会誌-「サークル水月会誌 第10回」

■ 宮廷の道化師  【作者:ちゃ】


 独立暦四〇〇年は、セルフィアーにとってまさに目覚めの年であった。各居住域に『王』を名乗る野心家たちが次々と立ち、四百年にのぼる「良き時代」を突き破るかのように、他の邑に侵略を開始したのである。

 時代は変わった。時の潮流は、四〇〇年の澱みを流し去ろうと、戦乱へとその流れを変えたのである。

 後に『十一邑の戦い』と呼ばれる戦いも、そんな時代の変遷の中、古き時の重みと、若き野心がぷつかった戦いの一つである。そして古きものは敗れた。時流はツァン人の住むこの地方に新たなるカが生まれることを認めたのである。

 『十一邑の戦い』に勝利したレディアは、周辺の邑を併合し、急速に勢カを拡大大し、北のウィルド、ダンダカに対抗できる勢カへと成長していった。これは、貧弱な城壁に少ない兵カ、指揮官の経験不足など、「勝てる」要素があまりにもなかったレディア・ツァン・スィラーナ王国にとって、野望達成への確実な第一歩である。これを危惧したダンタカは、アシュラ神官戦士を中心に戦力を増強しレディアに対抗する政策を取り始めた。
 一方のウィルド──
 この邑は今、微妙な立場にあった。クーデターが発生したのである。レディア、ダンダカ両勢力な動きがない隙をついたこのクーデターは、確かに成功した。だが、このことによって、三勢カのパワーバランスが大きく崩れたのである。これで、ウィルド新政権は、レディアが向ける野望の矛先に、自らの喉元をさらしてしまうという結果を産んだのである。ウォルカーズは新政権下のウィルドに間者をしむけ詳しい情報を集めた後、
「目の前の不幸に対する義侠心か、権力欲しさか知らんが、三寸先が見えない理想家のやりそうなことだ。邑民を救うとか言いながら、民を戦に巻き込むのだから──次の制圧目標はウィルドだな」
 そう評した。そして、来るべきウィルドとの決戦に備え、次々と政策を打ち出していった。

 レディア立国は興ってからまだ半年も経っていない。外敵との戦いなどよりもっと先に、やらねばならないことも多くある。ウォルカーズの仕事は増える一方だった。多忙な日々は、ウォルカーズのプライべートを削り続け、あれほど噂された品行の悪さも、すっかり影を潜めるようになった。
「最近の兵吏長は、とても仕事熱心になられた」
「ああ、きっと先の戦が自覚を促したに違いない」
「今の兵吏長になら、レディアの将来を任せてもいいな」
「貴公、この前までと全く逆のことを言っておらんか」
「それほどまでに、兵吏長殿がお変わりになられたのだ」
 レディア官廷での評判は徐々に上がっていった。
 本人はこのことが、非常に不満であった。なぜなら、「野心を持ちすぎた参謀は、国を自らの玩具にしてしまう」というのかウォルの持論であったから、彼自身、あえて「国」とは別の所に楽しみを見出していたのである。それに加えてウォルカーズには重大な懸念があった。政敵の出現である。ウォルカーズに野心と呼べるものがあるとすれば、鷹王ツァン・スィラーナの、野望というにはあまりに純粋な「想い」を、より効率的な方向へと向けてやることであった。要は、ウォルカーズには、若きエネルギーへの憧れ、それしかなかったのである。そのためにも、今、同じ宮廷内で無意味な政争をやるわけにいかない。ウォルカーズはあらゆる意味で、レディアにとって「役に立つ」参謀でありたかった。ティドゥアに有効な助言をし、自分は野心がないよう振る舞うことによって他の者に「いらぬ考え」を抱かせない。今まではこのやり方でうまくいっていたのだが、どうやらここに来て方針を変えねばならないようであった。彼を疎んじる者が現れたのである。彼は「噂」のカを決して過小評価はしていなかったのだが、あまりに速い「敵」の出現に、少々戸惑っていた。

 回吏長、デルト・ウータル。今年五六歳。恰幅の良い体に大きな茶褐色の目、薄くなったものを無理矢理編んだ、という風情の頭髪を持つ男。彼は、前邑宰──つまり最後の邑宰であるツァン・モレスの頃から仕えていた官吏であった。スィラーナが王制を敷いた時、それに最も期待をかけたのは彼かもしれない。文官の地位向上である。ツァン人は文官という者にあまり価値をおかない。戦うことができない者がやる、程度の認識しかないのである。生まれついての猟民である彼らは、「長」たるものが直接命令を出し、我々はそれに従い、動く、と言う単純な命令系統しか受けつけないのだ。そして彼らにとって「長」とは、国王もしくは、直接兵を指揮する兵吏長、城吏長なのである。
 そんなわけで、ウータルに対する評価は、彼の望むようにはならなかった。その不満は、同じ文官──のように彼には見えた──なのに兵吏長という「力」のある役職にある、ウォルカーズに向くようになった。無い物ねだり、もしくは嫉妬というものかもしれない。
 ウータルは不満の捌けロを見つけると、それは露骨になった。徹底的にウォルカーズをバッシングし始めたのである。各邑の間に関を設置するのは越権行為だとか、なぜ同格の我々の仕事に指図するのかなど──挙げ句の果てには、兵を指揮する者が鎧の一つもつけないなんて……などと言いいだした。これにはさすがのウォルカーズも閉口した。彼は自分のやること一つひとつに、政治上の口実──いってみれば「言い訳」を考えていたのだが、まさかこんな方法で攻撃してくるとは思ってもいなかったのだ。
 どんなにやり方が幼稚でも、言っている者は宮廷の古参、程なく謁見をかねた高級官吏の会合でも採りあげられることになった。
「ここ最近、宮廷内で、ある人物の横暴が目立ちます」
 全身陳腐さで身を包んだ言葉が、会合の終盤、ウータルのロから飛び出だした。その場のほぼ全員が「出た……」という表情でウータルを見た。ただ一人、副兵史長の、グラド・カゼルが、ウォルカーズの隣から、その巨体を乗り出した。黄色、と言っていいくらいの瞳を見開く様は、いかにも演技じみている──彼はウォルカーズの下につくことが、気にくわなかったのだ。
「ほう、それは由々しきことですなあ、ウータル殿」
と、彼はウータルに話を合わせた。
「そうなのです、私もこのようなことをこんな場所で言いたくはなかったのですが、これ以上放っておくと事態が深刻化するのでは、と思いまして」
「成程、さすがはウータル殿、まことに思慮深いことでありますな」
 ウォルカーズは心の中で舌打ちした。生粋の武人であるカゼルがウータルに抱き込まれると言うことが意外だったのだ。(私は、思ったより危険視されている)
 ウォルカーズの目の前で、兵吏長糾弾劇は続いている。
「……してそのようなけしからぬ輩は、どこにいるのですかな」
「ここまで言われれば、御当人はすでに解っておられるのではないですかな、兵史長ツィーゼ・ウォルカーズ殿」
 ウータルは、それまで宮廷のあちこちで吹き回ったウォルカーズヘの中傷を、ここでも全く同じように並べ立てた後、かなり芝居じみた仕草でウォルカーズを指した。そして、その効果を確かめるように周囲の表情を伺った。他の者は、ウォルカーズが、どのような申し開きをするのか、と言う点に興味があるようであった。ここに集まるほど高位のもので、ウォルカーズの完全な味方となるものはいない──誰かを敵にまわすことは、直接自分の地位安泰に関わってくるのである──ティドゥアは、ウォルカーズに発言を促した。その顔は、ウォルカーズが彼らに論破されるとは、思ってもいないようであった。
「兵吏長、回吏長の言うことは本当なのか」
「関の設置の件も、兵の再編成の件も、各担当と慎重に協議して上で決定している。タイテヘの兵の派遣は、バス司祭、ヒローカ・ティエラ殿の依頼の下、治安維持のために派遣したもので、前回の会合の最後にここにおられる全員に報告したはずだが……お忘れになられたのですかな」
 ウォルカーズは、自分でも芸がないと思いつつも、挑発を含ませた言葉を最後に継ぎ足した。
 ウータルは顔を真っ赤にしてわめいた。
「では貴公の勤務態度の件はどう言い訳するつもりか。兵を指揮する立場にも関わらず、鎧もつけず出仕し、日頃の行いも自堕落……」
「訓練の際には着けている。私はたとえ軽装であっても、兵吏長としてのつとめは果たせる」
 その言葉がウォルのロから出たとたん、カゼルは、会心の笑みを浮かべた。どうやらこの言葉を待っていたようであった。
「ほう、それは私も副官として、手本としたいものですな。ひとつお手合わせをお願いしたいものです。そのままでも戦えるとは、兵史長殿はさぞお強いのでしょうからな。」
 横でウータルもニヤニヤしている。周囲の者は、これは大変なことになったと、顔を見合わせた。スィラーナも決闘と聞いて眠気がさめたのだろう、嬉々として話を進めた。
「面白そうだから今日中にやろう、風の刻に訓練場で」
 会合は解散となった。

 噂は風より速く広まり、訓練場には半刻も前だというのに多くの人が集まっていた。
 ウォルカーズは臨時の控え室となった兵舎の一室にいた。
「平和な奴らだ……」
 訓練場から聞こえてくるざわめきを聞きながら呟いた。
「よく統治されている証拠じゃないか」
 振り返るとティドゥアが立っていた。
「勝てるのか、カゼルに……」
「このお祭りの後、各役職の名称と、パワーバランスを検討し直す必要があります」
 ウォルカーズは淡々と答えた。
 ティドゥアの姿が消えた後、ウォルカーズは一人、溜息をついた。
「短期決戦。それしか勝ち目はない」

 時間が来た。ウォルカーズは兵舎を出て訓練場へと向かった。彼の姿を見て、野次馬達が開けた道を、ゆっくりと進むと、訓練場の真ん中には、すでにカゼルが完全武装で立っていた。ウォルカーズは愛用のローブを野次馬の一人に預けると、抜き身の短剣と普段着と言う出で立ちでカゼルの前にたった。観衆を味方につけるためである。そこにいる者のほとんどが、この戦いに不公平を感じた。スィラーナでさえ、つい、こうロにした。
「ウォルカーズ、本当にその格好でいいのか」
「我が副官と回吏長は、そう望んでいるようですな」
 ニ人が中央で向き合うと、ティドゥアは二人にいくつかの注意を与えた後、合図をあげた。
「始めッ」
 カゼルは『アシュラ神語』により、肉体を強化し、獣のような叫びを挙げ、ウォルカーズに突進した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 もともとウォルカーズよりひとまわり大きなカゼルが、ほば真上から斬り降ろす。
 ウォルカーズは大きく右に飛んで初太刀をかわした。カゼルの顔に驚愕が走った。もともと後は、ウォルカーズのことを「戦士」として見ていなかったのだ。だからこそ雑剣特有の「惑わし」も使わずに、大上段から振り下ろしたのである。疎み上がったウォルカーズを笑うために。
 カゼルは一度引き、今度は慎重に攻めた。「惑わし」を絡めての連続技。並の兵なら一瞬で懐に刃の来訪を受けるはずである。複雑なフェイントを幾重にも絡めた「惑わし」はさすが副兵吏長を務めるほどの腕であった、が、ウォルカーズはそれにつきあうつもりはなかった。身のこなしだけは自信があった披は、それに自らの剣を合わせることをせず、フェイントであろう太刀筋も全てかわしてのけたのである。もともと術者である彼は持久カがない。ウォルカーズは、なけなしの体力をほとんどここに費やしてしまった。
 カゼルはもともと自分の剣の腕に、絶対の自信を持っているわけではなかった。息を乱しているものの、自分の攻撃を全てかわした相手に、後はさらに慎重になり、自分からは仕掛けなくなった。このおかげでウォルカーズはやっと雑剣特有の猛攻から一息つけたのである。
 ウータルは、端から見ていて、歯がゆくて仕方がなかった。どこから見てもひ弱そうなウォルカーズを、熊のようなカゼルが未だに仕留められないのだ。カゼルには、ウォルカーズを出仕できなくなるくらい痛めつけるよう言ってある。だが奴はまだ傷一つ負っていないではないか。ウータルは思わず叫んだ。
「なにをやっている。遠慮することはないんだぞ」
 そのときそこにいる全ての者は、この決闘の背景にある感情と暗い目的を知った。観衆にはカゼルも、ウータルも、単なる道化師にしか、映らなくなった。
 ウォルカーズは、澱みない仕草で、印を切り始めた。同時に『神語』を唱える。『ナーガ神語』が彼の口から流れると同時に、短刀に変化が起きた。観衆には、短刀が伸びたように見えた。
「──青流刃ッ」
 水の刃を纏わせた短刀を下段に構え、滑るようにカゼルの懐に飛び込んだ。雑剣の体捌きではない、ウォルの剣は、我流のものであった。
 飛沫が弧状の軌跡を描く。実体のない刃が、カゼルの肩を下から上へと切り裂いた。鎧など、この魔力の刃の前に紙同然である。カゼルは、一瞬、自分になにがおこったか判らないようであった。半呼吸おいて襲ってきた激痛に、彼の全痛覚は悲鳴を上げた。
「がぁぁぁぁ」
 砂まみれになりながら転げまわるカゼルを見下ろしながらウォルカーズはフッと息をついた。カゼルが慎重になりすぎなければ、立場は全く逆になっていたであろう。
「我ながら危ない賭をしたものだ……」
 ウォルカーズは苦笑した。
 あらかじめ手配されていた救護班が駆け寄る。観衆の賛辞は全てウォルカーズに向けられ、ここに勝者と敗者が確定した。ウォルカーズに言わせれば、権力争いを決闘に持ち込むなど、「野蛮きわまりない」方法なのだが、はかりごとを巡らすほど陰険になりきれない、ツァン人らしい決着のつけ方かもしれなかった。

 後日ティドゥアはウォルカーズとともに、宮廷内の権力配分を刷新し、新しい制度を、スィラーナ王の名において施行した。
 これによりウォルカーズは、名実ともにレディアのブレーンとして国の運営に携わることになった。また、ティドゥアが「王様の弟」ではなく正式に権力を持ったのもこの後である。
 ウィルド攻略のため、正式にウリクルと盟約を絵ぷ五日前のことである。

「この制度に則り、今宵付けで各人の職務を変更する」
 スィラーナは、主立ったものを集めて宣言した。
「初代右将軍、ツァン・ティドゥア。同じく左将軍、ツィーゼ・ウォルカーズ」
 ウォルカーズの考案したこのシステムは、ツァン人の気質に合わせたものであった。元来からの兵史、人吏、回吏、法吏、庫吏、水吏、史吏の上に右将軍、左将軍を置き、命令する者と、される者の差を明確にしたのだ。右将寧は国内の統治、左将軍は、対外関係を担当する。既成の役職を「使って」右、左将軍は、担当する問題を処理するのだ。おそらく欠点は多くあるだろう、だがそれは随時修正を加えていけば、フォローできるはずである。できたばかりの国とは、たいがいアバウトなものなのだ。ウォルカーズが左将軍になることによってできた空席には、副官のカゼルが推されたが、本人は「謹んで」辞通した。先日の件を、まだ引きずっていたのだ。
 兵吏長には、人間(ナルス)であるカダ・ローンバートが就いた。元中隊長だった男である。ローンバートは、先の戦で最も功績をたてたティドゥア直属の部隊に属しており、その働きが評価されたのだ。彼は今年で二一歳、細身の体に、上品とは言えないが割とハンサムな彼が戦う様は、同僚や部下から、「黒い狼」と評されていた。人間(ナルス)の特徴である漆黒の髪と瞳は、ツァン人の中でかなり目立っていたのである。兵卒での彼の兵吏長就任は、兵士達に快く受け入れられると同時に、出世の道を示したのだ。
 この時代、まだ民族主義というものは生まれていない。ローンバートの兵吏長就任はそのためであろう。しかし、それと「変わり者」を異端視する感情とは別問題である。彼は程なく宮廷内で「浮いた」存在となった。
 ウォルカーズとローンバートとの結びつきが強まったのはこの頃からである。後に「軍師の秘蔵っ子」と呼ばれるようになるまでの師弟関係は、いわば「鼻つまみ」同士から始まったのである。
 彼らがウィルドに迫る日は近い。

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