会誌-「ザラスMCPG マニュアルvol.1」

■ §3.3  トゥー族  [リアクションNO.3−0]

祖神:銀狼トゥルク(狩漁神クリシュナの神将)
髪:白銀/瞳:青紫色/肌:象牙色
属性=地:16/水:17/風:12/火:8/天:10/空:14/人:23
人口:14%
平均寿命:60歳
性格:穏和、優柔不断
剣勢:護剣

能力値へのボーナス
 器用(SK)+10
 敏捷(AG)+5

姓の例
トゥー(Tu) シュナフ邑宰家
ティン(Tin) ユディト邑宰家
サーズ(Saz) トゥルニア邑宰家
スート(Sut) シュエル邑宰家
ジュシー(Jusi)
ビュア(Bua)
など 

トゥー族居住地域

 木の葉が、降りそそいでいる。
 枝から離れ、地に辿りつくまでのわずかな間だけ、朝日に照らされ、きらきらと黄金色にかがやく。
 かわいた石の上にはかさかさと音を立てて砕け散り。
 しめった土の上には音もなく降り積もり朽ちてゆく。
 雨明けの青い空から抜き出した、いくすじもの(みち)の先から。中途(なかば)から。
 無数の葉が掴み取られ落ちてゆく。
 たとい風が弱くとも、免るることなき運命(さだめ)であろうが。
 風が強ければ強いほど、たくさんの葉が風にあおられ舞う。
 そして黄金色のかがやきだけを残し消えてゆく。
(……時流、か……)
 トゥー・ラスカは窓から外を眺めて大きくため息をついた。
 枝から舞い落ちる木の葉。それは、むろん今眼前に映っている光景ではない。
 人の月ももう五週目である。いくらトゥー族が寒冷気候に適応しているといっても、彼の住んでいる城邑シュナフは、最も暖かい北方に位置している。窓外の木々には深緑の葉が重く茂り、晩春の風情を醸している。
 にもかかわらず、ラスカの目の中の風景は、未だ木の葉舞う空の月のままなのだ。
 決して忘れ得ぬ、あの日のまま……
(メルナ……お前は今、どこにいるのだ?)


 ラスカは、小さい頃から身体が弱かった。よく風邪をひいては大熱を出し、肺炎に発展して死にかけたのも一度や二度ではない。そんなラスカの身体を鍛えようと、母はよく彼を庭へと連れ出し、剣を学ばせた。トゥー族の伝統たる護剣である。母の心配りのかいあって、成人する頃には、人並みの体力はついた。簡単に床に伏せることもなくなった。
 剣の腕は中の上くらいであり、そのまま剣士として官に就く道もあったが、ラスカはそれを拒否した。彼は剣が嫌いであった。いや武器すべてを、戦そのものを忌避していた。血を見たくない、という感情を元々強く持つトゥー族である。母はラスカに剣を強いようとはしなかった。そこで彼はガンダルヴァ神殿に入った。
 楽師神ガンダルヴァは、楽器と楽師の守護者である。そこで竪琴(ライアー)を学んだ彼はめきめきと腕を上げ、わずか二年後にはシュナフで一番の楽師と呼ばれるようになっていた。
 彼には、歳が四つ下の妹がいた。名をメルナという。メルナはラスカと共に母から剣の手ほどきを受け、ラスカよりもはるかに腕が上であることを示した。素質もさることながら、健康な肉体と、そして何より剣を好み、争いごとを好む性質は、ラスカが母の胎内に遺してきたものを全て吸い取って生まれてきたのではないかと思わせるに充分であった。
 メルナは、自分にないものをすべて持っている。ラスカは、そんなメルナを危なっかしいと思うと同時に、可愛くて仕方がなかった。「憶病者は大嫌い」と公言してはばからない彼女も、兄ラスカにだけは、「しょうがないわね」と言いつつもよく懐いていた。
 ラスカが剣を捨て、神殿に入ったときも、「兄様の選んだ道だものね」と言って理解を示し、よく神殿まで遊びに来ては兄の弾く琴の音色に耳を傾けてくれていた。
 ところが昨年の秋。
 落ち葉を踏みながらやってきたメルナは、開口一番、ラスカにこう告げた。
「兄様、私、もう兄様に会えなくなるかもしれないわ」
 ラスカは驚いて、琴を落としそうになった。危ういところですくい上げて言う。
「メルナ、いきなり何を言うんだ」
「私、旅に出ることになったの」
 メルナはむしろ敢然として言った。ラスカは半ば呆れながら言った。
「どこに行くと言うんだ。それに、何でこんな急に?」
「私が、邑兵になったことは知っているでしょう?」
 邑兵とは、城邑の内外の警備を行うための常備軍で、警察官と自衛官を足したようなものである。ラスカが入らないかと勧められたのもこの邑兵であった。ラスカ兄妹は邑宰の一族であるが、だいぶ血筋が遠いので、幹部になるためには一般の邑民と同じ手続きを踏まねばならない。現在のメルナの地位は、一般の邑民よりは上だが組織の中では一番の下っ端だ。
「ああ、もちろん知っているが、それがどうしたというのだ」
「邑兵になって、やっと分かったのよ」
「何を?」
「時流」
 と、メルナは言った。
「時流?」
「そう、時流。四百年間止まっていた時代が、また流れ出したのよ」
 時流、か。
 ラスカもむろんシャル族の部族内で起こっていることについては耳にしていた。邑兵にならなかったのも、これから起こるであろう流血の気配を感じとってのことでもある。これまでの邑兵は、城内の警察と、城外の賊の撃退をしていればよかった。だがこれからはそうはいかない。
 邑兵は文字どおり兵として、他国と戦うための駒にならなければならない。
 それを、メルナは「時流」だと言う。
「その時流を、自分の目で見て来たいのよ」
 メルナの目が輝いた。対照的に、ラスカの瞳は沈んでいる。
「時流を……って、お前どこに行く気なんだ」
「まずは、キーサ王国王都カノール」
 メルナは白銀の髪をかきあげた。
「その後は、何か起こったところに行くわ。キーサだけじゃ終わりっこないもの。眠っていた時が流れ出す……せっかくこの時代に生まれてきたのよ。見なきゃ損じゃない」
「危険だ、メルナ」
 ラスカはメルナの肩を掴んだ。
「好んで渦中に飛び込む必要がどこにある。殺されるぞ!」
「あら、兄様、私の腕は誰よりも兄様がご存知でしょ」
 メルナは嫣然と微笑んだ。
「それに死んだら死んだで、本望というものよ。こんな狭い邑に閉じこもって、一生を貝みたいに過ごすよりは、鳥みたいに世界を飛び回りたいわ。何よりこの腕を眠らせておくのは勿体ないもの」
「……メルナ」
 ラスカは大きくため息をついた。
「止めても無駄、ということか」
「ええ」
「じゃあ、せめて、これを持って行け」
 ラスカは懐から何か取り出し、メルナの手に握らせた。
 メルナが手を開くと、そこには水晶の首飾りがあった。
「これ、何?」
「護符だ。きっと役に立つ筈だから、肌身離さず持っておけよ」
「ガンダルヴァ神の護符ね」
 メルナはしげしげとその首飾りを観察した。手指の関節一つ分くらいしかない小さな水晶の塊に、精巧な彫刻が施されている。竪琴を抱いた女神の像。ガンダルヴァ神その人の姿の写しに違いない。それが、金具で絹か何かの白い紐に結ばれている。
 メルナはそれを首にかけ、服の下にしまった。そして少し笑うと、剣環を鳴らしながら出ていった。
 彼女の背には、絶え間なく落ち葉が降り注いでいた。
 時流、か……
 ラスカは落ちてゆく葉を目で追いながら呟いた。
 何と、せわしないのだろう。
 風のないこの邑の中でのんびりと暮らし、散っていくことがなぜできないのか。
 自分から朔風の中に身をさらして散り急ぐ、それがお前の言う「時流」なのか?
 メルナ……


「邑宰」
 と呼びかけられたのは、長い銀髪を肩のあたりでゆるく結んだ初老の女性である。シュナフ邑宰、トゥー・ラドナだ。
「何かしら、外吏長」
 外吏長、と呼ばれた青年は、はっ、と直立不動の姿勢をとった。
「非常に重大な報告がございます。よろしいでしょうか」
「あなたが前置きしてから話すなんて、よほどの重大事なのね。どこかの邑宰が王でも称したのかしら?」
 ラドナはものの譬えのつもりだったのだが、
「は、はい。ご明察で……」
 外吏長は驚いて目を丸くした。
「あらあら、本当にそうなの?」
 ラドナもまさか本当だとは思わなかったのだが、一人頷く。
「誰かがいつかはやるとは思っていたけれど、これはゆゆしき事態と言うべきだわね。セルフィアー全土を揺るがす、とはこのことだわ。……で、どこの誰が?」
「ウォウルの邑宰でございます」
 外吏長の言に、ラドナは首を傾げた。
「ウォウル? あそこの邑宰は堅実で通っていたけれど……」
 外吏長は説明不足だったことに気づいた。
「その方は亡くなりまして、王号を称したのは跡を継いだ子でございます」
 そう、とラドナは粛然とした表情をつくった。
「亡くなった……私と同じくらいの歳でしたのにね、あの方」
 一つの時代は終わった。そして、乱世が始まる。ラドナも例外ではなく、そう感じていた。
 しばらく沈黙していたが、思い出して別の話題に移る。
「そうそう、あの元気な邑兵は何と言ったかしら。一族の末端の……」
「トゥー・メルナですか」
「そう。そのメルナって子は、今どこにいるのかしら」
 外吏とは諜報と外交を司る部署である。邑兵でありながら、メルナは外吏にも属し、この外吏長とは常に連絡をとりあっている。これは兄であるラスカも知らないが。
「現在ウォウルに向かっている頃かと」
「行動力のある子ね」
 ラドナは賛嘆した。彼女には幾人か子がいるが、いずれもトゥー族らしい、おとなしやかな性質をしている。人間としては「いい人」かも知れないが、これからの乱世を渡ってゆくにはいささか難がある。
「いっそのこと、うちも王制にしようかしら」
 ラドナの呟きに、外吏長は目を剥いた。
「そ、そんな、滅相もないことを……」
「何もキーサのような王制を布こうと言っているのじゃないわ。有能な人材が適当な部署で働けるような制度をつくれないかしら、と思っているのだけれど」
「例えばメルナのような?」
「そうね」
 ラドナはあっさりと頷いた。頼りにならぬ子女どもには平凡で平穏な暮らしをさせて、やる気と実力のある人材に後を託せたらどんなに楽か、と思うと、優秀な子を持ったウォウル邑宰が羨ましくて仕方がなかった。

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