会誌-「ザラスMCPG マニュアルvol.1」

■ §3.6  アプシーズ=エルフ  [リアクションNO.6−0]

会長:古代妖人・ティターニア(ティト)
族長:古代妖人・メルリーラ(メリル)
髪:黄金/瞳:若草色/肌:籐黄色
属性=地:23/水:8/風:16/火:14/天:17/空:12/人:10
人口:10%
平均寿命:1000歳?
性格:好奇心旺盛、諧謔好き
剣勢:鮮剣

能力値へのボーナス
 霊力(MA)+10
 知力(IN)+5

アプシーズ=エルフ居住地域

 妖人、とは何なのだろう。
 むろん、人ではありえない。だが、神、というのとも違う。神は人の目にふれることはないが、太陽の光を送り、太陰の闇を送り、熱を、風を、大地の恵みを、水の潤いを……過去を、現在をそして未来へと続く時を、人界へと送ってくれる。しかるべき者が祈れば、力を分け与えてくれる。しかし、妖人は何をするという訳ではない。ただ、確かに存在する、という証が、夜の空を見ると得られた。赤や青や、色とりどりの大きな星々は(これは正確には星とは言わないが)、神々の居城である。その合間合間に、ぼうっと光る、つかみどころのない光のかたまりが、妖人の家であるとされている。
 神々も妖人も、人界よりも高次元の別空間に住んでいるという。だからこそ、同一の場所にあるはずもないものが、人界からは重なって見えるわけなのだが……
 妖人とは、一体何者なのだろう。
 天上でまどろみながら、彼らは一体、何を考えているのだろうか? ……


(神王……神王アシュラ)
 その声は突然聞こえてきた。
「ん……何だ?」
 少女の姿をした神はのっそりと起きあがった。どうやら普段連絡用に使っている宝珠(オーブ)どもから聞こえてきているわけではないらしい。
「おい、祭祀長」
 一番右端に置いてある、小さくて紅い宝珠に手を触れて、腹心の幻影(ホログラフ)を呼び出す。
「アシュラ様、お寝みになったのではなかったんですか?」
 銀髪の祭祀長は驚きもせずに言った。彼女──ナッシュは、すでにアシュラの奇行には慣れている。アシュラはそれには答えず、
「すぐに来い」
 用件だけを伝えて宝珠から手を離した。長々と話されてはたまらない。
(神王……)
 直接、頭の中に響いてくる声。聞いたことがあるような気はするのだが、それが誰なのかは分からない。だいたい、神王、という呼び方からして、他の神王からの呼びかけでないことは確かだ。
(だとすると、誰だ? 神将か、神人か、言霊人か、それとも……)
 どうあれ、この状態では相手のいる位置や姿までは分からないし、相手にこちらの声を届けることもできない。
「祭祀長ナッシュ、参りました」
 ようやく待っていた者が来た。
「何事でしょうか?」
「ファンチン・オーブWの回路を開け」
「W……と申しますと、万能二方向通信用ただしプロテクト無し、のソフトですね。正体不明の通信ですか?」
「ああ、安眠を妨害されたよ」
「とすると、人界の者ではありえませんね」
 ナッシュに言われて気がついた。確かにそうだ。火炎城では、人界の時間はすべてこちらの「昼」に合わせてある。それなのに、「夜」の時間に割り込めるというのは……。
「回線がつながりました」
 ナッシュの声とともに、七色の光をたたえた宝珠の上に、ゆっくりと幻影が浮かびあがる。黄金の髪、長く尖った耳、若草色の瞳をした……
(妖人か!)
 道理で忘れていた筈だ。ましてや声だけでは思い出せるわけがない。
「神王アシュラ、ご記憶でしょうか。妖人メルリーラです」
 今の今まで忘れていた、とは言わない。
「久しいな。およそ千年ぶりというところか」
「ええ、そんなところで……」
 メルリーラはあいまいに微笑した。妖人と神王の間の交流が絶えた時の状況は、喧嘩別れ、と言ってもよいようなものであったから、今でもまだそれをひきずっているのだろうか、とアシュラは思った。それで、
「我ら神王のやりよう、非道だと思われたか?」
 尋ねてみたのだが、メルリーラは意外な答えを返してきた。
「いえ、我々こそ狭量で」
 アシュラはナッシュと顔を見合わせた。ナッシュはその時のいきさつを直接には知らないが、話には聞く。
「? どういうことだ?」
「貴神がご存知かどうかは知りませんけれど、私は貴神の双果なんですわ」
 唐突に別の話題を出す。世界樹の光の側にみのった果実が神王であり、闇の側にみのった根茎が妖人である。神王と妖人はそれぞれ、一日に一つずつ熟し、樹から離れた。同じ日に熟した神王と妖人とを双果というが、あまり頻繁に使われる言葉ではない。第一、妖人たちの個人名が知られることは、これまでほとんどなかった。個体差があることすら知られていなかった。
「それがどーしたの?」
「私、他の妖人たちと一緒にもう千百五十年も、星界にこもっていましたでしょう? それで、もういい加減飽きてしまったんですわ」
「はあ」
 飽きた、だと? 星界での暮らしに?
 妖人といえば保守的で頑固でつまんない奴らだとばっかり思ってたが……
 ……仲々面白そうな奴じゃないか。
 さすが、私の双果、と名乗るだけのことはある。
「それで、人界に降ろうかと……」
 神界に来る、とか言い出したらどうしよう、と一瞬焦ったが、さすがにそんなことはなかった。
「人界に降ってどうする気だ? 妖人のまんまじゃ無理だってことは分かってるか?」
 二百五十年余前の条約で、神王やそれに準じる力を持つ神族が人界に降ることが禁止された。妖人も神王と同等の力を持つ以上、条約の範疇に入るだろう。
「ええ、それはもちろん」
 話の分かる奴だ。
「じゃ、マハーカーラみたいに山になるか?」
「いえいえもっと有用な手を考えましたので」
「どういう?」
「大地に力を注ぎ込んで、身体には神人並みの力を残すんですわ。すると私たちは人界に降りられる、しかもその力は有効に使える、と一石二鳥」
「なーるほど。そいでその地方に薬草でも生やすわけか」
「あ、いいですね〜それ」
「そうするか」
「そうしましょう」
「じゃあ、いい土地を紹介してあげよう。セルフィアーは知ってるか?」
「南海の孤島ですね」
「うん。そこの南東地方がね、今不毛の砂漠で誰も住んでないんだよ」
「そこって、神王マハーカーラのお隣さんですか?」
「そうとも言う」
「では、そこにさせていただきますわね」
 ……という経緯で、メルリーラ姉妹の人界降臨は決定したわけである。
 そんないい加減な、と言ってはいけない。神々の意思など、人間の歴史の流れに比べればずいぶんといい加減なものである。ことに、このアシュラ神が関わっているときては。
「で、一番低コストな行き方、教えていただけると嬉しいのですけど」
「あ、それなら中立の神王、結界神シャリヤーティに頼むといいよ。空間を操ることにかけては、あれに敵うのはいないからね。我々もいつもこっそり人界に行ったりするときには利用さしてもらってるから。なんなら私から注文しとこうか?」
「ええ、ではお願いします。星界から人界に、二人前で」
「星界から人界、ね、分かった、二人前……って、あと誰? いるの?」
「あれ、言っていませんでしたっけ」
 と言って、メルリーラはにっこりと笑った。
「この話を持ち出したの、私の姉のティターニアなんですよ」


 そのティターニアは、自分の双果である農耕神パールヴァティに接触を図ったのだがあっさりと無視され、結局メルリーラと共に、アシュラの融通してくれたシャリヤーティの亜空間を使って人界へ降臨した。神王暦にして二五五七年、セルフィアー独立暦では二五七年の地の月一五日のことである。その日、セルフィアーでは、東の地平が虹色にかがやき、二筋の光が天から降りてくるのが見えたという。
 それは目を驚かせたのみだが、それから後、セルフィアーの地に宿る「気」の濃さが異常に濃密になったことは、霊力を強く持つ者を驚かせた。中には「のぼせ」て一時床に伏した者もいる、とメールの記録には残っている。だがそれもやがて消え、今度は耳を驚かす事態が発生した。南東の平原に雨が降り、草が繁茂し始めたのであった。
「一体何があったんだ!」
 そちらへ踏み込もうとする好奇心の塊どもを押し止めたのは、なぜかアシュラ神殿に属する戦士や神官であった。アシュラはご丁寧にも、アフター・ケアとして、全土の神殿に事情を通知し、できうる限り邪魔をさせるなと指示したのである。まったく世界の秩序に反することはなはだしいが、二度とあるようなことではないので、天界の長たる天帝ディヤウスも、何も止めだてはしなかった。アシュラもそれ以上の手出しはしない。
 そして、事態はようやく人界のみに収束される。

 ティターニア・メルリーラ姉妹の降臨から二十年後、一時は大地そのものに溜められていた「気」も草や樹の形をなし、あるいは水となって湖や川を形成し、環境も整ってきた。そこで姉妹も自ら封印していた意識を呼び覚まし、新たなる大地へと一歩を踏み出した。
「……まずは、大成功ね」
 ティターニアは木の幹に手を触れて言った。その若木には、瑞々しい青い実がたわわに実っている。
「アシュラ神王に感謝しなくてはならないわ。この複雑な地形がなかったら、こんなに豊富な樹木は育ちませんもの」
「全く、そうですわね」
 メルリーラは周囲を見渡した。今、自分たちのいる場所は、セルフィアー島の最東端である。しばらくはずっと、岩の大地が続くが、所々に岩を割って根を張った、今目の前にあるような木が生えている。岬のつけねあたりから先は草地。そしてその更に先は湿地になっている。地形を案ずるに、湿地の割合がだいぶ多いようである。人が住むのに適さない分、薬草の宝庫となるにふさわしいであろう。
「万事順調──」
 言いかけたメルリーラの目のはしに、一筋の金の光が映った。ティターニアを促して見上げる。
「誰かが、私たちを連れ戻しにでも来たんでしょうか?」
「さあ……」
 と言う間にその光は二人の前に降り立った。
 光に寄り添って立つのは神王シャリヤーティ。三面六臂、深い緋色の瞳、足よりも長く伸びた銀の髪をもつ白面の青年神。
「お久しぶりだ、ティターニア殿、メルリーラ殿。……いい土地になったな」
 微笑する。
「貴神のおかげをもちまして……」
 ティターニアが言いかけたところで、シャリヤーティは光を前に押し出した。
 それは若い妖人だった。若い、といっても外貌がという意味ではない。ティターニア姉妹などは生まれたときから老いていないのである。その妖人は、世界樹から生まれた者ではなかった。星界で生まれた妖人だった。
「お初にお目にかかります」
 少年の姿をした妖人は緊張の面差しで言った。その時、シャリヤーティはかるく会釈をして亜空間へと消えた。前述の通り、神王が人界に降りることは本来は禁止されている。
「僕は、ヴィレールトと申します。お二人のお噂をお聞きし、ぜひ、僕も何かお力になりたいと思って来ました。何か、お手伝いさせてください」
 ティターニアとメルリーラは顔を見合わせた。自分たちは何の考えもなしに、ただ退屈だから飛び出しただけなのだが、何か勘違いしたこういった連中があとから続々とやってくる。に違いない。そしてこういう連中を養ってやらなければならないわけか。
「シャリヤーティ神にお伺いしたところでは、薬草を育てていらっしゃるとか」
 二人の困惑をよそに、少年は言う。
「その薬草づくりのお手伝いとか……あと薬のつくりかたの研究とか……」
 少年の目は無邪気な好奇心に溢れている。がその台詞に、二人は同時に膝を打った。……成程、そういう手があったのか。そしておそらく、人界の事情に精通しているアシュラは、初めからそのつもりで、何気なさそうに「薬草」という言葉を口にしたのに違いない。メルリーラはあらためてアシュラに感謝した。
「分かったわ、ヴィレールト」
 と、ティターニアは少年の肩を叩いた。
「ヴィル、と呼んでください。……ティターニア様、メルリーラ様」
「ティト、でいいわ」
「私も、メリル、で充分よ」
「では、ティト……様。よろしくお願いします」


 こうして、三人で創始した「星薬会」であるが、星界から降りてくる妖人たちの数は年々増え続け、現在ではセルフィアーの一部族と数えられるまでになっている。初めは名のなかったこの湿原にも、「アプサラス湿原」と名がついた。「天女の湿原」の意である。初めはシャリヤーティが自ら開いていた亜空間の通路も、利用のあまりの多さに、ついに固定の通路空間を設置して管理は部下に任せるようになった。
 また、居住用の土地は元から少ないので、その対応策として、各地の城邑へ薬を売りに出し、また逆に薬の原料となるものを買い入れさせている。
「しかし、よくここまで頑張りましたよね」
 百二十年もたてば、さすがに妖人のヴィレールトも青年になっている。堂々たる幹部の一員だ。元々その方面には才能があったらしく、薬づくりの方法論の骨子はすべて彼の打ち出したものである。
「そうですわね」
 メルリーラも著作の手を休め、大きく頷いた。ティターニアも頷きながら言う。
「しかし、私たちの労以上に、五種の民が我々を受け入れてくれたことが最大の成因ですわ。いくら私たちが薬をつくっても、売る場所がなければ、そして買い手がなければ意味がないですもの」
「全く」
 ヴィレールトが同意した。
「これからも励まなければいけませんね」
「よりよい薬づくりと、よりよい医療に乾杯! ですわ。ことに……」
 と、メルリーラは笑った。
「キーサに続いて、今度はウォウルで、セルフィアー全土を揺るがすような動きがあったそうですからね。これからの時代、医薬品の需要はますます増えますわ」
「そうね。……命を失う危険を少しでも減らして、安心して戦に出られるような薬、というのを目標にして、皆さん、頑張っていきましょうね」
 ティターニアは大真面目に言った。

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