-萌えのオーダーメイドのために-
◆萌えアニメの定義
このサイトでいう萌えアニメとは、(一部の)世間でいわれているいわゆる「萌え系アニメ」─美少女いっぱいではにゃーん、というかんじのアニメのことではありません。
「萌え」の定義は各人さまざまです。萌えという言葉ができた当初は、「萌え」=「2次元キャラクターへの擬似恋愛感情」だったようですが、私の属しているコミュニティでは、コンピュータプログラムやハードの良し悪しについてまで「萌え」「萎え」という言葉を使っている人がいます。
私の定義では、萌えとは「理屈では説明できないけれど、好きで好きでたまらない、その気持ちを周囲に広めたい衝動に駆られる、むしろ宗教のような無条件の信仰を伴う強い感情」といったかんじです。
あなたの考える「萌え」の定義にあてはまるアニメ、それが、このサイトでいう「萌えアニメ」です。
◆さらに、役割からみたアニメの分類
アニメにはさまざまなジャンルのものがあります。しかし、メカ、SF、美少女、など世間で言われている「ジャンル」はいったん忘れてください。
私はアニメには大きく分けて3つの役割があると思います。これは、視聴者がアニメとどう接するか、という観点から定義したものですので、1つのアニメに複数の分類があてはまることもあります。その3つとは…
1)コミュニケーション手段としてのアニメ
サザエさんや、ディズニーのような一般向けアニメ。
家族や恋人と見たり、仕事場の話題として最適です。話の中身に思い入れを感じるというよりは、人々に共通の話題を与えるという役割があります。
宮崎アニメやドラえもんもこちらに含むべきかもしれません。
2)芸術アニメ
表現手段の斬新さを楽しむアニメ。
ほとんどの自主制作アニメはこちらに入るでしょう。
クレイアニメや、ミュージッククリップによく使われるオサレ系アニメなんかも含めていいかもしれません。
3)萌えアニメ
ストーリーやキャラクターの魅力によって表現されるアニメ。主に2Dセル調。
私はオタクなので1)や2)が主体のアニメにはほとんど興味ありません。私の信仰するアニメは3)だけです。萌えのために表現を追及することは肯定しますけど。自主制作やってるというと8割方の人には2)だと思われるのはちょっと勘弁してくれと思います。
ちなみに我が同志(一方的に認定)石川プロのいしかわさんは、3)な自主制作アニメを、
「自主制作TVアニメ」略して「自主テレ」と呼んでらっしゃいます。
◆もっと萌えるアニメを
アニメが好きなあなたなら、1度は思ったことがあるでしょう。
「こうしたらもっと面白くなるのに……」
「この作画はいまいちだなぁ……」
しかし、あなたの望み通りの、オーダーメイドのアニメなんか、世の中にはめったにありません。
そこで、心のスキマを埋めるために、アニメよりももっと簡単にできるものに手を出すことになります。
普通は版権ものの同人誌を買ったり作ったりしますね。今ならサイトで絵やSSを飾るというのも主流です。私の場合は最初はライトノベル系小説を書いてました。それからゲーム。特にテキストアドベンチャー系のゲーム、最近はノベルゲームともいうみたいですが、アニメよりも少ない労力で同じようなものを作れる(ような感覚を得られる)ので、人気があるみたいです。
アニメを作りたいとは、ふつう考えません。
いいえ、きっと誰もが心の奥底ではそう思っているはずなのです。ところが、作り方がわからなかったり、興味を持って調べてみても、いかに大変か、ということを刷り込まれるだけなので、作り始める前から挫折する人がとても多いのです。
また、本当にアニメを作りたいと思った人は、「業界にどんな職種があるのか」「どういう技術ができれば業界に入れるのか」と考え、その技術だけを習得します。高い金を払って専門学校に入り、アニメスタジオに就職しても、給料の安さにほとんどは数ヶ月以内にやめてしまう。下っ端アニメーターや進行は実はクリエイターではなく、単純労働者ですからね。脚本、作画監督、演出、そして監督になり、クリエイターの喜びを感じられるのはごく一握りの人だけです。かくして「アニメを作るというのはたいへんなことなんだ」という神話が世間に蔓延することになります。
アニメを作りたい人のほとんどは、「アニメを作りたい」のであって、「アニメーターになりたい」のではないのです。始めから監督をやりたいのです。そう言うと、業界人には100%、「世間はそんなに甘くない」と説教されます。下積みもなしに作れると思うな、ってね。
でも、本当にそうなのでしょうか?
そこに現れたのが「新海誠」さんです。
この方について語っているサイトは既にいくつもありますので、詳細は省きますが、彼がひとりで作った「ほしのこえ」という作品は商業ベースに乗り、マンガ化、小説化、ラジオドラマ化など、従来の方式で制作されたアニメと同じように展開されています。
しかし残念ながら、「ほしのこえ」は私の萌えにはちっともヒットしませんでした。
美しいとは思うものの、自主制作すげー、という感想しか出なかったのです。
よのなか的に言いますと、「ジャンルが合わない」ので、自分が金を払って見る気にはならない。
結局、自分の萌えは自分でつくりだすしかないのです。
◆というわけで、私は自分の萌えを探す旅に出ることにしました。
2004年、霊珠第1話を作っていて強く感じたのは、「萌えアニメは、記号とtipsの集合で構成されている」ということでした。言い換えると、表現のための手段は既に用意されているので、それをいくつ習得し、いかに自分の表現したいことに合致させていくかが、萌えアニメでのオリジナリティになるのです。
このことを、2)芸術アニメの好きな人たちは「パクリ」と呼びます。(※注)「見たような展開ばかりで、つまらない」とも言います。しかし、「お約束」は有効だからこそ「お約束」になるのです。先人たちは、どんな人にもわかりやすいような表現で、作者の言いたいことを伝えようと試行錯誤してきました。同じ失敗を繰り返しては先人に失礼です。
そして私は、私と同じ失敗を、他の人に繰り返して欲しくないのです。
アニメ制作は戦いです。完成するまでの道のりに敵がいっぱい現れます。でも私が地図をさしだせば、障害を避けて進めるかもしれません。そうすると世の中に萌えアニメがまたひとつ、増えることになります。それはとても幸せなことです。
私のアニメを見て、「つまらない」と言っていただくのは自由です。自分自身、100%満足してはいません。あれが去年の私の実力だったのです。でも今年はもっといいものを作ります。来年は、もっと、さらにいいものを。その過程を、なま暖かく見守っていただければ、そしてそのうちの1人でも、「おもしろかった」「成長した」「萌えた」と言っていただければ、満足です。
そしてできれば、私のサイトの読者から、同じ道を歩んでくれる人が出ることを願います。
私にとっての萌えアニメ:人工知性体、剣士、そして歴史モノ
なのですが、他の属性を持った人が、目覚めてくれたら……
私のノウハウを使って、あなたの萌えのオーダーメイドが、できるかもしれません。もえもえ。
※キャラクター、シチュエーション、表現手段、世界観など作品を構成する要素がぜんぶ丸うつしなら、それはパクリと呼ぶべきです。ほんとうにパクってるものを擁護する気はないので、あしからず。
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