会誌-「ザラスMCPG マニュアルvol.1」
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■ §3.2 ツァン族 [リアクションNO.2−0]
祖神:神鷹ツァーラ(闘神アシュラの神将) 髪:土色/瞳:琥珀色/肌:淡褐色 属性=地:8/水:10/風:14/火:23/天:12/空:17/人:16 人口:16% 平均寿命:60歳 性格:爽快、明朗快活 剣勢:雑剣 能力値へのボーナス 敏捷(AG)+10 武力(FI)+5 姓の例
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「天下を取ってやる!」 ツァン・スィラーナは突然大声で叫んだ。 「な、何だよ姉ちゃん」 すぐそばにいた弟のティドゥアが耳を押さえて飛びすさる。鼓膜が破れこそしなかったが、じんじんと脳にしみとおるような痛みが残る。 「だからあ、天下を取りたいんだってば」 「て、天下を取るったってな、姉ちゃん、そんな馬鹿げたこと……」 天下、といってももちろんこれは人界全土という意味ではない。セルフィアー全土を指す。天下、という語は、後の五王国期に入ってからは普通に使われるようになるが、今の時点ではセルフィアー全土という言葉の方がよく使われている。天下、という言葉を好んで使っているのは、あるいはこのスィラーナという少女だけであるかもしれない。 ツァン・スィラーナは、レディアの邑宰の姪である。 レディアという城邑は、セルフィアーの中でもだいぶ南に位置する。この人の月になってやっと風がぬるまってきた。冬は長く、その間はずっと雪に閉ざされている。その雪をふみわけて森へ入り、鹿や猪などを狩っては食糧とする。城邑の内の畑の面積はきわめて狭く、城邑全体の大きさも小さい。古さだけは全土に誇れる。ウォウルやカノールと同じく独立戦争期に建造された。だからといって城邑として優れているのかというと、そうでもない。城壁はところどころ崩れ、苔むしている。 こんな城邑を拠点として天下を取ろうなどと、誰が思うだろう。 キーサの事変によって野心や覇気といったものを呼び起こされた者は数多かったが、こんな馬鹿げた野望を持った者は、スィラーナの他に誰がいるだろう。 「姉ちゃん、正気か?」 ティドゥアはスィラーナと同じ一八歳で、つまり双子である。ではあるが、性格はだいぶ異なっており、後先見ずに駆け出し、しかも走り出したら止まらないスィラーナのブレーキ役と事後処理役を買って出ることが多かった。というより必然的にそうなってしまうのだ。周囲からは「仲の良い姉弟」と思われているが、ティドゥアにとっては迷惑きわまりない話であった。仲が良いのではない、俺が心が広いだけだ。全く、姉ちゃんの無鉄砲さときたら! だが、どんな無茶なことでも、結局は従ってしまい、しかもそれを破綻させずに切り回すティドゥアの才は、まったく天賦のものといってよかった。 「正気に決まってんでしょ」 スィラーナは腕を組んだ。ティドゥアは頭をかかえた。この口調は、また何かやらかす気だな。しかも、そのつけは全部俺に回って来るんだ。あああああ…… 「何を丸くなってんの。行くよ、ティドゥア」 スィラーナは馬に飛び乗り、一鞭あてた。ティドゥアも慌てて後に続いた。この姉が何をするにせよ、俺が見届けて片づけてやんなきゃならないんだ。そうじゃないと、どうせ姉ちゃん一人じゃ何もできっこないんだから…… 「さて、と」 ようやく馬を止めたのは、森の入口であった。入口、とは言っても、ここからは木が密集していて馬では入れない、という意味でのことであって、邑からここまでも木は茂っている。馬を下り、木に繋ぐと、鞍から弓と矢筒を外し、矢筒は背にくくりつける。 「んじゃ、行こうか」 スィラーナの言に、ティドゥアは無言で頷いた。ただの狩りなら望むところだ。 この森には、各々決められた領地ならぬ「猟地」がある。それは家ごとに受け継がれるもので、その猟地の外の獲物は決して狩ってはいけないことになっている。当然、有力な家ほど獲物が多く広大な猟地が得られるわけで、分家とはいえ、邑宰の一族である彼らには最上といってもよい猟場が確保されている。 姉弟ともに幼い頃からこの猟地と弓矢とを友として育ってきている。道などなくとも、この猟地の中でなら、自分のいる位置は手に取るように分かる。平地を歩くよりも足の疲労は少ない。 (鹿か) 前方に影がよぎった。ティドゥアは矢を抜き出し、慎重に狙いを定めようとする……だが、矢をつがえた頃にはもう、スィラーナの矢が鹿の喉を射抜いていた。 「早すぎだよ、姉ちゃん」 ティドゥアは憮然として言った。弓の腕にかけては、彼はスィラーナに遠く及ばない。ティドゥアが下手なのではない。ティドゥアも名手と言われる部類に入る。だがスィラーナははるかにその上を行く、いわば天才である。 「ふふん、私の勝ちだね」 得意げに鼻を鳴らし、斃した鹿に近づく。鹿に手をかけたその瞬間、木立の間から虎が飛び出てきた。鹿はこの虎から逃げていたのに相違ない。スィラーナははっとして腰に手をやったが、そこには今は剣を帯びてはいない。 (しまった……!) 思った瞬間、ティドゥアの射た矢が虎の額を貫いた。 「どうだい姉ちゃん、少しは懲りたか?」 ティドゥアがにやにやと笑う。スィラーナは、ちぇっ、と舌打ちしたが、命を救われたのは事実だ。ありがと、と小声で呟いて鹿と虎に目を落とす。どう見ても虎の方が大物だ。虎は肉食だから、肉は固くてとても食べられたものではないが、内臓は薬の原料として高く売れる。 「まず、腹をふくらまそうか」 スィラーナの内心を知ってか、ティドゥアは先に鹿の方に手をかけた。懐中から猟刀を取り出し、器用な手つきで捌いてゆく。スィラーナも猟刀を出した。またたくまに肉と皮と骨とが分別される。 肉の一片を切り取ってそのまま口へ運ぶ。淡泊な肉の味に血のほのかな塩味と生臭さが混じっている。美味しい、と感じるのはツァン族が生まれついての猟人だからだろう。農耕民、例えばナーラダ族の者などは、多分この美味しさを一生知ることはないだろう。 ひとまず腹を満たし、虎を捌こうと手を出しかけたところで、遠くの方から何やら人の声らしきものが聞こえてきた。何か叫んでいるようだ。 「姉ちゃん、聞こえるか?」 ティドゥアは立ち上がった。スィラーナも耳を澄ます。 「助けてくれ……とか言ってるように聞こえるね」 「どうしたんだろう。行ってみようか」 「やめとけば」 スィラーナは一言の元に切り捨てた。ティドゥアは猛然として反発した。 「何でだよ。人が死にかけてるかも知れないってのに。今行けば助けられるかもしれない」 「だからこそ、やめとけば、って言ってるの」 スィラーナは指をさした。助けてくれ、とまた言っているのが聞こえる、その方向に。 「あっちが誰の猟地か、知らない訳じゃないでしょ」 「邑宰の……」 言いかけて、ティドゥアは口ごもった。姉の言っていることの恐ろしさに気づいたのだ。 邑宰の猟地で猟をする者といえば、邑宰自身かその子しかありえない。そのどちらであるにせよ、その人が死ねば、スィラーナ姉弟が邑宰となれる可能性は高くなるのだ。 だから、見殺しにしろ、というのか? 「そんな……非道な……」 ティドゥアは唇をかみしめた。この姉には、人の心というものがないのか? 自分の親族を見殺しにしてまで、邑宰位に即こうというのか。それほどまでに、権力に魅入られたのか? すでに声は聞こえない。もう死んだのか、それとも声も出せないほどの深傷を負ったか。いずれにせよ、これから行って助けられるとは思えない。 ティドゥアの心中の葛藤をよそに、スィラーナは呟いた。 「生粋の猟人ツァン族の者が、猟地に死ねるなんて本望よね」 その言の中に、ほんのわずかながら自嘲の念が混じっていたことは、いくらかティドゥアを安堵させた。同時に、ティドゥアは覚悟を決めた。俺と姉ちゃんとは一蓮托生だ。こうなったら、とことんまでやってやる。 「姉ちゃん」 呼びかけた声は、奇妙な明るさをふくんでいた。 「ん」 「俺たちがここにいたってのは、隠れもない事実だよな」 「こんなもん、埋めちゃえば分かんないよ」 「いや、それは違う。跡が残るし、何より勿体ない」 「じゃあ、こういうことにしよう」 スィラーナは枯れ枝を拾い集め、火をつけた。そして鹿肉を一切れ、枝に刺して火にかざす。 「私たちはここで獲物の鹿肉を食べていた。薪のはぜる音がうるさくて、声は聞こえなかった」 「いや、それじゃまだ弱い」 ティドゥアは首を横に振った。 「これから、行ってみよう」 「何故」 「だんだん声が近づいてきて、俺たちにもそれが聞こえるようになった。それで俺たちは獲物の鹿も虎も放り出し、火を消すのも忘れて助けに行った……」 「了解」 スィラーナは焼けた鹿肉を口に放り込んで立ち上がった。その一瞬、琥珀色をした瞳が虎のようにぎらりと光った。ティドゥアは姉から目を背け、先に立って歩きだした。 邑宰の長子は一五歳の少年である。従姉のスィラーナや従兄のティドゥアが、いずれも一〇歳に満たずして一人で虎を斃し、遠方の揺れる柳の葉を射抜く腕を誇り、弓の名手としての声望を得ていたのに対し、彼は何ら目立った成果を上げることができず、父の邑宰からは常に、あの二人の上に立て、と言われ続けてきた。そうでないと、自分の顔が立たないではないか、とも。その言葉は彼の上にのしかかり、その重圧をはねのけるために、彼はしばしば一人で猟地に出かけては腕を試していた。だが、どうしても駄目なのだ。資質がなかった、と言ってもよい。 この日も、彼は猟地に来ていた。が、兎一匹すら射止めることができぬまま、知らず、彼は奥へ奥へと進んでいた。 そこで、ばったり熊と出遭ってしまった。 自分の腕を考えて、去ってしまえば、熊も少年に気づかずにそのまま何事も起こらなかったに違いない。だが少年はそうはしなかった。これこそ、自分の声望を上げる好機だと思った。 二度、三度と少年は矢を射た。距離が近く、目標が大きいだけに、外れた矢は一本もなかった。だが急所に当たった矢もなかった。熊は加害者の少年にとびかかった。 少年は逃げた。その途中、木の根に躓いて転び、岩に足を挟まれて踵を挫いた。それでも走り続けながら、少年は叫んだ。 「助けて……誰か、助けてくれ!」 だが追いつかれるのは時間の問題であった。少年はもう走れないと悟ると、相討ちの覚悟を決めた。猟刀を取り出す。熊の爪がずぶりと肩に食い込む。その瞬間、少年は猟刀を突き出した。その鋭い切っ先は熊の片目を抉ったが、致命傷にはいたらなかった。熊は少年を放り出し、森の奥へと消えていった。 「これじゃ、私たちがすぐ駆けつけても、間に合わなかっただろうね」 少年はすでに絶命していた。スィラーナはその死体を観察して、安堵したように言った。少年の瞼を閉じてやりながら、ティドゥアはスィラーナに囁きかけた。 「自分をだますんだ」 「?」 スィラーナは首を傾げた。ティドゥアはさらに声を低めた。 「たとえ、元々間に合わなかったにせよ、俺たちが手を抜いたことは事実だ。それに対して小細工を弄したことも。そういう意識が、俺たちの中にあっちゃいけない」 スィラーナは理解し、頷いた。ティドゥアもスィラーナも知らぬことだが、実は彼らが間接的に殺したようなものなのである。が、二人は最大限の哀れみを引き出すよう努力した。 「熊、だな。この傷は……。こんな小さい体で、太刀打ちできるはずもないのに……」 「邑宰の子だから、っていう重荷から、立ち向かわざるを得なかったんだろうね。かわいそうに」 そう言ったティドゥアは、少年の手に握られた猟刀を見た。 「姉ちゃん、これ……」 「目だね。相討ちを狙ったわけか」 「仇を討とう」 と、ティドゥアは言った。スィラーナも頷いた。相手は手負いだ。それほど遠くには行っていない。他人の猟地の者を狩ってはいけないという法は、この際、忘れてかまわないだろう。……自分自身の滑稽さを自覚しつつも、ティドゥアは復讐者の役になりきっている自分に気づいていた。 「……という訳なんです」 少年の遺体を邑宰家に運び込むと、ティドゥアは状況を「説明」した。 「すみません……私たちが、もう少し早く気づいていれば……」 スィラーナに至っては、涙まで流している。邑宰は、もとよりこの二人を信じ切っている。 「お前たちの責ではない。私はあれに、考えてみれば重荷ばかり背負わせてきた。攻められなければならぬのは、むしろ私だ……」 気の毒なほどに落胆していた。一瞬のうちに一〇ばかりも老け込んだように見えた。 「私は……邑宰としても、父親としても失格だな……」 寂しげな笑いを浮かべて言う。 「邑宰の後継者の重圧を息子に押しつけ、それでいて、息子が死ぬと、邑宰の責務を放り出したくなる……」 「そんな、伯父上!」 ティドゥアは叫んだ。スィラーナが不審な言動をしないよう、先手を打ったのだ。 「気落ちなさってはいけません。伯父上はまだ五〇にもなっておられないではないですか」 「いいのだ、ティドゥア」 邑宰は大きくため息をついた。 「私はもう充分働いた。次は君ら若い者の時代だ……六年前の事変以来の時の流れには、もはや私などではついていけぬ」 「しかし、伯父上」 ティドゥアは粛然として言った。ここが重大なところだ。 「まだ、息子さん娘さん方はご幼少。せめてあと十年は伯父上に頑張っていただかないと、このレディアはどうなるのですか」 言いながら、ティドゥアは内心ひやひやしていた。どうか、姉ちゃんが軽はずみなことを言いませんように。だが幸い、スィラーナはおとなしく口をつぐんでいた。 「息子や娘などどうでもよいではないか。幸い、私には君ら姉弟という、願ってもない優秀な後継者がいる……」 「我々ですか?」 スィラーナが、意外なほどに驚愕の表情を浮かべた。 「しかし……それは……」 「無欲だな」 伯父は力なく微笑した。無欲だって? ティドゥアの心のどこかが自嘲していたが、その表情はわずかも面には出ない。 「お前たち姉弟の、邑の中での声望は高い。自分たちでは自覚していないのかもしれないが……。誰も、異論を挟む者はおるまい」 「しかし……」 なおも言うスィラーナを制し、邑宰はまた力なく笑った。 「私はもう疲れたのだ。引き止めてくれるな」 こうして、スィラーナはあっけないほど簡単に邑宰位に即いたのだった。 「いやーいいね、この椅子の座り心地っ!」 「……姉ちゃん、浮かれるなって。不審がられるだろうが」 ティドゥアはため息をついた。ところへ、一人の邑兵が入ってきた。 「ご報告です」 「どんな?」 「セルフィアー全土を揺るがす……と申し上げてよいかと」 「そりゃ大変」 スィラーナは背筋を伸ばした。 「何があったの?」 「ウォウル邑宰が、王号を称しました」 「ふーん」 スィラーナは腕を組んだ。そして一呼吸おいてから叫んだ。 「レディア王!」 「うわっ」 ティドゥアは耳を押さえた。 「姉ちゃん、いつもながら耳元で叫ぶのはやめろよな……で、何て言った?」 「レディア王」 「レディア……王……ね、レディア……えっ?」 ティドゥアは耳を疑った。 「レディア王、って……」 「私がレディア王」 「姉ちゃん、正気か?」 愚問と知りつつ、つい訊く。 「うん」 正気だから恐ろしいのである。ティドゥアの耳に、あの叫びが蘇った。 「天下を取ってやる!」 ……一見、その場のノリで叫んでいるようで、実は終始一貫している。これは、また俺が何とかするしかないな、と頭をかかえるティドゥアであった。 |
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