいた。そこヘ投げ込まれた噂である。広まるのは早かった。そしてその噂は真実味があり、全く真実であったから、リューナ司祭には止めるすベがなかった。
「どうして洩れた!?」
 そこで近侍の者に当たり散らすので、また衆望を失う。リューナ司祭はもともと人望の乏しい人物である。ただ、イリス司祭に非があり、こちらに大義があると聞いたから、兵たちはみなついてきたのだ。それが崩れたとき、兵たちは戦う理由を失った。辛うじて兵の心をつないでいるのは、神兵たちのリューナ神殿ヘの帰属意識と、募兵たちの報酬に対する義務感、ただそれだけだった。聡いリュ‐ナ司祭は、薄々それに気づいていたが、認めようとはしなかった。
「どうするのですか?」
 リューナ兵神官長を務める女性が訊く。
「戦って、勝つ。それだけだ」
 決戦は明日に。
 地形と陣の位置から、すでにそれは敵味方双方での決定事項となっていた。

「星が綺麗だ……」
 陣中から空を見上げて、ウルゴスは呟いた。
「こんな夜には、酒を飲みたくなる。うまい肴をもって……」
「駄目です」
 一言で切り捨てたのは、募兵尉イェング・ガヌースである。兵神官長と兵神官丞は戦場に連れ出していないから、今ウルゴスの周囲にいる指令官級の人間は、ガヌースとルドルフだけだった。あとは彼らの副官と、
「ライザー」
 ウルゴスは「軍師」に声をかけた。
「勝てそうか?」
「ほぼ、確実に」
 ウルゴスは黒曜石の瞳を光らせて笑った。
「そうか。……何をやったんだ、と訊きたいところだが、種明かしは勝った後にしておこう」
 また、空を見る。
「しかし、飲みたいなあ……」
「どうぞ随意に」
 ライザーが言ったので、ガヌ―スは目を血走らせた。
「何を言うか! 戦いの前夜に酒とは……つぶれて使いものにならなくなったらどうなさる気か!」
「それはない」
 ライザーは断言する。
「失礼ながら、王の行跡もいろいろと調ベさせてもらった。酒に溺れたことは一度もない、きわめて強い体質をお持ちのようだ」
 ウルゴスは嬉しそうに頷き、陣を飛び出した。その背にライザーは一言だけ忠告した。
「ただし、一刻以内に戻ってこられるよう」

 ウルゴスは募兵たちの陣の中にもぐりこみ、酒を求めた。イリスには酒の神であるビーマ神王の大神殿があるので、募兵にはアシュラ神官と並んでビーマ神官が多い。しぜん、酒も揃っている。
「いよっ、大将。戦いの前夜に酒たぁ、肝が据わってるねえ」
「そう昔う君らももう呑んでるじゃないか」
「一軍の帥と、平の兵とじゃ、まるで事情が違いますぜ。まあ、ここで一献」
「ここで飲んだら一晩かかりそうだ。一合だけでいい。くれないか」
「なんだ、つれないなあ」
 とか何とか言いつつも酒と肴を渡してくれる。それを手にしたまま、ウルゴスは陣の後方の丘にのぼった。その頂上は360度星が見渡せる、絶好の星見スポットなのだが。
 先客がいた。鎧甲を脇に置き、どっかと地に座して、ちびりちびりと酒を飲んでいる。
「この場所を知っているとは、かなりの通と見た」
 ウルゴスが呟くと、その男はこちらに背を向けたまま訊いた。
「どなたか?」
「ファエーイ・ウルゴスという者だ」
「それは、我が軍の帥の名ではないか」
 男はゆっくりと振り向いた。ウルゴスが近づくと、恐縮したように頭を下げる。
「礼などよい」
 ウルゴスは笑い、男のとなりに座った。
「ビーマの奴らから貰ってきた。飲むか?」
「いただきます」
 男は盃を差し出した。ウルゴスが注ぐ。
「お前、名は何という?」
「リー」
「リー、だけか?」
「踊る死神、とも呼ばれています」
「募兵か?」
「昔は。今は一介の神兵です」
「ただの?」
「はい」
 ウルゴスは自らも飲みつつ、その男を観察した。年の頃は、青年期を脱して壮年期にさしかかろうというあたりか。手入れのゆきとどかぬ髪、角張った顎、無精髭、どこから見ても無頼者という風貌なのに、その目だけがとても優しい。
「腕は立ちそうだが……」
「運に恵まれませんので」
 運、か。
 ウルゴスは星に目をやった。あの赤い大きな星は火炎城、勝利の女神の居城。彼がマハーカーラの次に尊崇する神王だ。戦をもたらし、勇気をもたらし、勝利を賜る神。
「俺は、運がいいのかもしれないな……」
 呟く。この時機に、この時勢の中で、王を称さざるをえなくなった。はめられ、戦わざるをえなくなって、ライザーという策士に出逢った。兵吏の中には、ガヌース、ルドルフといった戦巧者が揃っている。そして。
「リー、お前、俺の衛士にならないか」
 その言葉が口をついて出た。この男は絶対に裏切らない男だ、そう直感した。
 リーはあっけにとられている。それはそうだろう。今日初対面の男に、いきなりこんなことを言うとは。
 リーはきわめて常識のある男だったから、ウルゴスは酔っているのだろうと思った。
「お戯れを……」
「俺は正気だぞ」
 ウルゴスはまっすぐにリーを見つめた。黒曜石の、一点のくもりもない瞳を持つ青年。
「俺は理屈は分からない、だが神官としての力はイリス一だ。その俺が言うんだから間違いない、お前は信用できるし腕も立つ人間だ。そうだろう?」
「はあ」
「明日は手柄を立てろ。そうしたら衛士にとりたてる。覚えておけよ」
 そう言いおき、しっかりした足どりですたすたと去って行くウルゴスを、リーは茫然と見やった。こちらは名と通り名を名乗り、地位を言い、酒を飲んだだけなのに、勝手に直感して勝手に納得して去っていった。何だったんだ、と呟いたが理解できぬ。気を取り直して、残りの酒を平らげにかかった。光の月は白磁の皿のように無表情な光を放っている。

 イリスから北方ヘ約五○粁、ラクーラの地にて両軍は相見えた。リューナ軍は一万、対するイリス軍は九千八百で、数ではほぼ互角といってよい。ちなみに指揮官または伝令のみが馬に乗り、あとはみな歩兵である。
「時は」
 ウルゴスは短く尋ねる。
「水の刻の半ばです」
「そうか」
 敵はまだ動かない。
「ライザー、いつになったら動くんだ」
「すぐに分かる」
 ライザーの答えは素気なかったが、ウルゴスがライザーを見返し、視線を戻した時には本当に動き出した。しかもこちらヘ向かってくるのではなく、乱れたっているという様子である。
「神兵尉」
 ライザーの声を受けて、ルドルフは、はっ、と返答し旗を高々と差し上げる。この無ロな男の大声を聞くことができるのは、号令を発するときだけだ。
「行!」
 全軍が整然と、隊列を保ったまま、リューナ軍ヘと近づいていく。
 見事なものだ、とウルゴスは自軍を見わたした。私語ひとつない。いつから、こんなに士心がまとまったのだろう。ほんの数日前までは、王を称するなどとんでもない、誰があんな若造のために戦うものかと、そう言っていた者たちではなかったのか。
 リューナ軍ヘ近づくにつれ、その混乱ぶりがはっきりと見えるようになる。どうやら軍の後背で何かが起こっているらしい。イリス軍が間近に来てからやっと気づいて、こちらに向きなおるといったところ。
「突撃!」
 機を逃さず、ルドルフが命を下し、旗を尉丞に投げると刀を抜いて自ら突っ込んでいく。指揮官の勇猛を見て、兵たちも俄然勇み立つ。隊伍の整然さはそのままに、ルドルフに引っ張られるようにして次々と敵を屠っていく。ウルゴスはむろん自分も戦うつもりだったが、ライザーに止められた。
「神兵尉に任せておけば間違いはない。万一のことがあってはいけない」
「しかし、人に戦わせて自分は戦わぬ者を、兵は信頼するのか?」
「それは時と場含による。今回は必要ない」
 事実、加勢の必要がないほどルドルフと彼の兵は強かった。いつのまにか隊列は半分くらいの幅になり、かわりに縦に長くなって、鋭く鮮やかに敵を二つに裂く。その一方を半月形に包囲し、殲滅していく。斬られる者、降伏する者、逃げ出す者。逃げる者は追うな、とルドルフが下知すると、それを聞いたリューナ兵は片端から逃げ出した。
「やあ、片尉」
 ガヌースが姿を見せた。百人の兵と百人の間者を連れてリューナ軍を後背から切り崩したのは彼女の功である。
「手伝うよ」
 もう片方の敵を包囲しにかかったが、それが完成する前に敵はもう逃げ出していた。
「必要なかったかな」
 笑みを浮かベたガヌースだが、
「リューナ司祭はどこだ?」
 ルドルフに訊かれて初めて気づいた。諸悪の根源、リューナ司祭の姿が見あたらない!
「……逃したか」
 ルドルフは舌打ちしたが、戦果自体は歴史上かつてなかったほど多大だった。これ以降、彼の名は若き名指揮官として語り伝えられていくことになるのである。

 リーはルドルフの軍の中に混じって包囲陣に加わろうとしていたが、ふと、もう一方の陣のはるか彼方で、背を丸め、こそこそと逃げだそうとしている騎馬を見つけた。
(あれが、リューナ司祭か)
 ぴんときた。追わなければ、と思う前に体が動いていた。他の誰も気づいていない。他の者にも声をかければ良かったのだが、この時はそんなことは眼中になかった。
 手柄をたてろ、という昨晩のウルゴスの言葉が頭の中にあったのかもしれない。がもしそうだったとしても、彼の意識にはのぼっていなかった。目前に獲物がいて、それが逃げようとしている。元傭兵の血がさわいだ。逃がしてはならない、と思った。
 走る。それを止めようとする敵はいなかった。まっすぐに駆ける。リューナ司祭が振り返り、大きく目を見開いた。
「お覚悟を!」
 ここで剣を抜いて斬りかかっていれば、リューナ司祭の命はなかったにちがいない。だがリーは、素手のまま司祭を捕らえようとした。彼が剣よりもそちらのほうを得意としていたからであるが、それがリューナ司祭に反撃の隙を与えることになった。
 リーは司察の腕を──腕につけた籠手をつかんだ。そのまま背に負って投げ、腕をねじって拘束する。そのつもりだった。
 だが、籠手に触れたとたん、その掌に熱を感じた。
 籠手が燃え上がっていた。そしてその炎が、彼の方に向かって吹きつけてくる。
「────!!」
 とっさに顔を庇った腕が焼けた。地に転がって火を消す。経験からとった反射的な動きが、彼の命も救ったが、立ち上がったときには、すでにリューナ司祭の馬は木立の向こうヘと消え去っていた。
 リーは自分の焼けただれた右腕を見た。こんな火傷、霊薬ひとつですぐ治るだろう。だが。
「俺には、やはり運がない……」

「で、種は何だったんだ」
 ウルゴスはライザーに尋ねた。
「戦場で背後から揺さぶりをかけたというのは、ガヌースから聞いたが、それ以前には何をしていたんだ?」
「大したことではない。敵にも味方にも、真実を知らしめたまで」
 要するに、情報戦なのである。
 向こうの大義を奪い、こちらに大義ありと知らしめる。士気の量は、兵の多寡よりも戦の勝敗を大きく左右する。
 そして、その情報を実際に流したのはルドルフとその部下たちだ。
「だから、今回の勲功第一は神兵尉だ」
 ウルゴスはライザーの顔を見直した。
「お前、意外と欲がないんだな」
 欲がないのではない。欲しいものが、ウルゴスの賞賛やイリスでの地位などというちっぽけなものではないというだけのことだ。今回の戦で、少なくとも自分の名は全土に知れ渡っただろう。
 そして……

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